第047話~報告とフィードバック~
「今回はご苦労だった。怪我人は?」
「第五部隊十二名、全員無事です。かすり傷一つありません」
「そうか、では報告を頼む」
「はっ」
最前線の砦に帰還した第一陣の陣容は解放部隊一部隊十二名と、解放民三十七名の合わせて四十九名だった。今、作戦司令室で報告を行なっているのは第五部隊の隊長を務めていたネコ科獣人のジャギラと、副隊長を務めていたリザードウーマンのザーダ――以前ギズマに襲われて敗走していたところを助けた三人組のうちの一人だった。
「えーと、まず、私達はメリナード王国領に侵入すること自体に結構苦労しました」
「ほう、やはりか。ああ、話し方は気にするな。とりあえずはいつもどおりで良い」
「あ、いえ、そういうわけにもいかないんで。ええと、やはり当初の予想通りギズマの襲撃がメリナード王国側にもあったようで、メリナード王国領とオミット大荒野の間にある砦はどれもこれも警戒を強めていましたね」
シルフィに口調について無理をするなと言われたジャギラはそれを固辞し、彼女なりに丁寧な口調で説明を進めた。シルフィはこのコミュニティの最上位者であるわけだし、いち軍属としては規律を乱す訳にはいかないという配慮なんだろうな。敬語というにはかなり怪しいけど。
「とはいえ、メリナード王国とオミット大荒野の接している範囲は広大なんで、夜陰に乗じればなんとか入り込めましたね」
そこから六つの解放部隊は二部隊ずつ、二十四名の人員で三組に別れて本格的に活動を開始したということだった。街道は使わず、森の中や原野などの道なき道を行き、ジャギラの率いる部隊とレオナール卿の率いる部隊は国境に近い村を目指した。他の二組はもう少しメリナード王国に入り込んだ地点の村を目指したのだそうだ。
「三年前のものですけど、地図はありましたから。予め進行ルートを決めておいて、不測の事態が起きた場合は速やかに撤退するか、合流する手筈になってました」
「なるほど。それで、村の様子はどうだったのだ?」
「はい、それなんですが」
メリナード王国を属国とした聖王国の目的は良質な岩塩や鉄などを算出する鉱山を押さえることにあった。聖王国の駐留兵や労働力として使うメリナード王国民を餓えさせるわけにはいかないし、あまりに非道な統治をすれば国際的な立場も危うい。
そういった思惑から、辺境の農村はメリナード王国が属国化される前とそれほど変わらぬ生活が出来るようにある程度配慮されていたらしい。
「とは言っても、税は重くなり、移動の自由も制限されていたようですが」
リザードウーマンのザーダがジャギラの報告を補足する。
生活についてある程度配慮されていたとは言っても、古くからの村の祭事などは禁止され、唯一神アデルを崇める聖王国の宗教であるアデル教に改宗することを強制され、また、人間至上主義のアデル教の教義に従って人間に対する奉仕者として一段下の立場を強制され……といった具合で実際の扱いは決して良いものではなかったそうだ。
また、村民が反乱などを起こさないように力の弱い女子供達は武装した兵の管理下に置かれ、反抗的な態度を示す者が居ればその家族や友人が厳しく罰せられたという。それが原因で小さな子供が死んだこともあったとか。
「えげつねぇなぁ……それで、実際の解放作戦はどのように進めたんだ?」
「夜陰に乗じて襲撃したんだ。あたし達は夜目が利くし、聖王国の兵は夜の警らをする時には明かりを手にしていたからね。良い的だったよ」
「剣を抜く必要もなかったな」
亜人には夜目の利く者が多い。そうでなくとも、標的が明かりで照らされているならクロスボウで狙撃をするのは難しい仕事ではなかっただろうな。改良型クロスボウの矢が聖王国軍の鎧をものともせずに貫くのも実証済みだし。
「夜のうちに兵を全員始末したら、あとは持てるものだけ持って、賊の襲撃に見えるように偽装工作を施してさっさと戻ってきた、というわけです」
「レオナール卿の部隊は他の二組を追ってメリナード王国のさらに奥地に行きました。合流して向こうの作戦を手助けするということです」
「なるほど、よくわかった。他に装備の使用感や気づいたことがあったらメルティやアイラ、コースケに報告してくれ」
シルフィの言葉を受けてジャギラとザーダの二人は少し考え込んでから口を開いた。
