第041話~再び荒野を征く~
さて……時間との戦いとは言ったが、結局の所オミット大荒野は一種の魔境である。
元々はオミット王国という国だったが、黒き森のエルフと戦争をして本気にさせた結果、精霊石による事象崩壊攻撃を雨あられと浴びせられて更地となった。
そして精霊石の限界を超えた多重使用によって精霊力というものが乱れに乱れ、まともな植物が育たなくなって荒野と化したのである。
宝くじの一等賞に当選するくらいの強運があれば地面を掘り返して当時のお宝を発掘できることがあるそうだが、オミット大荒野には精霊力の乱れを物ともしない凶暴な大型昆虫のギズマ達が大量に跋扈している。
長々と説明をしたが、何を言いたいのかと言うと。
「オミット大荒野に好き好んで来るような奴はまずいないねェ。獲物はギズマくらいしかいないし、ギズマはまぁそこそこ金にはなるけど、素材がどうしても嵩張る。肉はすぐにダメになるしね。そもそも、奥地に行っても結局はギズマしかいない」
元冒険者のシュメルはこう言う。
「しかも、オミット大荒野を越えた先にあるのは聖王国の人間達にとっては悪名高き黒の森だ。なおさらオミット大荒野の奥地に入ってくる理由がないだろ」
キュービもそう言って肩を竦める。
つまり、何が言いたいかというと、少なくともオミット大荒野の中心部より向こうに行かない限りはそうそうメリナード王国側に俺達の動きが察知されることはないだろうということだ。
で、今の状況だが。
「遠くからも集まってきている気がする」
ミスリル製の杖から雷撃を飛ばし、多数のギズマを行動不能にしたアイラが小さくため息を吐く。
はい、ギズマの群れと戦闘中です。
会議から三日後に五〇人の王国民と俺、シルフィ、ダナン、メルティ、アイラ、キュービ、シュメル、ピルナという面子でオミット大荒野へと出発。その日のうちに第一拠点へと到着し、そこで三日間、俺は拠点内で農地の拡張をさせられた。
三日後、収穫や今後のテストなどは任せてダナンとメルティ、五〇人の王国民を第一拠点に残して残りの面子でオミット大荒野の奥へと移動を開始。数時間歩いたところで偵察に出ていたピルナがギズマの大規模な群れを発見。
迂回することも可能ではあったが、協議の結果ギズマを排除することにした。どうせこの辺りは第一拠点と次の拠点との間の通り道になるのである。道中の危険は排除しておくに越したことはない。
こっちの人数は六人、ギズマの数は三〇から四〇くらいという話だったので、その場に迎撃拠点をサクッと作って殲滅することにした。
迎撃拠点の作りは単純だ。まずブロックジャンプを使用して縦に4m分レンガブロックを詰み、そこを起点としてレンガブロックで一辺10mの足場を作る。たった一本のレンガブロックの柱、それも四隅の角に一本だけというどう見ても支えられるはずもない構造の足場なのだが、俺の設置したブロックは重力を無視して空中に留まる性質がある。
足場を作り終えたら柱に梯子を設置して皆に上がってもらう。そして俺だけ下に降り、柱を破壊しながら上に戻る。これで地上3m地点に浮遊型迎撃拠点の出来上がりである。
下に潜り込まれるのは間違いないので、足場の中央に四ブロック分穴を開けて狭間胸壁を作っておく。足場の端にも同じく作る。これで完璧だ。
俺とシルフィとキュービは改良型クロスボウで。アイラは攻撃魔法でギズマを撃退する。
シュメル? シュメルは俺のインベントリに大量に入っていた結構大きい石を片手でビュンビュン投げてるよ。投石機か何かかな?
流石にこの程度の敵に航空爆弾を使っても仕方がないから、ピルナは大人しく観戦モードだ。たまに飛んでもらって周囲の確認はしてもらってるけど。
「しかし、この迎撃拠点は……なんというか、一方的だな」
「虫畜生とまともに戦ってやることもないだろ」
寄ってくるギズマを三台の改良型クロスボウとシュメルの投石、アイラの魔法で迎撃。迎撃しきれず間合いを詰めてきても俺達は浮遊拠点の上で、ギズマには俺達を攻撃する術がない。
一応、鋭い触角を伸ばしてきたりはするのだが、攻撃モーションがわかりやすいから胸壁に隠れれば簡単にやり過ごせる上に、そもそもあの触角は自分より背が高い場所にいる敵を攻撃することを想定していないようで、精度も雑だ。
拠点の下に潜り込んでも中央に空けた穴から撃退できる。死体も積み上がる前に俺が回収できる。ギズマに打つ手なしである。
「結構な数に囲まれてるのに緊張感がねェなァ」
「すまんが、これが俺の戦い方なんだ。ひりつくような命のやり取りは俺の趣味じゃないんだよ」
「まァ、これもお前の個性ってやつだよなァ。否定する気はないよ」
そう言って笑い、シュメルはギズマに石を投げつける。確実に改良型クロスボウより威力があるな、シュメルの投石は。ギズマの強靭な甲殻を砕いて貫通してるぞ。
「コースケ、銃を使えば早いのではないか?」
「たしかに早い。でもクロスボウで片付くならクロスボウでやったほうがコストが安い。圧倒的に」
「それもそうか」
たっぷり一時間ほどかけてギズマを殲滅し終えた。結局他からも集まってきて最終的に五〇匹くらい倒していた。
「ギズマの素材は飽和気味なんだよなぁ」
「ギズマからは魔石が取れない。だから人気がない」
「魔石?」
アイラの言葉に首を傾げる。召喚魔法でも使えるようになるんだろうか? それとも悪魔との交渉に使うとか?
