第056話~罠は設置している時が一番ワクワクする~
「衝突は避けられないとして、問題は落とし所だよな」
「そうだな」
「そうであるな」
戦争を始めるのは簡単だ。難しいのは戦争を終わらせることである。戦争による疲弊、物資の枯渇、民衆の支持、要衝の確保などの国家の利益や指導者や国家のプライドなど、様々な要素が絡むからな。
「こちらの指導者は勿論シルフィってことになるんだろうが、あっち側の指導者ってのは一体誰になるのかね?」
「最高指導者となると当然聖王アルフレッド三世ということになるのだろうが、今回の場合はメリナード王国領を統治している執政官ということになるかな」
「執政官アウレウスであるな。民をギリギリまで絞り上げて私腹を肥やすのが上手な豚野郎である」
何か因縁があるのか、概ね紳士的な態度のレオナール卿にしては辛辣な物言いだな。
「本来は指導者同士が会談して講和を結ぶのが良いんだろうけど……まぁ応じないだろうな」
「そうであるな。勢力の大きさに差がありすぎるのである」
向こうからすれば人数一三〇〇程度の少勢力など取るにも足らない虫けらみたいなもんだろう。対等な交渉のテーブルに着くとは思えない。
「第三国に仲介を頼むってのも、まぁ無理だよな」
「同じ理由であるな。何の影響力もない相手を仲介して得るものなど何もないのである。我らは勢力を拡大し、国家と対等に渡り合えるだけの影響力を持たなければならないのである」
始まる前からわかりきっていたことだが、簡単な話じゃないな。だがまぁ、手段を選ばなければやれることもあるか。
「一応聞くけど、この世界には開戦前の舌戦というか、宣戦布告の慣習とかはあるのか?」
「開戦前に白旗を掲げた使者や指揮官が顔を合わせて馬上からお互いに降伏勧告をしたり、舌戦を繰り広げたりすることはあるのであるな」
「今回はそれ、やると思うか?」
「やらないと思うのである。奴らから見れば我輩達は三年前に壊滅した反乱軍の残党という認識の筈であるからな。騒乱を起こす賊という扱いであろうな」
「Oh……話し合いの余地は全く無いわけか」
「奴らに話し合いが通じるならメリナード王国は属国になどなっていないさ」
シルフィが皮肉げな笑みを浮かべて肩を竦めた。うーん、そうなのかぁ。
「まぁ、今はただ我々の力を見せつけるしかあるまいな。コースケは好きなように工作活動を開始してくれ」
「アイアイマム」
☆★☆
俺のやろうとしていることは今更はっきりと言うまでもないだろうが、この砦の爆破解体である。爆発物ブロックを各所に設置し、この砦を利用できないように跡形もなく吹き飛ばすつもりだ。聖王国軍の兵士ごとな。
問題は起爆方法なんだが、さてどうしたものか。安全確実に遠隔爆破する方法は今の所二種類しかない。一つは、時限信管を用いた爆破だ。予め何時間後に爆発するかを設定しておき、指定された時間に爆発物ブロックを起爆する。
実験の結果、爆発物ブロックの効果範囲内にある爆発物ブロックは連鎖して爆発することがわかっているので、ちゃんと配置すれば始めの一個を爆破することによって全ての爆発物ブロックを起爆することができる。
もう一つはアイラの協力の元に作ったミスリル銅合金回路を用いたスイッチ爆破である。魔力伝導率の高いミスリル銅合金の配線で爆発物ブロックと起爆用魔道具を繋ぎ、スイッチを押すことによって即時起爆することができる。
これは建築ブロックの罠スイッチに連動させることもできるので、床を踏んだらドカンとか、壁のスイッチを押したらドカンとか、そういう使い方も可能だ。
問題は、素材コストの高さである。ミスリル銅合金の配線に使う金属の量は些細なものだが、100m、200mと伸ばすとなかなか消費量が洒落にならない。今回のようにほぼ使い捨てみたいな感じで使うのには勇気がいる。まぁ、背に腹は変えられないんだけどさ。
「さて、どうしたものかな……」
理想的なのは、聖王国軍の全軍が砦に入った状態での爆破である。とはいえ、この砦に五〇〇〇人もの人員はどうやっても入らない。本拠点なら余裕だろうが、この砦だと精々一〇〇〇人弱が良いところだろう。それでもギズマに襲われる心配の無い砦というのは彼らにとって魅力的に違いない。
警戒はするだろうが、俺達の撤収が確認されれば間違いなくある程度の人員がこの砦に入ることになるだろう。
「食料庫の奥に罠を仕掛けるか、時限起爆か……まぁ時限起爆が良いか」
日没後の夜中に起爆するように仕掛けておくのが良いだろう。時限爆弾などの罠はこの世界にはまだ存在しないはずだ。警戒のしようがないはずである。砦をくまなく探索し、潜んでいる者が居ないと確認されれば砦は利用される筈だ。
夜中に起爆するように信管をセットして退却するのが良いだろうな。砦を完全に破壊し、かつ広範囲に被害が及ぶように爆薬を設置しなければならない。
「まぁ、防壁の中に爆発物ブロックを仕込むのが一番だよな」
厚さ3mの防壁の内側をくり抜き、均等に爆発物ブロックを設置していく。内部施設の壁にも爆発物ブロックを紛れ込ませる。思いっきり『TNT』とか書いてあるけど、これが危険物だとはまさか思うまい。試しに火をつけてみようとか誰も思わないだろう。思わないよな?
