第371話~順風満帆な空の旅~
お腹が空きました( ˘ω˘ )
「コースケ、暇」
「暇とか言うんじゃありません」
メリネスブルグを発って凡そ一刻――二時間ほど。早速アイラがぼやき始めた。
「ワイバーンも何も飛んでこない」
「そんなもんが街道沿いを飛んでたら大事だろ……」
俺の言葉に後尾楼甲板――いや、艦橋に詰めている人員が揃って頷く。
俺達はメリネスブルグから進路を西に取り、街道を視界に収めたまま街道沿いを西へ西へと飛行していた。当然、街道沿いには村や町が点在しているし、行商人や旅人なども通っている。高度は最低でも地上一千メートルを保っているから彼らの驚く様子を知る術は無いが、恐らくは大きな驚きを与えていることだろう。
そして、そんな場所にワイバーンだのグリフォンだのヒッポグリフだのという強力な空中型の魔物がホイホイ飛んでいるわけもない。そんなものがいたら即座に然るべき場所へと通達されてメリナード王国軍なり冒険者ギルドの冒険者なりが討伐に動いている筈だからな。
「余程数が揃ってでもいないとこれに近づいでくる魔物はおらんじゃろ」
「そういうものか?」
「そういうものじゃ。この空飛ぶ船が発している魔力は竜にも匹敵する。縄張りを侵されたとしても大抵の魔物は巣に引きこもるわ」
「ソレル山地でワイバーンやら何やらが襲いかかってきまくったのは縄張りを侵された上に数が居るからなんとかなると思われたから、ってことか」
「そういうことじゃな。あとは縄張りは縄張りでも近づいたのが寝床だったからじゃな。住処を奪われると思えば奴らとて必死になるもんじゃ」
「なるほど」
艦橋に大量のクッションを持ち込んで寛いでいるグランデの魔物行動論解説にアイラが興味深そうに頷く。そして興味深い情報に何か感じるものがあったのか、考え込むように沈黙した。その間も一応は手元の水晶玉に視線を向けてちゃんと仕事はしているようなのでまぁよしとしよう。
『こちら監視係。定期報告。特に問題なし』
「了解。何か変わったことは?」
『地上でこっちを指差して騒いでる人多数。あと、若いハーピィが飛び立って追いかけてこようとしたけど着いてこれずに脱落した』
「なるほど。追いかけてこようとしたハーピィは無事か?」
『多分。あれで落ちて死ぬならそこまで』
「そ、そうか。報告ご苦労」
応答をしているのは黒羽ハーピィのレイだろう。なんというか、意外と同族に対してクールと言うかドライなんだよな、彼女達。身内に対してはそうでもないんだけど。群れの外と中で対応が如実に違う感じがする。
甲板を見渡してみるが、特に問題は起こっていないようだ。念の為一小隊を歩哨として立たせているが、これなら一小隊の半数――二十五名も歩哨がいれば十分かもしれんな。あとでテッドとダルコに相談してみるか。
『こちら調理室。昼食の用意ができました』
「ご苦労。では手の空いている者から食事を摂るように通達してくれ」
『承知致しました。そちらにもすぐにお持ちいたします』
「助かる。船の揺れで事故などを起こさないように気をつけてくれ」
魔道伝声管越しにビャクにそう伝えながらインベントリを操作して木製のテーブルを取り出し、艦橋の中央に設置する。俺の能力で設置したので揺れようが傾こうが絶対にその場から動かない。
「順番に食べていってくれ」
「コースケは?」
「俺は最後でいい」
「ダメ。こういうのは船長が先に食べるもの」
「そういうものか?」
「そういうもの」
そういうものであるらしい。断言されてしまっては仕方がないので、獣人メイド達が運んできてくれた食事をさっさと摂ってしまうことにする。
「ほう? これは? とても美味しそうだ」
獣人メイド達が運んできたのは薄手の生地に包まれたタコスのようなものだった。なかなかにスパイシーな香りが漂ってくるが、一体中身はなんだろうか?
