第071話~偵察行という名の伐採作業~
三つの砦を支配し、メリナード王国領に対する影響力を強めるための橋頭堡を確保した俺達はまず足場固めに専念することにした。本音で言えばダナンはアーリヒブルグを確保するところまで行きたかったようなのだが、どう考えてもアーリヒブルグの街とその周辺の支配を維持するための兵力が足りなかった。
「領域境の砦を確保できただけでも僥倖と、今はそう考えるしかないだろうな」
「無念です」
「そう悲観するほどのことでもありませんよ。この三つの砦を押さえたということは、オミット大荒野の支配権を完全に確保したということでもありますし。あとはコースケさん次第ですね」
「俺次第かぁ……」
それはつまり、俺の能力をフル活用して不毛の荒野に人が住めるような環境を整えるってことだよな。実に骨が折れそうな仕事だ。
「さしあたっては領域境の三つの砦の要塞化を進めるべきだと思うが」
「えぇ……それよりも新たな居留地の開拓を進めるべきですよ」
「本拠点の許容量がまだまだ余っているだろう?」
「私達が領域境の砦を落としたことがメリナード王国内に広がればすぐに人は増えますよ。その時になって足りない、では話にならないんです」
「コースケの能力なら居留地の設置は一瞬で終わるだろう。その時になってからでも充分間に合うはずだ。居留地の守りを万全にするためにも砦の要塞化が先決だ。いくら居留地を作っても砦が抜かれてしまえば蹂躙されるだけだぞ」
ダナンとメルティがバチバチと今後の方針について意見を交わしている。
とりあえず、現状を維持して足場固めをするという方向では一致したのだが、どういう方向で足場を固めるかについては議論中なのだ。シルフィが口を出すと方針が決まってしまうので、とりあえず彼女は静観する構えのようである。アイラは聖王国軍の負傷兵を治療するために席を外している状態だ。
メルティとダナン、どっちの方針が採用されるにしても俺はこき使われる運命だ。そこは諦めよう。ちゃんと休む時間が確保されているのは文句は言うまい。
「大体、居留地を新たに作ると言ってもどこに作るのだ? 場所の選定も済んでいないのではないか?」
「抜かりはありませんよ。本拠点の周辺の探索は進んでいます。候補地は選定済みです」
「それは私も興味があるな。教えてくれないか?」
ダナンとメルティの会話を見守っていたたシルフィが問いかけた。俺も興味があるな。
「はい、本拠点から少し離れた場所にいくつか岩山がありまして、調べてみたところ良質な石材や鉱石が採れそうなのです」
「なるほど、資材の産出が期待できると。他には?」
「探索の結果、地脈の集合点である脈穴が新たにもう一つ発見されています。魔物除けの結界装置を複製できれば、本拠点のように安全な居留地を増やせますね」
ほう、新たな脈穴か。脈穴というのは確か魔道具を動かすための魔力を地面から無尽蔵に汲み出すことのできるパワースポットみたいなものだ。本拠点はその恩恵を受けて魔力を動力源とする魔道具が使い放題なんだよ。あれは確かに便利なものだ。
「なるほどな……コースケ、資材の備蓄状況はどうなのだ?」
「石に関しては問題ないが、粘土と木材は少なくなってきてるな。砦の要塞化にしろ、新たな居留地の開拓にしろ、やりきるには少々心許ない」
粘土に関してはオミット大荒野でも採れるのだが、木材だけはそうもいかない。黒き森から輸送してくるというわけにもいかないし、そろそろ補充する必要がある。
「木はそこらの森で伐採しようかね」
「そうだな。砦周辺を偵察する部隊と一緒に森に入ってついでに伐採してくると良いだろう」
ガンマ砦から見える範囲にも普通に森はある。ここまで来るとオミット大荒野からは完全に抜けていて、植生も豊かになってるんだよな。今更ながら、オミット大荒野に長期滞在して本当に大丈夫なのかと心配になるぞ。
「今回はダナンの方針を採ることとする。まずは領域境の砦の強靭化だ。逆撃で砦を奪い返されては元も子もない。ダナンの言う通り、まだ本拠点にも最前線拠点……は、もう最前線じゃなくなってしまったな。まぁとりあえず、最前線拠点にもまだ人員を受け入れる空きはある。居留地の確保は喫緊の課題では無いだろう」
「姫殿下……」
「メルティの言いたいこともわかる。居留地の増設も大事だ。だが、今は何としても負けて砦を奪われるわけにはいかん。兵が少ない以上、兵を減らすリスクは減らしたい」
「承知いたしました」