「そうですね……やっぱり火を起こせないのが辛かったですかね。温かいものを腹に入れられなかったんで」
「メシか。メシは大事だよな」
メシの品質は士気を大きく左右する。ブロッククッキーはそこそこ美味いが、そればかりだと当然飽きるだろう。俺がクラフト能力で作ったステーキを更に加工するという荒技で作った干し肉なども用意はしていたが、やはり飯時には温かいものを腹に入れたいものだよな。
「あとは、連絡手段ですね。遠く離れた仲間と連絡をつけられる道具とかがあれば便利だと思います」
「あー、通信機かぁ。それもなー、難しいよなー」
現代社会で無線機とか携帯電話とかの仕組みを完全に理解している人なんて何人に一人くらいなんだろうな? 少なくとも俺は知らん。モールス信号とかもふわっとした概念しかわからんし、そもそも電波の発信と受信の装置なんてどういう仕組みなのか全然わからんぞ。トランジスタラジオくらい作ってみるべきだっただろうか? トランシーバーなんかも殆ど触ったこと無いしなぁ。
「通信に関しては俺もふわっとした概念しか知らんが、アイラ達と早急に相談してみる」
俺のふわっとした知識では地球産の通信機を作れそうにないので、魔法的なアプローチを期待したいところだ。そもそも、地球の技術で何かを作ろうにも電気を使った製品は未だに作れる兆しもないからな。
その点、魔法的なアプローチならゴーレムコアという電子制御装置じみたアイテムを使えるし、動力に関しても魔力というリソースを使えそうである。俺が進むべき方向はきっとこっち方面なんだろうな。
「他になにか報告することはあるか?」
「残念ながらこれ以上はあまり。確実性を期して捕虜は取らずに敵兵は全員射殺しましたし、今回解放した村人は移動を制限されて殆ど他の村に行くこともできなかったようで、メリナード王国領の情勢なんかはほとんどわかりませんでした。ただ、収穫した作物を街に運ぶ役目を負ったことのある人の話によると、村より大きな町や街は殆ど人間ばかりが住むようになっているようです。殆ど元からの王国民の姿を見ることはないそうで」
「二十年の月日は長い、か。元々街に住んでいた人々はどうなったのか……」
「村の者の話によると、辺境の開拓や鉱山の労働力として駆り出されたのではないかという話です。そのようなことを聖王国の兵が話しているのを聞いたとか」
「なるほど……考え方によっては逆に好都合かもしれんな」
「どういうことだ?」
「村や鉱山の方が高い壁に囲まれた街に比べれば防備は薄いでしょう」
「……それもそうか」
ダナンの物言いに同意しつつも、シルフィは沈痛な表情を浮かべる。辺境の開拓や鉱山労働というのは大変な危険を伴う仕事だろうしな。ましてや、相手は人間至上主義の聖王国だ。恐らく労働環境は決して良いものではあるまい。
「解放民達の様子はどうだ?」
「体調を崩し気味の人も何人かいますが、概ね問題ありません。オミット大荒野に逃れるという話を聞いて最初は怯えていましたが、あたし達がギズマを難なく仕留めて、暗くなる前にコースケの設置した地下シェルターに辿り着いてからは気力の方もかなり持ち直しました。ブロッククッキーも好評でしたね。甘いものを殆ど食べたことのない子供や若者達は感動してましたよ」
「今は家族ごとに宿舎を割り当て、食事を取らせています」
「そうか。今日と明日、解放民と部隊をゆっくりと休ませたら彼らを本拠点に後送してくれ」
「了解です」
ジャギラとザーダが退出していく。その後姿を見送ってから俺は息を吐いた。
「とりあえず、一つ成功ってとこか」
「まだまだ小さな一歩だがな。だが、大いなる一歩だ」
前途多難だが、とりあえず一歩前に進むことができた。そういう意味では確かに大きな一歩だな。
☆★☆
「というわけで、前線から要望が二つだ。一つは、火を起こさなくても食える温かいメシ。もう一つは遠く離れた仲間と敵に気づかれずに通信する道具だ」
「んー……難しい」
「温かい食事はまだしも、通信はなかなか難題ですね……」
俺の持ってきたお題を聞いてアイラとサイクスは腕を組んで唸った。それはそうだろう、俺だってなかなか良い案が浮かばない。
「まずはひとつずつだ。温かいメシについてはどうだ?」
「携帯型の小型温熱器を作る?」
