第058話~彼女達の見た閃光~
「で、重い話が続くが次は戦争の話だ」
色恋方面の話は終わったので、次は戦争方面の話である。これは、俺的には色恋方面よりもずっと話がしやすい。当事者意識が薄いとも言い換えることができるかもしれない。
「うん、その話もしておいた方が良いな」
シルフィは真面目な表情をして俺の話を聞く姿勢になる。うーん、この温度差。
「朝にレオナール卿と話した結論としては、交渉するにしても他国に仲介を頼むにしても、まずは力を見せつけないといけないって話だったよな」
「そうだな。今の私達は奴らにとっては取るに足らない反乱軍の残党だ。属国統治を妨げる賊と言い換えても良いだろうな。そんな連中とまともに交渉などすることはないだろう」
私が相手の立場でも交渉などしない、とシルフィはそう言った。うーん、それもそうか。奴らに取ってみれば俺達はテロリストみたいなものだものな。俺達には俺達の主張と正義があるが、奴らには奴らの主張と正義があるんだろう。
「力を見せつけるってのは、率直に言えば聖王国の兵士を殺しまくるってことだよな」
「そうだな。コースケは嫌か?」
「人死には少ないに越したことは無いと思うけど、そう簡単にはいかないだろうな」
既に聖王国はメリナード王国を征服し、属国として実効支配を盤石なものとしている。メリナード王国が属国化されて既に二十年経っているのだ。長命種で無い限り、当時若かった人間も既に四十歳から五十歳になっているはずである。寿命や怪我、病気で死んだ当事者も多いだろう。
時の流れのせいで今の世代のメリナード王国民には戦争の当事者意識が薄くなっている可能性もあるし、二十年も経てば聖王国から移住して既に根を下ろしている聖王国民もいるはずだ。国土の奪還は一筋縄では行かないのは簡単に予想がつく。
「落とし所を探りながらやっていくしかないな……そう言えば、結局メリナード王国に潜伏している人間の元兵士達には接触できたのかね?」
「そういった報告はないな。彼等が潜伏しているとすれば都市部だろうから、今回は接触できていないのだろうな。街や都市には接近していないはずだから」
「なるほど……まぁ、人の口に戸は立てられないからな。岩塩鉱山の攻略はそれなりに話題性があるだろうし、徐々に噂は広まって行くか……いや、噂を広めるならこちらから仕掛けたほうが良いかな」
「こちらから広める? どういうことだ? 工作員を潜入させるのか?」
シルフィが首を傾げる。確かに工作員を潜入させるというのも一つの手だろうな。ただ、獣人のメリナード王国人は半ば奴隷として管理されていそうな感じだし、それは非常にリスキーな作戦になるだろう。
「空からビラを撒くとかどうだ? オミット大荒野の中心にシルフィが作った新天地がある。メリナード王国民よ、今こそ結集せよ、みたいな」
「またハーピィを使うのか。コースケはハーピィが大好きだな?」
「空中の機動力って単純に強いじゃん?」
勿論ハーピィさん達のことは好きだが、好きだから積極的に作戦に組み込むわけじゃない。単純に有用だから作戦に組み込むのだ。
「だがこちらの主張や意思を広く知らしめるという意味では有用な方法かもしれないな。紙というのは高価なものなのだが……コースケなら沢山作れるのだろう?」
「余裕だな」
色々な草や葉っぱから採取できる繊維を使ってクラフト能力で大量の紙を拵えるのは簡単だ。手書きで一枚一枚に書き込むのは大変だが、木版印刷とかなら簡単にビラを量産できるだろう。
「では、最前線拠点に着き次第提案するとしよう」
「それがいい」
話が纏まったところで蜜酒をお代わりしようとして、瓶の中身が空に近いことに気がついた。いつの間にか相当量を飲んでいたらしい。そう言えば、結構酔いが回っている気もする。まだまだ限界には程遠いけど。
「蜜酒も無くなったな」
「そうだな、もっと出すか?」
「いや……もう、良いだろう?」
シルフィが誘うような笑みを浮かべる。いや、実際に誘っているんだろう。こうしてシルフィと過ごすのも久しぶりだものな。誠心誠意、お相手しましょう。
☆★☆
Side~ピルナ~
コースケさんと姫殿下が去ってから一晩を過ごし、私達三人は朝から臨時砦の監視任務に就いていた。昨日はコースケさんが置いていってくれた美味しいはんばーがーを食べられたけど、今日からはブロッククッキーと干し肉、ドライフルーツで過ごさなければならない。ブロッククッキーも結構美味しいんだけど、はんばーがーには敵わないよね。
