第004話~突然の暴力!~
18時更新と21時更新、どっちが良いですかね?_(:3」∠)_
不意に、浮遊感――いや、落下感を覚えた。意識は否応なく覚醒し、本能的に落下の衝撃に耐えるべく身を固くする。
「ぐぁっ!」
衝撃。どこを打ったかわからないが、とにかく身体が痛い、息が詰まる。理性よりも本能でその場を転がり、手をついて立ち上がろうとする。
「ぎゃがっ!?」
その手に鋭い痛みが走った。痛い! 痛い! 痛い!? なんだ!? 何が起こってる!? 顔を上げる、まだ薄暗い。俺の目に映ったのは迫り来る靴の裏。
「ぐぶっ!?」
思い切り顔面を蹴られた。痛みよりも衝撃で気が遠くなる。こんな暴力に曝されたのは初めてだ。こちとら殴り合いの喧嘩なんて子供の頃にしかしたことのない一般人である。
だが、抵抗しなければ死ぬ。死ぬのは嫌だ。
「抵抗すれば殺す」
そう思った瞬間、背筋がゾッとするような声が頭上から降り注いできた。声と同時に頭に重圧が圧しかかってくる。恐らく頭を踏まれているんだろう。
「人間がこんなところで何をしている」
声を聴く限り、女のようである。何をしていると言われても答えようがない。遭難しているとでも答えれば良いのだろうか。
「何を黙っている。答えろ」
「わがらだい……ぞうだんじでだだけだ」
盛大に鼻血が出ているらしく、うまく言葉を話せない。
「ちっ……生命の精霊よ」
薄暗闇の中で淡い緑の色の光が灯り、全身の痛みが多少緩和された。驚いたことに何かに貫かれた手の出血も止まったようである。まだあちこち痛いが、いくらかマシになった。なんだ、魔法的なサムシングか?
「これで話せるようになっただろう。さぁ、吐け」
踏まれている頭の上から冷徹な声が聞こえてくる。声? 言葉が通じるのか。
「俺にもよくわからないんだよ。気がついたら荒野と森の逆目に着の身着のままの姿で立っていた。ここがどこかもわからない。ただ、生き残るために森に分け入って、水を探したり食い物を探したりしてただけだ。誰かに会えないかと思って生木を燃やしたりもした。つまり遭難してたわけだ」
この際何故か言葉が通じるとか、そういう疑問はどこかに放り捨ててあるがままに話す。話しながら、現状を打破できる何かが無いか必死に考える。一瞬でもいいから隙を突ければ……いや、無理か? 相手は確実に俺よりも喧嘩慣れ――いや、戦闘慣れしている。魔法みたいな力も使うし、俺の手を貫いた鋭い凶器も持ってる。殺す気なら初撃で殺していたはずだ。準備はする、が今すぐに何かするべきじゃない。
「そのような戯言を信じられるとでも?」
「事実だ。信じないならそれもいいだろう。あんたはこれから先、あんたの信じたいことだけを信じて、真実から目を背け、耳を塞ぎ、理不尽な暴力を振るい続けていけばいい」
「よく回る口だ、気に入らんな」
「気が合うな。俺も野蛮で暴力的なあんたが気に入らないよ――ぐっ」
ぎしぎし、と俺の頭に掛かる力が強くなる。割れる割れる、頭割れる。中身出ちゃう。でも強がるぞ、この女は気に食わん。身体は屈しても心は屈しない! あ、なんかこれ『くっ殺』みたいじゃない? 私に乱暴するつもりでしょう! 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!
「人間が、よりにもよって人間が、私を暴力的で野蛮だと、そう言うのか?」
「あ、あんたが何者か知らんが……ッ! 人間って一括りでモノを見るのは了見が狭いと思うね。というか、この世界の人間がどれだけ野蛮で暴力的か知らんが、昨日急にこの世界に迷い込んだ俺に関係あるかっての」
人間が温厚で理知的な生物かというと俺も首を傾げざるをえないが、少なくともこの世界の人間とこの女のしがらみなんて知ったこっちゃない。
それにしても、俺の頭を踏みつけているこいつは人間ではないらしい。人間を敵視する言葉を話せる存在……エルフとか獣人とかそういうのだろうか?
