第069話~後始末と葬儀と休養~
「ヴォエエェェェェェッ!!」
「おじさん、ばっちぃ」
「許してやれよ……ヴォェッ……」
ベータ砦の中はやはりと言うかなんと言うか、非常にスプラッタな状況だった。あちこちに人間のパーツが飛び散り、血と臓物の臭いが充満している。この臭いに平然としていられるのはよほど荒事に慣れている連中だけだと思う。つまり、一般人である俺や商人の皆様方にはキツい光景だ。護衛の人達も顔が真っ青になってるな。
「少々刺激が強かったでしょうか? でも、誰もこうはなりたくありませんよね」
メルティがそんなことを言いながら商人のおじさんにニコニコ笑顔を向ける。彼女の背に広がる光景と相まってとてつもなくホラー。血と暴力と笑顔に彩られたバイオレンスホラーだ。完全に脅しにかかってますよ、これ。
「心配はいりませんよ。私達が倒すべき敵は聖王国と軍であって、あなた達のような商人や、民間人ではありませんから」
「は、はい」
「勿論、聖王国軍を全面的に支援し続けるなら民間人もその限りではないかもしれませんが」
「ひぇっ……」
俺は捕らえた鼠を甚振る猫のような状態になっているメルティから目を背け、砦内の清掃と整備作業に没頭することにした。あのままだと商人のおじさんの胃に穴が空きそうだが、残念ながら俺にはできることは何もない。触らぬ神になんとやらって言うしね。頑張れおじさん。
今回は前回よりも砦の内部の被害が大きいようだった。航空爆撃が精霊魔法の強風に流されて砦内部に落ちたせいだろうな。どっちにしろ更地にして俺が建造物を建て直すんだからあまり変わらんけどね。
半壊した建造物を解体しながら歩き回っていると、布をかけられた遺体とその周りに集まっている解放軍兵士を見かけた。
「どうしたんだ?」
「戦死者です。なかなか腕の立つ騎士がいて……」
「三人、やられてしまいました」
基本的に普通の人間で構成された聖王国軍の兵士よりも、身体能力に優れる亜人の兵士で構成された解放軍の方が兵の質は高い。特に、白兵戦ではその差が顕著に出る。
しかし聖王国軍、というか人間の中には通常の人間よりも魔力を多く持つ者が稀にいる。
魔道士として魔法を使えるほどではないにせよ、そういった魔力の多い人間は無意識に魔力で身体能力を強化し、普通の亜人を上回る戦闘能力を発揮することがあるのだ。
そして、聖王国軍においてはそういった人間は神の祝福を賜る者として聖騎士や聖闘士として取り立てられるらしい。
今回は爆撃を生き延びたやつがいたらしく、そいつに三人の解放軍兵士が倒されてしまったということだ。
「ザミル様がいなかったらもっとやられていたと思います」
「ザミル様にかかれば瞬殺でしたけど」
その聖騎士だか聖闘士だかはザミル女史が二合で仕留めたらしい。流れるような動作で攻撃を防ぎ、弾いて顔面にミスリル十文字槍の流星を突き刺したのだとか。ザミル女史つえぇな……。
それで聖王国軍側は一番の腕利きがやられたことに動揺して瓦解、その後は解放軍側が一方的に押し込んで蹂躙したということだ。
「圧倒的じゃないか、我が軍は」
「そうだな。今のところは上手くこちらの有利な状況を作り出して、そこに敵を引き込めているからな」
「まぁ、そうだな。今のところ負ける要素が無い。特にハーピィさん達は俺達の要だよな」
ハーピィさん達の目によって先に敵の情報を察知し、ゴーレム通信機で情報をやりとりできているのが大きい。それに彼女達の航空爆撃の威力が凶悪だ。ハーピィさん達が居なかったらこう簡単には行かないだろうなぁ。
「ハーピィ対策をされる前にどこまで行けるかだな」
「そう簡単には対処されないんだろう?」
「ん、その筈。だけどわからない。人間の中にも天才はいる」
それもそうか。突如画期的なハーピィ対策が編み出される可能性はゼロではないわけだ。そう考えるとあまり油断はできないな。
☆★☆
馬車の物資をベータ砦に納品した商人達は解放され、逃げ去るようにベータ砦から去っていった。メルティが散々脅したので、きっと俺達解放軍に敵対することがどれだけ危険なのかを大いに喧伝してくれることだろう。
