第070話~橋頭堡の確保~
一日の休養を取った後、俺達はベータ砦にも防衛戦力を置いてベータ砦を発つことにした。まとめ役として残ったのはゲルダだ。
「何かあったら連絡しますから、助けに来てくださいねぇ」
「うむ、ここは任せるぞ」
「お気をつけてー」
クロスボウ兵一〇〇名と重装歩兵の半数である二〇名、それとハーピィ航空隊から五名をベータ砦に残して俺達はアルファ砦へと向かう。これで本隊の俺達の戦力は約三八〇名となった。前回の戦いでは死者も出ているので、もう少し少ないか。
「やっぱり頭数が足りないよなぁ」
「こればかりはな。時間が解決してくれると願うしかないだろう」
拠点を制圧し、維持するにはどうしても兵力が必要だ。いくら圧倒的な力で聖王国軍を倒し、砦や街などの拠点から追い払ったとしても、その拠点を実効支配して周辺地域に睨みを効かせるだけの人員が居なければあまり意味がない。
「現状でも砦を占拠するだけで手一杯だものな」
「周辺の治安を維持できるくらいの戦力となるとな……」
「これまでの戦いで軍馬をそれなりの数鹵獲している。それで巡回部隊を編成して治安維持に当たらせる予定だ」
騎兵とは言わなかったな。まぁ、騎兵は訓練に時間がかかるというしな。俺達の現状を鑑みるに、単に軍馬を足として使っていざという時は下馬して戦うというスタイルの巡回兵ってのが限界だろう。
今の俺達には騎兵を育てるだけの余裕がない。特に時間的な理由で。軍馬の飼料とかには事欠かない筈だけど。作物も草も育てようと思えばいくらでも育てられるし。
領域境の三つの砦を占拠した後の事を話し合いながら俺達はアルファ砦へと向かう。
とりあえず、大きく分けて二つの方針が打ち出された。
一つは、このまま周辺の拠点を制圧していって、できるだけ俺達の支配領域を広げるという方針だ。
この方針のメリットは、メリナード王国の領土を回復する事によって旧メリナード王国民からの求心力が高まることと、既に開発済みの田畑や街道、そして街を得られること。
デメリットは属国化された後にメリナード王国領に移り住み、またこちらで生まれた新メリナード王国民からの強い反発が予想されること。
「私としては新メリナード王国民達を弾圧するような方針は取りたくないのだが」
「それはそうでしょうが、それでは旧メリナード王国民が納得しないでしょう」
「そうだろうなぁ。俺もそう思うわ」
旧領を回復し、旧メリナード王国民を解放する。そして亜人を奴隷のように扱って富を築いた者達に相応の対価を払わせる。必要なプロセスだろうと思う。
「二十年分ですからね。まともにやると殆どの新メリナード王国民が破産すると思います」
「私財を没収されて奴隷落ちする人が多数になる」
「そんな状態で健全な国家運営ができるか? 私は無理だと思うが」
「勿論そうでしょう。その辺りは上手くバランスをとってやるしかないでしょうね」
「要は、私達に丸投げってことですね。わかります」
メルティに笑顔を向けられ、ダナンが顔を引き攣らせる。百戦錬磨の元近衛騎士もメルティのダークネススマイルを前にして平常心を保つことは難しいらしい。
「もう一つの方針の方が現実的に思えるな。コースケには負担をかけるが」
「まぁ、やれって言うならやるけどね」
もう一つの方針とは領域境の三つの砦を維持し、周辺の街や鉱山などを勢力下に置きつつ旧メリナード王国民を集めて勢力の拡大を目指すというものだ。同時に、オミット大荒野を開拓して新天地を拓く。こちらはとにかく手堅い一手と言えるだろう。
「実際のところ、限界まで勢力を広げようにも支配するための兵力が足りないだろう?」
「それはそうですね。本拠点や最前線拠点で力を取り戻し、解放軍に参加したいと考える人々はまだいるでしょうが、精々あと三〇〇も増えれば良いところでしょう。治安維持に加えて聖王国軍に対応するだけの兵力を、と考えるとこれ以上の勢力拡大は厳しいです」
「最終的な着地点を決めるのが大事」
「メリナード王国領の全てを取り戻すのが最終目標なのは変わりは無いがな」
そう言いながらもシルフィは難しそうな顔をする。実際に二十年もの長きに渡って実効支配されている領土を取り戻すというのは並大抵のことではない。聖王国がそれをやってのけられたのはそれだけの人口を彼の国が有していたからである。
調子よく勝ち進んではいるが、俺達は所詮一五〇〇人足らずの弱小勢力なのだ。
「結局は頭数が足りないって問題にぶち当たるんだよな」
「仕方がないな、こればかりは」
シルフィだけでなくダナンやメルティも苦笑いを浮かべる。俺達の弱点だよなぁ、これは。
「暫くは領域境の三つの砦を基点として勢力の拡大に努める他無いな」
