第375話~再び空へ~
暑くなったり寒くなったり忙しいよ_(:3」∠)_
飛竜の姿を見て駆けつけてきたデリッサンズ伯爵に別れを告げ、彼に見送られながら飛竜と共に魔道飛行船が飛び立つ。
「まさかこの巨体が飛ぶとは……しかもほぼ垂直に上昇か」
立派な装備の武人が艦橋から辺りの様子を見回し、驚きの声を上げる。
彼の頭――というか額の髪の生え際辺りからは二本の立派な角が伸びており、腰の辺りからは水色の鱗が目立つ力強そうな尻尾が生えているのが見て取れる。
「カルータス殿は王家の血に連なる方なのかな?」
「いかにも。私の父は先王の弟にあたります。王位継承権はとうの昔に放棄していますが、王家の血に連なる者であるのは確かです。とはいえ今の私は王家に忠誠を誓う一介の武人に過ぎませんので、そのように扱って頂けると幸いです」
「わかりました。そう致しましょう」
俺の隣に立っていたドリアーダさんがそう言って頷く。
魔道飛行船への搭乗を申し出た彼の名はカルータス。家名もあるのかもしれないが、俺達には名乗っていない。ダナンと同程度の背丈を持つ巨漢――いや、偉丈夫で、鎧にも武器にも立派な装飾が施されている。血筋から考えて、ドラゴニス山岳王国が誇る竜兵団の中でも相当の地位にある武人なのは間違いないだろう。
「この乗り物は凄まじいですな……一体何人乗っているので?」
「今の乗員は非戦闘員も含めて百五十と少々ってとこですかね」
「百五十……」
乗組員の数を聞いてカルータス氏が唸る。彼が何を考えているのかまではわからないが、表情を見るにこの魔道飛行船のことをかなりの脅威だと思っているようだ。
「これはうちの技術の粋を集めた試作機でね。まだ量産の目処も立っていない。このままの仕様で量産なんかしたらあっという間にうちの国庫はすっからかんになるよ」
「量産どころかこの船の分だけですっからかん。この船は今の所コースケしか作れないし、所有できない」
「そうですよねぇ。これはメリナード王国のものというより、コースケくんのものです」
「そうなのか? まぁそうか」
この船に使われている魔煌石やミスリルの量を考えると、下手をするとメリナード王国そのものより価値が高いかもしれないものな。魔煌石なんて小指の爪の先程の大きさの欠片でも一等地に豪邸を建てられるほどの価値があるというし、ミスリルだって武器一本で国宝とされるほどの価値があるという。
この船には拳大の魔煌石が二つ、ミスリルに至っては片手剣換算で軽く数百本分は投入されているから、市場価値はどれくらいになるんだろうか?
「不躾な話で申し訳ないのですが、一体この船を作るのにどれだけの財貨を……?」
「市場価格で換算するのは難しい。多分これ一隻分のコストで聖王国や帝国の経済が真っ逆さまなレベルで傾く」
「うちの優秀な宰相が途中で価格算出を諦めましたから」
「左様で……なんだか不用意に身じろぎをして船に傷をつけたりはしないかと心配になってきましたよ」
カルータス氏がハハハと乾いた笑いを漏らす。大丈夫大丈夫、怖くないよ。君の足元にもミスリル銀合金の配線が走ってるけど、ちょっと歩いたり転んだりした程度じゃ傷もつかないから。何せ俺達の足元の木材も魔化で強化されてる木材だからな。下手な金属より丈夫だよ。
「船長、高度と進路はどうされますか?」
操舵手を務める研究開発部の魔道士からの問いに少し考えてから答える。
「先導してくれる竜兵団の皆様に合わせろ。カルータス殿、速度に関してはどちらかの巡航速度に合わせるということで良いかな?」
「どちらかの?」
「ええ、お互いにどの程度の速度が巡航速度かわからないでしょう。とりあえず通常通りに飛んで貰って、遅い方に合わせるということで」
「なるほど。この巨体でどれくらいの速度が出るのかわかりませんが、そうしましょう。私は甲板に出て部下と連絡を取れるようにします」