メルティもシルフィの言い分に納得してくれたようだ。
「では、そういう方向で動こう。メルティはゴーレム通信機で本拠点と連絡を取り、物資や人員を前線に集めてくれ。ダナンは人員の配置と、要塞化の案を練っておくように。コースケが作業を迅速に進められる態勢を整えてくれ」
「わかりました」
「御意」
各々が動き始める。俺は外で伐採か……ザミル女史に護衛についてもらわないとな。
☆★☆
『ギョゲゲゲゲ!』
『ゴギョゴゴゴ!!』
「なぁにこれぇ」
「ゴブリンですね」
ザミル女史や解放軍兵士の皆さんと共にガンマ砦を出て、近くの森に入って伐採しながら偵察をすること一時間半ほど。俺達は緑色の肌をした気持ち悪い生命体に囲まれていた。これがファンタジー界でザコオブザコの異名をスライムと二分して争っているゴブリンさんですか。なるほど。
まるで知性を感じられない醜悪な顔、緑色の肌の矮躯、耳障りな声、股間を隠す腰布を纏ってない奴までいる。その粗末なものを隠せよこの野郎。ブラブラさせやがって。
「ザミル女史や、こいつらはアレかね、話は通じるのかね?」
「ゴブリンとの対話を試みるようなものだ、という言い回しがあります」
「そのこころは?」
「まるで意味がない、という意味です」
「なるほど」
対話は期待するだけ無駄らしい。まぁ、見るからにそんな感じではある。
「コースケ殿には指一本触れさせませんので、ご安心を」
「あいよ」
ザミル女史が流星を構えてゴブリンの群れに突っ込んでいくのを見送りながら俺は俺でゴーツフットクロスボウをインベントリから取り出し、ゴブリンに向かって射撃を開始する。ギズマの装甲をぶち抜く威力だ。鎧も纏っていないゴブリンなどひとたまりもないようだ。
「らあぁぁぁっ!」
『ギョゴゲ!?』
『ギョワーッ!?』
ゴブリンの群れに突っ込んだザミル女史が白銀の十文字槍を振り回してゴブリンどもの首を刎ね飛ばし、胴を真っ二つに引き裂き、脳天に刃を突き刺す。時には石突の刃で襲いかかってきたゴブリンの喉を貫くということもしながら大暴れだ。
「もうザミル女史一人で良いんじゃないかな」
背を向けて逃げようとするゴブリンの背中にボルトを撃ち込みながら呟く。獅子奮迅の大活躍というのはこういうもののことを言うんだろうな。
結局、戦闘は五分足らずで終了した。ゴブリンは三十匹ほどもいたようだ。こっちは俺、ザミル女史、軽装歩兵三名の合計五人パーティだったから、六倍の数で囲めばなんとかなると思ったんだろうか? 思ったんだろうな。
その結果が逃げることもできずに文字通りの全滅である。哀れな。
「弱いな」
「ギズマに比べれば雑魚ですね。とはいえ、多少は知恵の回る連中なので気は抜けませんが」
「なるほど。確かに寄って集ってボコられたら危なそうだな」
「ゴブリン程度と侮った冒険初心者がゴブリンに殺されるのはよくある事件ですね」
そしてゴブリンの苗床にされちゃうんですね、わかります。この世界のゴブリンがそういう生態かどうかはわからんけど。あまり聞きたくもないな!
何かに利用できるかもしれないので一応ゴブリンの死体をインベントリに収納し、木の伐採を続ける。この辺りの木は黒き森に比べてなんか細い感じがするな。生命力が違うとでも言えば良いのかね。まぁ、切り倒してしまえば同じなんだけどさ。
「何度見ても面妖な力ですね」
「有用だから良いかなって。悩まずそのまま受け入れて利用するのが一番だ」
「それは確かに」
スコーン、スコーンと木を伐りまくりながら森を進んでいく。流石に丸坊主にする訳にはいかないから、程々にだ。間伐する気持ちで。専門知識がないから適当だけど。
「オミット大荒野に比べると安全なんだな、この辺は」
「オミット大荒野が危険過ぎるだけです。黒き森の深部はそれ以上ですが」
「そうなのか? そう言えば黒き森は浅い場所しか行ったことがないかもしれないな」
「深部には竜も出るそうですよ」
「何それこわい」
でもちょっと見てみたい。だってドラゴンだぜドラゴン。カブトムシとかクワガタと同じで男の子って感じするよな。
しかし竜、ドラゴンか。流石に現状の装備でドラゴンはどうにもならないかな? 対戦車榴弾でも作れば効くだろうか? ボルトアクションライフル程度じゃどうにもならなさそうだよなぁ。
対物ライフル、いや最低でも重機関銃くらいは用意したい。.50Calを山程ぶち込めば倒せるんじゃないかな? それにしてもドラゴンの鱗ってどれくらい堅いのかね?
