第040話~方針決定~
翌日、畑の収穫を終えた俺達は再び荒野を越えて黒き森へと至り、そのまま何のトラブルもなくエルフの里へと戻ってきた。
「姫殿下、よくぞご無事で」
「うん、戻ったぞ」
迎えてくれたダナンにシルフィが頷きを返す。その腰には革製のホルスターに収められた一丁のリボルバーが装備されていた。今朝出来上がったシルフィ専用のリボルバーだ。昨日のうちに拳銃の使い方はレクチャーしてあるので、扱いは問題ないだろう。
ちなみに、45口径の自動拳銃の銃弾は難なく防いでみせたレオナール卿であったが、357マグナム弾を使うリボルバーの弾丸は連射されると対処が困難だと言っていた。そりゃ銃口初速が倍近く違うものな。それに応じて威力も高くなってるだろうし。
「どうだったの?」
「まだ詳しく話せないけど、大丈夫だったわ」
「じゃあ、これで私達も便所鳥呼ばわりされなくなるのね!?」
「多分ね。まぁ、別の問題が出てきそうだけど」
ピルナは早速同僚のハーピィ達に囲まれていた。彼女達がハーピィ用の新しい武器を熱望していたのにはわけがある。今まで、彼女達が戦場で行なってきた任務は基本的に空からの偵察と、『爆撃』であった。
当然火薬などは無かったため、爆撃と言っても落とすのは精々大きめの石や煮え湯、熱した油などで、敵の士気を減退させるのが目的であった。聡明な人なら気付くだろうが、そういう意味で使うならもっと効果的なものがある。
そう、unkである。正確には、便所から汲み出したアレである。彼女達は悪臭に耐えながら何度も飛び、敵兵の上で桶をひっくり返し続けた。そうして敵兵(主に聖王国の兵士)につけられたあだ名が『便所鳥』だ。
元来、彼女達のようなハーピィは非常に綺麗好きである。毎日の水浴びは欠かさないし、羽毛のお手入れも欠かさない。種族的に女性が多いということもあって、お洒落が好きだし身嗜みには気を遣っている。
そんな彼女達にとって便所鳥呼ばわりは我慢ならない罵倒であったのだ。あと、仕方ないとは言えまた戦になってunkを運ぶのが単純に嫌だというのもある。彼女達に限らず、誰だって臭くて汚いものには近づきたくない。
「よかった……よかった!」
「もう臭いものを運ばなくて済むのね!」
「あれは精神に来るのよね……しばらく臭いが取れなくなるし」
彼女達は泣いて喜んでいた。まぁその、次から落とすようになるのは航空爆弾になるので……確かに臭くはなかろうが、より一層敵兵から恨まれることうけあいである。ピルナの言っていた別の問題というのはそのことだろうな。俺が敵兵ならクソ鳥とかファッキンハーピィとか便所鳥とか呼ぶと思う。
もし捕まったら狙撃兵並みに酷い扱いを受けそうだな……彼女達の運用は安全第一で行こう。
さて、彼女達の話はこれくらいにしておいて第一拠点の建設完了のお知らせと、方針変更の相談である。いつものスペースに主要な人物が集められた。
つまり、シルフィ、俺、ダナン、メルティ、アイラ、キュービ、レオナール卿、ザミル女史、シュメルの九人である。その他にもこの会議の様子を見に来ている人は多い。これからの自分達の行く末が決められる会合だからな。傍聴人に発言権は無いが、聞くだけなら咎められない。まぁ、今の人数と状況だからこそできる方法だな。
「さて、まずは第一拠点の造成に関してだが、これは問題なく終了した。高さ7m、厚さ3mの堅固な防壁に囲まれており、三百人以上の人員が寝泊まりできる宿舎も作ってある。水に関しても井戸を複数掘り終え、水質の調査も完了した。問題なく飲める水だった」
傍聴人達から喜びのざわめきが聞こえてくる。
「また、コースケの働きによって耕作もできることがわかった。諸君らも知っての通り、コースケの力は特別だからな。ちょっと普通の土とは良い方向に違う感じに育ちそうだが……場合によってはかなり早い段階で食料に関しても自給自足できる可能性がある」
今度は困惑するようなざわめきが齎された。まぁそうだよな。荒野の畑でいきなり自給自足なんて出来るわけがない。荒野の開拓というのは非常に手間のかかる作業だ。
岩や石を丁寧に取り除き、渇ききり、痩せた土を数年、下手すると十数年かけて改良しなければならない。それが早い段階で自給自足ができるようになるかも、と言われても本当か? って感じだろう。
