第395話~ゲルダの三分クッキング~
朝から頭痛がペインでな……( ‘ᾥ’ )
「てれてってってってー、てれってってってってー」
「何その曲?」
「三分クッキングのテーマ」
翌日。乾麺や缶詰の利用方法を伝授するということで、獣人メイドや一部の魔銃隊の隊員が王城のシェフやドラゴニス山岳王国の軍関係者と共に厨房で作業をすることになっていた。それで、アイラと一緒にその様子を視察しに来たわけなのだが。
「まずこちらがスープの缶詰ですぅ」
ドン、とゲルダが結構大きいサイズの缶詰を調理台の上に乗せる。俺の記憶では確か1.4kgくらいの濃縮スープが入っている缶詰だったはずだな、あれは。こちらの言葉で『オニール』と書かれているので、中身は所謂オニオンスープであるはずだ。
「こちらは二倍濃縮されたオニールのスープの缶詰ですねぇ。一缶で凡そ十四人前ということになっていますけどぉ、よく食べる兵士の皆さんですと十二人前くらいに思ったほうが良いかもしれませんねぇ」
そう言いながら、ゲルダは調理台に用意されていたナイフを手に取った。
「見ての通り金属製の筒――缶の中に入っていますのでぇ、開ける必要があります。専用の缶切りというものもあるのですけどぉ、今日はナイフでの開け方をお伝えしますねぇ」
缶切りは俺が既に開発して缶詰を使う部隊には十分に行き渡らせているし、当然今回も缶詰と一緒に持ち込んでいるが、とりあえず今回は誰でも持っているであろうナイフでの開け方を実践するようだ。
「このように缶の上部の縁に刃先を立ててぇ、柄の部分を軽くポンポンと立てて刃を立てて行きますぅ、等間隔で全周囲に穴を開けたらぁ、後はナイフで簡単にこじ開けられますよぉ」
講師役のゲルダがそう言ったところで見物人の一人が手を挙げて発言した。
「開けるのが少々面倒に思うのだが、そうしてまでこのカンヅメとやらを使う利点はあるのだろうか?」
「そうですねぇ。まずこの缶詰ですけどぉ、作ってから年単位での保存が利きますねぇ。あとは見ての通り金属製の缶の中に入っているのでぇ、馬車などで輸送しても破損しづらく、長距離を完全に輸送可能ですぅ。後は実際に味を確かめていただければ疑問を解消できるかと思いますぅ」
そう言ってゲルダはにこにこと愛想の良い笑顔を浮かべながら、開いた缶の内容物を鍋に空けた。
「水で希釈するのですけどぉ、このスープは二倍でちょうど良い味になっているのでぇ、この缶になみなみと水を注いで内容量と同量の水を入れれば大丈夫ですぅ。後はよくかき混ぜながら沸騰させて火入れをすれば完成ですねぇ」
そうして完成したものを小さめの器に移し、王城のシェフや見物人の軍関係者などに配っていく。俺も一応受け取って内容物を確かめる。うん、くたくたに煮込まれたタマネギに似た野菜のオニールと、ベーコンか何かの切れ端が入っているな。
「なんと……」
「おぉ……」
「少し味が濃いが、身体を動かした後にこの濃い味のスープは身に沁みるだろうな」
「ふぅむ、大したものだ。これが年単位で保存できるのか。このスープにパンでもつけば野外では十分なごちそうになるな」
「鍋に移して煮立てるだけで作れるというのも素晴らしい」
缶詰は試食をした人達にかなりのインパクトを与えたようで、ほぼ全員が驚きの表情を浮かべている。驚いていないのはうちの人間くらいだな。
「次は即席麺ですねぇ。こちらも簡単ですよぉ」
そう言いながら次にゲルダが取り出したのは一抱えほどの大きさの木箱だ。
「この木箱は即席麺の品質を保護するための仕組みがされていますぅ。小麦などを保管する際に使う刻印術式と同じものですねぇ」
そう言いながら彼女は箱の中から四つの即席麺を取り出した。
