第416話~温もりと幸せ~
おまたせしました_(:3」∠)_
俺達を乗せた飛行船は東へ東へとひたすらに突き進み、途中で街や村落、それに街道の上も通過しながらメリネスブルグへと向かっていた。行きと同様、帰り道でも魔道飛行船を目撃した大層魂消ただろうが、一応は二回目なので行きほどの騒ぎは起きていないだろう。多分。
メリナード王国領に入った時点でゴーレム通信機でドラゴニス山岳王国からメリネスブルグへ向けて運行中と連絡を入れたので、ゴーレム通信機が設置されている街では領主や守護などに情報が伝わっている筈だ。既にメリナード王国内にはゴーレム通信機による情報ネットワークを形成してあるので、同様の情報が既にメリネスブルグに伝わっているだろう。
メリナード王国領内には魔道飛行船を脅かすような空を飛ぶ魔物もいないので、運行そのものは平和なものだ。昼のメニューは乾麺のパスタに缶詰のミートソースをかけたものと、缶詰のスープである。スープにはドラゴニス山岳王国で仕入れてきたものと思しきトウモロコシのような穀物も使われており、プチプチとした食感と仄かな甘味が意外とマッチしていた。
ふむ、トウモロコシに似た作物はエルフの里やメリナード王国でも育てていたが、ここまでの甘みは無かったんだよな。ドラゴニス山岳王国で作られているものとは品種が違うのかもしれない。
「帰ったらオーバーホールしないとだな」
「ん、どこにどんな負荷がかかっているのかしっかり見る必要がある。差し当たって心配なのは魔煌石炉と魔力伝達線と、着陸装置周り」
「そうだな。特に雷撃砲周りの魔力伝達線には負担がかかってるかもな」
雷撃砲そのものも改修型を開発する必要があるし、帰ったら帰ったでやることが多いな。ドラゴニス山岳王国からもヴァリャーグ帝国と同じように大使館を置きたいという話もあったようだし、用地と物件の確保も進める必要があるだろう。最悪、用地さえ確保できれば大使館は俺が建てても……いや、急ぎってわけでもないし建築屋の仕事を取るのは良くないか。俺がやったほうが安くて速いのは確実だが、そればっかりだと地元の建築産業が衰退する一方だよな。使い所は考えないと駄目だな。
そうやってアイラと魔道飛行船のメンテナンスとオーバーホールについて相談したり、ドリアーダと大使館建設やその用地の確保、それに交易に関して話し合ったりしながら時間を過ごしているうちについにメリネスブルグが見えてきたという報告が入った。
「やっとだな」
「そうね。メリネスブルが近づいてくると、なんだか急に皆の顔が見たくなってきた気がするわ」
ドリアーダがそう言って微笑む。なんだかんだでドリアーダ達姉妹は仲が良いからな。ドリアーダにしてみればイフリータとアクアウィルさんもシルフィも可愛い妹達であるわけだ。
「エリーゼとコンラッドは元気かな……ハーピィちゃん達も怪我とか病気とかしていなければ良いんだが」
赤ん坊はちょっとした体調不良が大事に至りかねないからな。現時点で特に何も連絡が入っていないし、何より城には多数の聖職者や魔道士、錬金術師がいる。その上俺が作ったライフポーションとキュアディジーズポーションもあるのだから何も心配はいらないと思うが、やはり心配は心配だ。ハーピィちゃん達は元気が良い子ばかりだから、飛ぶ練習をしているうちに怪我とかしそうだしな。
「すっかり父親の顔ですね」
「父親だからな。まだまだ実感が湧いてないけど」
この世界における父親とはどうあるべきなのか、という道はまだ見いだせていない。地球というか、日本における理想の父親像というものすらあやふやだしな、俺。まぁ、その時その時で最善と思われる手を打っていくしかないだろう。
「コースケ、間もなく着陸する」
「了解。城にぶつけないようにな」
着陸地点は王城の裏手に作られている臨時発着場である。そのうち専用の発着場をどこかに作るべきだろうな。魔道飛行船を使った交易を行うことも考えれば、やはり商業区の近くが良いか。あの辺りには倉庫も多いからな。近いほうが荷の積み下ろしをするのにも便利だろう。
そんなことを考えている間に魔道飛行船は着陸態勢に入り、徐々にその高度を下げ始めた。空中に静止したり、そのまま垂直に上下したりできるのはやっぱ便利だよな。
魔道飛行船は城の裏手にある臨時発着場に何の問題もなく着陸した。その瞬間、艦橋に安堵の息を吐く音が響く。やはり着陸時が一番気を使うな。下手をすれば横倒しになってしまったりする可能性もあるわけだし。なんとか自動制御で安全に着陸させる方法でも考えたいところだが、それにはゴーレム制御技術の発展が必要だろうな。残念ながら俺の能力ではゴーレムコアの編集だけはなんともならんのだよ。戦闘用のゴーレムは簡単に作れるし、現物があればコアの内容を複製したコピー品はいくらでも作れるんだけどな。
「皆、ご苦労さん。まだ後始末はあるが、これで今回の仕事も一段落だ。アイラとテッド、ダルコに臨時ボーナスを預けておくから、兵士はそれぞれの隊長から、それ意外の人はアイラからボーナスを受け取って今日のところは休んでくれ」
魔道伝声管を使って全艦にそう伝えると、艦内のあちこちから歓声が上がったようだ。艦橋では魔道士の皆さんが安堵の表情や歓喜の表情を浮かべつつ、俺とアイラに視線を向けてきている。
「そういうことで、よろしく。一人あたり小金貨三枚のボーナスな」
「ん、わかった」
小金貨の詰まった袋を艦橋の広いテーブル――主に地図を広げるためのテーブルだ――に置き、アイラに託しておく。同様にテッドとダルコにそれぞれ小金貨の詰まった袋を一つずつ託しておいた。余った分はアイラ経由で俺に返却するように言っておく。ついでに、テッドとダルコの二人には小金貨五枚をボーナスとして支給しておいた。ちなみに、小金貨一枚で凡そ一ヶ月分の生活費になる。物価が違うので日本の貨幣価値に換算するのは難しいが、まぁ小金貨一枚あたり凡そ十万円くらいの価値があると考えて問題ない。
「大盤振る舞いね?」
「王配がケチじゃ締まらないだろ? 金には全く困ってないしな」
冗談ではなく、俺のインベントリにはメリナード王国どころか恐らくヴァリャーグ帝国の国家予算を軽く超える量の資産が入っているからな。小金貨ウン百枚なんぞ端金である。
「よし、降りようか。俺が降りないと他の兵達も降りられないだろうし」
これでも一応この船のトップだからな。こういう時には先陣を切るべきだろう。
ドリアーダと一緒に上甲板から船倉へと降りて船首の搬出口を兵達に開放してもらう。すると、搬出口の開いた先にシルフィ達が待っていた。
「ただいま、シルフィ」
「おかえり、コースケ。よく戻った」
今日のシルフィはいつものボディスーツのような戦装束ではなく、赤を基調としたドレスを身に纏っていた。なんだかとても新鮮な感じがする。
「よく戻った」
もう一度そう言ってシルフィは俺を抱き締めてきた。俺もシルフィを抱き返してシルフィの温もりを堪能する。ああ、なんだかとても落ち着くな。言葉よりも何よりも、腕の中に愛する人を抱くこの感覚こそが何よりも尊い。これが幸せというものなのだろう。
そう考えながら、俺はメルティが咳払いをしてささやかな抗議してくるまでシルフィを抱きしめ続けるのだった。




