第073話~初めての馬車でケツが痛い~
シルフィとイチャイチャと過ごした翌日、俺とアイラ他魔道士二名と軽装歩兵十名、そしてピルナ他ハーピィ二名でガンマ砦からアルファ砦への移動を開始した。
昨日の夜は暫く離れ離れになる俺とシルフィを気遣ってか、アイラ達は俺達を二人きりにしてくれたんだよな。おかげでとても久々に二人でゆっくりと時間を過ごすことができた。具体的に言うと滅茶苦茶甘えてくるシルフィを堪能できた。久々に幼児退行気味だった。可愛すぎて鼻血が出かけたね。
朝起きて冷静になったシルフィの動揺が凄かったぜ。またそれが可愛いんだけど。
「コースケ?」
「ん? どうした?」
「ぼーっとしているみたいだから声をかけた。落ちたら危ない」
「そうだな、落ちたら危ないな。もっとしゃっきりしよう」
「ん」
俺達は馬車に揺られていた。ガンマ砦で鹵獲したものである。三台の馬車に分乗して絶賛移動中だ。馬車はそんなに大きくはなく、二頭立てで速度が結構早い。本来積むべき荷物が俺のインベントリに収納されているせいもあると思うけど。
「このペースなら今日中にアルファ砦に付きそう」
「へぇ、徒歩三日を一日で走り抜けるのか。早いな」
確かに馬車の外を流れる風景はかなり早いように思える。俺の記憶だと馬車ってそんなに早くないイメージなんだけど、この世界の馬は地球の馬よりも強靭なのかもしれんね。
「しかしあれだな、この馬車の振動だけはどうにもならんな」
「コースケのクッションのおかげでだいぶマシ」
ガンマ砦とアルファ砦の間の道は別に平らな石畳というわけでもなければ舗装されたコンクリートの路面というわけでもない。普通に踏み固められただけの剥き出しの土である。よって、ちょっとした凹凸で馬車がひどく揺れる。クッションがなかったら十分でケツが痛くなりそうな代物だった。
「馬車にサスペンションも何もついてないっぽいしな……まぁそうだよな」
「さすぺんしょん?」
「ばねの力とかで馬車の揺れを抑制する装置のことだな」
「コースケ、作れる?」
「詳しい構造は俺もわからないけど……いや、もしかしたらいけるかもしれん」
馬車にアクセスしたらアップグレードのメニューがあった。
・原始的な幌馬車アップグレード――:機械部品×10 木材×20 鋼の板バネ×8
「いけそうだわ」
「やって」
「いや、走行中はダメだろ……」
走行中にアップグレードとか事故の予感しかしない。馬も光に驚いて暴れだしそうだし。
「止める」
「そ、そうか」
アイラ的には馬車の揺れが少なくなるというのはそれほどのことであるらしい。ちょっと昼休憩には早いと思うが、ついでにメシも食ってしまうとするか。
アイラの合図で三台の馬車は徐々に速度を落とし、最終的に路肩に停まった。他の馬車に乗っていた面子も馬車の揺れには辟易していたらしく、尻をさすったりしながら降りてくる。
「ちょっとお昼には早いと思うけど?」
「コースケが馬車を改造してくれる。揺れなくなる」
「本当かい? コースケさんがくれたクッションでだいぶマシになってたけど、それは大歓迎だね」
「ちょっと早いけど昼食も取る。コースケ、食料を出して」
「あいよ」
アイラの指示に従ってインベントリから食料パックを出す。
これは干し野菜や干し肉、焼き締めたパンや小麦粉などの食料の他、塩やスパイスなどの調味料をひとまとめにした木箱で、これ一つで十五人分の食事を一食賄えるようにできている。まぁ本来は五人分の食料を三食分なんだけど。
これは兵站を効率化するための試作品で、保存の効く兵糧をパッケージングして管理できるようにしたわけだ。
この食料パックの他に鍋とか食器が必要になるが、そちらは兵の装備として支給される予定である。このパックはあくまでも食料だけを供給するものなので。
「調理は私達が進めておくから、コースケは馬車の改造を」
「わかった」
食料パックと鍋や食器を出したら俺は馬車のアップグレードである。馬の世話をする兵に言って馬車から馬を解き放って離してもらう。アップグレードする時に眩しく光るからな。びっくりして暴れられたら俺も馬も危ない。
幸いなことに素材は全部揃っているから、馬さえ離して貰えばアップグレードはすぐに終わる。
「うーん、眩しい」
昼間だというのに辺りが明るく照らされる。直視したら昼間でも目が眩むからな、これ。アップグレードを終えた幌付き馬車の下に潜り込んでどうなっているのかを確認してみる。どうやら車軸と車体の間に金属製の板バネで作ったスプリングが入ったようだった。これでどの程度揺れが少なくなるのだろうか? こればかりは乗ってみないとわからんな。
「できた?」
「とりあえず一台な」
「楽しみ」
いつも無表情なアイラが微かに笑みを浮かべる。アイラの小さな身体にとって馬車の振動は深刻な問題であったらしい。
「あまり期待しすぎるなよ。どれくらいの効果があるかわからないし」
「ん、わかった。少しでも振動が少なくなれば嬉しいから大丈夫」
そういえば、あれだけ振動するような衝撃を受けてもこの馬車の車軸は何故か折れないな? そう思ってよくよく見てみたら車軸は普通に木製だった。ええ? これで折れないの?
