第391話~王太子との晩餐~
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「あー……ええと、そう。まずは食事。食事にしましょう」
動揺を誤魔化そうとして誤魔化しきれないシンドリエル王太子がそう言って給仕を担当してくれているメイドさん――メイドリザードウーマンとか爬虫類系の特徴を持つ獣人が多い――達に料理を運ばせ始める。
「ほう、はんばーがーか」
「ええ、以前従兄弟のレザルスがコースケ殿とグランデ様にお話を伺った際に持ち帰ったレシピを元に作らせたものです。今では王侯貴族だけでなく、庶民にも広まって人気を博していますよ」
「ふむ……コースケが出すものとは味が少し違うが、これはこれで美味いの」
「ありがとうございます。グランデ様にお褒め頂いたと城の料理人にも伝えておきましょう」
グランデとシンドリエル王太子のやり取りを聞きながら、俺も運ばれてきたハンバーガーに手を伸ばす。ふむ、立食パーティー用だからか、小さいな。無理すれば一口で食えそうな大きさだ。
具材はシンプルに何かの肉のパティとレタス、それに刻んだタマネギか。ソースはケチャップじゃないな。ウスターソースに近いか? そういやウスターソースってニンニクとかタマネギとかを酢に漬け込んで発酵させて作るんだったかな。
確かレタスもタマネギも高地野菜だった筈だし、ニンニクは寒地でも栽培に適している種があったはず。この世界の野菜も同じとは限らないが、こうして新鮮なレタスと共にウスターソースのようなソースとともに供されるってことは、意外とドラゴニス山岳王国の風土に合った料理なのかもしれんな。
「この肉は何の肉だろう? ジューシーで美味しいな」
「ああ、その肉は山羊の肉だ。ドラゴニス山岳王国では山羊を家畜としても利用しているし、野生種も多く生息している。山羊の肉は我々の国民食と言っても良い馴染みのある食材なのだ」
「なるほど。山羊肉か……俺はあまり馴染みのない肉なんだけど、臭みなんかも全然なくて美味いな」
「無論、この山羊肉は今宵の宴のために厳選された肉だからな。普段我々が口にする肉はもう少し癖の強い肉であることが多い。だが、そんな肉でもハンバーガーのパティとして使う分には多少の創意工夫で美味しく食べられる。手軽だし、調理もさほど難しくなく、腹持ちも良い。それに工夫次第で色々と楽しめる。グランデ様の好物であるということを抜きにしても我々の風土に合ったのだろうな」
そう言いながら、シンドリエル王太子は小型のハンバーガーを一口で口の中に放り込み、もぐもぐとやりはじめた。その様子を見ながらグランデも満足そうな面持ちである。まぁ、自分が好きな食べ物を褒められ、人気が出ているのだと言われて嫌な気分になる人はそう居ないだろう。竜であるグランデとてそれは同じことだ。
「それに、我が王国では手掴みやナイフ、鉄串一本で食事をする風習が根強い。焚き火などで直接炙った塊肉の焼けた部分をナイフで削ぎ落とし、同じ焚き火で炙ったパンと一緒に手掴みで食べたりするわけだ。そういった場合、肉を削ぎ切りにして供するのがホストの役目だったりするな」
「へぇ、なかなか楽しそうだな。やり方を学んでいってうちでも試してみるか」
「ははは、聞くだけなら楽しそうだろうが、これが意外と気を遣う仕事でな。上手く切り分けないと脂身が多くなってしまったりするし、客人の好きな肉の部位や、腹具合を把握して上手く取り仕切らなければならない。なかなか一朝一夕では学びきれないだろうな。良ければうちの国から料理人を派遣しよう。料理に限らず、目新しい技術を交換しあえたら互いにとって大きな利益になるだろうしな」
なるほど、技術交流ね。魔導器関連とか軍需品関連の核心技術はともかくとして、料理とかの文化交流に近い分野ならアリかもな……とは思うが。