しかし、こうして意思疎通をできる相手に野蛮と思われるような行いをしているのか、この世界の人間は。そうなると、この世界の技術的、及び文化的なレベルはかなり低そうな感じだなぁ。
などと頭を足蹴にされながら考えていると、暫く俺を踏んだまま黙っていた女が口を開いた。
「お前は何者だ」
女は改めてそう問い質してきた。女の質問の意図を考えてから口を開く。
「俺の名前は柴田康介。柴田が家名で、康介が名前だ。年齢は二十四、この世界の一年が何日かわからんから、この世界の年齢に換算すると変わるかもしれん。とりあえず、俺の世界で成人してから四年が経っている男だ。俺は、たぶんここじゃないどこか別の、遠いところから来た。俺の知っている空にはあんなでかい惑星が空に浮かんでいることもなかった。月ももっと小さかったしな」
「アドルという言葉に聞き覚えはあるか?」
「なんだそりゃ。人名か?」
俺が知ってるアドルさんは某有名アクションRPGに出てくる赤髪の冒険者だけだぞ。
「アドルという存在がお前を今の状況に追い込んでいるとしたらどう思う?」
「マジかよアドル最低だな。というかいつまで俺は踏まれてなきゃならんのだ」
「……クク、アドルを最低と言い放つか」
女は少しだけ愉快そうに笑ってから俺の頭を踏みつけていた御御足を退けてくれた。解放された俺は頭を振り、頬や頭の土を払って襲撃者を見上げる。
「わぁお、ダークエルフ美人ぶふぉぁ!」
顔面を蹴られた。なんでや!
「私のような肌の色をしているエルフを『ダークエルフ』と呼ぶとこうなる。覚えておけ」
「言葉で言えよ、この野蛮人が」
女も手加減をしたのか、鼻血が出るほどではなかったが目の奥に星が散るくらいの威力はあった。このキックが原因で脳内出血でも起こして死んだら化けて出てやるからなこの野郎。いや、野郎じゃないけども。
鼻をさすりながら立ち上がり、目の前の女をもう一度よく見る。うん、美人だ。ちょっとテレビとかでもあまり見かけないレベルの美人さんだ。肌は褐色で、キメも細かくシミひとつない。髪の毛の色は薄い。白髪ではなく、銀髪というやつだろう。薄暗い中でもキラキラと輝いている。ピッチリとした革製らしきボディスーツのようなものを着ているが、胸元はぱっつんぱっつんである。圧巻のボリューム。こいつはすごい。
「どこを見ている」
「おっぱいですが何か」
「正直なやつだな。そういうのは嫌いじゃない」
褐色エルフの女がニヤリと笑った。うん、美人だけどその目と笑い方が良くない。コイツ絶対何人か殺してるだろって感じの目だし、そのニヤリ笑いは邪悪さしか感じないよ。もう少しこう、花のような笑みを浮かべられないものかね。
「で、色々と言いたいことはあるんだが」
「ほう、言ってみろ」
「あちこち痛いし医療品もない状態での負傷は命取りなんで、さっきの魔法っぽいので治してくれ。お前の一方的な勘違いか何かで俺を傷つけたんだから、それくらいは要求してもいいよな?」
「ふむ、一考には値するが私はまだお前が聖王国の手先でないと確信を持てたわけではない」
「なるほど? それじゃあとことん話し合おうじゃないか」
俺は痛いのを我慢してまずは木にぶら下がっていたハンモックを回収した。木に引っ掛ける部分の片側が無惨に切られていたが、インベントリに入れて素材を消費すれば修理することができるようだ。修理を実行して女へと振り返ると、女は何か面白いものを見たような顔をしていた。しまった、手の内を見せるべきじゃなかったな。
「面白い手品だな。どうやって消した?」
「話さなきゃならんか?」
「私を信用させたいならな」
「素直に話すわけがないだろう。不信感を持ってるのはお互い様だ」
