第385話~王城散策~
おなかすいた……_(:3」∠)_
ゲストルームを出た俺とアイラはドラゴニス山岳王国の王都ドラッド、そこに聳え立つ王城を散策していた。
「ふむ、質実剛健と言ったほうが良いか?」
「外から見ると尖塔が多くて立派に見えたけど、中身は実用重視。特に空から来る魔物に対する防御を考えて作られている」
巨人が踏んだら痛そう、と思ってしまうくらいに尖塔が多いように見えた王城だが、どうやらその尖塔の殆どは対空防御施設であるようだ。その他にも城の窓の殆どには金属製の鎧戸のようなものが付属しており、いざという時は全ての窓が防御施設になるようだ。
「この城そのものも魔力で強化された石材を使っている箇所が多い。新しい補修の跡も見える」
「結構日常的に魔物の襲撃があるのかね? まぁそうだとしてもおかしくはないか」
王都ドラッドや王都を取り巻く集落は人の住む領域と考えて間違いないが、その周囲は基本的に魔物の領域である。流石に完全なる魔物の領域であるソレル山地ほどの密度は無いだろうが、魔物の生息数が多いであろうことは想像に難くない。
「しかし魔力で強化された石材って相当頑丈だろう? それを破壊する空から襲ってくる魔物ってなんだ?」
「ワイバーンか、キマイラか、グリフォンかヒッポグリフか……もしかしたらデーモンの類かもしれない」
「でーもん? つまり悪魔ってことか?」
「そう呼ばれることもある。デーモンはどこからともなく現れる凶暴な魔物。その姿は一定ではないけど、ツルッとした分厚い皮膚で全身が覆われていて、角や翼が生えている。言葉のようなもので互いにコミュニケーションを取っている様子が見られるけど、人族とデーモンとの間でコミュニケーションが成立したことはない。基本的に残忍で、人族を殺して弄ぶ。別に食べるわけでもないのにただ殺す」
「なにそれ怖い」
「そう、危険。空を飛んだりするのもいるし、大抵の人族よりも力も強い上に破壊魔法も使う」
なんだろう、その絶対人族殺すマン達は。何の目的で誰がどのように作ったものなんだ?
前に俺にコンタクトを取ってきた奴といい、アドル教の主神といい、どうにもこの世界は作り物感がある。正確に言えば、俺の想像もつかないような超技術で作られたような印象がある。そんな世界――というか惑星で、ただただ人族を殺すためだけの存在なんてものが……いや、魔物という存在そのものがそうなのか。だとすると、デーモンとやらはその最先鋭に位置する存在? そもそも魔物の存在意義とはなんだ? 凶悪な敵性生物の配置にどんな意味が……やはり人口調整か? それとも人族の勢力バランスを調整するためか? うーむ?
