第067話~再出撃~
ほんの少し余裕が戻ってきたような気がします_(:3」∠)_
死体の片付けが終わったら俺は大忙しである。むしろ、ここからが俺の仕事の本番だと言っても過言ではない。
「コースケも手慣れてきたな」
「そりゃ数をこなしてるからな」
半壊している建物や城壁を修復し、水場を設置する。砦には井戸があったが、俺の設置する無限水源のほうが遥かに使い勝手が良いからな。俺が色々と補修している間に血塗れになった砦内は皆が綺麗に掃除をしている。五〇〇人の人手があるので、掃除自体は迅速に進んだ。
「物資はそこそこ残っていますね」
倉庫から食料や武器などの物資を無事鹵獲できたメルティはホクホク顔である。今の所、解放軍はほぼ俺の供給する物資で動いているため個人の財産というものは殆ど無い。しかし、メリナード王国領を奪還して通常の経済圏に復帰すればごく普通の経済活動を行なっていく必要がある。
つまり、皆に給料を払わなきゃならないわけだ。
「いくらかは金もあったのか?」
「ええ、いくらかは。ほぼこの砦の兵士達が持っていた個人的なお金ですけど」
「砦の司令官はそれなりに持ってただろ? 給料も払わなきゃいけないだろうし」
「あくまでもそれなりにですね。でも、前線の砦ですから」
メルティからすれば全然足らないということなのだろう。まぁ、確かにこのさして大きくもない砦一つにある資金なんて高が知れてるだろうな。それに、メルティの言う通りここは前線の砦だ。こんな場所に大金を保管しているはずもないか。
こんな火事場泥棒というか盗賊みたいな真似をしていいのかって? これは戦争だからな。戦利品を略奪するのは俺達の正当な権利というやつだ。
そんなこんなで早朝に襲撃を敢行した俺達はごく短い時間で聖王国軍の砦を奪還することに成功し、昼頃には砦の補修と掃除も終わって整備も終わった。
「結局、城壁内の建物は全部コースケが建て直すことになったな」
「コースケの作る宿舎の方が清潔で頑丈で使い勝手が良いんだから仕方ない」
「そうですね。私もそう思います」
皆で作った昼食を食べながら俺達は早速まったりモードであった。面子は俺とシルフィ、アイラにハーピィさん達である。
今日の昼食メニューは砦に備蓄されていた干し肉や干し野菜、干しキノコなどをふんだんに使った具たっぷりのスープに、穀物粉を練った団子を入れたいわゆる『すいとん』のようなものだった。ハーピィさん達も器用にスプーンを使って美味しそうに食べている。実際、具沢山で干し肉や干し野菜、干しキノコの出汁がしっかりと感じられるスープは驚くほど美味しい。
こんなにのんびりしていていいのかって? 良いんです。俺はもうしっかり働いたから。食事は大事だしな。食事を終えたらシルフィは今後の方針についての打ち合わせがあるし、ハーピィさん達は各方面に偵察に出なきゃならないけど。
俺とアイラ? 俺はもう自分の仕事を終えたし、アイラも俺が午前中に働いている間に死体を焼却処理したり、負傷者を治療したりと充分に働いた。ぶっちゃけて言うと、もう殆どやることがないのである。倉庫にも必要なだけの補給物資を収めたし、防壁上にバリスタも設置したしな。
「コースケは昼食後はどうするんだ?」
「やることはだいたい終わったんだよなぁ。一通り砦内を再チェックしたら空き地に畑でも作って、それが終わったらゆっくりしてようかな」
「ん、私も付き合う」
「そうか。もしかしたら会議に呼ぶかもしれないから、一応そのつもりでいてくれ」
「了解。皆は偵察だよな?」
「はい、三人一組で偵察ですね。アイラさんの作ったゴーレム通信機のおかげで偵察が捗ります」
「皆の役に立って嬉しい」
ハーピィさん達は俺の予想通り偵察に出るようである。そう言えば、他の砦はどれくらい離れた場所にあるのだろうか? 知らなかったので聞いてみた。
「ここは三つある砦のうち、真ん中に位置しているものでな。東西に徒歩三日の地点に一つずつ砦があるはずだ」
「三日か、結構離れてるな。でも、その距離ならゴーレム通信機の魔力波が問題なく届くか」
「ん、届くはず。魔力波を減衰させるような丘も山も無い」
「なるほど」
食事を終えたらしばし食休みタイムである。最前線拠点から持ってきたデカいベッドを出して、皆でお昼寝だ。今日は早く起きたし、戦闘やその後始末で疲れたからな。
一時間少々でお昼寝タイムを終えると、シルフィやハーピィさん達はそれぞれ会議と偵察に出ていった。残ったのは俺とアイラの二人である。
「ふあぁ……もう少し寝るか?」
「んん、みんな頑張ってるから私達も頑張る」
「そうか。アイラは真面目だな」
そういうことなので、アイラと共に砦内を歩き回って不具合は無いかチェックする。解放軍兵士達の表情は明るいな。大した危険もなく聖王国軍の砦を奪えたんだから当然といえば当然か。
