第042話~シュメルの罠~
体の調子が悪いぜ_(:3」∠)_
後々には大都市になるかもしれない本拠点の位置の選定条件で、まず何よりも大事なのは広い平地であることだ。後々拠点を拡張するにしても、攻め寄せてくる敵を迎撃するにしても平地で見晴らしが良い方が便利である。
本来であれば水源の有無が重要な要素なのだが、俺のバケツで水源はいくらでも作れる。ちょっとばかりの理不尽さに目を瞑ればこれほど便利なものもない。
そういうわけで、小規模拠点を足がかりにして周辺を探索すること数日。
「この辺りが良さそうだな」
「見晴らしは良い」
見渡す限りの平地で、何故かこの辺りにはギズマの姿もない。あれだけいたギズマの姿がないというのは実に不気味である。
「何が原因だと思う?」
「ギズマを駆逐する何かがいるとかですかね?」
「んー……?」
原因を話し合うシルフィとキュービ。シュメルは何かすっきりしない顔で首を傾げてる。
「ん……違うかもしれない」
アイラが周りを見回してから杖を掲げる。するとぼんやりと光る玉が空中に現れた。おお、魔法っぽい。
「これは?」
「魔力の波動に反応する探査魔法」
「ふむ?」
アイラの説明が簡潔すぎてシルフィが首を傾げる。キュービとシュメルも同じような反応だ。パッシブソナーみたいなもんだろうか? そんなことを考えているうちに光る玉の一部が赤くなって全体が震える。
「今のは?」
「人間には殆ど感じられない魔力の波動を捉えた。魔物には魔力の波動に敏感なものが多い。その性質を利用して、魔物をおびき寄せたり、逆に遠ざけたりすることが出来る」
「つまり、魔物除けの結界か?」
「そうかもしれない。かなり古い形式」
「思い出した!」
パチン、とシュメルが指を鳴らした。
「ここ、覚えがあるよ。黒の森に向かってる時に、一晩だけだけどギズマに襲われなかった夜があったんだ。たしかこの辺りだったはず」
「……ああ、そういえば確かに。そんな夜が一回だけありやしたね」
「私も覚えてます」
「私は覚えがない」
「アイラのお嬢ちゃんは魔法の使いすぎでぶっ倒れてやしたから」
なるほど。少なくとも数年前からこの辺りはこんな感じでギズマがいなかったわけか。
「しかし、何故こんな場所にそんなものが?」
「このタイプの魔物除けの結界は定期的に波動を放出しないと意味がない。装置に魔力を溜めて、一気に放出するようになっている。でも、必要魔力が膨大で魔道士や魔石の魔力で賄うのは無理がある。だから、地脈から魔力を無尽蔵に汲み出せるような場所でないと設置できない。三百年くらい前にもっと魔力効率の良い結界装置が発明されてから廃れた」
「ということは、時代的にはオミット王国がまだ存在していた頃の遺物か。掌握する必要があるな」
「うん。今でも動いているのは驚きだけど、何かの拍子に波動の性質が変わったらギズマが大挙してくるかもしれない」
「それは怖い」
俺達はこの波動式魔物避け装置の場所を特定すべく、荒野を彷徨った。波動の届く範囲はかなり広大なようだ。
「この辺りだと思う」
「なにもないな」
「地面の下ってこったな」
「コースケ、頑張りなァ」
「頑張ってください!」
「はい」
穴掘りとくれば俺の出番である。とはいえ、どれだけ時間がかかるかわからないのでここにも拠点を作る必要があるよな。距離的には第二拠点から半日ってところだろうけど。
そういうわけで、第二拠点と同じ規模の拠点を作る。第三拠点だな。
「なんというか、本当に第二拠点と変わらんな」
「規格化されていると言ってくれ」
これでもマイナーチェンジはしてるんだぞ。拠点の中央に無限水源を使った給水塔を作って、各施設に水を供給できるようにしたんだ。地面にも手押しポンプを使う水源は作ったけどさ。
「明日からはここを拠点に穴掘り」
「気が滅入るな」
「俺らが手伝っても足手まといですからねぇ」
「ま、のんびりしてるよォ。手伝えることがあるなら言ってくれれば良いしねェ」
「私は穴掘りに関しては完全に足手まといなので……周辺警戒はお任せください!」
