第063話~アイラとシルフィ~
「えへへー、こーすけー」
慣れない酒を飲んで完全に正体を失くしたシルフィに肩を貸しながら俺とシルフィの宿舎へと向かう。色々と考えて防音にも気を遣った俺達のプライベートスペースだ。俺達だけ特別な建物で良いのか、とも思ったが皆さんがどうぞどうぞと言うので遠慮なく建てさせてもらった。
「しっかりと寝てろよー。水も置いとくからな」
「んにゅーん……」
シルフィをベッドに寝かせすぐ脇のテーブルに水差しと陶製のマグを置いて居間に戻り、籐製の長椅子に座る。
「ふぅ……」
建材の材質こそ違うが、この家の間取りはシルフィの家とほぼ同じだ。渡り廊下と裏庭を無くしてトイレに直通にしてあるくらいかな、違いは。
窓に目を向けるが、まだまだ日は高い。朝からアイラ達と会合、その後味噌醤油と酒造りをして宴会に突入。昼飯もその場で食って、皆が良い感じに酔っ払ったからとっとと抜け出してきた。ありったけのエールを置いて。
「麦の生産が増えそうだな……」
地球でも古代に農業が発達――つまり麦の栽培が盛んになったのは古代人がパンを食べるためでなく、エールを飲みたかったからだ、なんて学説があるらしい。本当なのかどうかはわからないが、実際に飯よりも酒を喜ぶ皆を見てるとあながち間違いでもないのかもしれないと思っちゃうね。
シルフィはすやすやと寝ているし、喫緊の用事もないので久々にマッタリとする。居間にハンモックスタンドを置き、その上に寝そべりながら目の間に置いた改良型作業台にアクセスして面白アイテムが作れないかアイテムクリエイションを試しまくるのだ。
「んー、ミスリルの弾丸は作れないか。そういやボルトアクションライフル用の銃剣とか作ってなかったな」
ちゃんと着剣装置はついていたから、作れば使えるはずだ。
「材質はミスリル鉄合金でー……っと」
鍛冶ラミアさんに聞いたのだが、ごく少量でもいいからミスリルを添加すると鉄の強度が高くなり、錆びにくくなって非常に有用であるという。実際に試してみると鋼以上の強度になったので、最近は自分の装備品をどんどんミスリル鉄合金に置き換えていっている。
・ボルトアクションライフル用銃剣(ミスリル鉄合金製)――素材:ミスリル鉄合金×1 木材×1 機械部品×1
機械部品がいるのか。ああ、銃剣のロック機構に使うのかな? なるほどね。
現状で生産済みのボルトアクションライフルの数は少し増えて十五丁だ。予備も合わせて二〇本も作っておけばいいだろう。実際に運用しているのは俺とネコ科獣人のジャギラ、他数名の射撃能力が優秀な解放軍兵士だけだからな。
もう少し射手を増やしたいんだけど、訓練用の弾薬の調達がな……一度の訓練で三〇発の弾丸を消費するとして、一〇人いたら一度に消費する弾丸は三〇〇発だ。この人数で毎日訓練したら? 資材枯渇まっしぐらである。まぁ、今は週に一度の訓練って形にしてるからなんとかなってるけど。
それにしたって俺とジャギラ、他三名の分で一週間の消費量が一五〇発である。銃という武器がどれだけ金食い虫なのかよく分かるな。クロスボウなら射撃訓練をしても矢を回収すればいいし、鏃は多少潰れても研いで直したり、鋳潰して新しい鏃にしたりできるからな。
これが連発銃になったら? 想像もしたくないね! アサルトライフルとかサブマシンガンみたいな弾薬をドカ食いする武器を運用できるようになる日は遠いな。
実際に作るかどうかは別として、色々なものをアイテムクリエイションでクラフト一覧に追加しておくのは有用である。実際に作ってはいないけどクラフト一覧に追加してある武器の類は既に一〇〇を軽く越えている。刀剣類だけでなく、銃器や兵器の類も結構多い。出来の良さそうなものは実際に作ってインベントリ内に秘匿していたりもする。例えば俺用に作ったミスリル武器とか。
「ふふふ……専用武器って心が躍るよな」
俺がインベントリから取り出したのは所謂ショートソードである。幅広の刀身で、刃渡りは俺の肘から中指の先くらいまでの長さ。シンプルな鍔と柄を持つミスリル製の諸刃の剣だ。つらぬき○という銘でもつけてやろうか。
え? 隠れてない? 細かいことを気にするなよ。
「ふふふ、美しい刀身だ」
「ん、綺麗。さすがミスリル製」
「そうだろうそうだろう……うおっ!?」