「正直、コースケの能力については底が知れない部分がある。検証すべき点も多い。なので、まずは五十人ほどを第一拠点に送り、コースケの作る農地の運用試験を行いたいと思う。それと同時に第二拠点の建設も開始する予定だ」
「なるほど……拠点は最終的にいくつ作る予定なので?」
「そうだな、まだ考えている途中だが……知っての通り、第一拠点はいずれ黒き森のエルフ達に引き渡す予定だ。なので、本当の意味で我々の拠点と呼べるものは第二拠点以降のものになる。これはいいな?」
ダナンの質問に答えたシルフィの言葉に全員が頷く。
「エルフ側と様々なやり取りをするための拠点、我々の活動拠点となる本拠点、それに最前線の守りとなる拠点の三つは絶対に必要となるだろう。各拠点間を行き来する際の避難所となる拠点も複数必要になる。当初の予定通り、移動する人員が安全に夜を過ごせるように朝に拠点を出て、陽が落ちる前に辿り着ける距離にそれらの小規模拠点を作っていく。それで、最前線となる拠点の位置だが……」
シルフィは全員の顔を見回してから再度口を開いた。
「メリナード王国領から徒歩五日の地点に作る。オミット大荒野の中程の場所だな」
今までで一番のざわめきが起こった。メリナード王国領を奪還するという方針から考えれば、攻撃のための行軍は短ければ短いほど兵の疲労が少なくて済む。徒歩五日となれば疲労も激しくなるし、ギズマなどに襲われる可能性も高くなる。
「失礼ですが、どのようなお考えでその立地に?」
「うむ……方針の変更だ。まず、我々は数が少ない」
「そうですね」
「コースケが作る武器があれば戦には勝てるだろう。恐らくはな。だが、戦に勝った後、その領土を維持できるだけの頭数が足りない。そうだろう?」
シルフィの問いにダナンは瞑目した。それはつまり、肯定ということだろう。
「レオナールやザミルともよく相談して方針を翻そうと思ったのだ。だが、無論それはダナン達を蔑ろにしようという話ではない。だから、ここで納得行くまで話し合おうと思っている」
「成る程……メリナード王国領から五日ということは、メリナード王国の駐留聖王国軍や、聖王国からの侵攻も意識しているということですね」
「そうだ。オミット大荒野そのものを天然の要害として利用するつもりだ。同時に、オミット大荒野からメリナード王国領に小規模の部隊を侵入させて地方の村や町からメリナード王国民を解放する」
「着の身着のままの市民をオミット大荒野に連れてくるのですか……」
ダナンが顔を歪める。恐らく、オミット大荒野を越えて黒き森を目指したときの絶望的な行軍を思い出したのだろう。
「そこも考えてある。コースケの手によって安全で、目立たない避難所を地下に作る予定だ。水と食料を蓄え、安全に夜を越せる施設をな」
「なるほど。それで徐々にメリナード王国領から民を集め、力を蓄えると」
「うむ。同時に、メリナード王国内に潜伏している同胞にも接触を図りたいと思っている」
「同胞と言うと……人間の、ですね。情報を拡散するおつもりで? 聖王国にも漏れますが」
「なに、望むところだ。そのための最前線の基地だからな」
情報を元に聖王国軍が攻めてきた時は、真正面から相手をするだけだろうな。まぁ、ギズマの蔓延るオミット大荒野を五日も行軍したあとで砦攻めなんて俺なら絶対に御免だが。
「……方針はわかりました。つまり、姫殿下はオミット大荒野にて力を蓄え、然る後にメリナード王国を奪還するという方向に方針を変更するということですね」
「そうだな。気の長い話になるだろう。だが、我々は失敗するわけにはいかない。急がば回れ、というわけだ」
「御意」
ダナンはひとまずシルフィの方針転換に納得したようだった。次に、メルティが挙手をして発言する。
「姫殿下、コースケさんの働きによる耕作、という部分についてもう少し詳しくお話を伺いたいのですが」
「うむ、そうだな。その話に関してはコースケに直接話させよう。コースケ」
「え? 俺? マジで?」
シルフィさん、もしかしてメルティの相手を俺に押し付けました? あ、目を逸らした。これ押し付けられましたわ。
「あー、とりあえず、これを見て欲しい」
俺はテーブルの横に小麦の入った俵を置いた。その数六つ。ひとつあたり約60kgの重さがあるので、360kgの小麦である。
「これは?」
「小麦の入った俵だ。32m×32mの広さ、つまり約一反、もしくは10アールの土地から収穫した」