「竜を倒す算段ですか?」
「鋭いね」
「竜の話を聞いた者の反応は二種類です。畏れて近付こうとも思わず忘れるか、自分が出会った時の対処を思い浮かべるかですね。コースケ殿の顔に畏れは見えず、何かを考え込んでいる様子でしたから。それで、倒す手は思いつきましたか?」
「今は無理だな。ただ、効きそうな武器はいくつか思いつく。ミスリルの武器ならドラゴンを傷つけられるか?」
「可能でしょう」
「なら殺せるな」
対物ライフルでもいけるかもしれないな。
銃身と弾丸をミスリルで作って強装弾にすれば流石に竜の鱗も貫けるだろう。そして竜だって生物である以上は急所はあるはずだ。脳とか、延髄とか、心臓とかな。そこにぶち込んでやればきっと倒せるはずだ。遅延信管でも仕込んで体内で弾頭を炸裂させられればなおよしだ。
「そうですか。いつか竜を殺す時があれば是非同行させてください」
「頼るとするよ」
ザミル女史が牙を剥き出しにして笑顔を浮かべる。最初は怖かったんだが、慣れてくるとそうでもなくなってきた。結構いるからね、リザードマン。いや、リザードウーマンか。
「この近くに農村があるんだっけ?」
「そのようですね。他の部隊が向かっている筈です。ここからだと少し遠いですか」
「方角が違うもんな」
俺達が分け入った森はガンマ砦の北東方向、農村があるのは北西方向という話だったから、距離は確かに離れているな。
「俺は正直こういう統治? とかには詳しくないんだが、どうやってやるものなんだ?」
「基本は兵を巡回させて魔物や盗賊を狩り出す、これだけです。あとは収穫時期の徴税ですか」
「それだけなのか?」
「国家は武力を以って民に安寧を与え、民は国から与えられる安寧の中で労働に励む。それだけですよ。勿論、国家は民が健やかに生を全うできるように様々な施策を打ちますし、民も国に何らかの援助を求めて嘆願することがありますが」
「なるほど?」
やはり俺の手には負えそうもないな。シルフィやメルティに相談されたら何か知恵は貸せるかもしれないけど。
「コースケ殿の力は民を大いに助けるでしょうね」
「そうかね。まぁ、土木工事ならお手の物ではあるな」
「水路や道の敷設に村を守る防壁や作物を収める倉庫の建設、それに痩せた土地を豊かにすることもできるのでは?」
「そういうのは得意だな」
「本来は血生臭い戦などに関わらず、世のため人のためにそういった物を作り続けるのがコースケ殿の使命なのかもしれません」
「使命ねぇ」
そんなものがあるとは思えないんだよなぁ。アチーブメントのコメントを見る限り、明らかに愉快犯的な感じしかしないし。単に俺をこの世界に放り込んでニヤニヤしながら眺めているだけなんじゃないかと思うが。
「そんなものがあるとしても、知ったこっちゃないな。今更シルフィ達を見捨てるような真似もできないし」
「姫殿下は愛されていますね」
「勿論だ」
今更離れろと言われてもお断りだね。アイラやピルナ達にも手を出したわけだし、俺にも責任ってものがある。何の説明もなしに放り出した奴に今更何か言われても耳を貸す気にはなれんな。
「木の伐採はこれくらいで充分ですか?」
「今後のことを考えるとまだまだだな」
「では、続けましょう。次はもう少しマシな獲物が出てくると良いのですが」
「どんなのがいるんだ?」
「この辺りだとチャージングボアですかね。突っ込んでくるしか脳のない魔物ですが、肉は美味ですよ」
「それはいいな。是非捕まえたい」
「出てきたら一突きで仕留めて見せましょう」
「お手並み拝見だな」
この後、日が傾き始めるまで木を伐採しまくった。チャージングボア? ははは、獲物はゼロだったよ畜生め。