「どうしたんだ、コースケ。そんなところで固まって」
宿舎の壁に爆発物ブロックを配置したまま考え込んでいると、設置作業についてきていたシルフィが心配そうに声をかけてきた。
「いや、万が一にも爆破前にこいつに火を着ける間抜けがいたりはしないかと不安になってな」
「大丈夫だと思うが……心配なら火気厳禁とでも書いておくか?」
「それはかえって怪しまれるだろう」
シルフィの提案に思わず笑う。あちこちに火気厳禁と書かれた壁のある砦とか、俺なら怖くて入れないわ。まぁ、このままで良いか。大丈夫だろう、多分。どうせ全員は巻き込めないんだし、一個でも爆発物ブロックが爆発すれば誘爆して砦は跡形もなく吹っ飛ぶんだ。奴らを巻き込むのはついでで、この臨時砦を解体できればそれで目的は達成されるんだからな。
策士策に溺れるなんて言葉もあるわけだし、確実に爆破できるようにしっかりとブロックを配置しよう、うん。
「あ、一応皆に火気厳禁の通達を出してきてくれるか? 流石に俺達がいる間に爆発なんかしたら洒落にならん」
「む、それは確かにそうだな」
うっかりミスで全員爆死だなんて笑い話にもならない。
爆発物ブロックの設置と資材の回収は滞りなく終了し、翌日。朝一番で敵の偵察に出ていたハーピィ隊が敵の動きを察知した。
「騎兵一〇〇〇、歩兵と弓兵合わせて四〇〇〇、輜重部隊五〇〇の総勢五五〇〇です」
「ふむ、脱出させた解放民の五倍以上か。黒き森の攻略までは視野に入れていないようだな?」
「恐らくはこの砦の攻略を前提とした部隊でありましょうな。この砦を橋頭堡として、我々を追撃するつもりかと」
「到達予定は?」
「日没前にこの砦から少し離れた場所に布陣し、明日の朝から砦攻めというつもりでありましょうな」
「ふむ……我々はどう動くか」
引き際を間違えると非常にまずい。騎兵一〇〇〇騎に追撃されたらひとたまりもないからな。
「逃げるのは地下道から逃げられるからな。明日の昼前くらいまでここで抵抗してから逃げるか?」
「そうだな……全くの無抵抗で逃げると怪しまれるかもしれん」
「そうでもないと思いますな。連中は我々がハーピィの目で情報を得ていることを知っているので」
「そうか。彼我戦力差が大きいのだから、むしろ逃げないほうが不自然か……うむ、では今からすぐに発つとしよう。コースケ、時限信管は明日の夜にセットできるのか?」
「できるぞ」
「ではそうしてくれ。取るものも取りあえず逃げ出した風を装うために、倉庫にはある程度食料などを残していくように」
「わかった」
急遽撤収作業が開始され、三十分後には全員の出発準備が完了した。この砦に残っていた戦力は約五十名ほど。全員がそれなりに訓練を受けた兵で敵の動きがあり、また敵の動きによってはすぐに撤退することも事前に通知してあったので混乱らしい混乱は起こらなかった。
「本当はこの目で戦果を確認したいんだけどな」
「それは勿論私もだが、私達二人が揃って危険に身を晒すわけにはいくまい」
「ごもっともで」
俺とシルフィなら騎兵に追撃されてもなんとか逃げ切れそうだし、爆破確認後であれば連中も大混乱だから大丈夫だとは思うのだが、最高指導者と兵站の要が危険な場所に残るなんて言語道断、とレオナール卿に怒られた。まぁそうですよね。全くの正論である。
なので、砦を見通せる位置に三人ほどが滞在できる安全な監視所を作り、そこにハーピィさんを三人ほど残していくことになった。時限式爆破装置も完備で、ことを見届けたら爆破して跡形もなくする予定だ。
「では、姫殿下。くれぐれもその場に残って観察などはしないようにお願いするのである」
「わかった、わかった。そう何度も念を押すな」
真顔のレオナール卿にシルフィが苦笑を返す。
「コースケもであるぞ? 絶対であるぞ? 約束を破ったらメルティに言いつけるのである」
「わかったからそれはやめろ」
俺もシルフィもメルティには弱い。シルフィは幼馴染的な意味で、俺はブラック上司的な意味で。解放軍最強はメルティなんじゃないだろうか?