「……収穫した? 向こうに行っていたのは一週間にも満たない間でしたよね……?」
「あー、うん。その……三日もかからずに収穫できちゃった、かな?」
「それ、本気で言ってます?」
メルティの目が怖い。
「俺の用意した土で、畑起こしから種蒔き、水やりまで全部俺がやったらそうなっちゃったんだよ! 俺は悪くねぇ! 他の人がやった場合にどうなるかまではわからん。だから、シルフィは検証する必要があるって言ってたんだ」
「なるほど……一反の畑からこの収穫量、凄まじいですね……中身を拝見しても?」
「どうぞ」
メルティが俵を立てて四苦八苦しながら縄を解き、俵の側面にある蓋のような部分を取り上げて開封する。へぇ、俵ってそういう構造になってるんだ。
「粒が大きく、形も揃ってますね……最上級じゃないですか」
「へー、そうなんだー」
ぼくそういうのわからないので。
だって、俵を生で見るのも初めてだぜ? 俺にとってお米はビニール製の袋に入ってスーパーで売られているものだし、小麦なんかはもう粉になって戸棚に並んでるものだからな。
挽いてない小麦なんてこの世界に来てから自分の目では始めて見たよ。テレビとかでは見たことあるけど。まぁ、麦飯に使う大麦くらいは見たことあったけどさ。一時期ハマってたんだ。
「これだけの量が三日もかからずにたった一反の畑から……?」
メルティが小麦を握りしめてワナワナと震えている。超怖い。ついでにアイラの目がまた死んでいる。どうしたんだ。
「と、とにかく、そういうわけでな? 俺の作る畑を誰が耕してもこうなるのか、俺の作る土を使わずに俺が耕しただけの土地ではどうなるのか、何度でも収穫できるのか、俺の作った土を俺以外の人が普通の畑に鋤き込んだらどうなるのか、とかそういう点をな、色々検証しないといけないだろうという話になってるんだ」
「それは検証が必要ですね。三日でこれだけの収穫ができ、そしてそれがコースケさんの手でしかできないということになれば……ふふ」
メルティの目が怖い! 怖いよ! これは結果によっては一日中畑を耕すことになりそうだよ! 俺はクラフターでありサバイバーだから! 農業従事者じゃないから!
「ははは、ところでアイラはどうしたんだ?」
「……錬金術の秘薬の中に、栽培促進薬というものがある」
「ほう?」
「品質によって効果はピンキリ……コースケの農地は最上級の栽培促進薬を湯水のように使ったもの並み」
「ははは、俺のこれはインチキみたいなものだからあまり気にするなよ」
「……うん」
なんとか持ち直してくれた。これからアイラに相談したり頼んだりしたいことがあるからな。
あとメルティに対する防波堤になってほしい。切実に。
「畑についてはわかりました。確かにこれを検証するなら五十人は要りますね」
「うん、わかってくれて良かった。ええと、シルフィ? 他には?」
「ん、そうだな。他に質問などは無いか?」
シルフィの言葉に今度はシュメルが手を挙げた。
「つまり聖王国の奴らをぶん殴るのは取りやめってことかい?」
「そうだな、真正面からぶつかり合うのはな。だが、何もしないわけではないぞ。少人数でメリナード王国領に潜入し、村々を解放する任務がある。これは相当に危険な任務になるだろう」
「なるほどねェ。ま、あたしは難しい事はわかんないからね。聖王国の連中に一泡吹かせられるならなんでも良いよ。戦う意志は変わっていない。ただ、まともにやり合うためにまずは仲間を増やして力を蓄える。そういうことで良いんだね?」
「ああ、その認識で間違いない」
「うん、ならあたしに不満はない」
シュメルは飄々としているようだが、その心の奥には強い復讐心のようなものが見え隠れするな。ここにいるメリナード王国民は大なり小なりそういうものを抱えてるんだろうけど。
「他にはないか? では、これで方針を決定する。我々はオミット大荒野に新天地を拓き、メリナード王国でまだ聖王国の支配下にある国民を解放する。そして十分に力を蓄え、メリナード王国を取り戻す。長い道のりになるだろうが、力を合わせて艱難辛苦を乗り越えてゆこう」
テーブルに着いている全員がシルフィの言葉に頷き、観衆達からも『おぉっ!』と歓声が上がる。
オミット大荒野に開拓の橋頭堡が確保され、方針も決まった。
聖王国に俺達の動きが悟られる前にどこまで大荒野を開拓し、どこまでメリナード王国領に食い込めるか。ここからは時間との戦いだな。