シルフィの言葉に全員が頷く。まぁ、その前に第三の砦を落とさなきゃならないんだけどな。アルファ、ベータと来たら次はガンマかね。ガンマ砦の戦いは一体どうなることやら。
☆★☆
三日かけてアルファ砦に辿り着いた俺達は再び一日休養を取り、ガンマ砦に向けて移動を開始した。軍の構成はダナンが率いる重装歩兵が二〇名、軽装歩兵が五十九名、クロスボウ兵一〇〇名、シュメル含む遊撃兵九十八名、ジャギラ含む銃士隊五名、ハーピィ航空隊五名、アイラ含む魔道士五名、メルティ含む文官勢三名、その他に俺、シルフィ、ザミル女史という構成だ。
軽装歩兵と遊撃兵の数が減っているのは前回の戦闘での死者で欠員が出たためである。できるだけ死傷者を出さないように戦いたいものだ。
「ハーピィの支援が薄くなるのは少し心配だな」
「大丈夫だと思うけどな」
アルファ砦とベータ砦に五名ずつハーピィ航空隊を配備したので、俺達の直掩はピルナ達五名だけだ。ハーピィ達なら徒歩三日の距離を二時間ほどで飛べるので、もしアルファ砦やベータ砦が襲撃されたとしても二時間耐えれば五名の増援を飛ばせる。
一〇名のハーピィ航空隊による爆撃支援があれば、一万とかの軍勢でない限りなんとか撃退できるだろう。航空爆弾もアルファ、ベータ双方の砦に相当量を配備してきたしな。もし負けて鹵獲されたら大変だが、あれくらいの重さなら獣人兵士は普通に大型の手榴弾としても使えるらしい。
いざとなったら砦の防壁上から投げて使えということになっているので大丈夫だろう。クロスボウだけじゃなく普通の手榴弾もあるし、そうそう負けないだろうけど。
そして歩くこと三日。今回は途中で誰かに遭うようなこともなく、スムーズにガンマ砦に辿り着いた。まぁ、この先はオミット大荒野だし、捕虜の話によるとギズマの大襲撃があって以降はここらへんに近づくような輩もいないという話だ。当たり前といえば当たり前か。
「今回はどういう作戦で行くのだ?」
「とりあえずはいつもどおり射撃戦からです。一方的に叩いて数を減らします」
「わざわざリスクを冒す必要はないよな」
「ん、その通り」
日の高いうちにガンマ砦に辿り着いた俺達はサクッと陣地を構築し、射撃戦に突入する。今回もシルフィが精霊魔法を使っているので、一方的な展開だ。
「コースケ、今回は流石にあたし達も戦うぞ」
四倍スコープ付きのボルトアクションライフルを手に持ったジャギラが部下四名を伴って俺の目の前に現れる。アルファ砦とベータ砦の戦いでは温存してたからなぁ。流石にここらで戦わせないと不満が出るか。
「そうだな、そうしよう。狙いは指揮官っぽい奴とか、周りに指示を出してる下士官っぽい奴を中心にな」
「わかってるよ」
俺達の持つ虎の子部隊その二、銃士部隊が砦の周りに散って行く。そしてそこかしこから雷鳴のような銃声が響き始めた。それと同時に防壁上で血の花を咲かせる敵兵が出始める。
「銃士隊は密集運用しないのか」
「弾幕を張るわけじゃないから密集する意味が無いんだよな」
むしろ、密集するよりも分散して色んなポジションから射線を取った方が良い。弓なんかよりも遥かに遠くから攻撃できるんだから尚更だ。
ボルトアクションライフルによる銃撃は一目見れば弓の延長線にあるとわかるクロスボウによる射撃と違って、実際に撃っているところを見てもそれが何なのかという理解をするのが難しい。初めて見る奴らは銃の発砲と、それによる死傷が関連付けられないだろうな。きっと銃で撃たれてる聖王国軍の兵は何が起こっているのか理解できず大混乱だろう。
「敵兵の数は何人って言ってたかな?」
「三〇〇人弱だそうだ」
「うーん、降伏してくれないもんかね」
射撃戦だけで三〇〇人全員を倒すことは不可能だ。砦に籠もられたらどうしようもないからな。だから最終的には砦に乗り込んで白兵戦でかたをつけなきゃならんのだが……。
「もう引っ込んだ」
「どうしようもないもんなぁ。一見した感じこっちが攻城兵器を持っていないと思うのも無理はないし、射撃戦で勝てないなら籠城するっていうのはごく常識的な発想だ」
そして、そう来るならこっちの取る手も決まっている。ワンパターンだが、ハーピィ達による航空爆撃の開始である。今回は五名しかいないので、何度も再出撃してもらうことになるのだが。
「爆撃するのたーのしー!」
これである。いや、君達。その爆弾一個で数人から十数人ミンチにしてるんだけど楽しいってあのね……いや、良いんだろうけどさ。俺みたいにネガティブな気分になるよりもずっと良いんだろうけどさ。
「積年の恨みを晴らしているんだ。そっとしておいてやれ」
「ん。聖王国の連中は見た目が人からかけ離れている種族ほど厳しく弾圧する。ハーピィやラミア、リザードマン達には特に厳しい。私みたいな単眼族もかなり酷い目に遭わされていた」
「そうなのか……」