「隊長、コースケさんは私達を受け入れてくれるかな?」
ペッサーが臨時砦の方に目を向けながらそんなことを聞いてくる。この子はいつも元気でちょっとおしゃべり。性格も明るくて良い子だし、隊内のムードメーカー的な存在。
「そ、そうしてくれたらいいですよねぇ」
フラメがニヤニヤしながら頬を薄っすらと赤く染めている。きっとコースケさんとそういう関係になれた時のことを想像しているんだろう。
この子はとても夜目も利くし、目も良い。それに飛ぶのが巧みで、ほぼ無音で素早く飛べる。とても優秀な子なんだけど、少し引っ込み思案で想像力が豊かというか……有り体に言うとムッツリスケベだ。
まるで狼系獣人か猫系獣人のように頭からぴょこんと伸びている羽がぴょこぴょこと動いている。妄想が激しくなるとあの羽が動くからとてもわかりやすい。
「フロンテ達の話だと姫殿下はコースケさんが私達と関係を持つことに前向きみたいだし、コースケさんも私達に興味はあるみたいだからきっと大丈夫よ」
必死に頼み込んだらコースケさんを闇の精霊魔法で眠らせて色々と『お勉強』させて貰えたって言ってたし……その話を最初に聞かされた時には悔しくて暴れそうになったけど。でも、その後にコースケさんとお風呂で……ふふふ、可愛かったなぁ。
コースケさんは私達を便所鳥呼ばわりしないし、寧ろとても重用してくれている。それに、私達に比類なき力も与えてくれた。最初は軽い気持ちで頼んだ私達にも使える武器の作成だったけれど、コースケさんが作ってくれたのは私の想像を遥かに超える凄いものだった。
「コースケさん、いいですよねぇ……」
うっとりとした表情でフラメが頬に手を当てて呟く。コースケさんはとてもミステリアスな男性だ。夜空みたいに真っ黒な髪の毛に黒い瞳、不思議な力、見たことも聞いたこともない武器や道具、料理の知識に柔軟な発想。
性格は勤勉で優しいし、誠実だ。女性に対する態度も擦れていないというか、初心なところがある。でも、ギズマに正面から挑む勇ましさも持っている。むぅ、フラメじゃないけどコースケさんのことを考えていたら顔が見たくなってきたなぁ。
いけないいけない。今は大事な任務の最中だ。監視任務は退屈だけど、疎かにしてはいけない。コースケさんに失望されちゃう。
「それには同意するけど、今は任務を優先しないと」
「そうだけど、暫くは退屈ですよ?」
「それでも。コースケさんに失望されたくないでしょ?」
「そ、それはそうですね」
聖王国軍に発見されるわけにはいかないから、飛んでいって聖王国軍の動向を見守るわけにもいかない。このまま監視所から臨時砦の方向を注視することにする。
暫くは動きがなかったけれど、二時間ほどで臨時砦の近くに聖王国軍が現れた。砦を囲むように布陣し、砦からの攻撃に警戒しているようだ。しかし、すぐに砦に人の気配がないことに気がついたようで、歩兵が盾を構えながらジリジリと距離を詰め始める。
「攻城兵器は見当たらないですね」
「この前撃退した時にはまだ砦と距離があったから、もしかしたら砦を確認できてなかったのかもね」
私達の爆撃で聖王国軍は大混乱だったし、恐らくそんなことを気にする余裕が無かったんだろう。生き残りの数もそう多くなかったはずだしね。
「あ、立て札が引っこ抜かれた」
「指揮官のところに持っていくみたいですね」
臨時砦の門の前に立てられていた立て札には私達解放軍の要求と、警告が書いてあった。私達の要求はメリナード王国領の返還と、聖王国軍と聖王国民の国外退去、そしてメリナード王国民の解放だ。警告に関してはこの臨時砦への侵攻を我々は聖王国軍による敵対行為とみなし、交戦状態に突入するという内容だ。警告というよりは宣戦布告かな?
立て札の内容を見た聖王国軍の指揮官らしき人間は立て札を地面に叩きつけ、踏みにじった。
「あー、もう。酷いことするなぁ」
「あいつらにしてみれば当然の行動だろうけどね」
どうやら聖王国軍は梯子なども持ってきていなかったらしい。門は固く閉ざされているし、どうやって侵入するか協議しているようだ。登ろうにも、あの城壁って殆ど取っ掛かりが無いし微妙に傾斜しているからよじ登るのも難しいだろうね。
四苦八苦した挙げ句、即席のフック付きロープを防壁に引っ掛けて登って侵入を果たしたみたい。風魔法を使える魔道士がいればもっと簡単に入れたと思うんだけど、あの中にはいないのかな?