「魔物の体内から採れる魔力の結晶。魔道具の素材や、魔法の触媒、錬金術の材料にもなる」
「ほぉ……じゃあ、正確にはギズマは魔物じゃないってことか?」
「魔石が採れるから魔物、と定義されているわけじゃない。ヒトに害を成す生物は全部魔物ということで一括りにされている」
「へぇ」
大雑把な分類だな。もう少し細かく分類しても良いと思うが。
「稀に魔石を持たないとされる魔物からも魔石が発見されることがある。だから明確に区分するのが難しいというのもある」
「なるほど」
疑問が顔に出たのだろうか。アイラが補足説明をしてくれた。たしかにそうなると分類も簡単にはできそうにないな。俺でもそういう大雑把な括りで扱うと思う。
アイラと話しているうちに偵察に出ていたピルナとキュービが戻ってきた。
「周辺にギズマはもういないみたいです」
「進む方角も大丈夫だ。次の地点に向かえるぜ」
「うむ、ではもう少し進むぞ。コースケはこの足場を撤去しておけ」
「アイアイマム」
浮遊拠点を撤去し、再び荒野を征く。今日作る予定の拠点はとりあえず小規模なもので、一〇〇人くらいが滞在できるようなものにするつもりだ。規模としては第一拠点の三分の一くらいになるのか。ここを足がかりとして本拠点を作るのに適した場所を広範囲に探す予定である。
ただ、この拠点は後々黒の森のエルフと色々とやり取りをする拠点になる可能性もあるので、その場合は拡張工事を行なうことになると思う。何にせよ、まずは本拠点を作るのが先決だろうという話になっているのだ。
途中で昼休憩を取り、更に二時間ほど移動したところで拠点の設置に適した場所が見つかる。一つ目の拠点と同じく、丘のようになっている地形だ。こちらのほうがだいぶなだらかだけど。
「ここをキャンプ地とする」
「キメ顔で言っているところ悪いが、さっさと作業を始めてくれ。日が落ちるまでさほど時間があるわけではないぞ」
「あ、はい」
ネタが通じないのは悲しいなって。まぁ、野宿は俺も御免なのでシルフィの言う通りにさっさと建物を作っていくことにする。左右対称モードとまとめて設置モードを使えるようになったから、単純な建物であればさほど時間はかからない。
「すげぇな。レンガ造りの建物がみるみるうちにできてやがる」
「こりゃ大工や左官屋の面目丸つぶれだねェ」
「ははは、すごかろう」
周辺の偵察に出るキュービとシュメルが俺の仕事ぶりを横目で見ながら丘を降りていく。帰ってくる頃には立派な砦を作っておくとしよう。
「建造物を作るのが本当に早くなったな」
「異常」
シルフィは感心してくれるが、アイラの発言は実に率直である。うん、普通の人から見ると絶対異常だよね、これは。アイラはいつだってこの世界の一般的な視点を俺に齎してくれる。
だが、俺はこの能力を活用する。最大限にだ。
サクッと宿舎を作り、防壁を作る場所をシャベルで掘りまくる。これはアイラとシルフィも魔法で手伝ってくれた。シルフィは土の精霊魔法で、アイラは土魔法で深さ5m、幅3mの穴を掘っていってくれる、俺もシャベルで掘りまくる。
穴を掘りさえすれば壁の設置はすぐである。まず比較的複雑な作りの門を作り、後は単純な構造の壁を作る。左右対称モードとまとめて設置モードが使えるようになってからこういう左右対称で良い構造物の設置は非常に楽ちんだ。さほど時間をかけずに二つの門を持つ高さ7mの防壁が出来上がる。一辺の長さは50mなので、単純に第一拠点の四分の一ほどの大きさだ。五〇人ほどが滞在するのに何の問題もない大きさだろう。
魔力を消費したシルフィとアイラはここでしばらく休憩。ピルナはまた偵察に出ている。俺は引き続きトイレを作り、無限水源の水場を作り、二階建ての宿舎と倉庫を作る。あとは畑を……と思ったら袖を引かれた。
「あれ、なに」
アイラがジト目で無限水源の水場を指さしている。あー、気づいちゃったかー。早かったなぁ。
「水場だ。ポンプは見たことあるだろ?」
「それはわかる。問題はそこじゃない、わかっているはず」
「ははは、世の中は不思議で溢れているよな」
「不思議なのはコースケの存在そのものだと思う。真面目に話す気がないなら解剖していい?」
「すみませんゆるしてください」
ジト目で睨んでくるアイラに無限水源について説明する。と言っても、俺にだってその原理や仕組みがわかるわけじゃない。バケツで水を撒いたら何故か水が出続けるんだよ! それを二つ組み合わせると無限に水を汲み上げられるスポットができちゃんだよ! 俺は悪くねぇ!