聖王国軍の捕虜に関しては治療の後、武装解除をしてから最低限の水と食料を渡して解放することにした。ついでに、解放軍からの通告書を持たせたらしい。
内容については詳しく見る機会が無かったが、聖王国軍に対する国外退去勧告――つまり、殆ど宣戦布告のようなものだな。
聖王国軍はメリナード王国領外に退去し、メリナード王国民を解放せよという内容だそうだ。前に臨時砦の前に立てた立て札と同じような内容だな。
「大丈夫なのかね。一気に聖王国軍の連中が押し寄せてきたりはしないのか?」
俺の心配を否定するようにダナンが首を振る。
「そのような余裕はないだろうな。もう一つの領域境にある砦を落とせば、聖王国軍が被った損害は七〇〇〇を超えることになる。これは恐らく、メリナード王国内に駐留している聖王国軍兵の約半数近くに登るはずだ。奴らにできることは本国に応援要請を出した上で守りを固めるくらいのことだろう」
「となると、俺達は支配領域を拡大し放題ってことか?」
「限界はあるがな。街を取ればその維持にも兵力を割かねばならん。我々の数は少ない」
「なるほど。結局はそこがネックになるわけだ」
砦の維持のためにも街の維持のためにも兵力は割かなきゃならないもんな。聖王国軍を追い払って、それでめでたしめでたしとはならないわけだ。
街の住人の中には熱狂的な聖王国やアドル教の支持者、兵士の家族などもいるだろうし。そういった人々は潜在的な反メリナード王国、反解放軍勢力だから、そういった人達が暴れたりしても対処できるようにしなきゃならない。
「支持者も増やさなきゃならないですからね……なかなかに骨が折れそうですが」
「元々のメリナード王国民は支持に回ってくれると思いたいがな……」
属国化されてから既に二十年の月日が流れている。既にこの世を去った人も多いだろうし、生まれた時からメリナード王国は聖王国の属国だった、という人も勿論いるだろう。
二十年という時間は長い。これだけの長い時を黒き森に『のうのう』と隠れていた王族の娘が何を今更、とシルフィを非難する者もいるかもしれない。
実際にはシルフィはのうのうとなど過ごしていなかっただろうし、二十年前ともなればシルフィは本当に子供だったのだろうから非難には当たらないと俺は思うが、二十年の間虐げられてきた人々が俺と同じように思うかどうかは俺にはわからないな。
ともあれ、ベータ砦の制圧は終わった、この後の流れはアルファ砦と同じである。死体を集め、焼却し、砦を補修して使えるようにする。
ただ、ベータ砦の時と違ったのは亡くなった解放軍兵士の葬儀があったことくらいか。
「これがメリナード王国式の葬儀なのか?」
「メリナード王国式というよりは、戦場における戦士の葬儀といったところだな」
俺の問いかけにシルフィが答えてくれた。彼らの葬儀は……なんと表現したら良いのか? まぁ、火葬なのだろう。
メリナード王国の兵士の死体を焼却したのとはまた違い、藁と丸太を重ねて作った寝台のようなものの上に遺体を安置し、酒や食物、花や武器、少量の貨幣などを供え、冥福を祈ってから供物ごと焼くのである。
「こうして送られた死者はオミクルに辿り着き、あちらで新たな生を始めると言われている」
アイラはそう言って空に浮かぶ大きな惑星を指さした。空の光景の三割程を占めている地球型の惑星だ。
「あの惑星はこの世界の人々にとっての死後の世界というわけなのか」
「ん」
燃え盛る炎と、立ち昇る煙に目を向けながらアイラが頷く。ハーピィ達が葬送の歌を歌い、ラミア達が即席の太鼓を叩き、獣人達が手拍子やボディーパーカッションで独特のリズムを刻む。俺はその光景に圧倒されていた。
なんだかとても原始的な感じがするが、とても迫力がある。厳かな感じさえする。何か本能に訴えてくるようなものを感じる。ただ喪服を着て、理解できないお経を聞いたりするのとは全く別の何かを。
やがて火は尽き、灰だけがその場に残った。一緒に供えられていた武器や遺体の骨も灰に埋もれているのか、影も形も見当たらない。うーん? 鉄の武器も骨も焚火の炎くらいで原型も留めずに灰になったりするものなのかね?
