第372話~着地~
一時間の壁が超えられない( ˘ω˘ )
「なんか顔色が悪かったな」
「そうですねぇ。あまり気にする必要は無いと思いますよ」
にこにこしているドリアーダさんはなんだかとても機嫌が良さそうである。なんだか俺が魔道飛行船が停泊するための泊地――という名のだだっ広い石材製の広場を作っているのをウィンデスを治めるデリッサンズ伯爵と一緒に眺めていたのだが、どうもデリッサンズ伯爵との話は随分と楽しいものであったらしい。どんどん上機嫌になっていくドリアーダさんに対して、デリッサンズ伯爵の顔色が逆にどんどん悪くなっていったのが印象的だったな。一体どんな話をしたのやら。
「こちらコースケ、着陸地点確保」
『こちらでも確認できた。着陸態勢に入る。退避を』
短距離通信用のゴーレム通信機をインベントリから取り出して試作型魔道飛行船に連絡すると、すぐにアイラから返事が来た。このままここにいたら魔道飛行船の下敷きにされてしまうので、ドリアーダさんと一緒に着陸地点から離れる。エアボートは既にインベントリへと収納済みだから、あとは魔道飛行船が降りてくるのをじっくりと待つばかりである。
「そういえば楽しそうだったけど、何か面白い話でも?」
「いえ、コースケくんが作業している間に三刻くらいでメリネスブルグから飛んできたとか、飛行船が簡単に街一つを焼け野原にできるとか、そんな話をしただけですよ」
「凄い不穏当じゃん???」
殆ど脅しみたいなものじゃないか。どうしてそんなことを。
「ここってメリネスブルグから遠いですよね」
「……せやな?」
それは確かにそう。魔道飛行船の速度はエアボードよりも速い。巡航速度で時速100kmを超すくらいの速度が出る。それで六時間ほどなので、メリネスブルグからこのウィンデスへの直線距離は600kmくらいだ。陸路なら山や丘、谷や川を避けて道が蛇行しているところもあるので、実際にはもっと長い距離を移動する必要があるだろう。移動用の馬車でも陸路なら軽く一週間はかかる距離だ。
「昔から多いんですよね、西の小国家群と繋がって色々と企てる西方領主が。まぁ良く言えば独立独歩の精神に溢れているとも言えるんですけど」
「なるほど? でも今の西方領主は大丈夫じゃないか?」
西方の平定に関してはザミル女史が豪腕というか剛槍を振るったし、ドラゴニス山岳王国が睨みを利かせていることもあってかなり大人しいはずだが。
「面従腹背なんて珍しくもありませんよ。とは言え、ここ二十年の不甲斐なさを考えれば私の立場でとやかく言うのも、という感じではありますが」
「それはそうなってしまうのかもなぁ」
元々中央から遠くて色々と行き渡らない点もあって、若干中央から距離を置いていたんだろうからな。ここ二十年で中央――旧メリナード王国が聖王国の侵攻で滅びたり、逆に解放戦争――或いは反乱――の末に聖王国の勢力が国内から叩き出されて新生メリナード王国が誕生したりと西方領主は馬車で一週間もかかる中央の事情にかなり振り回されていることだろう。
「とは言え刻一刻……とまで言うのは大袈裟だろうけど、まぁ数年から数十年単位で起こる政情の変動に適応しなきゃならないものなんだろうからな。領主やってる以上はそれなりに対応してもららないといけないんだろうな。理不尽な話だが」
「そうですね。それができないならこうしてすげ替えるだけですから」
そう言ってドリアーダさんが自分の手の先で首元をスッと撫でるような仕草をする。地味に怖いので笑顔でそういうことをするのはやめてください。
「今日は伯爵のお屋敷に招いてくださるそうですよ。どんなおもてなしがあるのか楽しみですね」
「本当にそう思ってる? あまりいじめるのはやめてやれよ?」
「勿論です。向こうがちゃんと対応してくださるなら、こちらもそれなりに対応しますよ。そうでない場合はそれなりの対処をしますけど」