「今まででもトップクラスの不条理さにキレそう」
「いいじゃないか。これは奇跡、神とか精霊的なサムシングが俺に与えてくれた奇跡の力ってことで」
「奇跡……神聖魔法の領分だと考えれば、確かに……」
アイラは俺の言葉を受けてじっくりと考え込んだ。その隙に俺は畑を耕す。
農地については三日間でそれなりのことが判明した。まず、農地ブロックを俺が耕した土地に、俺が能力を使って種を植えるのが一番成長が早い。大体の作物が二日から三日で収穫できてしまう。
次に、農地ブロックを俺が耕して俺以外の人が種を植えた場合だが、これは俺が種を植えた場合には劣るものの、やはり早い。成長の具合を見る限り、下手すると二週間くらいで収穫できそうな感じだという話だ。これは農地ブロックを俺以外の人が耕して、俺以外の人が種を植えた場合でも同じくらいの成長率のようだった。
あとは農地ブロックではなく普通の荒野の地面を俺が耕した場合だが、俺が種を植えた場合はやはり二週間くらいで収穫できそうな感じだった。俺以外の人が種を植えた場合は普通の農地と変わらないくらいだろうということである。
逆に言えば、俺がクワで地面を耕せばどんなに荒れて痩せた土地でも普通の畑並みの土になってしまうということである。しっかりと小石やなんかも地下1mくらいまでは除去されていた。クワすげぇ。
つまり、成長加速に関わる要素というのは、農地ブロックか、俺が種を植えるかのどちらかである可能性が高い。二つが合わさると三日くらいで収穫できてしまう。どちらかの要素があれば二週間くらいで収穫できそう。そういう感じだ。
なお、検証を行なっているあいだ、メルティはずっとニコニコしていたしアイラはずっと目が死んでいた。アイラには苦労をかけるな……メルティは怖いからしばらく近寄らないでおこう。農地ブロックの作成には黒き森の豊かな土が必要だということは言っておいた。根こそぎ掘り返したりはしないと思うし、できないとは思うがちょっと心配である。
「神聖魔法と同じく精霊魔法は術者の魔力ではなく、どこか別の場所から力を引き出している……神聖魔法の場合は神から、精霊魔法の場合は精霊界からと言われているから……コースケの力ももしかすると……」
アイラはその小さくて細い顎に手を当てながら何か難しそうな話をブツブツと呟いていた。アイラの中で無限水源を始めとする俺のクラフト能力に対する説明が付きつつあるのだろうか。頑張れ。
ブツブツと呟くアイラを横目に畑を耕し、今度は水浴び所を作ろうと考えつく。排水を考えなきゃならないが、どうしたものかな? とりあえず防壁に排水管を通して、丘の下に流すか。建物の屋上にタンク状の構造物を作って、そこに水源を設置。タンクから各シャワールームに配管を通して、打たせ湯みたいな形で常時ある程度の水量で水が流れ続けるようにしてみるか。
配管に関してはブロックに穴を空けて設置すれば良い。イメージである程度形状を変えられるというのはこういう時に地味に役立つ。ぬぉぉ、微妙に穴の位置が合わん! リトライ、リトライだ!
試行錯誤を繰り返し、苦労して配管を通して使えるようになった頃には日が落ちていた。いつの間にか帰ってきていたキュービとシュメルも交えて夕飯を食べて、今日はもう寝ることになった。
なお、水浴び場は女性陣に大層喜ばれた。
「トイレにしろこの水浴び場にしろ、コースケは綺麗好きだな。私は嬉しいよ」
「荒野の真ん中でこんなに水を贅沢に使えるのは素晴らしいこと」
「やっぱり身奇麗だとさっぱりして良いよなァ。冒険者やってるとなかなか難しいんだが、ありがたいねェ」
「水浴びが出来るのは本当に嬉しいです。荒野を飛んでいると砂塵で羽がガサガサしてきますし」
なお、もっふもふのキュービが水に濡れた姿はまるで別人のようだった。
「どうしてもこうなるんだよな。でも、ちゃんと洗わないとダニとかノミとか怖いんだぜ」
「そりゃそうだろうな。背中、流してやるよ」
「悪いな。尻尾は自分でやるから触らないでくれよ。他人に触られるとケツのあたりがムズムズするんだ」
二人で互いに背中を流したりもした。裸の付き合いってのも悪くないもんだな




