第421話~執務~
雪掻きの後遺症がつらい( ˘ω˘ )
俺の執務室へと移動すると、そこでは既に獣人メイド達が働いていた。
「お疲れ様。遅くなってごめんな」
「いいえ、大丈夫です。お気になさることはございません」
書類の整理をしてくれていた狐耳獣人のビャクがそう言って微笑む。同じく机に着いていた白鼠獣人のミトと鼬獣人のフェイもそれぞれ気にするなとでも言うようにプルプルと首を横に振っている。彼女達三人が獣人メイドの頭脳労働担当というか、書類担当だ。書類仕事を任せられるレベルで読み書き計算ができるのが彼女達三人だけなのである。
「他の子達は?」
「はい、ルナとラナはメルティ様と書類のやり取りをするために動いてもらっています。シェンとオリビアは商業ギルドへお使いに行っていて。メメはお城のメイドさん達と一緒に色々と雑務をこなしていますね」
「なるほど、了解。それじゃあお仕事しますかね」
まずは要望書を確認する。これは主に缶詰や缶麺類など新型保存食の製造・販売に関するものだ。
まぁ、この手の文書に決まった雛形がある世界ではないので、書式も書いてある内容も正直言ってバラバラである。要望書というか、時節の挨拶などから始まる普通の手紙みたいなものまである。
「これに一つ一つ目を通して分類するのは大変な作業だなぁ……いや、本当にお疲れさん」
「とんでもないです」
「ぶっちゃけめんどい」
「結構楽しいですよ。中にはこう……詩的なものもあったりして」
ビャク、ミト、フェイがそれぞれの反応を返してくる。
ビャクは真面目だけどちょっと堅いな。もう少し仲良くして打ち解けたいところだ。ミトは明け透けで面倒くさがりな性分を隠そうともしないけど、仕事はちゃんとやってるんだよな。俺としてはこれくらい砕けていた方が付き合いやすい。フェイはバランス感覚が良いと言うか要領が良いというか、堅過ぎず砕け過ぎず絶妙な距離感で接してくれるんだよな。
「詩的なのってどういうのだ?」
「そちらのその他の箱に入っています。金箔で装飾されているのでわかりやすいですよ」
「どれどれ……えぇ?」
時節の挨拶から始まって、なんか俺を讃えるような内容の文面が続き、我が領地にも閣下の御慈悲と恵みをお与え下さいみたいな内容が妙にポエミィな感じで書き連ねられている。
「場所は……西方国境に近いところか。あの辺はまだ行ってない場所が多いんだよな」
「足を伸ばされますか?」
「いや、帰ってきたばかりだし暫くは動かずゆっくりしたいな。とりあえず、こいつは俺だけじゃ判断できないからシルフィに回そう」
行くのは構わないが、ドラゴニス山岳王国から帰ってきたばかりだし暫くは城でゆっくりしたい旨と、国境に近い場所に俺製の農地を作るのはリスキーではないか? という旨を併記したメモを添付してシルフィ行きの箱に入れておく。こうしておけば犬系獣人の双子であるルナとラナが運んでいってくれるわけだ。
そんな感じで適宜俺に回されてきている書類に目を通していく。内容としては本当にまちまちだ。何か新しく事業を始めるから金貸してくれだとか、さっき研究開発部でも聞いた缶詰工場のラインを増やしたいから工場の増改築と設備の調達をお願いしますだとか、民間用のエアボード販売まだですか早くくださいとか。
缶詰工場のライン増設の件も含めて、どれだけの費用がかかってどれだけの利益が見込めるかだとか、そういった詳細なデータをまとめてある計画書のようなものが添付されているものはない。ひとつもない。要望とか嘆願通す気ある? と言いたくなるような有様だが、この世界ではそんなものを用意して要望を送ってくる人などいないらしい。
とりあえず、全ての案件に対して具体的にどれくらいの金額が必要で、その対価として俺というかメリナード王国にどれだけの金銭的な利益やその他メリットがあるのかを具体的に書いて寄越せという内容の文書を添えて差し戻すことにする。というか、金貸せって言っきてるのに返済計画の提案も無ければどれだけの利益を分配するかの提案も無いとか舐めてんのか? 処すぞ? とあまりに酷い内容のものに関しては脅しの文言も添えておく。
え? そんなことを書いて送って良いのかって? 我、王配ぞ? 女王の伴侶ぞ? 地位的には国のナンバーツーですよ? これくらいの振る舞いはなんてことはないだろう。でも一応メルティに回してチェックしてもらうことにする。俺は慎重派なので。
そんな感じで右から左に書類を処理していると、犬系獣人の双子であるルナとラナが戻ってきた。
「あ、ごしゅじん」
「もどりました」
褒めて褒めてと言わんばかりに俺の側に来て尻尾をふりふりしている二人の頭を撫でてやる。ビャクが羨ましそうにこっちを見ているのが少し面白い。後でビャクの頭も撫でてやろう。
「持っていく書類が出来上がってるから、持っていってくれ。慌てて落としたり、誰かとぶつかったりしないようにな」
「うん、まかせて」
「いってきます」
シルフィとメルティには直接渡しに行き、城の外に届ける書類に関してはまとめて預かって発送処理をする部署があるのでそちらに持っていってもらう。メリネスブルグ内で速達を頼みたい時はシェンとオリビアに今行ってもらっているように直接お使いをしてもらうんだけどな。
そうして暫く働いていると、いつの間にかライム達スライム娘達が周りに湧いて出てきていた。いや、本当に湧いて出てくるから困るよこの子達は。
「どうしたんだ? 揃って」
「へいかとのやくそくー?」
「一段落したら連れて行くから」
「取り立てなのです」
「アッハイ」
そういや昨晩、シルフィがライム達に言ってたな。明日は一日俺の身体を空けておくからとかなんとか。朝起きるなり俺を地下に拉致したりしない分、ライム達はとても理性的かつ心が広いと思う。
「もう少し待ってな。今日すぐに処理しなきゃいけない書類はあと少しだから」
「わかったー」
「手伝ってあげるわ」
「仕方ないのです」
ベスとポイゾが添付文書の代筆を始めてくれた。うん、俺の字だ。再現度すげぇな。同じ文面でも全部手書きにしなきゃいけないのが辛いんだよね、この仕事。パソコンとプリンターが欲しい。
ああ、パソコンとプリンターはすぐには難しそうだけど、活版印刷技術とかタイプライターとかならいけるかな? この世界の標準文字はアルファベットに似た形態の表音文字なので、タイプライターは使えそうな気がするんだよな。
「それじゃあ悪いけど、この辺の処理が終わったら俺は地下に行くから」
「はい……あの、大丈夫なのですか?」
「多分大丈夫。命の危険は無い。少なくとも今までは」
「これからもないわよ。ポイゾがやりすぎなければ」
「そのときはめっ、するからだいじょうぶー?」
「ライムのめっは滅っだから洒落にならないのですよ」
洒落にならないのを知ってるってことは、最低でも一回は『滅っ』されてるってことだよな? え? 俺もしかして過去に危ないことになっているのか? 正直記憶があまりないんだが。
「あんしん、あんぜんー?」
「お、おう」
ライムの言葉にとりあえず頷いておく。まぁ、ライム達相手に警戒しても仕方がないからな。どうせ警戒しようが抵抗しようが無駄なので、全面的に信頼しておくのが利口ってもんだよな。うん。