「コースケ?」
「すまん、ちょっと考え事をしていた。まぁ答えのないことを考えても仕方がないな」
「そう? でも後で聞かせて。デーモンについてコースケがどんな感想を持ったのか聞いてみたい」
「オーケー。お、どうやら広い場所に出るようだぞ」
人の気配もするし、どうやら陽が差し込んでいるようで廊下よりも明るい。風も感じられるから、どうやら中庭か何からしい。
「訓練場か?」
「そうみたい」
俺達が辿り着いたのは城に勤める兵士達の訓練場であったようだ。兵士の多くはリザードマンや大柄な獣人で、その中に竜っぽい角や翼、尻尾などを持つ者達が混ざっている。ドラゴニス山岳王国は亜人主体の国であるようだ。
「槍がメインウェポンなんだな」
「そうみたい。竜騎兵の主武装も槍だからかもしれない」
「なるほど」
しかしこんな時でも訓練を欠かさないんだな。ああいや、俺達みたいなのが城に来たところで兵士のやることは大きく変わりはしないか。いきなり五十人以上の人員を城に入れたせいで多少の影響は出てるかもしれないけど。
アイラと二人で兵の訓練の様子を眺めていると、俺達の後ろから大柄な獣人達が現れた。全員武器を携えており、城の兵とはデザインの違う鎧を身に着けている。
全員が獅子――つまりライオンっぽいパーツが身体のどこかにあるし、先頭を歩いている男――鬣があるからたぶん男――は顔はそのまんまライオンだ。レオナール卿を彷彿とさせるが、こっちの獅子男はだいぶ目つきというか顔つきが悪いな。
「生白いもやし野郎が。目障りだ。去ね」
「……えぇ?」
俺の横を通り過ぎる――かと思ったらわざわざ俺の目の前に立ち止まっていきなりこれだ。流石の俺もこれには困惑である。
「Oh……ステイステイ、アイラステイ」
「躾けないと」
いつの間にか懐からミスリルをふんだんにあしらった短杖を取り出していたアイラの肩を掴んで止めておく。こんなところで魔法なんてぶっ放すのは色々とまずかろう。
「一応聞くが、正気か? 俺が何者か知った上での発言か? あんたの上は見知らぬ人にいきなり侮辱的な発言を行うのを許しているのか? というか今の発言を取り消すなら今のうちだぞ。まだ聞かなかったことにできる」
視界の隅で諍いの気配を感じ取ったのか、竜のような角を生やした位の高そうな兵士――いや、多分騎士がこちらへと向かってくるのを捉える。俺の推測が正しければ、ドラゴニス山岳王国において竜のようなパーツを身体に持つ人は王家の血筋か、あるいは王家に親しい貴族の家系に連なる者だ。この悪人面の獅子男がどこの何者かは知らないが、目の前の男が俺を侮辱したことをドラゴニス山岳王国が知ると多分面倒なことになる。
「生白いもやし野郎を生白いもやし野郎と言って何が悪い? その貧弱な身体では剣も槍も扱えないんだろうが?」
人相の悪い獅子男が小馬鹿にするような口調でそう言い、鼻で笑う。それに合わせて他の獅子っぽい獣人達も笑う。おお……もう……どうしてそこで察してくれないんだ。それとも竜っぽい騎士……もう竜騎士でいいや。竜騎士がこっちに向かってきてることを承知の上での発言なのか?
「どうなっても知らんぞ……」
呟きながらこめかみを手で解す。これから起こることを想像したら頭が痛くなってきた。
「何事だ。場内で無用の諍いは控えてもらいたい」
「ええと――」
「この男が私の夫を侮辱した」
取り繕おうとしたら、それ以上に早くアイラがそう言って人相の悪い獅子男にビシリと指先を突きつけた。アイラさん?
「戦う力のない生白いもやし呼ばわりした。発言を撤回して謝罪しないなら、決闘でその発言を撤回させて名誉を回復せざるを得ない」
「なるほど。そちらは?」
「発言を撤回する気は無い。決闘? 受けて立とう」
そう言って獅子男がニヤニヤとした笑みを浮かべる。背丈の小さいアイラの頭の位置は巨躯の獅子男の腰にも届いていない。圧倒的な体格差だ。傍から見たら勝負にもならないと普通は思うだろう。
でも、アイラは天才的な魔法の才能を持つ宮廷魔道士だ。至近距離から放たれたクロスボウの矢すら瞬時に展開した物理障壁で受け止め、即座に雷の魔法を放って暗殺者を返り討ちにするほどの手練である。獅子男は確かに強そうだが、物理障壁を操るアイラに単純なフィジカルだけで対抗するのはほぼ不可能だろう。
「わかった・名誉をかけた双方同意の上での決闘ということなら我々にそれを止める権利はない。立会人は私が務めるとしよう」
え? 止めないの!? というのが俺の正直な感想だが、その後の事態の進行はそれ以上に俺を仰天させるものであった。
「さぁ、戦ろうか!」
「どうして……? どうして……?」
何故俺は衆人環視の中でクッソマッスルなライオンマンと決闘することになってるんですかねぇ!?