第050話~ハーピィさんの羽は綺麗~
俺達の行動は迅速だった。
備蓄物資を最低限の数だけ残してインベントリに放り込み、道具開発に使いそうな資材を放出し、俺とシルフィ、砦に居たハーピィさん達五名の合計七名で最前線シェルターへとひた走る。ギズマに対する哨戒はハーピィさん達に任せて、通常の行軍では考えられないスピードで走るのだ。
シルフィは元々お化けのような体力を持っているし、俺もコマンドアクションでの移動と走るのを組み合わせればジョギングくらいの速度でもマラソン選手よりも遥かに速いスピードで、しかも長時間走れる。
道中、ギズマに遭遇するが。
「構ってる暇は無いんだよなぁ」
ガン、ガン、ガンとポンプアクション式のショットガンからライフルドスラグ弾が発射され、ギズマを速攻で駆除する。インベントリに入れるのも一瞬だ。
「なんだかんだでコースケも十分戦えるではないか」
「武器さえあればな」
撃った分の弾薬を再装填しながらまた走る。一日目は第一シェルター、第二シェルターを通過し、第三シェルターまで到達した。本来は一日でシェルター一つ分移動するように想定されているので、三倍の進行速度でここまでこれたということだ。
「風呂、飯、寝るで行こう」
「フロ?」
首を傾げるシルフィやハーピィさん達をよそに、俺はレンガブロックで湯船を作る。大きさそのものは無限水源と同じ大きさである。つまり縦2m×横2m×深さ1mだ。臨時の風呂としては十分な広さだろう。
「ここに熱湯を入れましてー」
俺のインベントリ内では時間の経過が殆ど無い。なので、俺のインベントリ内には大鍋で沸騰させた熱湯をいくつも入れてある。こうして臨時の風呂に使う用途で用意したのではなく、砦での防衛戦でぶっかけてやろうと思って用意してたものだけど。
「後は水で温度を調整しましてー」
バケツの水をコマンドアクションで設置するのではなく、普通に熱湯に注いで温度を調整する。うむ、こんなもんだ。
「これでOK! さぁ交代で風呂に浸かるのだ」
「これはなんだ? お湯?」
「なんと、風呂の文化が無いのか」
そういえばこの世界では水浴びと濡らした布で身体を拭くのがデフォルトであった。軽く風呂のことを説明し、タオルを渡して順次入っていくように指示する。俺はその間に飯の用意だ。
「ああ、おふろって贅沢……」
「温かいお湯に浸かるのってこんなに気持ち良いのね」
「うん、これは良いな。だが、確かに贅沢だ。毎日こんなに湯を用意するのは難しいだろうな」
ハーピィさん達やシルフィの黄色い声を背中で聞きながら俺は無心で食事を用意する。ハーピィさん達はあまり手先が器用じゃないから、手掴みで食べられる物がいいだろう。ハンバーガーとサラダサンドでいいかな。
食事の用意中にちょっとだけお風呂に入っている皆の姿を目にしてしまったのは不可抗力だと思う。彼女達、女所帯の集団に居るせいか、それともこの世界の文化なのかあまり裸を見られることに抵抗がないみたいなんだよね。
まぁ、臨時風呂ってことで衝立とかそういうのを用意しなかったんだけどね! 俺が!