「なるほど。ということは速攻で脅しにかかったということはいきなり何か無礼をかましてきたのか?」
俺は今ひとつ思い当たらなかったが。普通に挨拶して俺はすぐに作業に入ったし。
「そうですね。まず立って私達を出迎えたのが論外ですね。王族の来訪となれば地に跪いて出迎えるのが当然です」
「マジか」
「はい。その上で臣従の意を示すのが当たり前です。だというのに立ったまま私達を出迎えた上、武装した部下を引き連れていましたね。あれは自分は王家の権力には屈しない。場合によっては武力の行使も辞さないというサインです」
「マジか」
ドリアーダさんの超解釈に俺の語彙が消滅する。いやだって、そこまで? って感じなんだけど、俺としては。もう少しゆるくなりません? それ。
「戦時ならともかく、平時ではあり得ない対応ですよ。二十年前のメリナード王国統治下で王族にあんな対応をしたら、翻意ありと取られてもおかしくないです」
「うわー、こえー。貴族というか王族こえー」
俺からすれば理不尽な難癖にしか聞こえないんだが、ドリアーダさんの目はマジである。
「コースケくんもその怖い王族なんですからね。今まではあまり気にされていなかったみたいですけど、これからはちゃんとしてもらいます」
「そういう肩肘張ったようなのは苦手なんだけどなぁ」
「こういうのは上下関係をはっきりさせておかないと駄目です。地方領主の反乱などが起こって実際に泣くのは、結局のところ戦地で戦う兵士や戦に巻き込まれる民草なんですから」
「そう言われると何も言えねぇ」
などと言っている間に魔道飛行船が空から迫ってくる。色々と試行錯誤した結果、結局着陸時に船体を安定させるために着陸装置としてゴーレムアームを六本装備したんだよな。安全装置のコストをケチっても仕方ないということで、ミスリル銀合金製の滅茶苦茶に立派なやつを。まぁ、立派って言っても結構細くて見た目にはかなり貧弱そうに見えるんだけど。
降りてきた魔道飛行船が接地し、折りたたまれていたゴーレムアーム式着陸安定装置が魔道飛行船の舷側から伸びて船を固定する。これで多少の風で船が揺れたり、或いは横転するようなことはなくなるわけだ。
そうこうしている間に船の前側、バルバス・バウにあたる部分――某宇宙戦艦の波動砲がついてない赤い部分と言えば伝わるだろうか? とにかく地面に近い張り出した部分が開き、乗員達が外に出てきた。たった六時間とはいえ空の旅から解放された安心感からか、俺が作った石造りの床にへたり込んで地面の感触を実感している文官の姿が目立つ。
「意外と怖がられてたみたいだなぁ……」
「一応落下制御の腕輪を配布されているとは言っても、何かあれば空から真っ逆さまと考えると怖がる人も多いでしょうね」
そう言いながらドリアーダさんが苦笑いを浮かべる。王族に同行するという大役を担っている人材が情けない姿を見せるとは、とか思っているのだろうか。流石にそれはないか。
とりあえず、船長としてやることをやるか。ボケっと彼らを眺めていても仕方がない。
「はい注目。事前に通達はしておいたが、当初の予定通りここで二日ほど待機になる。ドラゴニス山岳王国からの迎えが来る予定だからな。迎えが来るまでは暫く休憩だ。研究開発部の面々は船の整備を進めてくれ。魔銃隊は交代で歩哨に着くように。その他の人員も基本的には着陸上の敷地内から出ないように。外出する場合はテッドかダルコ、アイラを通して俺に申請すること。とりあえず今日はもう休憩だ。夜警の当直以外は晩飯の時に酒を二杯まで呑んで良いぞ」
乗組員達から歓声が上がる。歓声を上げてない面々は今晩の当直者達だろう。酔っ払いに夜警をさせるわけにはいかんからな。すまんがそこは涙を呑んで受け容れてくれ。