穴掘りとなると、メインで働くのは俺。アイラとシルフィがその補佐である。ピルナには念の為周辺の警戒に飛んでもらって、キュービとシュメルは俺達の護衛だ。ギズマに襲われることは多分無いのだが、オミット王国が魔物除けの結界を守るために配置した守護者がいる可能性があるそうだ。
「守護者ってどんなのだ?」
「ゴーレム、ガーゴイル、ドラゴントゥースウォリアーのような魔法生物が多い。稀にアンデッド」
「へぇ、いかにもファンタジーって感じだなぁ」
「コースケ、これは幻想でもなんでもない、現実。術者の腕にもよるけど、どの魔法生物もギズマより遥かに危険」
「なるほど。いつでも襲われても大丈夫なように武器は用意しておくよ」
拠点を作り終えたら明日に備えて今日はもう休むことになったので、俺はポンプアクション式のショットガンをもう一丁作ることにした。片方には散弾、もう片方にはスラッグ弾を装填しておく。一丁のショットガンに交互に装填しておくって手もあるんだけどね。俺の能力なら両方用意しておいたほうが楽だ。
整備を終えたら皆で飯を食い、水浴びをして寝る。食事に関してはすべて俺が用意している。暇な時にアイテムクリエイションを利用してレパートリーを増やしているのだ。
「コースケの出す料理はおいしい」
「あたしはくりーむしちゅーが好きだねェ」
「俺はやっぱ肉だなぁ」
「私はほっとどっく? が好きですね!」
「コースケが能力ではなく、自分の手で作る料理もなかなか美味しいぞ」
「そうなのかい? じゃあ明日はそれにしてもらおうかねェ?」
「残念だったな、俺の手料理はシルフィ用なんだ」
「けち」
アイラがぼそりと呟いたが、聞こえなかったふりをする。やだよ、こんな人数に手料理作るなんて面倒くさいし。クラフト能力で美味しい料理が手軽に作れるんだから良いじゃないか。
☆★☆
「はー、疲れた」
ベッドに倒れ込む。
飯を食い終わったらあとは寝るだけだ。寝るだけなのだが、最近疲れが溜まっている。いや、正確にはストレスが溜まっている。もっと直接的に言えば、性欲を持て余していると言っても良い。
もう十日以上シルフィと触れ合ってないんだぞ。そりゃ色々と溜まる。でも、今はメリナード王国を奪還する第一歩を踏み出すために忙しい時期だ。俺とシルフィは前線に出ずっぱりで、夜を過ごすのも別。
女性陣は毎晩一緒に寝ているようだから夜這いに行くわけにも行かない。流石にキュービと俺は一緒に寝るわけじゃない。宿舎は余ってるんだから別の部屋だ。
ちなみに、キュービとはそれなりに気安く話せるようになったので、亜人の性事情についても聞いたことがある。基本的に、獣人系の亜人は一年に一度から二度の発情期があり、その時じゃないとあまりやる気が出ないらしい。できないわけじゃないけど。
獣人系の亜人の中にも年中いけるって人もいるらしいから、あくまでも基本的にって話だ。アイラのような単眼族や、シュメルのような鬼系の種族、シルフィみたいなエルフ族に関しては年中いけるけど子供ができにくいらしい。その代わり、寿命が長い。
単眼族はエルフに次ぐ長寿種族で、平均三〇〇歳くらい、鬼族も概ね二〇〇歳以上は生きるのだとか。他にもラミアやリザードマンなんかも居るけど、残念ながらああいう爬虫類系の種族に関してはよく知らないとのこと。今度誰かに聞いてみるか。レオナール卿とかどうだろう。
「コースケ、起きているか?」
「ひゃいっ!?」
別にやましいことを考えていたわけではないが、急に呼ばれてびっくりした。声のする方を見ると、シルフィが部屋の外からちらりと顔を覗かせていた。なにそれ可愛い。
「どうしたんだ? 慌てて」
微笑みながらこちらに近寄ってくるシルフィにドキドキする。なんだか少し顔が赤いような。
「急に声をかけられてびっくりしただけだ。シルフィこそどうしたんだ? こんな時間に」
「寂しくなったんだ。わかるだろう?」
短くそう言って、シルフィがベッドに腰掛ける。甘い匂いがふわりと漂ってくる。それだけで頭がクラクラしてくる。ステイ、まだステイだ俺。頑張れ。
「コースケはどうだ?」
潤んだ瞳でそんなことを言ってくる。シルフィさん、完璧に殺しに来てますね?
