第049話~急報来たりて~
俺の能力で可愛らしく(この世界の人々にとっては)斬新な衣装が作れるという事実が公表された。そう、してしまった。これは男女比1:20に近いこの解放軍の状況下ではまさにウカツムーブであった。
「あの、ぼくはふくやさんじゃないんですけど?」
「諦めてください。姫殿下にあんなに可愛らしい衣装を着せた弊害のようなものです」
「そんなー」
無骨な砦で武器を手にギズマや聖王国の軍を警戒し、あるいは新たな道具や矢玉、食料をひたすら生産する日々は、彼女達から潤いを奪っていた。そう、お洒落という潤いをである。
今はある意味では戦時下。贅沢などは許されない。毎日の水浴びこそできるものの、着るものや装備は基本的に同じもの。素材は革と鉄。あと麻っぽい肌触りの良くない丈夫な生地。化粧品などというものは勿論無く、この荒野では良い匂いのする草花も手に入らない。
そこで俺がシルフィにあのフリフリ黒ゴス風ドレスを着せて見せた。肌触りの良い生地に、可愛らしいフリフリやレースをふんだんに使ったドレス。一体どうやってあんなドレスを? お前か!? お前だな!? と、ひとしきりシルフィを愛でた女性達から物凄い力のある目で見られた。
眼が光るんだよ。ギラリ、って。漏らすかと思った。
俺は逃げようとしたが回り込まれ、彼女達に肩を掴まれ、会議室に連れ込まれた。そして様々な衣装を作り続け、今に至る。
シルフィに着せたドレスの色違いや、もっと違うデザインのドレス、肌触りのよい生地でできた様々な服、そして下着まで。とにかくなんでも作らされた。材料となる葉っぱと繊維は大量伐採に寄って腐るほどあったので、材料には事欠かない。
しかし、俺だって黙ってはいない。俺が一方的に作って渡すだけ、というのは健全な関係ではないのではないか? 確かに俺の力や立場を考えればあまり阿漕なことをするのはマズいと思うが、少々の対価を求めても良いのでは?
俺の訴えは彼女達の間で大いに話し合われ、可決された。
「仕方がないですね。ではまずは私が……」
「なんで脱ぐんだよ! 俺が求めてるのはそういう対価じゃないから!」
「ちっ」
メルティさん、今舌打ちしましたね? というか君、本当に俺を狙ってたのかよ。
「ではどういう対価をお望みで? コースケさんに与えられる対価なんて私達には何もありませんよ? ここで生産されるありとあらゆる物資は元はと言えばコースケさんが作り出したものですし、私財なんてものは殆どありませんしね」
「それはわかっている。まぁ、そういう方面での対価というのも心揺れるものが無いとは言わないけど、お洒落の対価に身体を求めるとかちょっとどうかと思うよ、俺は。俺が求めたい対価というのはだな、シルフィのことだ」
「どういう意味です?」
俺の質問の意図が理解できず、メルティ達が首を傾げる。
「シルフィはあまりそういう方面に積極的じゃないだろう。お洒落とか、可愛い服を着るとか」
「そうですね」
「そこで、だ。今後俺は君達に服を提供する。その対価として、俺が作った服をシルフィに着せる、その手助けをして欲しい。俺は色々なコスプレをするシルフィが見たい!」
拳を握り締めて力説する。だって折角のエルフですよ? ファンタジーに少しでも触れたことのある男子なら一度は憧れるであろうエルフさんですよ? しかも褐色エルフ。色々と着て欲しいと思うのは当然の欲求であろう。
その時、丁度会議室の片隅にいるアイラとばっちり目が合った。彼女は大きな目を半開きにし、見事なジト目でこう言い放った。
「必死過ぎて変態っぽい」
「グワーッ!」
アイラの無慈悲な一言によりアワレにも俺は爆発四散した。
「しかし姫殿下にお洒落して欲しいというその意気やよし。ところでコースケさんはサイクルとゼフィールのお話はご存知で?」
「うう……いや、知らんけど」
「サイクルとゼフィールのお話というのはですね……」
と、メルティが話し始めたのは所謂北風と太陽の話だった。サイクルというのがこの世界の太陽の名前で、ゼフィールというのは風神の名前であるらしい。
「なるほど、つまり?」
「昨日のように私が無理矢理着替えさせるのも無理があります。あまりやりすぎると頑なになってしまうでしょうし」
「無理があるかどうかは別として、頑なになりかねないというのはわからないでもないな。それで?」
「それで、ですね。コースケさんが異世界風の衣装を沢山作って私達に着せる事によって姫殿下の嫉妬を煽り、自分で着替えさせるというのはどうかと」
「拗ねるだけじゃないか?」
「そんなことはありませんよ。付き合いの長い私が言うのですから、間違いありません」
「うーん……まぁ、そういう事なら」
