第052話~それぞれの役割~
昨日はやっぱり更新無理だったよ……今日からまた頑張るよ!_(:3」∠)_
「戻ったのである」
「よォ、あの爆弾ってのは凄かったなァ」
ハーピィ爆撃隊による第二次攻撃も終わってしばらくすると、多くの難民――いや、解放民達と共に解放軍の部隊も帰ってきた。多くの人員が血と泥に塗れ、なかなか迫力のある有様になっている。しかし、表情を見る限り士気は高いようだ。
フロンテ達待機組のハーピィは壊走した敵軍を追尾中、一足先に戻ってきたピルナ達には羽を休めてもらっている。レオナール卿とシュメルは血だらけだったが、全て返り血で、本人は傷一つ負っていないらしい。
「今回はコースケ殿に作ってもらったこの双牙に何度も助けられたのであるな」
全身血だらけの凄絶な格好のままレオナール卿がニヤリと笑う。うん、その格好で笑うとどう見ても血に飢えた獅子って感じで超怖いわ。
レオナール卿が腰に下げている二本の剣は、以前レオナール卿に請われて俺が作ったミスリル製の名剣だ。レオナール卿どのような剣にするのか悩みに悩み抜いた挙げ句、シンプルな直剣タイプを選んだ。二本一組の剣は彼の異名と同じ『双牙』と名付けられ、引き渡してからはもう肌身離さずといった感じで持ち歩いていた。
「それは良かった。それよりも身を清めてきたらどうだ?」
「そうであるな。血塗れのままで姫殿下の前に立つのも無礼というものである」
「しゃあねェなァ。コースケ、美味い飯を用意しといてくれよォ?」
俺の言葉に素直に頷き、血塗れの二人は水場の方へと歩いていった。それを見送っていると、今度はキュービ達が現れる。
「お疲れ。怪我はないか?」
「大丈夫だ。支給されていたポーションで治ったからな」
「クロスボウと手投げ弾が無かったら危なかった」
「コースケの作ってくれた武器や道具のおかげで生きて帰れたようなもんだ」
狼獣人の元衛兵であるウォーグの言葉に青鬼族の元冒険者インディが何度も頷く。この三人はレオナール卿やシュメルほどには血と泥に汚れていないようだ。どうしてなのかと聞いてみると。
「あの二人、手投げ弾で攻撃した後に騎兵隊に突っ込んでいったんだよ……」
「あんな真似したら命がいくつあっても足りないぜ」
「戦士としては憧れるがな……」
キュービ、インディ、ウォーグがそれぞれ苦笑いを浮かべる。自分で突っ込んだのかよ……無双ゲーの主人公か何かかな?
「それで、戦場はどんな感じだったんだ?」
テーブルと椅子をインベントリから出し、三人に水とおしぼり、ハンバーガーを渡しながら実際の戦場がどんな状況だったのかを聞き出すことにする。フィードバックは大事だからな。
「んぐっ……はぁっ! そうだな、どこから話すか」
「聖王国軍に捕捉された辺りからで良いか?」
「いや、鉱山を襲撃することになった経緯からのほうが良いだろう」
「そうだな。第一部隊と第二部隊がある開拓村を解放したのが事の発端だ」
第一部隊と第二部隊が解放した開拓村は件の岩塩鉱山に近い場所にあった開拓村で、丁度鉱山警備の交代要員が到着して聖王国軍の兵士が多いタイミングであったらしい。
夜を待って歩哨をクロスボウで静かに排除し、休息中だった聖王国軍を強襲。レオナール卿とシュメルが八面六臂の大活躍をして瞬く間に聖王国軍を制圧した。
「交代要員は岩塩鉱山に駐留する警備部隊用の補給物資も運搬してたんだ。これはチャンスだと思ってな」
馬車と大量の補給物資があれば岩塩鉱山で働かされているメリナード王国民をなんとかオミット大荒野まで連れていけるのではないかと考えたレオナール卿は開拓村の人々に接触し、岩塩鉱山の状況を確認した。
話を聞いてみると開拓村からも既に何人かが岩塩鉱山へと送られており、聖王国軍の兵からは労働環境はかなり過酷で、一週間に何人かは労働者が死んでいるとか、あそこに送られたら終わりだ、送られたくなければ従順に働けとかそんなことを聞かされていたらしい。
真偽を確かめるために聖王国軍の生き残りも尋問した結果、村人達の言うことが事実だと確認できた。尋問の後生き残りの聖王国兵はどうなったかって? 村人達に処分を任せたそうです。はい。
どうなったのかは言わなくてもわかるね? 俺がエルフの里に着いた直後に体験したアレだよ。奴らには止めてくれるご主人様はいなかったようだがね。
今回の解放作戦が終わった後、次に作戦が実行されるのがいつになるかはわからない。週に何人も死ぬような岩塩鉱山の労働者達を放って置く訳にはいかないということで、レオナール卿は急遽他の隊も呼び集めて岩塩鉱山の解放作戦を実行することにした。