「アイラ、この車軸、木製なのになんであんな振動で折れないんだ?」
「魔化した木材に耐久強化と状態修復の魔法を刻んである。だから折れない」
「魔法で強化してあるのか」
「そう。車軸は馬車の部品の中で一番の高級品」
なるほどなぁ。俺のイメージだと馬車の車軸ってよく折れるって感じなんだけど、この世界では魔法で強化してそうそう折れないようにしているわけか。その分車軸の価格は高くなるけど、何本も車軸を買い替えたり、車軸が折れて行動不能になったりするよりは費用対効果が高いというわけだな。
アイラに見守られながら残りの二台もアップグレードを終えたら昼食である。今日のメニューは……これはなんだろう? とりあえず全部ぶち込んで煮ましたって感じの物体に見えるんだが。
「焼き締めたパンは硬いですから、煮込めるならこうやって煮込んで崩して粥にしたほうが食べやすいんですよ」
「ついでに干し野菜と干し肉も煮込んで出汁をとってあります」
「あと、穀物粉で団子を作って入れました」
つまり全部入れのごった煮粥であった。いや、意外と食べられる味だからいいけどさ……でもあれだな、考えてみれば戦場で煮炊きするって言っても、普段食べているような普通の食事をするのは難しいよな。
俺が元いた地球だって、五十年も遡れば軍隊の食事はこれと殆ど変わらないものだったはずだ。
今は煮炊きできるからこうして粥にできてるけど、そうでなかったら硬い焼き締めたパンをコリコリ齧りながら、これまた硬くて塩辛い干し肉をモグモグするしかなかったわけで。
まともな食事をどこでも採れるようにするにはレトルト食品とか、最低でも缶詰くらいは作らないと難しいだろう。今の技術レベルじゃどう考えても無理だ。
「また何か考えてる?」
「どこでも美味しい食事を食べられるようにできないか考えてたんだ」
「難しい」
「そうだな、難しいな。今は無理だ」
いずれは瓶詰めや缶詰、レトルト食品にも挑戦したいがそれには長い時間がかかるだろう。それよりも魔法的な方法で何か解決する方が早いかもしれない。食材を新鮮なまま、大量に運べる道具を作れれば解決するわけだからな。
☆★☆
「すごい、揺れが小さい」
「確かに結構マシになったな」
アップグレードによってサスペンションがついた馬車の揺れはかなり改善された。まだ結構揺れるが、サスペンションが無かった時と比べると雲泥の差だ。クッションがあれば気にならないレベルである。
御者をしている獣人の軽装歩兵にも好評で、かなりの快速で馬車が走った。そのお陰か、日が傾き始めた頃にはアルファ砦に到着することができた。
「おおう、人が溢れかえってるな」
「ん、外にまで野営してる」
アイラの言う通り、アルファ砦の外にいくつかの幕舎が建てられていた。どうやらアルファ砦に入りきらなかったらしい。幕舎で野営しているのは解放軍の面々であるようだ。砦内の安全な寝床は難民に譲ったんだな。
難民達の治療に向かうというアイラや魔道士達と別れ、軽装歩兵達と一緒に食料倉庫に向かう。そこは食料を求める難民達でごった返しており、なかなかの混乱ぶりであった。食料倉庫に向かうのも一苦労で、軽装歩兵の皆さんが居なかったら倉庫に辿り着けなかったかもしれん。
「ああっ!? コースケさん! 待ってました! 早く、早く出してください!」
「わ、わかったから! 落ち着け!」
丸眼鏡をかけた山羊系文官娘に半泣きで取り縋られた。食料を求める声が多いのに物資が底をつきかけていて精神的に追い詰められていたらしい。
ほぼすっからかんに近い食料倉庫にインベントリから物資を吐き出していく。主に穀物の入った袋と、イモや野菜の入った木箱、それとすぐに食べられるブロッククッキーの入った木箱などである。あとはギズマ肉が原料の干し肉。ギズマ肉が原料のはずなのにどう見ても牛か豚の干し肉なのだが、気にしてはいけない。俺の能力にかかればこれくらいの理不尽は序の口だ。