目の保養になる光景を楽しみつつ、お風呂にお湯も足したりしつつ、風呂から順次上がってきたハーピィさん達やシルフィに食事を提供して俺も風呂に入る。ちょっと温くなっていたのでお湯を足した。
お、ハーピィさんの羽が浮いとる。うーん、綺麗だな。ハーピィさん達の羽毛は人によって結構色合いが違う。ピルナは全体的に青みを帯びているし、今俺と同行しているハーピィさん達はピンク色、橙色、碧色、茶色、漆黒といった感じだ。この羽根は碧色だからフロンテのだな。
ピンク色のハーピィさんがブロン、橙色のハーピィさんがフィッチ、茶色のハーピィさんがフラメ、漆黒のハーピィさんはレイだ。航空爆弾を作って、実際に演習でその威力を確かめてから皆俺を慕ってくれている。よほど便所鳥扱いが嫌だったらしい。
うーん、それにしてもフロンテの羽はこうしてみると結構綺麗だなぁ。羽に指を滑らせると気持ち良いし、適度な弾力もある。鳥の羽ってなんかかっこいいよね。空気を掴み、空を飛ぶための機能美がここにはあるのかもしれない。
温かいお湯の中で今日酷使した足をゆっくりとほぐし、十分に温まってから風呂から出る。当然全裸なわけだが、皆さんの視線が集中しているのを感じる。いやいや、男の裸なんてご飯の最中に見るようなものじゃないでしょ。
そりゃこっちに来てから身体は多少引き締まったけど、筋肉はあまりついてないし。見て楽しい身体だとは思えないけどな。
「あれ? その羽……」
着替えて皆が食事を取っているテーブルに移動すると、黒ハーピィのレイが俺が手に持っているフロンテの羽に気がついた。皆の視線が今度はフロンテの羽に集中する。
「ひやあ!? ちょ、ちょちょ! そんなの捨ててくださいよぉ!」
落とし主であるフロンテが顔を真赤にして翼をパタパタする。やだかわいい。
「いや、綺麗だからつい。羽って綺麗だし、かっこいいよね」
「ひうぅぅ……」
フロンテの羽に指先を滑らせながらそう言うと、彼女は真っ赤にした顔を翼で覆い隠して俯いてしまった。見れば、他のハーピィさんも顔を赤くしてそわそわしている。あれ? なんかやらかしたのだろうか?
「シルフィ、俺はなにか不味いことをしたのだろうか?」
「コースケ……お前は抜けた自分の髪の毛を綺麗だとか言いながらうっとりとした表情でいじられていたらどう思う?」
「おぉ……」
気持ち悪く感じるか、滅茶苦茶恥ずかしく感じるかのどっちかだな。縮れた毛を落とし物して、それをニヤニヤしながら異性にいじられたら……やだめっちゃ恥ずかしい。
「正直すまんかった」
「い、いえ……気に入って頂けたなら、その……」
依然としてフロンテは顔を真っ赤にしていたが、笑いながら翼をパタパタと振ってくれた。ええと、どうしよう。この羽根。返したほうが良いんだろうか。
「だ、大事にしてくださいね?」
「あ、うん」
なんかこのまま貰う流れになったので、インベントリに入れておくことにした。アイテム名がフロンテの羽になっている。おお、ユニークアイテム扱いなのか? 固有名詞がついているぞ。
「あの、じゃあ私も」
「良かったら……」
「わ、私のもどうぞ」
「はい」
何故か他のハーピィさんからも羽を一枚ずつもらった。色とりどりの羽が俺の手に集まる。うーん、なんか宝物みたいだ。綺麗だなぁ。子供の頃、鳥の羽を拾うとなんだか宝物を見つけた気分になったなぁ。カラスの羽でもよく見れば綺麗なんだよね。
「コースケ……目が輝いてるぞ」
「え? そう? いや、子供の頃に鳥の羽を拾って宝物ボックスに入れてたなぁとか思い出してな。童心に帰るというかなんというか……俺の世界にはハーピィさんなんていなかったしさ。俺の住んでた場所だと鳥なんてあまり見なかったから、そうそう手にすることも無かったんだよ」
ハーピィさん達の羽の手触りを楽しみながら皆に俺の子供の頃の話をする。自然とあまり触れ合える環境じゃなかった分、昆虫図鑑とか動物図鑑とかを子供の頃によく読んでたなぁ。思えばあの頃の行動が自然とかサバイバルに関する憧れを芽生えさせたのかもしれない。
それにしても、俺が羽に指を滑らせる度にハーピィさん達が身悶えしているんだが、大丈夫だろうか? なんか息が荒くなってない? 危険な気配がしてきたんだけど。
「とにかく、明日に向けて寝るとしよう。明日には最前線のシェルターに着けるだろう」
「そうだな」
その晩、俺は羽で全身をくすぐられる夢を見た。内容ははっきり覚えてないけど、なんかエロい夢だったような……ハーピィさんの身悶えする姿がなんか色っぽかったからこんな夢を見たのだろうか。
☆★☆
「……なんか体がだるいような」
「……気のせいだろう」
翌日、なんだか体がだるい気がして首を傾げる。シルフィは何故か俺と視線を合わせてくれない。うーん、何故か下半身はスッキリしているような……? 気のせいか? 体がだるいように感じるのは昨日の疲労が残っているからかな。
「お、おはようございます!」
「おはようございます、今日も良い天気ですね」
「おはよう……」
「おはようございます」
「おはよ」
ハーピィさん達は今日も元気だ。元気だし、妙にお肌や羽がツヤツヤしている気がする。お風呂が効いたのかな? なんでか知らんけど皆ちょっと顔が赤い気がするし、俺に近づいて翼の先で身体を撫でていく。何故か身体がゾクゾクするんですが、なにこれ?