どうにもこいつは油断ならん。まぁ、こいつがこうして俺を殺さずに話を聞く姿勢なのも殺そうと思えばすぐに俺を殺せるからなんだろうな。こいつは腰に馬鹿でかいナイフみたいなものを装備しているし、魔法っぽいものだって使える。たぶん戦闘訓練みたいなものも受けてるんだろう。着てるピッチリスーツだって俺が着ているスウェットの上下よりもよっぽど防御力が高そうだし。
「いてて……んじゃ互いの情報をすり合わせようかい」
「良いだろう」
俺が地面に座り込んであぐらをかくと、女は手近な木に寄りかかって興味深げな視線を向けてきた。取り敢えずは話に付き合ってくれるらしい。意外と話の通じるやつなのかもしれないな。
そして俺と女は語り合った。互いの世界の名前、地理、世界情勢、それに浮かぶ星の名前、宗教や神々の話、文化、食物、服飾、軍事、政治など話題は多岐に渡った。
まず、この世界というか大地? あるいは星の名前はリースという名前であるらしい。空に浮かぶ大きな星の名前はオミクル、月の名前がラニクル、太陽の名前がサイクル。俺が今いる大陸の名はペンス大陸で、ここはその南端部に近い『黒き森』と呼ばれる大森林地帯の浅い場所なのだとか。
ちなみに、この森を出た先はオミット大荒野と呼ばれる広大な荒れ地で、荒野を抜けるには徒歩で十日くらいはかかるそうだ。森じゃなくて荒野に踏み出してたら確実に野垂れ死んでたな! しかも地中に潜む昆虫型の魔物が多数生息していて、一人で荒野を越えるのはよほど旅慣れた者でも難しいらしい。
そして世界情勢だが……この大陸は今、戦乱の最中にあるようだ。人間至上主義の聖王国と多人種国家の帝国がペンス大陸中央部にある肥沃な平野の支配権を争って衝突、それに合わせて聖王国では人間以外の種族に対する弾圧が激化、各地で抵抗運動や反乱が頻発、対する帝国も聖王国に近い属州の離反が発生、奴隷の大規模な反乱も発生、両国は内憂を抱えたまま泥沼の戦争を続けており、世は乱れに乱れているという。いやぁ、乱世乱世。
で、ペンス大陸南端に位置するこの黒き森はオミット大荒野を挟んだ向こうが聖王国の勢力圏。
この森には元々エルフが住んでおり、聖王国の弾圧に耐えかねた異種族の難民達がオミット大荒野を抜けて徐々に集まりつつある。聖王国も難民の動きには気づいており、いずれ兵を差し向けてくるのではないかとエルフと難民達は神経を尖らせている、と。
「わざわざ兵を差し向けるのか? 大荒野を抜けて森に攻め込んでくるメリットが薄いと思うんだが」
「私達エルフは人間達の間では高価な商品だからな。人間どもは見目麗しく、老いない性奴隷がいくらでも欲しいのさ。子袋としても優秀だしな」
人間とエルフが交わってできた子供は例外なく強力な魔力を持って生まれる。強力というのはあくまでも人間基準で言って、だが。人間の貴族達はそうやってエルフなどの異種族の血を取り込み、遺伝的に平民よりも大きな魔力を維持してきたのだという。かなり生臭い内容の話をされたが、とにかく人間がエルフの奴隷を欲しいということはよくわかった。うん。
「お前がこの世界の人間ではない、ということは一応納得した」
「そりゃどうも。なら治してくれ」
一通り話して納得したのか、女は素直に魔法で俺の傷を癒やしてくれた。あー、気持ちいいわこれ。なんか温泉に入ってるみたいに全身がポカポカする。これいいわー。
「ふむ。随分と生命の精霊に懐かれるな、お前」
「そうなのか? 俺にはよくわからんが」
俺の周りを緑色の光の玉が飛び回っている。これが生命の精霊なのだろうか。もしや、俺も魔法に目覚めるのか!? マジかー、俺も魔法使いになれちゃうのかー。精霊魔法的なヤツか?
「だが魔力は全く感じないな。魔法の才能はゼロだ」
「望みが絶たれた!」
なんだよ期待させやがって! ちくしょうめ。
「では行くぞ」
「行くってどこへ?」
「我々の村だ。私以外のエルフか獣人あたりに見つかって問答無用で殺されたいならここに残っても構わんが」
「お供させていただきます、マム」
即答した。寝込みを襲われてぶっ殺されるのは流石に嫌だからな。