上手く乗せられている気がしないでもない、というか上手く乗せられている気しかしないが、無理矢理シルフィの服を剥ぎ取って着せる、というのを何度もやるよりは遥かに穏便な手のような気もする。ここは上手く乗せられてみるか。シルフィに似た体格と体型のメルティに色々と着てもらう、というのも良い目の保養にはなりそうだし。
うーん、あれとかあれとかあれなんかも良いだろうか。と考えていると服の裾を引っ張られた。何かしら? と顔を向けると大きなお目々が俺をじっと見据えていた。
「私も」
「ん?」
「私も色々な衣装を着る。姫殿下を触発するのに協力する」
「お、おう。わかった」
えらく強い意志を感じさせる言葉でそう言うアイラに思わず頷く。アイラはシルフィとはかなり方向性の違う衣装の方が似合いそうだが……うん、でも色々と着てくれるならそれはそれで。アイラも可愛い女の子だし、方向性こそシルフィとは違うが色々な衣装が映えることだろう。
そういうわけで、俺は様々な異世界風――俺の感覚で言うところの現代風の衣装を作った。いや、もう方向性的にはコスプレ衣装だな、うん。とにかく色々と作った。
「なんとなくこの衣装は気が引き締まる感じがしますね」
「事務スキルとか教育スキルにプラス補正があるかもしれないぞ」
メルティにはリクルートスーツっぽい衣装を作ってみた。伊達メガネも着けてもらったその姿は敏腕キャリアウーマンか、それとも女教師か……うん、黒ストッキングも履かせれば完璧だったんだろうけど、残念ながらストッキングは作れなかったんだ。
「なんか私のは方向性が違う……」
「い、いや、似合ってるぞ?」
対して、アイラが着ているのは水色のスモックにピンク色のスカート、頭には黄色い帽子という女児スタイルである。おかっぱのような髪型とアイラの体格がベストマッチし過ぎていて犯罪臭がヤバい。
「どう見ても子供向けの格好。ちゃんとしたのを要求する」
「OKOK、落ち着け。俺が悪かった」
ジト目で迫ってきたので、もう一つの衣装を出して着替えてもらうことにする。
「こ、これ?」
「いえす、さぁハリーハリー!」
「むぅ……」
出てきた衣装のピンクピンクした感じに怯みながらもアイラが衣装を持って着替えに行く。そこでちょんちょんと肩をつつかれた。
「顔を向けないように、あっちの窓を見てみて。チラッとよ」
「うん?」
メルティの助言に従ってチラリと建物の窓に視線を向けると、外から中の様子を窺っているシルフィの姿が見えた。ぐぬぬ、って感じの表情をしていてめっちゃ可愛い。
「もうひと押しですね。というわけで、私にも別の衣装を。もう少しセクシーな感じでも良いですよ?」
「そういうのはシルフィ用なんで」
「ちっ」
また舌打ちしたよこの人! というか、生足タイトスカートなリクルートスーツも十分セクシー系だと思うよ? と思いつつもメルティにも新しい衣装を渡しておく。こちらはヨーロッパの民族衣装の一つであるディアンドルだ。メルティのスタイルならさぞ似合うことであろう。
「いってきまーす」
ディアンドルを手にウキウキとした様子で更衣室に入っていくメルティ。他の女の子達にも即興で作った衣装をどんどん渡していく。その中でハマった感じの衣装だったのはハーピィさんに着せたアイドル風の衣装と、鬼族の娘さんに着せた巫女服だろうか。リザードウーマンにはカウボーイ風というか、カウガール風の衣装が似合った。騎士服っぽい格好とかも似合ったので、かっこいい系の衣装が似合うのかもしれない。
ラミアさんは何を着せても似合うのだが……いかんせん下半身が蛇なので。でも、アラビア風というか踊り子風というか、露出多めのセクシー系衣装が好みのようだ。そういえば、ラミアさんは普段から肌の露出が多めの人ばかりなんだよな……種族的な好みなんだろうか。
「着替えてきた」
アイラが更衣室となっている隣の部屋から現れた。
「ブラボー」
パチパチと拍手をするとアイラが恥ずかしげに頬を赤く染めてモジモジと身じろぎをする。アイラに着てもらったのはピンクでフリフリな魔法少女っぽい衣装だ。いかにも魔法少女が持ちそうな可愛らしいステッキもセットでつけておいたのだが、しっかりと手に持ってくれている。実はあの杖、しっかりとミスリルを使っているので実用性もある。はずだ。
「じゃーん、どうでしょうか? この服、結構着心地が良いですね」
続いて出てきたのはディアンドルを身に着けたメルティである。うん、胸元が。凄いぞ。眼福だ。思わず拝んでしまった。
その時のことである。
「コースケ……随分と楽しそうじゃないか」
ついに我慢できなくなったのか、頬を引くつかせたシルフィが半ばファッションショーの会場と化していた集会所に突入してきた。
(かかったな……!)