「できなくはないですが、確か一部隊十二人ですよね? その人数の食事を作るとなると、それなりに大きな鍋なりなんなりが必要になりませんか?」
「確かに。盾と兼用出来る鍋でも持たせるか?」
「それはちょっと締まらない気がしますが……まぁ、その方向で開発してみますか。温熱器の動力はどうしますか?」
「使用者の魔力と魔石、どちらからでも供給できるようにすればいい」
「あと、とにかく頑丈に作ったほうが良いぞ。頑丈さが優先で、可能な限り重さにも気を遣うんだ」
とりあえず温かいメシという要望に対する第一案として、携行型の温熱器と鍋として使うことの出来る盾の開発案が通ることになった。
「コースケの知識では何か解決方法はないの?」
「うーん……確か、生石灰と水を反応させて食い物を温めるって方法があったけどな。結局容器とかの問題を解決できない気がするぞ」
「ああ、生石灰ですか。確かに、あれも急激に発熱しますよね」
「面白い。コースケの世界では生石灰で食べ物を調理していたの?」
「あまり普及している方法じゃないな。旅先の火を使えない環境……例えば乗り物の中とか、それこそ災害とかで煮炊きが困難な状況とか、そういう特殊な状況下で温かいものを食べる時のために使われる感じだ。勿論、軍人が作戦行動中に温かい食事を食べる時にも使われてたと思うぞ」
生石灰を使ってるかどうかは知らんがな。
「結局、一度限りの使い捨てになるしなぁ。数を用意するとなると嵩張るし」
「採用するかどうかは別として、開発を複数進めておくのは悪くないと思う」
「そうですね、作っているうちに他に応用できそうな技術が開発されるかもしれませんし」
「そうか? そうだな」
確かに、無駄にはならないか。現状、俺達が後方でできることはなんでもやっておいたほうが良い。
「次は、通信」
「難題ですね。コースケさんは何か役立ちそうな知識はありませんか?」
「俺も地球ではその恩恵に身を浴していたわけだが、原理に関しては本当にフワッとしかわからんな。それでもよければ」
と、そう前置きして俺の知る限りで通信の仕組みとか歴史を教えることにした。
「多分、簡単なのはモールス信号だと思うんだよな」
「もーるすしんごう?」
「とん、つー、とん、つー、って感じで、短音と長音を組み合わせた単純な暗号を作ってそれを遠くまで飛ばして通信する方式だな」
指先で机を軽く叩きながらモールス信号の概念を軽く説明する。とは言っても、俺も詳しくはないのでこの程度の説明しかできないんだけども。
「とん、の部分は一瞬だけ魔力が流れて、つー、の部分は魔力が流れ続けてるって判断してくれ。俺の世界では電気を使ってたんだけど、この世界だと魔力のほうがわかりやすいだろ。ほら、アレだよ。本拠点の結界装置。あれも定期的に魔力波とかいうのを放出して魔物を追っ払ってるんだろ? アレと同じような感じで遠くまで魔力の波を飛ばして、その波長で通信をするんだ。魔力の波に声が乗せられるなら簡単なんだろうけどな」
俺の言葉を聞いてアイラとサイクス、そして他の魔道士や錬金術師達が何やらヒソヒソと話し始めた。
「飛ばすだけなら波長を調整して……」
「受信は探知魔法の応用で……」
「ゴーレムコアを使えば……」
何やら活発に話し合っている。何故俺は蚊帳の外にされるんだろうか。何やら魔道士と錬金術師がそんな様子なので、俺は鍛冶師や木工職人、彫金師と一緒に盾兼用鍋のデザインについて詰めておくことにする。重くなるだろうけど、基本は中華鍋みたいな感じにすれば良いんじゃないだろうか? 衛生面を保てるように鍋として使う内側が汚れないように着脱式のカバー兼持ち手をつけてやろう。鍋の取っ手を使ってカバー兼持ち手を固定できるようにロック機構を取り付けてだな。
と、話を勧めているうちに魔道士・錬金術師組の話が終わったようである。
「ゴーレム技術を応用してなんとかできそうな気がする。暗号の作成も含めて開発を進める」
「お、そうか。それじゃあ早速始めるとするか。こっちも鍋のデザインが概ね決まったし。まずは試作だな」
こうして鍋シールドと携帯型温熱器、生石灰加熱袋、そして後にゴーレム通信機と名付けられる通信機の開発が始まるのだった。
今から告知しておきますが、10/3と10/4は所要で出かけるので更新できません!
ユルシテネ!_(:3」∠)_