「あんたのおかげで聖王国軍に吠え面かかせられたよ」
「あたしとしちゃもう少し聖王国軍の奴らを痛めつけてやりたかったけどね」
「爆発でどかーん、だものね。少し拍子抜けだわ」
「あんまり油断するなよ。逆に言えばあの爆発が無かったら誰か死んでたかもしれないんだからな」
一応、今回の戦闘で死者は出ていなかった。相手の抵抗も散発的だったからな。矢が刺さって負傷した者は何人か出たが、当たりどころが悪くて即死した者はいなかったのだ。負傷者は全員魔道士部隊の回復魔法で治癒されている。
「砦で使い勝手の悪いところとか、問題点を見つけたら教えてくれ。直すから」
解放軍の皆さんが各々の言い方で俺のお願いを了承してくれる。こうして解放軍の兵士の皆さんと仲良くしておけば俺の仕事も楽になるというわけだ。
「特に問題なさそう」
「だな。畑でも作るか」
「ん、餓えないようにするのは大事」
一通り見ても問題なさそうなので、予め農地にすると決めてあった空き地に農地ブロックを配置してクワでザクザクと耕しておく。こうしておけば俺が種を撒かなくても一週間くらいで作物を収穫できるんだよな。我ながらインチキ臭い生産能力だ。
「何を植える?」
「ん……簡単に食べられて保存の効くものがいい」
「タルイモにしとくか」
「ん」
タルイモというのはエルフの里で作られたサトイモっぽい食感のイモである。土をつけたまま冷暗所に保管しておけば長期間保存できるし、洗ってそのまま塩で煮るだけでも結構美味しく食べられるのだ。
せっせとタルイモを植えれば今度こそ俺のお仕事は完了である。まだまだ日が高いな。
「やることなくなったな」
「コースケはもう充分働いたと思う。休むのも大事」
「そうか。そうだな」
アイラがそう言ってくれたので割り当てられた宿舎に戻ってアイラとまったりとした時間を過ごした。流石にこんな状況で致すわけにはいかないので、一緒にゴロゴロしたり軽くスキンシップをするくらいだったけど。
え? 会議に参加したり作戦立案したりしないのかって? そういうのはダナンとかシルフィの領分だからな。ただでさえ解放軍の維持運営から武器の供与、五〇〇〇人を吹き飛ばした例の件で俺の戦功がちょっとアレなことになってるからね。あまりでしゃばりすぎるのは良くない。もうあいつ一人で良いんじゃないかな? みたいな感じになっても困るしね。
勿論、助言を請われれば助言はするつもりだけど、そもそも俺は戦の素人だからな。俺の能力を使った奇策の類は提案できるけど、奇策にばかり頼るのも危うい。シルフィやダナンも俺の力におんぶに抱っこで戦を進めていくつもりはないだろう。
とはいえ、ハーピィによる航空爆撃は効果が高いから使わない手は無いだろうけどね。俺達の持つアドバンテージの最たるものだし。
「コースケ、晩御飯作っておく?」
「んー、今日はカレーにしよう」
「カレー好き」
今日はもう働きたくないでござる。死体がグロかったからね……。
☆★☆
翌日。
俺達は砦にクロスボウ兵一〇〇名と魔道士部隊の半数である五名、それに指揮官としてウォーグを残して西にある砦へと出発した。
ここらへんまで来ると周囲の景色も荒野というよりは平原という感じになってきている。さして深くはないが少し遠くには林なども見えてきていて、オミット大荒野を越えたんだなという実感が湧いてくる。
今は最初に占拠した領域境の砦……アルファ砦とでも呼ぼうか。アルファ砦から西に伸びるそこそこ整備された街道を西進中である。周りには平原が広がっていて実にのどかなものだ。
当然ながらこんな平原で聖王国軍に野戦を仕掛けられると大変なので、偵察は密にしている。主力がクロスボウ兵だから騎兵に突撃とかされると目も当てられないんだよな。
事前に敵を見つけられれれば俺がサクッと野戦陣地を拵えられるからなんとでもなるんだけど。
などと考えていたらダナンの通信機に通信が入った。どうやら進行方向を偵察していたハーピィの偵察部隊からの通信のようだ。
『進行方向に護衛付きの馬車列あり。そちらに向かっています』
「聖王国軍か?」
『違うようです。恐らくは商人かと』
「目的地は砦だな?」
『その先には砦しかありませんから、恐らくは』
「わかった、気付かれないように追跡しろ」
『了解』
通信が切れる。さて、どうしたものか。
「襲いますか?」
「我々は盗賊ではないぞ。物資には困っていないしな」
「ですが、物資を持って砦に向かっているということは聖王国軍の補給に協力している商人ですよ」
「何故商人が補給を? 軍の輜重部隊の仕事だろう」
「臨時砦でこの辺りの補給を担う輜重部隊がコースケさんに吹き飛ばされたのが原因かと。あくまで予測ですが」
ダナンとシルフィとメルティが対応を協議し始める。ダナンは襲う方に一票、シルフィは襲わないに一票、メルティはどう考えているかわからんな。