ミスリルショートソードを眺めながらニヤニヤしていると、いつの間にかアイラがハンモックスタンドのすぐ脇に立っていた。え? いつの間に入ってきたの? 全然気づかなかったんだけど。
危ないので、とりあえず剣をインベントリに収納して改良型作業台も同じく収納する。
「突然の来訪だな」
「ん、姫殿下と話をしにきた」
「お、おう」
話の内容がどんなものになるのか? 聞きたいような聞きたくないような……いや、聞いてはいけないな、うん。
「シルフィは完全に潰れて寝てるぞ」
アイラは宴会には参加してなかったな。酒が苦手なのかね。俺も得意ではないけども。
「そう」
アイラはいつもの無表情でそう呟くと、俺の隣に腰掛けた。ハンモックが少し揺れる。そしてなぜか俺の腕をぐいぐいと引き始めた。力の入れ方から考えると、どうも俺を膝枕でもしてくれるつもりらしい。
「お、おい」
「んっ」
止めようとするが、アイラは頑なであった。仕方ないので抵抗をやめて大人しく膝枕をされることにする。顔の右側面に触れるアイラの太ももの感触が温かく、そして柔らかい。服越しだけど。
「ええと、これはどういう状況で?」
「帰ってきたら甘やかしてあげると言った」
「……なるほど」
ゴーレム通信で言ったことを律儀に守ってくれるらしい。アイラの手が俺の頭を撫でる。アイラの顔は見えないが、なんとなく楽しそうな雰囲気は伝わってくるな。
「重くないか?」
「大丈夫」
しかし微妙にこの体勢は辛い。隣り合って座っていた状態から、俺が上半身だけ横に倒して膝枕をしてもらっている状態だ。これは腰に来る。
「これでよし」
壁際にクッションを置き、その上に足を伸ばして座ったアイラに少し足を広げてもらい、その間にすっぽりとハマる。これぞ膝枕ならぬ股枕。
「ちょっと恥ずかしいけど、コースケの顔を見れるのは良い」
「そうだろうそうだろう」
この体勢の良いところは互いの顔を見れること、そして枕をする側の足が痺れないことではなかろうか。少し頬を赤くして微かに笑みを浮かべたアイラが俺の頭をなでなでし始める。ああー、こういうのもいいねぇ。一見小さな女の子に見えるアイラに甘えるこの感覚……これがバブみというものか。
「アイラは成人しているんだよな」
「? 当たり前。私はもう三十二歳」
「俺の感覚で言うと全然そんなに見えないんだよ……」
ぶっちゃけて言うと、下手すると女子中学生かそれよりも幼く見えるくらいだ。身長なんて絶対150cm無いだろう。手足も細いし、ちっちゃいし。髪型がおかっぱっぽいのも幼さを感じさせるの助長している気がする。目が大きいのもそう見える原因かもしれない。
「コースケは本当に不思議。人間は私みたいな異形を気味悪がる」
「そうなのかもなぁ。俺は全然気にならないけど」
所謂モンスター娘なんてジャンルに触れることも少なくなかったしな。そして俺はそういうのに抵抗がないというか、結構好きだったのだ。ライト層はエルフとか天使とか悪魔娘とかケモミミ娘辺りから始まり、ミドル層になると単眼娘とかラミアとかハーピィとかアラクネ、スライム娘とか異色肌とか黒白目とかその辺りくらいまで、それ以上は完全に人の形をしていない系とかかな?
この辺りの層分けというかクラス分けには様々な基準があるだろうから、これはあくまでも俺基準だけど。ちなみに俺はミドルまでは余裕でいける人である。
手を伸ばしてアイラの頬を触ると、とても柔らかい。ぷにぷにである。アイラは少し顔を赤くして俺の手に自分の手をそっと添え、くしくしと俺の手に頬を擦りつけてきた。ちょっと、反応が可愛くてどうにかなりそうなんだけど。
「アイラも結構甘えん坊なんじゃないか?」
「ん、そうかも。交代する?」
「それはやめておこう」
男が女の子にこの体勢を取るのは色々と不味い。後頭部あたりにアレがああなって危険が危ない。
「そう?」
気づいているのかいないのか、アイラは普通に残念そうな顔をした。アイラはスキンシップが好きみたいだ。シルフィはどちらかというと会話を楽しむ傾向があるな。いや、スキンシップも好きだけどね、シルフィは。本性は物凄い甘えん坊だし。
ところで、これいつまで続けるんですかね? シルフィが起きてくるまでやるの? それ、完全に修羅場展開にならない? 助けてサイクス! こんな時どうすればいいんだ!?