「何か変なような……?」
「なに、気にするな。私は気にしない」
必要なことだしな、とシルフィが呟いた気がした。何の話だ……? まさか、俺が寝ている間にハーピィさん達が俺にアレでナニなことをしたのか? いやいや、そんなん起きないはずがない。俺は寝起きは良い方だ。寝てる間に色々されて起きないはずがない。それは無いだろう。無いよな?
それとなしにシルフィやハーピィさん達にカマをかけてみたりしたのだが、結局真相は掴めなかった。ぐぬぬ、モヤモヤする。
真相究明は諦め、朝食を用意して臨時風呂を片付け、再び荒野を走る。この辺りのギズマはメリナード王国領に襲撃を仕掛けるために出払ったのか、一匹も見つからない。現状ではオミット大荒野の中心部近くにしかギズマはいないのかもしれない。
ひたすら走って第四シェルターを通過し、昼頃には最前線のシェルターへと到達できた。俺とシルフィはこの場で砦の建築と俺の護衛。ハーピィさん達には周辺の偵察に出てもらう。
ブループリント機能を使ってサクサクと城壁を作り出し、宿舎を建設していく。備蓄倉庫と水場も作り、各所に最終手段の仕掛けも施しておく。最終手段って何かって? そりゃアレだよ。ははは。爆発は芸術だよな。
そして次は地下シェルターに入り、一番奥を拡張して脱出路を作っておく。大軍に囲まれた際の退路は必要だ。八〇〇人、下手すると一〇〇〇人以上の人が脱出することを考えて脱出用の地下道は広めに作っておく。勿論、この地下道にも最終手段は搭載する。追ってきたらドカンじゃよ。
次に防壁の内側に農地ブロックを敷き詰め、作物の種を撒いていく。これで三日で収穫できるようになるので、食料にはある程度余裕ができるはずだ。
水を撒き終わったら今度は防壁の上にゴーレム式バリスタを設置していく。バリスタ用の矢も二十本ほど一緒に置いておく。どうせこの辺りはめったに雨が降らないし、そうそう劣化することもあるまい。
ここまでやれば、後はもう解放部隊の帰りを待つのみである。茶色ハーピィのフラメは非常に夜目が効くので、彼女には夜間にメリナード王国領にある聖王国軍の砦を偵察に行ってもらった。
今の所大きな動きはないらしい。
そんな感じで最前線シェルターを拡張した臨時砦で三日間を過ごす。この三日間の間に俺は改良型クロスボウを更に増産し、クロスボウボルトも同様に量産しておいた。場合によっては解放民にも戦ってもらわなければならない。
増産した改良型クロスボウはてこの原理を使って弦を引くことが可能になった新型だ。クラフトメニューに登録されたアイテム名はゴーツフットクロスボウとなっている。レバーの形がゴーツフット、つまり山羊の脚に似ているということだろうか? 確かにそう見えなくもないな。
ところで、この三日間の間、妙に眠りが深い気がするんですけど。
夜寝たら、次の日の朝まで完全にぐっすりだ。なんか夢を見ている気がするのだが、内容ははっきりとはわからない。エロい夢のような気がするから溜まっているのか? と思ったのだが、特にそういうこともない。むしろスッキリしている感まである。
そしてハーピィさん達だけでなく、シルフィもお肌がツヤツヤしている気がする。やはりこれは何らかの方法で眠らされて、その間に色々とされているのでは……? 疑念が芽生えるが、確かめる術がない。これはそろそろ本気でシルフィを問い詰めるべきではないだろうか。
そんなことを考えて悶々としていると、偵察に出ていたハーピィさんから後詰めの解放軍部隊が最前線砦の方から移動してきているという報告が入った。俺達の後に出発した部隊だろう。
到着した約五〇名の解放軍の皆さんには申し訳ないが、早速作物の収穫を手伝ってもらう。これでここにいる五〇名とまだメリナード王国領から戻ってきていない六〇名の解放軍兵士、合わせて一一〇名が現状の俺達が臨時砦に出せる訓練された兵の最大数である。
