第062話~た~る♪~
肩こりがひどくなってきた_(:3」∠)_
研究開発部での会合が終わったらフリータイムである。時間としてはまだお昼にもなっていないが、今日俺がやらなければならない仕事や、顔を出さなければならない場所はもうない。聖王国軍やギズマの襲撃なども暫くはないだろうし、食糧生産にも軍需物資の備蓄にも余裕がある。
何かを量産するのも今は人手も増えたことだし、増えた人手に仕事を与える意味でもどうしても俺が作らなければならないもの以外は解放軍の皆さんが手ずから作るほうが良いしね。
そういうわけで、暫くの間俺は自由人になる予定なのだ。最近はご無沙汰だったクラフト方面での新アイテム開発や、自分自身の能力を把握して習熟することに時間を割けそうである。
「そういうわけで、味噌と醤油を作ってみたいと思います」
「みそとしょうゆ」
「名前からはどういうものなのか全く想像がつかないのであるな」
ダナン達との会議を終えて俺と合流したシルフィと、俺の護衛のためにシルフィにくっついてきたレオナール卿を伴って俺は食料を備蓄している倉庫へと向かった。材料になりそうな豆を見繕うためである。
「大豆っぽい豆があると良いんだが」
「だいず、というのはどういう豆なのであるか?」
「鞘に入ってる豆で、大きさは小指の先くらいの球形。そのまま食べることはあまりないな。熟しきらないものは塩ゆでにして食うと美味い。基本的には茹であげてからいろいろな形に加工して利用されることが多かったと思う」
「ふーむ、なら油豆がそれに近いと思うのである」
「そうだな、油豆だろうな」
「あぶらまめ」
「この砦でも油を取るために栽培しているはずであるな。保存も効くし、茹でれば食えないこともないので備蓄されているはずである」
食料倉庫に着いた俺達は倉庫の管理官から10kgの油豆が入った袋と、大量の塩、それと粉に挽く前の小麦と大麦も3kgずつ譲り受けた。
「材料はそれだけであるか?」
「これを茹でて潰して混ぜ合わせて発酵させて作るんだよ」
まず作るなら味噌だろう。ネックとなるのは麹菌だが、そこはクラフト能力特有のご都合クラフトでなんとかなるはずだ。ギズマの肉を牛肉っぽく変えることに比べたら、麹菌での発酵過程をすっ飛ばすくらいは余裕でこなすだろう。きっとそうに決まっている。
「問題はどのクラフト台で作れるかなんだよな」
鍛冶施設ってことはないだろう。改良型作業台も絶対に違うとは言えないが、まぁ違うだろう。怪しいのは調理作業台と調合台だな。
手に入れてきた材料を全てインベントリにぶちこみ、調理作業台と調合台を並べてクラフトメニューをチェックする。
・きなこ――素材:大豆×2
・豆乳――素材:大豆×2 水×2
調理作業台のクラフトメニューにきなこと豆乳が出てきた。きなこだけあっても餅がないとなぁ……豆乳は作って加工すれば豆腐を作れそうだな。とりあえず、きなこと豆乳を作ってみる。
「これはなんであるか?」
「きなこと豆乳。豆を炒って挽いた粉と、茹でて潰して絞って濾した汁だったと思う。栄養満点だぞ」
「……こっちの粉は香ばしいな。色々なものに使えそうな気がする」
「こっちの豆乳というのは少し青臭いのであるな。健康に良さそうなのである」
早速きなこと豆乳に手を伸ばすシルフィとレオナール卿。割と躊躇無いね、君達。
「きなこはお菓子に使われることが多かったな。穀物を潰して練って柔らかくした餅って食べ物に砂糖を混ぜたきな粉を付けたり、きな粉をつけた餅に蜜を垂らして食ったりしてた。豆乳は健康飲料として飲まれてたな。栄養豊富なんだ。ただ、豆乳を加工した食べ物も結構色々あるんだぞ」
しかし味噌は無いな。調合作業台はどうだろうか? と見てみるが、こちらにもそれらしいものはなかった。
「むぅ……材料はあるはずだが、作れん」
つまり作業台が対応していないということだろうか? いくらイメージしてもアイテムクリエイションにも追加されないし。そうなると、専用のクラフトテーブルを作る必要があるに違いない。
発酵、熟成させるための機材……醸造用の樽とか? 調合台でアルコールを作れるなら調合台でも行けそうな気がするんだけどなぁ。
じゃあ樽、樽だ。アイテムクリエイションで醸造用の樽。樽出てこい! たーる。
・醸造用樽――素材:木材×10
「よっしゃあ!」
「ど、どうした?」
「いや、醸造に使えそうな作業台が作れるようになってな」
「醸造であるか。酒も作れるのであるか?」
「いけるかもしれん」
「ぶどうと麦をかっぱらってくるのである!」
レオナール卿がすぐそこにある食料倉庫にダッシュしていった。どんだけワインとビールが飲みたいんだよ、おっさん。
「蜜酒も作れるようになるのか?」
「作れるかもな」
「花蜜を取ってくる」
シルフィも食料倉庫にダッシュしていった。君達、お酒好きだね?