まだ解放軍の手口が聖王国軍に知られていない今が最大のチャンスだった。召集された部隊は岩塩鉱山へと進撃し、夜を待って襲撃した。二手に分かれて丸太で作られた粗末ながらも頑丈な防壁を乗り越え、防壁の左右から進撃して静かに防壁を制圧。次に岩塩鉱山内の歩哨を同じ手口で始末し、兵舎を襲撃する。
襲撃自体は迅速かつ円滑に終了したが、問題はそこからだった。岩塩鉱山で働かされていた人々の中には弱りきってまともに歩くこともままならない怪我人や、病人などが相当数いたのだ。
彼らはまともな手当もされずに半ば放置されており、そのまま動かすことは難しかった。
しかし、そこで解放部隊に持たせていた俺製のポーションが役に立った。念の為ということで一人に一本ずつ全種類のポーションを持たせていたおかげだ。これは当初解放部隊からは不評だった。ガラス瓶に入ったポーションは重く、また運搬中に割れるのを防ぐために結構荷物になるポーションバッグが必要だったからだ。
だが、俺とアイラは解放部隊の反対を押し切って全員にポーションバッグを持たせた。アイラの考えはわからないが、俺はサバイバーとしての観点から薬の有無が一人一人の生存性を著しく向上させるだろうと考えていたからだ。
結果として、その薬が解放部隊の隊員ではなく弱りきっていた岩塩鉱山の労働者達を救った。俺の想定とは少し違うが、結果オーライだ。
回復した鉱山労働者達とその家族八〇〇人以上を連れてレオナール卿達解放部隊は岩塩鉱山の前に解放した村へと戻り、聖王国軍の補給物資と収穫した作物を持って撤退を開始。
解放民の中には元冒険者やメリナード王国軍の兵士なども一定数いたため、彼らにも聖王国軍からの鹵獲品で武装してもらって解放民達の護衛を担ってもらいながら道中の開拓村を解放しつつオミット大荒野へと戻ってきたということだ。
「村の収穫物と鹵獲した補給物資をなんとかやりくりしながら戻ってきたんだ」
「あの大所帯じゃ焼け石に水だったがな」
「ピルナの伝令のおかげでここまでくればなんとかなるってわかってたから、俺達の士気はなんとか保てたな。問題は解放民達の方だった」
「この二十年でオミット大荒野の向こうにある黒き森に向かって戻ってきたやつは居ないわけだからな。俺達の装備を見て多少は希望を持ってくれたようだったが、まぁ悲壮な雰囲気が漂ってたな」
俺が解放民達と同じ立場だったら、まぁかなり不安だっただろうな……突然聖王国の奴らから解放されて、なんか強そうな奴らが先導してくれるけど、行き先はもう二十年も誰も戻ってきていない死地で、しかも飯も満足に食えず、寝床もなく野宿……うん、つらい。
そんな中でもなんとか暴発せずにこの砦まで辿り着いた解放民達の忍耐は凄いな。
「そしてオミット大荒野が見えた辺りでついに聖王国軍に捕捉されたんだ」
「偵察に出ていたハーピィの一人が聖王国軍を見つけてな。歩兵と騎兵合わせて約一〇〇〇人という話だったから最初はヤバいかと思ったが、騎兵の数が少なくて助かった」
「もう二〇〇騎兵が多かったらどうにもならなかったな」
後の戦闘の推移はピルナに聞いた通りだ。クロスボウの斉射と手榴弾による攻撃で騎兵を粉砕したところでハーピィの航空爆撃が来て、後は這々の体で逃げてきたと。
「キュービはちゃっかり聖王国軍の軍馬を捕まえたんだよな」
「運が良かっただけだ。騎手を失って突っ込んできたところで背に飛び乗って、なんとか落ち着かせられたのさ」
その軍馬は今、馬車を牽いてきた馬と一緒に休ませているらしい。
「しかし……覚悟を決めてたんだが、肩透かしを食らった気分だ」
「覚悟?」
「聖王国の奴らがここに攻めてくると思ったからな。俺も戦う覚悟を決めてたんだよ。俺は人に武器を向けた経験がないからな。殴り合いの喧嘩すらまともにしたことがないんだ」
俺の告白にキュービ達は変な顔をして顔を見合わせあい、それから腹を抱えて笑い始めた。
「おいなんだよ、笑うことはないだろうが」
「いや、悪い悪い。そうか、そんな覚悟を決めてたのか。いや、真面目だなコースケは」
「別にコースケがそんな覚悟を決める必要なんてないだろ。コースケはすげぇ武器とか道具とか薬をいっぱい作れるじゃねぇか。そういうのは俺達みたいなのに任せときゃいいんだよ」
「そうだぜ。そりゃ他に戦える奴がいないなら勇気を振り絞って戦う必要もあるのかもしれないが、俺達みたいに戦える奴らが元気なうちは俺達に任せとけって」
ウォーグとキュービ、インディはそれぞれそんなことを言いながら俺の肩やら背中やら頭をバシバシと叩いてきて。いてぇよこの馬鹿力どもが!