「承知した。甲板の伝声管を使える場所が良いだろう。ダルコ」
「ハッ」
艦橋の警備についていた第二小隊長のダルコに同行するよう命じておく。速度調整のために艦橋と通信ができる状態にしておいたほうが良い。
「良かったの? ここに入れてしまって」
「これくらいは良いと思う。見る人が見ればここが重要区画だってのは外からでもわかるし」
ダルコがカルータス氏を先導して出ていくのを見届けてからドリアーダさんが心配そうに聞いてきたが、俺は肩を竦めながらそう言ってなんでもないようなことのように振る舞った。
実際、剥き出しな部分が多い甲板の中で、艦橋になっているこの後尾楼甲板だけが装甲化されているからな。ここが装甲で守る必要があるウィークポイントであるというのはちょっと考えればすぐに分かることだ。まぁ、わかったところでこの艦橋を守る装甲はミスリル装甲なので、そう簡単に破れるものでもないのだが。
「竜騎兵が先導を開始しました」
「付いていけ。とりあえず向こうに合わせて、徐々に巡航出力まで上昇させろ」
「わかりました」
キィィィン、と独特の音を響かせて前進用の大口径風魔法式推進装置が空気を後方に吐き出し始め、魔道飛行船の巨体が前進を始める。
「改良型落下制御装置、動作正常」
「高度維持用推進器、動作正常」
「転舵用、及び推進器、動作正常」
「魔煌石炉、出力正常」
「よし。では手筈通り竜騎兵と速度を合わせていってくれ」
魔道士達の了解、という言葉を聞いた後はのんびりとした空のお散歩タイムである。今回は合わせる相手がいるだけに速度の増加が緩やかだが、まぁやることに変わりはない。メリネスブルグから持ってきた地図と方位磁針を眺めていると、甲板から魔道伝声管経由で連絡が入ってきた。
『閣下、まだ速度を出せるのかとカルータス殿から問い合わせが来ております』
「現在の出力は巡航出力の七割弱だ。まだいけると伝えてくれ」
『承知致しました』
また速度が上がり始めたが、大丈夫なのかね? この船は魔煌石炉から供給される無尽蔵の魔力があるが、竜騎兵が駆る飛竜はあくまでも生物だ。スタミナには限りがあるだろうし、何よりこれだけの速度であの巨体が飛んでいるのだから、飛行には魔力を利用しているはずである。これもまたスタミナと動揺に使い続ければ枯渇しかねないものだと思うんだが。と、考えていると、再び甲板から連絡が入った。
『閣下、あちらはこの速度で限界だそうです』
「了解。速度を固定すると伝えろ。操舵手、この出力を記録しておいてくれ」
「わかりました」
竜騎兵の巡航速度は試作型魔道飛行船の巡航速度の凡そ八割五分といったところか。速度的には時速90kmにギリギリ届かないってところかな? 決して遅くはない――というかこの世界においては驚異的な機動力だな。巡航速度ではこちらが勝るようだが、戦闘起動時には巡航速度とは比べ物にならない速度が出るんだろう。高度を捨てればその分速度が増すだろうしな。残念ながら魔道飛行船には出来ない芸当だ。変に急加速すると船体にダメージが入りかねないからな。
『甲板より船長へ。カルータス殿はこのまま甲板に留まって隊との連絡役を務めるとのこと』
「わかった、ダルコは艦橋に戻れ。甲板の歩哨を一人つけて連絡役にしてくれ」
『了解』
とりあえずこれでよし、と。現在地は既に小国家連合の領空だ。まぁ、この世界には領空なんて概念がまだ無いだろうけど。いや、航空戦力を持っているドラゴニス山岳王国にはあるかな?
とにかく、暫くは魔物も出ないだろうが、ドラゴニス山岳王国に入れば魔物の襲撃もあるかもしれない。そこからが正念場だな。
原稿作業のため暫くお休みします! 来月の上旬くらいには再開できるといいな!_(:3」∠)_