「こちらは食べようと思えばこのままバリバリと食べても大丈夫ですねぇ。しっかりと味がついていますし、おなかを壊すことも無いですぅ。このままだと喉が渇くと思いますけどねぇ」
そう言いながら四つの即席麺を予め湯を沸騰させておいた鍋に投入した。
「即席麺は即席と言うだけあってぇ、沸騰したお湯に入れて柔らかくなったらすぐに食べられますよぉ。ただしあまり長時間煮込むと食味が悪くなので注意ですねぇ」
そう言ってまた小さな器に一口分程度の麺とスープを移して次々に配っていく。うん、チープな味だが悪くない。魔法で割と簡単にフリーズドライを再現出来たのが勝利の鍵だったな、これは。
「まるで魔法だ……」
「沸騰したお湯を注いで少し置くだけでも同じように食べられるのか? 凄いものだなこれは……」
「火傷するほどの湯を用意すれば良いだけなら、わざわざ火を熾さなくても水魔法が得意な者なら魔法でできるな」
「製造方法を知りたい」
おっと、製造方法はそう簡単に教えることはできんな。やるなら試行錯誤してくれ。うちの研究開発部が日々試作品を作っては失敗作を食べて最適なものを作り出しているんだからな。今もなお最新の缶詰や即席麺、その他即席食品が研究開発部では作られているのだよ。今回持ってきたのは特に完成度の高い初期に構想されたものだな。
「見ての通り、こちらも保存術式を刻んだ木箱に入れて輸送すれば良いので、長距離輸送に向きますねぇ。こちらは衝撃で即席麺が砕けることもありますけどぉ、完全に粉々になっても腹持ちの良い即席スープにはなりますから、問題ないと言えばないですぅ」
そう言ってゲルダは敢えて自分の手で粉々に砕いた即席麺を器に入れて沸騰したお湯をやかんで注ぎ、麺だったものが浮かぶスープとして見物人に提供してみせた。うん、こういう風には俺も元の世界で食ったことがないが、まぁ砕けた麺をクルトンか何かと思えばこんなものかとも思う。
その後は肉や魚の缶詰やスープよりも濃厚なシチューの缶詰なども披露し、シェフや見学者からの質問にゲルダが答えたり、俺やアイラが答えたりして午前中の予定を消化することになった。
やはり一番多かったのは缶詰や即席麺を自分の国でも購入できるのかとか、自分の国でも作れないかという質問だったな。
現在は自軍に配備する分や自国用の備蓄に備えた量産体制を整えているところなので現時点での大量販売は難しいが、量産体制が整った際に購入を検討したいということであれば試供品を提供する準備はする……ということで、後日メリナード王国に使節などを公式に送ってもられば交渉に応じるという形になった。
製造方法については開発中の技術である上に未来のメリナード王国の産業を担う新技術であるので公開は難しいということで丁重にお断りした。無論、試供品を元にコピーを試みることを止めはしないが、缶詰に関しては品質の管理の仕方によっては大変に危険な食中毒症状を起こしかねないのでオススメはしないと言っておいた。
それに付随してでは貴国の缶詰は大丈夫なのか? という疑問も投げかけられたが、うちは神経質なまでの加工工程を品質管理を徹底しているので問題ないと回答しておいた。
まぁ、少なくとも現時点では実験室でも現場でも食中毒事故は確認されていない。研究開発部とライム達に確認してもらっているから少なくとも実験室で見逃すことはないな。問題は、現場で浄化魔法の照射が適当になった場合だが、そちらも管理を徹底しているので今のところは大丈夫だ。慢心は出来ないが。事故は起こるさの精神は大事だよな。
というわけで、缶詰と即席麺のプレゼンはなんとか問題なく完了した。昼食に出してくれるそうなので、楽しみにしていよう。