「俺だってそう思ってたさ。でも、色々と難しいだろ?」
「そうだな。でも、考えてみたら今更だろう?」
そう言われればそうだ。俺とシルフィがそういう関係なのは公然の事実というやつである。
「シュメルがな、自分達のことなど気にしないで存分にやれと後押ししてくれたんだ」
「そうか」
俺の中でシュメルに対する株がストップ高だ。今度何か望むものを作ってやろうと思う。
「だからその、な?」
顔を真赤にするシルフィは可愛いが、これ以上は俺が我慢できそうにない。防音とかはまったく完璧とは言えないから、できるだけ静かにやろう。できるだけ。
翌日。部屋から出る時間をずらして身支度を整え、朝食の席に赴いたのだが。
「……(赤面&ジト目)」
「……(ニヤニヤ)」
「……(ニヤニヤ)」
「……(赤面)」
それぞれアイラ、キュービ、シュメル、ピルナの反応である。やめろお前ら。その視線は俺に効く。
「昨晩はお楽しみだったねェ?」
「いやー、お相手がいて羨ましいなー」
「……不潔」
言葉のナイフが俺の心に深く突き刺さる。もうやめて! 俺のHPはもうゼロよ! ピルナなんて顔を真赤にして俺と目を合わせてくれないぞ! それの反応も心に痛い!
「しょ、諸君、おはよう」
「……おはよう」
「おはよォ」
「おはようございやす」
「お、おはようございます」
遅れて現れたシルフィも微妙なこの雰囲気にすぐ気づいたようだ。顔が赤い。耳まで赤い。流石に俺のように直接からかうような声をかけることはないようだが、ニヤニヤとしたシュメルの視線は変わらない。キュービはなんとか表情を取り繕っているようだが、やりすぎてチベットスナギツネみたいな顔になっている。
「ちょ、朝食にしようか。コースケ?」
「イエスマム」
今日の朝食メニューはスープにパン、大皿にソーセージの盛り合わせだ。スープはコーンポタージュである。シュメルだけがニヤニヤする中、全員無言で食事をとり始める。
それは、シュメル以外の全員がスープを口に運んだ絶好のタイミングだった。
「俺だってそう思ってたさ(キリッ)」
『ぶふぅっ!?』
シュメル以外の全員が一斉にコーンポタージュスープを噴いた。大惨事である。
「お、お、おまっ!? どこからっ!?」
「あははははっ!」
俺の言葉には答えず、シュメルはソーセージの盛られた大皿を抱えて逃げ出す。アイラは対面のシルフィが噴いたコーンポタージュが目に入ったのか某大佐みたいになって悶絶してるし、ピルナは混乱してわたわたしている。キュービに至っては我慢限界だったのか笑い転げているし、シルフィは顔を真赤にしてシュメルを追いかけていった。
「どうしてこうなった……」
俺の言葉に応えてくれるものは誰も居なかった。
☆★☆
そんな悲しい事件を起こしつつも周辺を掘り続けてはや三日目のこと。
「んぉ?」
ガキン、と俺のシャベルが何か硬いものに阻まれた。また岩かと思ったのだが、どうにも感触が違う。注意深く周りを掘ってみると、明らかに人工的な石の壁だということがすぐにわかった。
「おーい! なんかに当たったぞー!」
穴の底から声を張り上げ、他の皆を呼ぶ。そして周りを掘り広げ、石垣ブロックを配置して地中の構造物に突入するためのスペースを作る。そうしているうちにピルナ以外の面子が俺の掘っている穴に降りてきた。ハーピィのピルナは地下室みたいな閉鎖空間じゃまともに動けないからな。
「何を見つけたんだ?」
「石壁だな。地下構造物の壁だと思う」
「成る程……アイラ、どうだ?」
「高さは合ってる。当たりかもしれない」
アイラの作り出した探知魔法の光球は、ほぼ真横の面が赤くなっている。
「よし、では突入するぞ。コースケは壁に穴を空けてもらう。明かりは私が用意する。壁に穴を空けたらシュメル、私、キュービの順で突入だ。コースケとアイラは後からこい」
「了解」
態勢を整えたのを確認し、つるはしで石壁を破壊する。それと同時にシルフィが光の精霊魔法で施設内を明るく照らし、シュメルを先頭としてシルフィ達も構造物内へと突入していく。
「異常なし。敵は見当たらないねェ」
シュメルの声を聞いて俺とアイラも中に入る。結構大きな構造物であるようだ。天井が高い。それに左右に道が続いている。回廊だろうか?