それはそれとして醸造用樽である。素材が安いのは非常に良いな。どれ、二つくらい作ってみるか。
「ん? スタックされる?」
普通、作業台関連はインベントリ内でスタックされないのだが、醸造用樽はインベントリ内でその他素材やアイテムのようにスタックされるようだ。つまり、これは消耗品なのか?
「素材は軽いと思ったけど、繰り返し使えないならそうでもないのかね」
醸造用樽が出来上がったので、取り出してアクセスしてみる。そうすると醸造メニューが出てきた。
・味噌――素材:大豆×2 穀物×2 塩×2 水×2
・醤油――素材:大豆×1 穀物×1 塩×2 水×4
「よっしゃあ!」
しかし味噌と醤油の材料はほぼ同じなんだな……って醤油のクラフト時間なげぇ。19.2時間って……いや、これ元々24時間のところを熟練工で20%軽減されてるのか。本来は年単位で熟成させたりするものだろうし。味噌はその半分くらいなんだな。
ちなみに、味噌一つ仕込むのに必要な大豆の量は200gくらいだった。樽の大きさはいわゆる一般的な大きさの樽である。200gでそれにみっちり仕込めた。
質量保存の法則は今日も息をしていない。
「コースケ、花蜜を持ってきたぞ」
「ぶどうと麦も持ってきたのである」
味噌と醤油を仕込んだところで酒飲み達が戻ってきた。持ってきた作物を預かり、醸造用樽のメニューにアクセスする。
・エルフの蜜酒――素材:花蜜×2 水×6
・ワイン――素材:ぶどう×10
・エール――素材:麦×4 水×4
・ビール――素材:麦×3 ホップ×1 水×4
ほう、作れるようだな? エルフの蜜酒とワインはわかるけど、エールとビールは区別されるんだな。しかし、俺はホップなんて持ってないんだが……アイラやエルフに分けてもらった薬草のうちのどれかがホップの代替品になってるんだな、きっと。どれだろうか? 後で調べてみよう。
ちなみにクラフト時間はエールがなんと驚きの8分。はえーよ。次にエルフの蜜酒で、三十分。ビールは4.3時間、ワインは8.6時間だった。
「エールはすぐに飲めるのであるか!? 他の酒も明日には飲めるのであるか!?」
「喜びすぎだろう?」
「いや、そうでもないと思うが……コースケにかかれば酒造りもそんな短時間で終わるのか。蜜酒もすぐにできるのは嬉しいな」
レオナール卿が狂喜し、シルフィも嬉しそうな笑みを浮かべる。レオナール卿は知らなかったけど、シルフィは結構な酒好きだものな。エルフ的な年齢で言うとまだ子供のはずだけど、俺よりも年上だからなぁ……なんとも言えん。
「コースケの仕込んだミソとショウユというのも気になるのであるな」
「独特な風味だけど、美味いぞ。まぁ人によって合う、合わないはあると思うけど」
とはいえ醤油は万能調味料だからね。きっとすぐに皆も虜になると思う。味噌は使い方が結構難しいよね。俺は味噌汁と野菜の味噌漬けくらいしか思いつかないよ。あとはちゃんちゃん焼きとか?