そんな葛藤を抱えながらアイラとイチャつきながら過ごすこと一時間半ほど。
「ん……来てたのか」
「うん」
あくびをしながら起きてきたシルフィと再び俺に股枕をしてなでなでしていたアイラが短く会話を交わし、シルフィがそのままトイレへと消えていく。沢山飲んだぶん出るものがあるんだろう、きっと。
「何かハラハラしていたみたいだけど、昨日のうちにある程度話し合ってある」
「そうなのか」
そういえば昨日の夜、食事をとった後にシルフィがふらりと外に出かけて行ってたな。あれはアイラと話をしにいっていたのだろうか。今日はその続きを話しにきたというわけか。
「どういう話し合いなのか聞いてもいいか?」
「コースケをどうやって分けるか話し合う」
「わける」
「そう、姫殿下が右半分、私が左半分をもらう」
「冗談ですよね?」
「勿論冗談」
真顔で冗談を言うのはやめてくれ。心臓に悪い。ペイルムーンで真っ二つにでもされるのかと思ったわ。トイレから出てきたシルフィが籐製の長椅子に座り、自分の横をポンポンと叩いた。座れということらしい。
俺は素直に立ち上がり、シルフィの隣に座る。その隣にアイラも座る。左右をシルフィとアイラに挟まれた形だ。
「さて……コースケをどうやって分けるかだが」
「ん」
「日が出ている間はアイラに、日が落ちてからは私に優先権があるという形でどうだ?」
「ズルい。私もコースケと一緒に寝たい」
「ふむ……では一日ずつ交代で、というのはどうだ?」
「それならいい。仕事で傍にいられない場合は傍にいるほうが総取り?」
「そうするしかないだろうな。私にも、アイラにも、コースケにもやるべきことは多い」
「ん、わかった。姫殿下が正妻で、私が側室?」
「そうなるだろうな。ただ、これから先も増えるぞ。ピルナ達ハーピィとか」
「その時はその時で話し合う。幸い、ハーピィは元々一人の男性を多人数でシェアする文化。私達が学べることは多いはず」
「ああ、ラミアとハーピィは基本的に女しかいないものな」
俺の腕に抱きついたシルフィとアイラが俺のシェア計画をステレオで話し合っている。俺? 俺は黙って息を潜めてますよ。こういうのは俺が口を出しても絶対に碌なことにならないだろうし。俺は二人に奉仕する機械です。はい。
「コースケからは何かあるか?」
「ん、本人の意見は大事」
息を潜めていたのに話を振られた。くっ、流石にこの距離ではステルスもクソもないな。
「二人が姉妹のように仲良くしてくれるのが一番いいです」
心の底からそう思う。ギスギスした関係になるのは良くない。主に俺の精神衛生上の問題がある。
「ふむ、なるほど……姉妹のようにか。なら姫殿下と呼ぶのはやめてもらうとするか、アイラ」
「ん……なんて呼ぶ?」
「シルフィ姉さまとかで良いんじゃないか?」
多分シルフィの方が少し年上だろう。
「シルフィ姉さま」
「……なんだかこそばゆいな。私は今までどおりアイラでいいか?」
「ん、それでいい。シルフィ姉さま」
「ふふ……姉さまか。私は末っ子だったからな、昔は妹が欲しいと思っていたんだ。思わぬところで叶ってしまったな」
「ん」
和やかな雰囲気が流れる。二人の関係は問題無さそうだな。この調子で仲良く俺をシェアしてほしい。シルフィとアイラの仲が良いと俺も嬉しいし、心が穏やかになるからな。うん。
「待って待って待って、展開早くない?」
俺はベッドの上に追い詰められていた。服はシルフィによってとうの前に剥ぎ取られ、隣の居間の隅に放り投げられている。そして目の前には爛々と目を輝かせているシルフィとアイラ。
「別に早くないだろう。遅かれ早かれこういう関係になるんだ」
「ん、覚悟は決めてきた。薬も用意してきた。んくっ……ふぅ」
「何の薬!? それ本当に大丈夫なやつ!?」
「何も心配いらない。効くまで少し時間がかかる」
「なら今のうちにコースケの弱いところを教えてやろう」
「ん」
「ちょっ、まっ、あっ……アーッ!?」
抵抗はするだけ無駄だった。
突然ですが、GCノベルズで書籍化することが決まりました!
書籍化の時期やイラストレーターさんはまだはっきりとは決まっていませんので、決まり次第ご連絡させていただきます!
あと毎日更新を隔日更新くらいにしたいと思います……ゆるして!_(:3」∠)_