「アイラ、どっちだい?」
「右」
「あいよォ。んじゃ先頭はあたし、次はキュービ、アイラ、コースケ、姫様には殿を務めてもらって良いかい?」
「わかった。殿は任せてくれ」
「声が結構響くな……銃は撃たないほうが良さそうだ」
「あー、そうだな。バカでかい音で耳がやられそうだ」
仕方ないので改良型クロスボウをインベントリから引っ張り出すことにする。自動拳銃用のサプレッサーを作っておけばよかったな。あれは亜音速弾を使うからかなり音が低減されるんだ。
全員で一列になって警戒しながら回廊を進む。途中でいくつか部屋を見つけたが、殆どのものは朽ち果てていてめぼしいものは見つからなかった。
「元々は何の施設なんだろうな?」
「普通に考えれば王城の地下か、宮廷魔道士関連の施設。場合によっては専用の防衛施設である可能性もある」
「王城の地下なら地下宝物庫とかあるかもしれないねェ。倉庫とかさ」
「怨念の篭った地下牢とかかもしれないがね」
「アンデッドが出ると厄介だが、魔物除けの結界装置の傍ではな」
「何かに定着する前のアンデッドは魔力放射に極端に弱い。まずこの辺りでは自然発生できない」
「意外と儚いんだな、アンデッド」
価値があるかどうかわからないけど、とりあえず気になるモノを片っ端から俺のインベントリに詰め込みながら地下を探索すること三十分。やっとそれらしい部屋にたどり着いた。
「アレか?」
「間違いない。前に古い資料で見たことがある」
「ありゃどう見てもゴーレムだよな」
かなり広い部屋だ。天井の高さは10m以上、入り口からの奥行きは50mくらいあるだろう。横幅も同じくらいかな? 正方形の部屋に見える。
入り口の正面の壁際にある大きな台座の上に光り輝く宝玉が浮かんでいる。アレが魔物除けの結界装置というやつだろう。
しかし、結界装置が設置されている場所の両脇にはこれ見よがし大きな石像が二体設置されている。両方ともバカでかい槌を持っていて、いかにも動きますって感じだ。
「あのゴーレムって弱点とかないのか?」
「どこかに魔石が埋め込まれていて、それを破壊するまでは動き続ける。魔石を破壊すれば止まる」
「なるほど。それにしてもあいつら、動かないな?」
「多分、部屋に入ったら襲いかかってくる」
「ここにいる限り襲ってこない?」
「多分」
「ここから攻撃したらどう反応する?」
「……多分、ここから攻撃しても動かない」
「そうか、ならなんとかできるかもしれん」
ショットガンに装填されているスラッグ弾は所謂ライフルドスラグというやつなので、これくらいの距離なら威力はギリギリ落ちないはずだ。何発も撃ち込めば石像ぐらいは破壊できるだろう。どうせ頭か胸辺りに弱点があるだろうし。
直接的に破壊しなくても、下を掘ってより下に落として埋めるって手もあるな。こっちのほうがスマートかもしれん。そもそも、どうやって侵入を感知しているんだ?
「なぁ、どうやって侵入を感知するんだ、あれは」
「ゴーレムも人間と同じ。目で見て認識する。だからこっちを向いている」
「なるほど。なら上から行って天井に穴開けて頭を埋めるか」
5mくらいまでなら手の届かない場所にもブロック設置できるしな。まともに戦ってやる必要なんてこれっぽっちもないよね!