それにしても塩だけは残ってたんだな。倉庫の一角に塩の入った陶器製の瓶だけが並んでいるのはなんというかもの寂しい感じがしたぞ。
「順番を守ってくださーい! 物資は皆に行き渡るだけありますから、落ち着いて!」
さっきまで泣きそうだった文官衆の娘さんが声を張り上げて難民達に物資を配り始める。軽装歩兵の皆さんも手伝うということなので、俺は外に寝床を建てに行くと言ってその場を抜けることにした。
「よう、お疲れ」
食料倉庫付近の人混みを抜けたところで声をかけられた。声の方に振り返ると、もっふもふの狐男が一人。久々に見る顔である。
「久しぶり。単身潜入してたんだって?」
「ま、俺はコソコソするのは得意だからな。適材適所ってやつだ」
久々に姿を見るキュービはいつもと変わらず飄々とした様子だった。特に痩せ細ったり、傷を負ったりしている様子もない。本当に上手くやったみたいだな。
「何にせよ無事で良かった。これからの予定は?」
「何日かここで休んだらガンマ砦に行って姫さんやダナンのおっさんと合流だな。偵察に出る予定だよ」
「そうか、気をつけろよ。そうだ、こいつでも飲んでくれ」
「おっ、この匂いは蜜酒か? 悪いな」
「皆には内緒だぞ」
「わかってるよ」
キュービがホクホク顔で蜜酒の入った瓶を抱えてそそくさと去っていく。早速どこかで酒を飲むつもりなんだろう。その後姿を見送り、再び砦の外に向かって歩を進める。そうすると、今度は部下を伴った狼獣人のウォーグが正面から歩いてきた。俺に気付いたのか、片手を上げて挨拶をしてくる。
「久しぶり。大変だったな」
「ええ、まぁ。コースケ殿のおかげで人心地がつけたようですが」
食料倉庫、すっからかんに近かったもんな。俺のインベントリ内の食料もかなり放出して残り少ないし、真面目に補給をどうにかせんといかん。
「明日すぐに広い農地を持つ補給拠点を作るつもりだから、一週間もすれば余裕も出てくると思うぞ。場所の選定は済んでるのか?」
「残念ながら。ただ、この砦からオミット大荒野に向けては平地が続いてるので」
「割とどこでも良いと」
俺の言葉にウォーグが頷く。ならいっそこのアルファ砦に隣接して作るか? 最終的にはここも『後方』になるだろうし、そうなるとアルファ砦から警備を出しやすい位置に作ったほうが良い気がする。オミット大荒野側ではなく、メリナード王国側に作るのも良いかもしれないな。土地は余っているようだし、作った農地で働くのはここに今いる難民達だろう。オミット大荒野に農地を拓くよりは安心して過ごせるんじゃないだろうか。
「わかった、ちょっと考えて夜のうちにシルフィ達とも相談してみる」
「お願いします」
ウォーグと別れ、解放軍兵士達が野営している場所から少し離れたところにいつもの臨時宿泊所を建てる。高床式の拠点で安全性が高く、大きめのお風呂もあるから使い勝手が良いんだよね、これ。利用者の声を反映してちまちまバージョンアップしてるし。
多分ハーピィの皆さんとアイラは俺と同じこの臨時宿泊所で寝るだろうから大丈夫だろうけど、他の人はどうするのかな。宿泊所を作るのは簡単なんだが、どうしたものか? なんなら外で幕舎を張っているアルファ砦の駐留兵達にも作ってやれるんだけど……後始末がなぁ。砦の外に建てたままにしとくわけにもいかないだろうし。
とりあえずここまで行動を共にした軽装歩兵や魔道士の皆さんが泊まれる宿舎は作っておくか。臨時宿泊所をベースに、少し大きめに作れば大丈夫だろう……収容人数二〇人くらいになったな。広い分には良いか、うん。
アイラやピルナ達が帰ってきたらすぐに食事ができるように用意しておこうかね。ベッドに布団とかも入れなきゃならんし、建ててからもある程度整備は要るんだよな、これが。