肉や魚を味噌漬けにして焼くのも良いか。醤油と組み合わせて焼き料理に使ってみるのもありかな。野菜につけてかじるだけでも美味いと思うけど。
そんなことを話しているうちにエールが出来上がったので、陶製のカップを出して樽から注ぐ。
「では、勝利に……というのは微妙だな」
「我輩達は何もしていないでありますからな」
「ではコースケに乾杯」
「乾杯である」
「なんか照れるなぁ。乾杯」
カップを軽く打ち合わせてエールを呷る。ふむ、初めて飲んだけどビールと違って苦くないんだな。ちょっと酸っぱい気がするけど、香りはフルーティな感じで良いと思う。俺はビールよりもこっちの方が飲みやすいかもしれん。
「ふーむ、エールというのは初めて飲んだが悪くないな」
「俺もそう思う」
「コースケの作ったエールは上物であるな。これに比べれば場末の酒場の安いエールは馬の小便みたいなものである」
「そんなにかよ……場末の酒場こええな」
飲みながらも醸造作業は続行中である。樽は改良型作業台で量産できるので、絶賛量産中だ。そして仕込むべき作物は大量にある。味噌と醤油は同量、エルフの蜜酒とワイン、エール、ビールは仕込めるだけ仕込んでおく。
結果として味噌と醤油を二〇樽ずつ、エルフの蜜酒を二五樽、エールを二〇樽、ビールを五樽仕込んだ。そして食料庫のすぐ近くでおっぱじめたもんだから、目立つ。
「レオナール様、もしかしてそれはエールですか?」
「おお、そうである。コースケが作ってくれた上物のエールであるぞ。皆も飲むのである」
「いいのかい?」
「構わん。皆で飲もう」
「姫殿下のお許しも出たのである。さぁ飲むのである!」
「いただきます!」
「エールなんて久しぶりだねぇ!」
「酒を呑むなんて何年ぶりだ?」
今回の作戦で解放され、戦うためにここに残った解放民や俺に治療されたばかりの解放民達も巻き込んで大宴会になった。食料倉庫が開放され、備蓄を少しばかり吐き出してもらって俺は黙々とエールを仕込む。
飲まなくて良いのかって? こうしてないとこの場にいる全員に酒を注がれて急性アルコール中毒で死にそうだから遠慮しておく。俺は皆の飲むエールを作らないといけないから! と言って体よく酌を断っているのだ。
「あはははは!」
シルフィは飲み慣れないエールを勧められるままにガバガバと空けまくってもうダメになっている。愉快そうに笑っていらっしゃる。
「醗酵が早すぎる……」
「さすがコースケさんですね!」
「ら~♪ らら~♪」
アイラは俺が仕込んだばかりのエールの樽を開けて光を失った瞳で醗酵の様子を観察しているし、ピルナは両翼で器用に陶製のマグを抱えてクピクピとエールを呷っている。茶色羽ハーピィのペッサーなんて酔っ払って歌いだしてるし……結構良い声だな。
「何事……姫殿下、コースケ……」
騒ぎを聞きつけて現場に駆けつけてきたダナンが笑いまくっているシルフィと黙々とエールを作る俺を見て言葉を失う。俺はそんな彼のために新しい陶製のマグカップをインベントリから取り出し、エールを注いで差し出した。
「まぁ、飲め」
「……」
ダナンは俺の言葉に答えず、ただ深い溜め息を吐いてマグカップを受け取った。うん、規律の乱れを怒ろうにもシルフィがもうへべれけになってるし、どうしようもないよな。今日はもう飲め、明日からキチッとやろうぜ。