「商人の態度次第ですが、恐らくは近隣の街の有力な商人だと思いますし仲良くしておいて悪いことは無いと思いますよ。問答無用で襲わず、話をしてみるのも良いと思います」
メルティは襲わないに一票みたいだな。相手の態度次第ではやってしまいましょうという雰囲気がプンプンするけど。
「それで、最終的には逃がすのか? 我々の動きがたちまち聖王国軍に伝わってしまうぞ」
「占領後の統治についても考えてください。地元の有力商人に恨まれたら統治に大きな影響が出かねませんよ? まさか、メリナード王国領にいる聖王国人を皆殺しにでもするつもりなんですか?」
「そうは言わんが……」
「ダナン、私もメルティの意見に賛成だ。舐められるのは論外だが、過剰に恨まれるのは避けたい」
「姫殿下がそう仰るなら」
「商人は利に聡いですから。上手くやればこちらの味方……とまでは行かないかもしれませんが、商売相手くらいにはなってくれますよ」
どうやらメルティには何か考えがあるらしい。そういう交渉は上手そうだものな、メルティは。
「では、交渉についてはメルティに任せる」
「はい、お任せください」
「では、私は車列を確実に捕捉できるように全力を尽くしましょう。コースケにも手伝って貰いたい」
「あいよ」
ダナンは兵を道の左右に伏せて一気に取り囲むつもりのようだ。平原に伏せれば草に紛れて昼間でも結構見えないものだな。
俺はシルフィとメルティ、そして少数の精鋭兵と共に車列を街道で出迎えて、突っ込んでこないようにレンガブロックを設置する役割だ。ギズマの突進も止められるわけだからな。馬車を止めるくらいわけないな。
暫くすると、前方に土煙が見えてきた。どうやら車列がお目見えのようである。
「多分止まると思うが、警戒はしておけ。突っ込んでくるようならすぐブロックを設置しろ」
「あいよ」
腕を組んで仁王立ちをしているシルフィのすぐ横に立って馬車の車列を出迎える。向こうも俺達の姿に気がついているようで、スピードを徐々に落として俺達と距離を置いて停止した。
そして、馬車から護衛らしき武装した男達と一緒に商人らしき男が降りてくる。
「私どもはミリーネの街から来たペンス商会の者です。道を塞ぐ貴方達は……」
そこまで言って商人はシルフィがエルフであるということと、その周りにいる精鋭兵達が人間ではなく亜人であるということに気づいたらしい。あからさまに厳しい表情になる。
「私の名はシルフィエル。黒き森の魔女と言ったほうが商人殿にはわかりやすいかな?」
シルフィが腕を上げると、道の左右に伏せていたおよそ四〇〇人の兵が姿を現す。全員が武器を携えているから、威圧感は相当のものだろう。俺があの商人の立場だったらチビるね。
「ひっ、ひぇぇぇぇ!? なんで!? 魔女ナンデ!?」
「貴殿を殺すつもりはない。武器を抜いて抵抗するならその限りではないが……どうする?」
シルフィがいかにも酷薄そうな笑みを浮かべて見せた。ああ、そんなにしたら商人さんが大変なことに……護衛の人達も顔面蒼白になってるじゃないか。早くも武器を捨てて両手を挙げて降参してる人までいるし。
まぁ、この戦力差で抵抗するとか自殺志願者以外の何者でもないよね。馬車の数は五台で、護衛は一〇人程度。それに対してこちらは完全武装の四〇〇人だ。勝負にもならない。
「賢明だな」
シルフィが満足そうに頷き、メルティに目配せをする。メルティは頷き、一歩前に出た。
「私はメルティと申します。シルフィエル様の下で補給物資などの差配を任されている者です。我々は荷を奪い、無体を働く賊徒などではありません。ペンス商会でしたか? 貴方の所属する商会と『取引』をしたいのですよ。公正な、取引をね」
メルティは多分、笑ったのだと思う。俺の位置からは彼女の顔は見えないからな。うん、だから推測するしかないんだ。きっと笑ったはずなんだけど……何故か商人さんが泡吹いて気絶したんだよなー、不思議ダナー。
商人が気絶している間に馬車は解放軍兵士達によって道の端に寄せられ、荷が検められる。積んでいる物資は食料品や塩、嗜好品が少々と武器、矢玉だな。特殊な物資は特に見当たらないようだ。
「コースケさん、宝石とか蜜酒は在庫ありますよね?」
「ああ、あるぞ」
「少し出してくれますか? 彼が起き次第、取引をしますから」
「お任せあれ」
丁寧に返事をする俺にメルティがちょっと変な顔をしたが、気にしないことにしたようである。久々のまともな対外交渉だからか、メルティが物凄く張り切っているな。気絶している商人さんは気の毒に……今日は蜜酒でも飲ませて励ましてやろう。うん。
形容しがたい殺る気オーラ――ではなくやる気オーラを漲らせているメルティを見ながら俺はそう誓うのであった。