「魔道士はいないっぽい?」
「そ、それらしいのは見当たらないですね」
「私達相手には必要ないって判断なんでしょ」
魔道士部隊は聖王国軍の虎の子だ。そうそう辺境のオミット大荒野に出張ってはこれないだけかもしれない。
兵が中に入ってから、砦が制圧されるのはあっという間だった。城門が開かれ、歩兵部隊が雪崩込んでいく。臨時砦に残っているのは少しの食料と、家具の類だけだ。水がいくらでも湧き出る水場はコースケさんが跡形もなく撤去してあるし、不自然さを隠すために掘った井戸には毒と土が投げ込んである。そもそも掘ったばかりだから水が濁ってて使えないだろうけれど。
騎兵部隊がレオナール卿達の足跡を追跡して走っていったけど、多分コースケさん達に追いつくことはできないだろう。ギズマに襲われる危険もあるし、深追いはできないはずだ。
暫くして騎兵部隊も戻ってきた。歩兵が砦内やその周辺で動き回っているが、進軍する気配はない。どうやら今日はここに留まるらしい。無傷で立派な砦をまるまる手に入れたのだから、それで満足したのだろう。オミット大荒野を攻略するための橋頭堡にも使えるものね。
でも、それが彼等の命取りになる。
特に何事もなく、日が落ちて夜になった。流石に五〇〇〇を超える数の全軍が砦に入ることはできないから、彼らは砦の周りに布陣することにしたようだ。日が落ちるまで堀を掘り、土塁を作ってギズマに備えていた。篝火も煌々と焚かれている。
「本当に爆発するのかな?」
「私はコースケさんが仕損じるとは思えないわ」
「そ、そうですね。コースケさんが――」
フラメが何かを言い切る前にそれは起こった。
まず閃光が走り、爆炎が立ち昇った。次いで、轟音と衝撃が伝わってくる。爆発は一度ではなく、連鎖して何度も起こった。その度に耳をつんざくような轟音と、胸を叩くような衝撃が襲いかかってくる。
ペッサーも、フラメも、私もただその光景に圧倒されていた。爆発が始まってから終わるまではごく短い時間だったはずだけれど、随分と長い時間その光景を見ていたような気がする。
「す、すごい……」
「あわわ……臨時砦が跡形もありませんよぉ」
「予想よりずっと凄いじゃないですか、コースケさん……」
フラメの言う通り、爆発によって臨時砦は文字通り跡形も無くなっていた。残っているのは爆発で抉られた地面と、砦の残骸と、その周りに広がる聖王国軍の残骸だけだ。コースケさんは砦の外の聖王国軍には大したダメージは無いかもしれないと言っていたけれど、私の見る限りでは無事な兵なんて一人も居ないんじゃないかと思える。
「え、ええと……た、隊長、どうすればいいですかぁ?」
「フラメは予定通り闇に紛れて偵察をお願い。できるだけ見つからないように、多分大丈夫だと思うけど弓で射られないように高度は取ってね」
「は、はいぃ……」
フラメが入り口から殆ど音も立てずに飛翔していく。あの子はいつも自信なさげだけど、物凄く優秀なのよね。もう少し自信を持ってもいいのに。
「ピルナ隊長、やっぱりコースケさんってすごいですね」
「凄いなんて言葉じゃ生温い気がするけどね」
一体どれくらいの被害が聖王国軍に出ているのか……少なくとも、砦の中に居た兵は確実に生きていないだろうと思う。あれで生きてたら人族以外の何かだ。
暫くしてフラメが戻ってきた。よほど凄惨な光景だったのか、顔色が悪い。
「どうだった?」
「と、砦は跡形もなし、まともに動いてた兵は二割も居なかったと思いますぅ」
「ほぼ全滅じゃない……」
五五〇〇の二割なら一〇〇〇くらいはまだ動いているということだけれど、その二割のうち完全にまともな状態の兵がどれほどいるのだろうか。
「聖王国軍は戦闘能力を失ったわね」
「はいぃ、そう考えて良いと思います」
「私達はどうするの?」
「朝になったら全員で再度確認して、ここを爆破して帰還するわ。今日は一応交代で見張りをしながら寝ましょう」
はーい、と返事をするペッサーを最初の見張りにして、夜に強いフラメを真ん中、私が最後の見張りになろう。私達の翼なら明日中にはコースケさんと合流できるはず。しっかりと戦果を報告しないとね。
いつも感想や誤字報告ありがとうございます、読ませていただいております。
個別の返信は……それで忙殺されちゃうからユルシテネ!_(:3」∠)_(無謀に腹を曝け出す