復讐か。復讐なんて虚しいとか、無駄だとか、そういう事を言おうとは思わない。後に何も残らないのは確かだけど、少なくとも心は晴れるしスッキリするからな。スッキリするって大事だと思うよ、うん。
でもな、楽しんで人を殺すようなのはちょっと良くないと思う。聖王国の人間、という不特定多数の復讐相手を殺すことに快感を見出すのは危険だ。復讐というのはどこかで終わらせないといけない。復讐の相手がはっきりしていればそんなことにはならないんだろうけどな……難しいな。
俺は誰かを殺したいと思うような目に遭ったことがないし、俺の考えなんて綺麗事でしかないのかもしれない。
「難しい顔をしている」
「……色々と考えてしまうこともあるんだ」
「ん、でも今はあまり深く考え込んじゃダメ。危ないから」
「そうだな」
絶賛戦闘中だからな。
☆★☆
ハーピィによる爆撃をしこたま食らったガンマ砦の司令官は俺達の白兵戦部隊が突入する前に降伏を申し出てきた。今までにない展開である。
「爆撃で死ななかったからだろうな」
「ああ、今までは爆撃で司令官が死んでたのか」
「多分そうだろう」
降伏の決断を下せる人間が爆撃でくたばってたらそりゃ降伏もできずに戦うしか無いわな。今回はハーピィ航空隊が五人しかいなかったから火力が足りなかったのかもしれん。
降伏した聖王国軍の兵は現在武装解除中だ。魔道士隊も中に入り、重傷者の治療にあたっている。こちら側の死者はなし。精霊魔法の強風を突破して届いた矢が当たって怪我をした者が数名出たが、いずれも軽傷である。
「防壁上の指揮を取ってなくて幸運だったな、敵の司令官は」
「もし出ていたら銃士隊に殺されていただろうな」
銃士隊の戦果は目を見張るほどのものだった。敵が砦に引きこもるまでのごく短い時間で五〇人弱の聖王国軍の兵を倒したらしい。本人達は。
「クリップ二つ目を撃ちきる前に終わった……全然撃ち足りない」
って感じで不満げだったけど。いや、五人で一〇発以下の発砲で与えた損害五〇人弱って命中率どうなってんだよ。ほぼ必中じゃないか。
これ、適切な防御陣地に配置したら五人で一〇〇人以上の相手を完封できるんじゃないか?
「武装解除が終わったようだな。どれ、敵の司令官とやらの顔を拝むとしようか」
「俺はあんまり会いたくないけどなぁ」
シルフィ達と行動を共にしている人間ってだけでなんか言われそうだし。俺からすれば人間至上主義なんか掲げて亜人弾圧をしているお前らこそ何やってんだって感じだけど。
砦内に入ってみると、前の二つの砦よりはマシな状況だった。少なくとも見える範囲に吹き飛んた手足とか肉片とかが散らばってはいない。あちこちに血痕はあるけど。
「姫殿下、この砦の司令官はこの中に」
「そうか。では……」
「コースケは会わないほうが良い」
司令官の居るという建物に入ろうとしたところでアイラが俺達を止めた。
「コースケは私達の集団の中で異質。私達が今までにない武器や戦術を使う事になった鍵となっていると考えられる可能性がある」
「……なるほど。それもそうだな」
「ん。保安上の観点からコースケの存在は聖王国軍に知られないようにしたほうが良い」
アイラの意見が通り、俺は敵司令官とは会わずに倉庫の物資を略奪……というか管理する任務に回ることになった。倉庫内の物資を一度インベントリにぶち込むと目録作りが捗るんだよな。
適当にぶちこんで数を数えるだけで目録が作れる上に、物資を倉庫内に再配置すれば倉庫整理と共に目録の内容の確認作業にもなる。一石三鳥だな。
「本当に便利ですね、その能力。羨ましいとは思いませんけど」
「この能力のせいでメルティに目をつけられてたまに物凄い仕事を押し付けられるからな」
メルティは司令官との対談に同席しているので、倉庫整理と目録作りに当たっているのはこの砦まで同行してきた二人の文官衆である。
アルファ砦とベータ砦にもそれぞれ文官衆が数名ずつ残っており、日々の物資管理などを行なってくれているらしい。
「この砦は物資が多めですね。補給を受けた直後なのかもしれません」
「近くにアーリヒブルグがあるから、あそこからの補給でしょう」
「アーリヒブルグって街があるのか」
「ええ。この辺り一帯の交通の要衝ですね。近隣の村や街との街道が集中しているんです」
「ふーん、じゃあそのアーリヒブルグって街を制圧するのが当面の目標になりそうだな」
「そうですね。大軍を移動させるのに向く街道を使うとなると、どうしてもアーリヒブルグを通らざるを得ませんから」
ついでにこの辺り一帯の地理や特産品などの話を聞きながら倉庫整理に邁進した。
会談を終えて戻ってきたメルティが、いつの間にか俺と仲良くなっていた文官衆の娘さん二人に愕然とした表情を向けていたのがちょっと面白かったな。