「挽き肉とオニールをじっくり炒めたものにトメルと豆、香辛料を加えてじっくり煮込んだものを生野菜の千切りと一緒に生地で包みました。どうぞ」
トレイに山盛りのタコスのようなものを運んできたビャクがそう言って木製の皿に三つのタコスを乗せて俺に差し出してくる。
「こんなに沢山作るのは大変だったんじゃないか?」
三つともなるとなかなかにずっしりとしている。というか三つも食えるか? これ。一つ一つかなりボリュームがあるんだが。
「いえ、ミート・トメルは一度に大量に作るのは簡単ですから。こうして薄焼きパンに包んでお出ししているのはこちらだけですし」
「兵士達には違うものを出しているのか?」
「はい。腰を落ち着けて食べられるなら器に盛ってお出ししたほうが簡単ですし。ここで食事をされるなら片手で食べられた方が便利かと思いまして、こういう形に致しました」
「なるほど」
それにしたって合計百五十人分は大変だっただろうな。ビャクがじっと見つめてくるので、その視線に押されるようにタコスを一つ手にして口に運ぶ。
柔らかな生地の中にはみっちりとミート・トメルが詰まっていて、トメルの程よい酸味と肉と豆の旨味が感じられる。それと同時に感じられるスパイシーな香りと味。これは辛味をつけるのにタバスコのような調味料を使っているのかもしれない。それにキャベツのような野菜のシャキシャキ感が良いアクセントになっている。
「うん、美味い。これなら皆の士気もバッチリだな」
「ありがとうございます」
ビャクが本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。辛さもそれほどではないし、これなら辛すぎて食べられないという人も少ないだろう。毎回辛い料理だと辟易する人も出るだろうが、一日か二日に一回くらいなら問題あるまい。
☆★☆
そうして空の旅を続けること六時間ほど。俺達はメリナード王国領最西端の街であるウィンデスに到達した。この辺りは牛や羊などの牧畜と大麦などの穀物が主な産業であると聞いている。
「牧草地と麦畑だらけだなぁ」
「ん。それになだらかな丘になってて船を停められそうな場所がない」
魔道飛行船は一応不整地にも着陸する能力があるが、こうなだらかな坂が多くてはそれもままならない。しかしその点については事前に段取りを付けてあった。
「コースケ、あそこ」
「おお、あれか。デリッサンズ家の旗だな」
アイラが指差す先を俺も双眼鏡を使って確認する。アイラの視力なら裸眼でもはっきりと旗の模様まで見えるんだろうが、俺には無理だ。
「それじゃあ行くか。ドリアーダさん、行けますか?」
「はい。それと昨日も言いましたけど、私のことはドリアーダと呼び捨てにするか、親愛を込めてドリーと呼んで下さいね」
「はい、ドリー姉様」
「姉様は余計です」
そう言って頬を膨らませるドリアーダさんを宥めつつ、インベントリから甲板に小型飛行艇――エアボートを出して乗り込む。グランデやハーピィさんに運んでもらうとか例のパラセール的な脱出装置(仮)で降りても良いんだが、こちらの方が見栄えがするだろうということでエアボートを使うことにする。
「シートベルトはつけてくださいねー。あと落下制御の腕輪はちゃんと着けてます?」
「ご心配なく。ちゃんと着けてますよ。あと口調」
そう言ってドリアーダさんが他の人に配っているものよりも装飾が豪華な腕輪を見せてくる。うん、大丈夫そうだな。口調については慣れるまで少し待って欲しい。なんというかまだ心の距離がね?
「努力する。それじゃあ出すんで、絶対に落ちないようにじっとしてるように」
「はぁい」
にこにこしながら返事をするドリアーダさんを乗せてエアボートを発進させる。何度も墜落したが、今では信頼性も上がって操縦も慣れたものである。さぁ、さっさとこの地を治める貴族に挨拶をして着陸地点を確保することにしよう。