「即答は致しかねるな。酒の場での口約束ってのはどうにも碌なことにならないものだし」
「それは残念だ。是非前向きに検討して貰いたいものだな」
特に食い下がることもなく、シンドリエル王太子は一つ肩を竦めて早々に引き下がってみせた。
はて? 随分と簡単に引き下がったものだな。よほど俺を怖がっているのか、それとも他に狙いがあるのか。
「そういえば、今回お持ち頂いた品の中には長期保存できる保存食なども含まれていると聞いた。建国記念祭の当日に是非お披露目したいと思うのだが、取り扱いなどについて学ばせて貰いたい」
「ああ、それはそうだな……」
と言いつつドリアーダに視線を向けると、彼女は小さく頷いた。モノだけ渡して調理の仕方やなんかを教えないのは片手落ちというものだよな。
「俺が連れてきた侍女と、炊事を担当している兵を向かわせて取り扱いを伝えよう。そちらの準備が良ければ明日にでも向かわせるが」
「では明日の昼食に間に合うよう料理人を手配しておこう。朝には迎えを寄越す」
「わかった。今晩のうちに担当者を選出しておこう。他には何かあるか?」
「そうだな……これは王太子という立場からのものではなく、私個人の興味本位での質問なのだが……あの魔道飛行船だったか。あの巨大な空を飛ぶ船が飛竜に負けぬ速度で飛ぶというのは本当なのか?」
シンドリエル王太子――いや、シンドリエルが顔を興奮で若干紅潮させてぐいっと身を乗り出してくる。個人の興味本位、ねぇ。まぁ完全に嘘ってわけでは無さそうだけど、多分王太子としての立場も大いに関係している質問だろうな。
「事実だ……というか同行したカルータス殿から聞いたんじゃないのか?」
「無論聞いた。だがあの巨体が飛竜と同じかそれ以上の速度で飛ぶなどと言われてもなかなか俄には信じられなくてな……ちなみに、あの船を我が国に売ってもらうことはできないのだろうか?」
「無理。仮にアレを売ろうとすると、実費でも一隻でドラゴニス山岳王国の経済が傾く。というか、転覆する」
ボソリと呟くアイラの言葉に反応し、シンドリエルが眉間に皺を寄せる。
「侮ってもらっては困る。我が国は飛竜貿易によって聖王国や帝国にすら比肩するほどの富を得ているのだぞ。いくらなんでも――」
「純ミスリル換算で凡そ0.7トン」
「うん? 聞き間違いかな?」
「聞き間違いじゃない。純ミスリル換算で凡そ0.7トン分のミスリルがあの船一隻に使われている。ミスリル銅合金や銀合金にしている分もあるから、ミスリル系資材という意味ならその重量は何倍にもなる。それに、あの巨体を飛ばしている魔力源が何なのか少し想像してみると良い」
「す、すまないが魔導器関連には疎くてな」
「船の構造材に使われているミスリルの金額がちっぽけに思えるようなものを積んでいる。とにかくアレを買うのはドラゴニス山岳王国でも帝国でも聖王国でも無理。コスト度外視の急造の試作品だから」
そう言ってアイラは運ばれてきたそぎ切りにされた焼き肉を鉄串に刺し、用意されていたソースをちょんとつけてから口に運んだ。ああ、それ美味そうだな。俺も貰おう。おお、これは美味い。グレイビーソース的なやつかな? もしかしたらハンバーガーに使われていたウスターソースも使っているのかね。
「想像もつかんな……だが、そんなことを私に話しても良いのか?」
「仮にこの情報が漏れても私達は何も困らない。誰かに話してもそんな馬鹿なと笑われるのがオチ」
「は、ははは……それはそうだな」
シンドリエル王太子が笑いながら何故か遠くを見るかのような表情を浮かべていらっしゃる。まぁまぁ、そんな話は良いから肉を食え、肉を。王太子殿下自慢の料理人の心尽くしだぞ。
しかしドリアーダは何故シンドリエル王太子に生温かい視線を送っているのかね? まるでそこは私が通った道ですとでも言わんばかりの表情じゃないか。