本当はもう少し訓練された兵は居るのだが、本拠点や最前線砦、途中の小型拠点の守りにもある程度兵を割かなかればならないので、これくらいの数になるわけだ。
ただクロスボウを撃つだけの人員ならもう一〇〇名くらいは増やせるけどね。白兵戦もある程度できる訓練された兵の数はこんなものである。
「ダナンは最前線砦に残ってるんだな」
「あの場を纏める存在が必要だからな」
現状、拠点を任せられる将として働くことができるのはダナンとシルフィ、レオナール卿にザミル女史の四人だけである。レオナール卿はメリナード王国領で解放軍の指揮を取っており、ザミル女史は本拠点を任されている。ここにシルフィがいるならダナンは最前線砦から動けないか。
臨時砦の防備を固め、農地に種を撒いて着々と備蓄を貯めながら待つこと更に三日。
増援が到着してからは眠りの深さが普通に戻った気がする。うん、やっぱり落ち着いたらシルフィを問い詰めよう。そう心に決めながらすぐに食べられる食事をクラフトしていると、偵察に出ていたハーピィさんから解放民達を発見したとの報告が入った。
「どうやら聖王国軍に追撃されているみたいです。本隊には追いつかれていませんが、足の早い騎兵に食いつかれているみたいで」
「レオナール卿達が殿を務めているみたい。航空支援を提案する」
橙ハーピィのフィッチと黒ハーピィのレイが報告と提案をしてくる。それを受けてシルフィは大きく頷いた。
「そうだな、使い所だろう。コースケ」
「おう、やるか」
ハーピィ用の航空爆弾を取り出し、頷く。あの後何度かテストを行い、信管の作動時間や炸薬量の調整、弾殻の改良などを進めた正式版のハーピィ航空爆弾だ。形状は大きく変わっていないが、威力は試作品に比べると約三割増しになっている。
順次偵察を終えて戻ってきた五人のハーピィの足にハーピィ航空爆弾を取り付ける。
「何度でも言うけど、君達の身の安全を第一に考えるように。絶対に撃墜されない高高度から落とすことを心がけてくれ。あと、味方を巻き込まないよう最大限の注意を払うこと。マジで洒落にならないから」
『はい!』
元気よく返事をして五人のハーピィが離陸し、空に舞い上がっていく。そして十分な高度を取ると、編隊を組んでメリナード王国領の方向に飛び去っていった。防壁に上がってその姿を目で追うが、すぐに俺の目では見えなくなる。
「大丈夫かな」
「模擬弾で何度も投下訓練をしていただろう。きっと大丈夫だ」
「訓練どおりに行けばいいけどな」
レオナール卿やシュメル達も心配である。あの割と欲望に忠実なおっさんや、滅茶苦茶強いシュメルがそう簡単にやられるとも思えないが、解放民を守りながらとなれば苦戦を強いられるのではないだろうか。
しかも、追撃をしているのは歩兵の天敵とも言える騎兵だという話だし……上手くすればクロスボウで迎撃できるだろうし、隠し玉として各員に二個ずつ柄付き手榴弾を配布しておいたので、あれも使えばなんとかなるかな……いくら軍馬とはいえ、手榴弾を喰らえばひとたまりもないだろうし、音でビビったりもするだろう。大丈夫だと思いたいな。
「我々も防衛の準備を進めよう」
「そうだな」
本当は落とし穴の設置とか地雷の設置とかも済ませておきたかったのだが、そういった罠の類はこれから砦に来る解放民達を傷つける可能性がある。仕方ないので、今回用意したのはウッドスパイク先生を敷き詰めた空堀くらいのものだ。あとはバリスタとクロスボウ、ハーピィの航空爆撃と手榴弾でなんとか聖王国軍を追い返す。
どうしても無理そうならこの砦を放棄し、地下道から全員で脱出して最前線砦まで退く予定だ。その際には敵を砦に引き入れた上で最終手段を実行する。そこまではやらんでも良いようにしたいものだな。
「本物の戦争、か……どうなるかね」
人事は多分尽くしたはずだ。あとは天命を待つのみだ。
明日、明後日はお出かけするので更新できません!
ゆるしてね!_(:3」∠)_