撤収するレオナール卿達の部隊と別れ、ハーピィ隊と共に少し離れた場所にある小高い岩山の上に移動する。ここならギズマに襲われることもないだろうし、見晴らしも良い。
「これ、目立たないように岩山をくり抜いたほうが良いんじゃないか?」
「そうだな、そうしてみるか」
臨機応変に対応するのも大事である。臨時砦からは見えない位置に足場を組み、入り口を作って岩山の内部をつるはしで削り、部屋を作る。そして臨時砦方面を見られるように覗き窓をいくつか作り、水場や家具を設置して念の為に爆破装置も設置すれば監視所の完成だ。
「ちょっと凝りすぎたかな?」
「確かに爆破するのは少し惜しいな。だが、後々聖王国軍に発見されて利用されたら厄介だぞ」
「それもそうだな」
ここに駐留するのはピルナと茶色羽ハーピィのフラメとペッサーの三人に決まったようだった。
「戦果を確認したら明後日には合流しますね」
「うむ、気をつけてな」
「本当に気をつけてな。怪我とかしないよう気をつけろよ」
『はい!』
三人と別れ、残りのハーピィ達と共にレオナール卿達を追う。俺は連続ジャンプ移動で、シルフィは普通に走って。ハーピィ達は飛んで。
監視所作りにはそれなりに時間をかけたのだが、俺達は彼等が第四シェルターに到着する前に合流することができた。丁度昼休憩のための小休止を取っていたところだったようだ。
俺達も軽く昼食を取り、全員で歩いて第四シェルターへと向かう。その途中で俺の背負っているゴーレム通信機から着信音が鳴り始めた。なんだなんだと興味深げに視線を向けてくる解放軍の兵士達を横目に、俺は背負っていたゴーレム通信機を抱え直して通信を開始する。
「こちらコースケ」
『ん、繋がった。心配した』
アイラからの通信だった。この声は間違えようがないな。
「おお、すまん。臨時砦まではやっぱり届かなかったみたいでな」
『そう。無事? 怪我はない?』
「全員無事だ。敵の動きがあってな、砦に罠を仕掛けて今は撤退中だ。ピルナ達ハーピィが三人、砦を監視できる位置に残って戦果を確認してから合流する予定だな。それ以外は第四シェルターに向かってて、もうすぐ着くと思うぞ」
『ん、わかった。敵の規模は?』
「輜重を合わせて五五〇〇。騎兵が一〇〇〇、歩兵と弓兵が合わせて四〇〇〇、輜重が五〇〇だ」
『多い』
「そうだな。でも大丈夫だと思うぞ。最前線砦の防備は完璧だ」
『ん……わかった。伝えておく』
「頼んだ」
通信を終え、ゴーレム通信機を背負い直す。当然ながら、好奇の視線が俺に集中していた。ですよねー。わかる。
「これは研究開発部が作った最新作でな、見ての通り離れた場所にいる人と話すことができる道具だ。今のは最前線砦からの通信だな。詳しい仕組みはわからん。今後前線部隊に配置される予定だ」
質問攻めにされる前に知る限りのことを説明したが、結局質問攻めにされた。いや、個人では持てないと思うよ。少なくとも暫くの間はね。
ああ、でもラジオ放送なんかはいいかもしれないな。受信専用の機器を作って、魔力を豊富に使える本拠点に大出力アンテナ立てて専用周波数で放送とか。一日のニュースとか、歌や楽器の得意な解放民に音楽を流してもらうとか。帰ったら是非計画を立てよう、うん。
説明しながらそんなことを考えているうちに第四シェルターに到着した。俺とシルフィだけはシェルターの外に簡易宿泊所を設置して、今夜は二人きりだ。色々と楽しみではあるけど、その前に話をしなきゃいけないことがあるな。ハーピィさん達のこととか、アイラのこととか、これから始まる戦争のこととか。
戦争のことが色恋のことより後に来る俺は緊張感が足りないかね。まぁ、直接命のやり取りをしてないからな……本当はもう少し悩むべきなんだろうか。
さて……どう話したものかね。