「そもそも、コースケに一目置いてない奴なんか解放軍の中には居ないぞ? ギズマの真正面に立って突進を受け止めるなんて大したクソ度胸だと思うぜ」
「それだけじゃなくてコースケにはすげぇ能力があるし、驕ること無くそれを皆のために正しく使ってる。大した対価も求めずにな」
「俺達がそれをどれだけ恩に思っているか、コースケは正しく理解したほうが良いな。その上で最前線で戦われたりしたら俺達の立つ瀬がない」
ストレートに称賛され、認められてなんだか涙が出そうになる。ああ、いかんな。聖王国軍が退いて緊張の糸が切れたのもあるのかもしれんけど、ジワッときてしまう。
「おいおいどうしたんだよ、泣くようなことか?」
「いや、なんというか認められて嬉しくてな。頑張った甲斐があったというか」
「ははは、意外と涙脆い……んげっ」
ハンバーガーにかぶりついたウォーグが目を見開き、その頭の上にある狼の耳がピンと立つ。彼の視線を追ってみると、その先にはニッコリと笑っているピルナ達ハーピィの姿があった。なんだろう? 笑顔のはずなのに寒気を感じる。
キュービとインディはいつの間にか居なくなっていた。素早いな!
「お前から上手く説明しておいてくれよ! 絶対だぞ!? 頼むからな!?」
置いていかれた格好になっていたウォーグが脱兎のごとく駆け出していく。狼なのに脱兎のごとくとはこれいかに。
「どうしたんですか、コースケさん。彼らにいじめられでもしたんですか?」
「毟ってきましょうか?」
視線だけで男性三人を追い払ったピルナ達が俺の周りに集まって心配そうに声をかけてくる。毟ってくるってなに? ちょっと怖いんですけど。
「いや、別にそういうのじゃないから。ただ、皆に認められてるって聞かされてうるっと来ただけだから。あいつら何にも悪くないから」
「なんだ、そうだったんですか。私達の恩人であるコースケさんをいじめているのかと思いました」
「じゃあ、毟るのはやめておきますね」
「コースケさま、涙をお拭きしますね」
「ふふ、可愛い」
瞬く間にピルナ達が俺を取り囲み、柔らかくて温かい羽で俺の頭を撫でたり、目元を拭いたりしてくれる。なんだか物凄くちやほやされて気恥ずかしくなってきた。
「あー、その、ありがとう。もう立ち直ったから大丈夫だぞ」
「まぁまぁ、そう言わず」
「そう言えばコースケさん、フロンテ達から羽をもらって大事にしていると聞きました」
「私達の羽も是非もらってください」
予め用意してあったのか、解放部隊に参加していた五人が全員一枚の羽を俺に手渡してくる。青い羽、赤い羽根、黄色い羽、白い羽、灰色の羽だ。ちなみに青い羽はピルナのものである。
「お、おう。ありがとう。ところで、ハーピィには自分の羽を相手に渡すことになにか特別な意味があったりするのか?」
「いえ、特にはありませんね。自分の体の一部なわけですし、おいそれと他人に渡したりはしませんけど。それはほら、他の人族でも同じですよね?」
「この世界のことはよくわからないけど、俺の世界の常識では確かにそうだな」
自分の髪の毛とかを切って相手に渡すなんてそうそうすることじゃない。戦地に赴く恋人にお守りとして渡すことがあったりはしたかもしれないけど、そういう習慣について詳しく見たり聞いたりしたことはないな。
「ですから、特別な意味はないですけどコースケさんが喜んで受け取っていたとフロンテ達が言っていたので、私達も感謝の意を示すためにということで」
「そうか、ありがとう」
五枚の羽の手触りを一枚ずつ確認し、インベントリに収めていく。やっぱり一枚ずつユニークな名前がついてるな。青いのがピルナの羽、赤いのがショウの羽、黄色いのがオリオの羽、白いのがアイギスの羽、灰色のがディクルの羽と表示されている。一括で『ハーピィの羽』とならないのには何か理由があるのだろうか。
暫くの間、やたらとスキンシップの多いピルナ達と遠征中のお互いの話をして談笑した。
それにしても、一〇〇〇人近くの解放民がこちらに向かっていると聞いた時にはどうなることかと思ったが、思ったよりも簡単に砦への収容ができたのは僥倖だったな。
いや、大変なのはこれからなんだろうけどな。これからこの人員の大半を本拠点に後送して、戦える人達に訓練を施して、と色々やらなきゃならないことがあるわけだし。トラブルも増えそうだし、ここからが正念場だな。




