第370話~出港~
夏タイヤへの交換とか車の点検とかで書く時間があまり取れなかった……_(:3」∠)_(ゆるして
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
出発の朝、顔を合わせるなり第一魔銃小隊長のテッドに心配されてしまった。第二小隊長のダルコも何も言わないがかなり心配そうな顔をしている。こんな顔をさせてしまうくらい今の俺は酷い顔色なのか、或いはやつれているのか……両方かもしれない。今の俺のライフとスタミナ最大値はなんと平常時の二割である。もうこれは立派な衰弱状態では? と思わなくもないが、ちゃんと食事を取っておけば二時間ほどで回復するので問題はない。問題はないとも。
「俺のことは良いから、乗員の確認をしておいてくれ。飛んでから誰かいないってなったら大変だぞ」
「了解」
二人が甲板に散っていく。そんな俺が立っている場所は甲板の後部、船尾に設けられた楼甲板である。ここからなら甲板全体を見渡すことができるので、船長である俺は航行中は大体この位置に陣取ることになる。
「アイラ、魔道機関の調子は?」
「両機関ともに安定している。いつでも問題なく飛べる」
そんな俺の隣で台座に設置されたいくつもの水晶の一つを眺めているのがアイラだ。アイラの他にも数人の魔道士が同じく台座に設置された水晶を眺めている。この水晶は二基の魔煌石炉や艦内各部に設置されている魔道器と繋がっており、その状態を確認できる。その他にもこの船尾楼甲板には舵や各部に設置された風魔法式推進装置スロットル、改良型落下制御装置などを制御する機能も兼ね備えており、艦橋としての機能を持っている――のだが、同時にこの場所は試作型飛行船の弱点でもある。ここを潰されると船が制御不能になるのだ。
まぁ、そんなもん普通の船でも同じだろうが、魔煌石炉を積んでいる魔道飛行船だとこれは致命的である。一応十重二十重に魔煌石炉の安全対策はしてあるが、下手をすれば墜落前に爆発四散なんてこともあり得る。一応上部にミスリル銀装甲の屋根を設置してある程度の防御能力は確保した。
いや、こうしないとワイバーンみたいなある程度の質量を有する魔物は戦闘中に展開している風魔法障壁なんか簡単に突き破って後尾楼甲板を襲ってくるんだよ。ソレル山地での慣熟訓練中に何度襲ってきたワイバーンを撃ち落としたことか。
あと、運用的な意味でも弱点というかボトルネックになっているんだよな。水晶を使っての各部の監視、制御を十全に行うためには一定以上の実力を有する魔道士が必要であるらしい。
当然、そんな人材はそうそういるものではない。いや、研究開発部には沢山いるんだがな? 一般的にはそんなにいない。使い手を選ぶという意味で、この魔道飛行船は兵器としては完全に失敗作だ。兵器ってのは特別な才能を持たない普通の人が十全に使いこなせるようなものでなくてはならない。
「ま、試作機だし……」
「? どうしたの?」
「いや、独り言」
兵器として失敗していようとなんであろうと今回はとにかく飛んで、遺憾なく性能を発揮してくれればそれで良いのである。兵器としての完成は未来の俺――いや、アイラ達に任せよう。ウン。
そんな感じで未来に思いを馳せていると、どうやら乗員の乗り込みが完了したらしい。自分達の指揮下にある魔銃小隊だけでなく、その他の人員全員分の点呼を取り終えたテッドとダルコが俺に向かって大きく手を振る。
「それじゃあ飛ばすか」
船に乗り込む前にシルフィ達には挨拶を終えている。今頃は執務室のバルコニーで俺達が飛び立つのを待っている事だろう。
「よし、出港だ! 全艦に離陸開始を通達、揺れへの注意を促してくれ」
「ん、了解」
アイラが頷き、彼女が操作している水晶の近くにある魔法式の伝声管に向かって離陸開始とそれに伴う揺れに注意するよう通達し始める。アイラは言葉が多い方ではないが、声そのものは独特の落ち着きもあってとても聞き取りやすい。意外とこういう役割が合っているのかもしれない。
「では浮上開始。高度一千、進路2-7-0、巡航速度で移動開始」
「高度一千、了解」
「了解、高度確保後、進路2-7-0へ回頭します」
高度と進路を管理する魔道士――研究開発部所属の魔道士だ――がそれぞれ俺の命令を復唱しながら自分の仕事に専念する。アイラはその両方を監視して、操作に誤りがあれば指摘する。トリアず今はこんな感じで艦を運用していた。何せ運用のノウハウが全く無いので、慣熟訓練を行った今もまだまだ手探りな部分が多いのだ。
ちなみに進路2-7-0というのは真北を0度とした場合の真西を指す数値である。0-0-0が真北、0-9-0が真東、1-8-0が真南というわけだ。
徐々に上昇を始める飛行船の甲板から王城に視線を向けると、執務室のバルコニーに出てこちらに手を振っているシルフィ達が見えた。既に横風防止用に風障壁が展開されているので、声は届かない。なので、俺も手を振り返しておく。
「それじゃ行きますかね」
「ん、安全運転で行く」
試作型飛行船がどんどん高度を上げていく。上空一千メートルまで昇ると最早景色は地上とは別世界だ。
「回頭開始」
「はい、回頭を開始します」
シュゴウッ、という独特の噴射音と共に飛行船が徐々に回頭を始める。
さぁて、トラブルなく旅程が進めば良いが、どんなものかね?