この場にいる全員がそう思ったに違いない。実際俺とこの場にいる女性達の行動は迅速であった。俺は早速シルフィに着てもらうための衣装をインベントリから取り出し、女性達はシルフィを建物の中に招き入れて入り口を固め、退路を塞ぐ。
「待っていたよ、シルフィ! いやぁ、シルフィならきっと参加してくれると思っていたんだ!」
「貴女に着て欲しい服が沢山あるんですって。折角来たなら是非試さないとね!」
シルフィはこの時点で嵌められたことに気がついたようだが、もう遅い。窓を含めて退路は既にどこにもないのだ。
「謀ったな……?」
「さて、何のことやら。ほら、皆異世界風の衣装を着ているだろう? 何も怖いことはないさ」
「ぐぬぬ……」
もう逃げ場はないと悟ったのか、シルフィは諦めてメルティ達に隣の更衣室へと連行されていった。そこからはもう俺の……というより彼女達の着せ替え人形である。
「シルフィエルは美人なんだから、もっと色々な服を着てお洒落するべきよ。いつもいつも革製の戦装束なんて着込んで、もう」
「しかしだな、私には皆を導く者としての立場が……贅沢をするなど言語道断だろう」
「コースケさんがいるんだからそんな事気にする必要ないでしょう。むしろ、コースケさんのためにももっと着飾るべきよ」
「そ、そうだろうか……」
いいぞいいぞメルティ、もっと言ってやれ。
メルティに説得されたシルフィは色々な衣装を着てくれた。リブ生地のセーターって良いよな。身体のラインが出て、こう……ぐひょひょ。
☆★☆
と、こんな騒動があり一時新しい道具の開発がストップするなどの影響があったが、騒動後には砦の女性達の表情がいきいきとして士気が非常に高くなったので、ダナンにはほんの少しだけ小言を言われるだけで済んだ。
「結果的に士気が上がったから説教もできん……」
「サーセンした」
実際のところは服飾で盛り上がっている場合でもなく、第一陣が戻ってきたということはおっつけ他の部隊も解放民とともに戻ってきてもおかしくないのである。どれだけの人数が戻ってくるかわからないわけで、受け入れ準備はいくらしてもし過ぎるということはない。
数日が経ち、服飾に対する熱も多少落ち着いた辺りで前線基地に急使が飛来した。第一部隊で斥候役を担っていたはずのピルナである。
「第一、第二、第六部隊が共同でビニスクの岩塩鉱山を襲撃、守備部隊を制圧し、岩塩鉱山で働かされていた人々とその家族、約八〇〇人を解放しました。オミット大荒野に向かって帰還中ですが、食料と水、その他諸々何もかもが足りていません」
「おお……もう」
報告を聞いて思わず天を仰ぐ。こういう大雑把なことをするのは絶対にシュメルとレオナール卿だ。間違いない。
「向こうの行動指針は?」
「ビニスクの岩塩鉱山からオミット大荒野までの間にある開拓村を次々に解放し、解放した村の作物で補給をしながらこちらに向かうと言っていました。一週間ほどで一番メリナード王国領に近いシェルターに到着する見込みです」
「つまり、まだまだ人数は膨れ上がるわけだ。通常の補給方法では間に合わんな」
チラリとシルフィが俺に視線を向ける。まぁそうよね、そうするしか無いよね。
「本拠点から物資の移動を開始して、前線拠点に備蓄されている物資は最低限だけ残して俺がインベントリに入れて持っていく。道中の地下シェルターの備蓄も集めつつ、ここから一番最寄りのシェルター近辺には収穫を見越して畑を作っておく。くらいかね」
「そうだな……コースケをメリナード王国の領土まで突っ込ませるのは流石にまずい。メリナード王国領に一番近いシェルターに留まり、そこで受け入れ態勢を整えるのが良いだろう。そこまではなんとかあちらで頑張ってもらう他あるまい」
地下シェルターの収容人数や備蓄物資の数に関しては精々開拓村一つ、五〇人くらいまでの人数しか想定していなかった。約八〇〇人なんてのは完全に想定外だ。
「事前の予定と違い過ぎる……なにか止むに止まれぬ事情があったんだろうけど、流石にキツいな」
「嘆いていても仕方あるまい。姫殿下、私はここで受け入れ態勢を整えておきます」
「うむ、そうしてくれ。ピルナは今話した内容を解放部隊に伝えてくれ。だが、無理はするなよ。お前が墜ちて情報が伝わらないのが一番まずい」
「はい、わかりました!」
翼で敬礼をしてピルナが外に飛び出していく。ハーピィは空を飛ぶ分、徒歩に比べて移動速度が圧倒的に早い。偵察にも伝令にも彼女達の存在は欠かせない。
「追撃されると思うか?」
「恐らくな。振り切る手立てが必要だ」
「いくつか手立てはあるけど、どうしたものか……」
あれこれと対策を考えながら、俺は物資備蓄倉庫へと向かった。
まぁ、どの対策にしてもぶっ飛ばすんですけどね、ええ。少数で多数をどうにかするなら範囲攻撃しかないよね?