第434話~ご主人様と家族達~
「向こうは向こうでよろしくというかなんというか、それなりにやってたよ」
「そうか」
俺の子供達や孫達と一晩過ごし、オミクルへと戻ってきた俺はこちらで待っていたシルフィ達に向こうでの出来事を報告していた。
「イクスも今期の王政を勤め上げれば多少は自由が利く立場になるだろう。そうしたらこちらに連れてくるのも良いかもしれないな」
「こっちはまだまだ未踏破の地域が多い。冒険好きのイクスならきっと大喜び」
シルフィの言葉にお腹を大きくしたアイラが頷く。アイラのこういった姿を見るのはこれで八度目だが、何度見ても彼女の小さな身体で大丈夫なものなのかと心配になるんだよな……本人はケロッとしてるんだけども。
「うちの子達はどうでした?」
「把握できる限りでは皆元気にやってるみたいだったよ。流石に全員の動向を把握するのは無理だったけどな」
「それは仕方ないですよねぇ」
メルティが頬に手を当てて困ったような表情を浮かべる。彼女との間にできた最初の子供は普通の羊獣人として生まれてきたから、今はもう他界している。しかし、彼は彼でしっかりと家庭を築き、可愛いお嫁さんをもらって可愛い孫達を俺達に見せてくれた。その孫達が曾孫を、曾孫達が玄孫を作って俺とメルティの子孫達はメリナード王国の各地に根付いている。
「お父様、私の一族はどうでしたか?」
そう言って声をかけてきたのは狐獣人の女の子だ。金色の狐耳と五本の尻尾が特徴的な俺の可愛い娘である。彼女の名前はヒカリ。俺と狐耳獣人のビャクとの間に生まれた娘で、メルティと同じ魔神種である。
「メルティのとこと同じさ。だけど相変わらずメリネスブルグ近郊で働いてる子が多いみたいだ。ビャクと同じように城で働いている子も多いみたいだしな」
「そうですか……こっちがもう少し落ち着いたらまた会いに行きたいですね」
「行こうと思えばいつでも行けるんだけどな」
今回、俺が向こうに行ってきたのは子供達の様子を見るついでにこちらでは手に入りにくいものを調達してくるためであった。大概のものは俺の能力で作ることが出来るが、それにも限界がある。
具体的に言えば、絵画や芸術作品の類は俺の能力では作れないし、書物の類もガワは作れても中身はどうにもならない。この能力との付き合いもまぁ長いが、融通が利くようで利かんところも相応にあるのだよな。
「こっちはどうだったんだ?」
「こっちは平和なものだ。いつもの襲撃が二回ほどあっただけで、それもゴーレム達が片付けてしまったから私達の出る幕がなかった」
「襲撃があったのに平和とはこれいかに」
こちら――オミクルには俺達のような人族を脅かす脅威が存在する。まぁ、あちらにいるのと同じ魔物であるわけだが、こちらはその種類と数が段違いに多い。こちらに最初に来た時には押し寄せてくる魔物を相手に二週間ほど戦い続ける羽目になった。俺がゴーレム兵と武器弾薬と各種資材をしこたま用意していなかったら危なかったな。向こうに帰る方法はわからんわ、魔物だらけで人の気配が全く無いわで本当に大変だった。
オミクルにある人口建造物は廃墟ばかりで魔物の巣窟になっているし、空を飛んで移動しようと企てたら飛行型の魔物の群れに撃墜されかかるし、だからといって鬱蒼と茂る森林を行こうとすればそれはそれで魔物の大群に襲われるし……本当にこっちに来た当初は大変だったものだ。
苦難の末にこちらで生き残っている人々のコミュニティを見つけてこちらの魔物への対処法を聞き出し、巣を潰して回って地域の安全を確保してはコミュニティを支援して少しずつ人族の版図を広げてきた。結局こっちでもあっちでもやることが変わってないんだよな。まぁ、こっちは基本的に対話不能の魔物が相手だから、あっちよりは気が楽な点も多いが。
「一時期に比べれば平和なものだろう? こっちに来て最初の二週間くらいの頃の夢を未だに見るぞ」
「あの時は大変でしたよねぇ……」
「私も未だに夢に見ます」
蜜酒の入った盃を片手にシルフィが肩を竦め、メルティとヒカリが苦笑いを浮かべる。アイラもコクコクと頷いているので、やはり彼女たちにとってもこちらに来てからの最初の二週間は若干トラウマになっているらしい。もう随分前の話なんだけどな。
「そういやシュメル達は? セラフィータ達も居ないようだけど」
「ああ、コースケがあっちに戻った後に東区画の方でちょっとな。大した規模のいざこざじゃないが、母様とドリー姉様が放っておけないと言うんでシュメル達と一緒に事を収めにいった。あと、グランデは昨日コースケがあっちに行った後にどこかにフラッと行ってしまった。まぁコースケが帰ってきたからすぐに帰ってくるだろう」
「イフとアクアは西区画で見つかった地下書庫に籠もってる。きっとそのうちカビが生える」