案外、この儀式で本当に空の彼方のあの惑星、オミクルに送られたのかもしれないとか思っちゃうな。
「葬儀が終わったらどうするんだ?」
「宴会」
「皆で飲み食いして死者を悼むわけだ」
「なるほど、その辺はあんまり俺のところと変わらんな」
「そうなの?」
「ああ。やっぱり異世界って言っても同じような人間、いや人族の習慣なんてそんなに大きく変わらないのかもしれないな」
「そうだな、似たような意味の慣用句などもあるようだし」
「ん、興味深い」
そんな話をしながら俺達は宴会へと突入した。今日は特別にステーキ食い放題だ! お酒も出るぞ! 材料となるギズマの肉はまだまだあるしな!
☆★☆
砦を制圧して葬式を終えた翌日、今日一日は休養ということになった。行軍と砦攻めで疲れているだろうということで、そういうことになったのだ。それでも訓練をしている解放軍兵士もいるんだけど、君達は大丈夫なのかね? 歩いて少しクロスボウを撃っただけだから大丈夫? ならいいけどさ。
訓練をしているような解放軍兵士は半数にも満たないほどの数で……いや、多いな? 半数には満たないけど三割以上は訓練してるよね? 真面目だなぁ……俺? 俺はね。
「はい、コースケさん。あーん」
「あーん……うん、美味い」
「あーん」
「はいはい、ほれ」
「ん、美味しい」
「わ、私も旦那様にあーんしたいです」
「ボクはあーんしてほしいなぁ」
と、こんな感じでアイラとハーピィさん達と一緒にごろごろイチャイチャしております。滅茶苦茶有意義な休養だとは思わんかね? 俺は最高だと思う。戦いの光景を見て荒んだ心が癒やされるのを感じるね。
シルフィは残念ながらダナンとメルティと一緒に会議中だ。頑張っている分、戻ってきたら俺はシルフィを存分に甘やかす所存である。二人きりで。その辺はアイラとハーピィさん達とも話がついている。だからこそ今のうちにという感じでこんな感じになっているわけだが。
皆にチヤホヤされてイチャイチャするのはとても楽しいな! もう元の世界なんてどうでも良くなってくるぜ。
実際のところ、どうなんだろうな。元の世界では俺は一体どういう扱いになっているんだろうか? 実は突然死しているとか? それとも謎の失踪を遂げているんだろうか? あるいは最初から存在しないことになっているとか? どれかと言えば三つ目の状態が一番望ましい気がするな。そうすれば悲しむ人もいないだろうし。兄弟も親も居ない俺だが、親しい友人くらい何人かいる。もし死亡扱いや失踪扱いになっているとしたら、彼らに何か迷惑をかけているかもしれないな。それだけは少し心残りか。
「コースケ?」
「ん? なんだ?」
「何か悲しそうな顔をしていた。どうしたの?」
「悲しそうだったか? 元の世界のことを考えていたんだ」
俺の一言にアイラとハーピィさん達は一様に表情を曇らせた。
「帰りたい?」
「いや、あまりそう思わないな。皆が一緒にいてくれるし、寂しいと感じたことはないから」
何より、シルフィがいつも一緒にいてくれたからな。
「コースケさん……」
「えへへ、ボク達が寂しがらせる暇もないくらいかまってあげるからねー」
「せやね。うちらはもう家族や。旦那さん、遠慮せんと甘えるんやで?」
アイラやハーピィさん達が俺にピッタリくっついたり、羽で撫でたりしてくれる。うーん、こんなに甘やかされていたら駄目人間になりそうだな。だが、女で身を持ち崩すなんて男の本懐ではあるよね。そうはならないように気をつけるけど。
「あっ……」
ハーピィさんの一人が声を上げて扉の方に視線を向ける。
「……」
そこには泣きそうな顔で長い耳をへにょらせているシルフィがいた。仲間外れにされたみたいで悲しかったらしい。皆で慰めるのにとてもとても苦労した。
「こ、こーすけはわたしのなんだからな」
涙をポロポロと流しながら俺に抱きついて離れないシルフィの頭を黙って撫で撫でしてやる。
「ん、わかってる。私達は少しだけ分けてもらっているだけ」
「その通りです。皆わかってますから」
「うぅ~……」
なお、暫くして正気に戻ったシルフィは恥ずかしさのあまりに部屋の隅で毛布に包まって蓑虫になってしまった。また慰めるのに苦労したことをここに追記しておく。
「シルフィ可愛い」
「姫殿下、可愛いですね」
「やめろぉ!」
「ふふ、あまりいじめたらまた蓑虫になってしまうで」
大いに同意するけど、君達やめてあげなさい。本当にまた蓑虫になっちゃうから。