「そんなこと言って。八人目ができてなかったらアイラもそこに加わっていたでしょうに」
「そうだとしても、コースケが帰ってきたらそばにいる。私は出来る女」
そう言ってアイラは胸を張るが、相変わらずその胸は慎ましいままである。というか、アイラは本当に老いる気配というものがない。いや、それはアイラだけでなく長命種の全員がそうなのだけれども。
「なるほどな。グランデは心配いらないとして、いざこざってのは?」
「コースケ派と母様派の諍いだ」
「あ、あぁー……それ、セラフィータが出てって大丈夫だったのか?」
「些細な擦れ違いだろうし、母様派の連中は母様の言うことは絶対に聞くから大丈夫だろう」
「どうにかならんのか、アレは……」
「どうにもならん」
「どうにもならない」
「どうにもなりませんねぇ」
「そっかぁ……」
三人の答えにしょんぼりする。
俺派とセラフィータ派の諍いとは何か? それはつまり、どちらが主神に相応しいかという派閥間の争いである。いうなれば推し戦争である。どっちがセンターに相応しいかと言い争っているのである。
「あいつらさぁ、俺達は神様でもなんでも無いって言ってるのに本っ当に聞きやしねぇよな」
「まぁ……仕方がないのではないか?」
「こちらの方々は短命種の人が多いですし……」
「彼らから見て何世代経っても変わらず生き続けている私達が超越的な存在に見えるのは仕方がない」
オミクルにも人族はいた。しかし、彼らは揃って非常に短命であったのだ。彼らの寿命は平均たったの五年で、長生きしても十年ほど。生まれて一年で急速に成長して成人し、二年経つ頃には子供を作って、四歳頃から老いが始まる。最初は彼らとどう付き合えばよいのかわからなかったが、今ではなんとか上手く関係を構築できていた。いや、上手くいきすぎて現世に降臨した神々みたいに扱われているわけだが。
「結局まだ彼らの短命をどうにかする手立ては見つかってないんだよな……」
「西区画のの地下書庫で何か見つかればいい」
「そうですねぇ……」
こちらの人々というのは短命で、言い換えれば命のサイクルが非常に短いわけだが。調べたところそういう方向に自ら進化というか変化した節があるんだよな。まだオミクルに存在した文明がどのようにして滅びたのかなど不明な点が多いが、見つかった資料などを調べた結果、大昔に魔物の大繁殖か何かが起こって文明が崩壊したらしいということはわかっている。
その後、生き残った人々は様々な生存戦略を模索し、結果として生き残ったのが種としてのサイクルを早くして、短命な代わりに短期間で即戦力を多く生み出すという戦略を取った彼らであったというわけだ。
「他にも生き残ってる人族はいるかもしれんが、なかなか手が回らないよなぁ」
「こればかりは急いでも仕方がないだろうな。幸い、私達にはまだ時間がある。ゆっくりとやっていけば良いさ。何ならイクス達に手伝わせることも、後を託すことだってできるのだからな」
「コースケはいつまで経っても生き急ぐクセが抜けない」
「コースケさんらしいですけどね」
「父様はいつも忙しそうですよね」
嫁達だけでなく娘にまで言われてしまった。仕方ないだろう? 三つ子の魂百までって言うじゃないか。百が二百になったところでそう変わらんよ。
「しかし、話を戻すけど皆わかってないよな。俺が創造神だって言うならシルフィはそのご主人様だっていうのに」
「今更その話を持ち出すのか……もう百五十年以上前の話だろう」
そう言ってシルフィが苦笑いする。後にも先にも俺に首輪をつけて引き回したのはシルフィだけだぞ。そう簡単に忘れられるか。
「いつまで経ってもシルフィは俺のご主人様だってことさ」
苦笑いするシルフィの盃にインベントリから取り出した瓶から蜜酒を注ぐ。そういや出会った当初からこの蜜酒とも長い付き合いだな。
「それじゃあコースケの主人として命じる。今日はコースケが作った料理を食べたい気分だ。クラフト能力を使わないやつをな」
「おっと、そう来たか。食材は何があったっけかなぁ」
シルフィの無茶振りを受けてインベントリの中身を吟味し始める。昔のことを思い出したから、久々に雑なタコスっぽい何かでも作ってやるか。それだけじゃ足りないからスープを作って、肉も焼いて……うん、手が足りんな。ヒカリに手伝ってもらおう。
「オーケー、なんとかなりそうだ。それでは仰せのままに、ご主人様」
「うむ、苦しゅうない」
大仰なやり取りを交わし、互いに笑う。
こっちの世界に来てからもうすぐ二百年。まだまだ生き抜いていくとしよう。俺の可愛いご主人様と、その家族達と一緒にな。
『ご主人様とゆく異世界サバイバル!』はとりあえずこれで〆とさせて頂きます。
これまで長らくありがとうございました!_(:3」∠)_
 




