第036話~ふぁいやーいんざほーる!~
「俺はシルフィの奴隷だ。シルフィの許可なく貴重なミスリル鉱石を使って武器を作るなんてとんでもない。もしどうしてもというならシルフィに許可を取ってくれ」
俺はそう言って逃げた。そう言われては欲望に忠実なレオナールのおっさんと言えども俺に無理強いすることはできまい。実際、そう言われては……とおっさんは引き下がった。
「姫殿下、何卒、何卒我輩にもミスリルの名剣を……!」
「レオナール卿、抜け駆けはよくない。姫殿下、私にも是非」
絡む対象が俺からシルフィに移っただけだった。まさか臆面もなく直訴に出るとはこのリハクの目を以ってしても……嘘です。ちょっとそうなるんじゃないかなとは思ってました。ちょっとだけな。
「……」
「ヒェッ……」
シルフィがこちらに向けてくる視線が怖い。だが待って欲しい、シルフィは俺を守ってくれると言ったじゃないか。こういうのはシルフィ担当では? と俺は必死にジェスチャーで伝える。
俺のジェスチャーが伝わったのか、それとも伝わっていないのか。何れにしてもシルフィは仕方がないな、という表情で溜息を吐いた。そして目を開き、レオナール卿とザミル女史に向かって口を開く。
「卿らの今までの活躍、奉公については私も認めるところだ。だが、ミスリル製の武器となると流石にモノがモノだ。そう安々と『わかった用意させよう』とはいかない。わかるな? ペイルムーンを見てもわかると思うが、コースケの作るミスリル武器は宝剣にして名剣、その価値は計り知れんほどのものだ。下手をするといち貴族の領地どころか国すら傾けかねない代物だからな」
「「むぅ……」」
シルフィの発言にレオナール卿とザミル女史はぐうの音も出なくなってしまっているが、俺は俺で驚く。
え? 確かに国宝級とか言われてたけど、そこまで? 俺って傾国のクラフターになってるの? ヤバくない?
「つまり、私の価値観でミスリルの名剣、名槍を与えるという話になるとどうしてもその基準は厳しくなる。敵軍の将を討ち取るだとか、災害級の魔物を打ち破るだとか、そういう功績が必要になるだろう」
あれ? なんか雲行きが怪しいぞ。
「だが、コースケはこの世界の住人ではない。故に、この世界の価値観には縛られない。コースケにとってはミスリルの武器など普通の武器に比べたら作るのが少々手間なだけの武器だ。個人的に友誼を深め、手間に見合うだけの対価を払えばきっと作ってくれるだろう。なに、コースケは私の奴隷だということになっているが、それはあくまでも私とコースケの個人的な関係を示すだけの記号だ。奴隷の首輪も効かないしな」
えちょ、シルフィさん?
「それは、つまり」
「コースケ殿の主人として、特にコースケ殿の行動を縛るつもりはない、と?」
「……まぁ、そうだな」
シルフィが明後日の方向を向きながら小声でそう言う。その瞬間、ぐりんっ! とレオナール卿とザミル女史の顔がこちらを向いた。
俺はダッシュで逃げた。
「くっ!? 意外と早いのであるな!?」
「面妖な歩法を……!」
俺の持てる技能を全て使い、砦の中を逃げ回った。全力でダッシュしながらシフトキーと前進を意識することで人智を超えるスピードで走り、ふわりとしたコマンドジャンプと自前のジャンプを併用して建物の上に飛び上がる。
しかし相手もさるもの。メリナード王国にこの人ありと言われる武人と、王家の槍術指南役というのは伊達ではない。俺はじわじわと追い詰められ、ついには地上10m、広場の真ん中に木材プロック十個を積み上げた木材ブロックタワーの上に追い詰められてしまった。
「コースケ殿、降りてくるのである。我輩達は怖くないのである」
「そうだとも、コースケ殿」
レオナール卿とザミル女史が猫撫で声で投降を呼びかけてくる。フシャーッ! と威嚇しておいた。しかし追い詰められてしまったぞ。さぁどうする? 考えろ、考えるんだ俺!
「コースケさん、お困りのようですね!」
地上10mでこの場を切り抜ける方法を考えていると、ハーピィのピルナが飛んできた。おお、助けか!?
「私はコースケさんの味方です。私ならコースケさんを抱えてこの場から助け出すことが出来ますよ!」
「それは素晴らしい! でもどうやって?」
「すこしくらいの距離ならコースケさんを捕まえて飛べます! 防壁くらいまでなら余裕ですよ!」
「なるほど、じゃあ……」
「あー、でもどうかなー、ちょっと元気が足りないなー、コースケさんが私達ハーピィにも使える新しい武器を作ってくれるなら元気が出るんだけどなー」
「味方かと思ったら新たな捕食者の登場だったでござる」
「ピルナ! そのままコースケ殿を捕まえて降りてくるのである」
「貴女の速度では私達を振り切ることは不可能。我々は協力できるはず」
「ふふ、そうですね。どうしましょうか?」
ピルナがにっこりと天使のような悪魔の笑顔を浮かべる。味方はっ! 味方はいないのか!?
「いつまで遊んでるんだよ……早く朝飯にしようぜ」
ボルトアクションライフルを布で大事そうに磨きながらジャギラがあくびをしている。シルフィもその横でペイルムーンの手入れをしていた。一方で俺を追い詰めるレオナール卿とザミル女史、そしてピルナ。持つものと持たざるもの。社会の縮図がここにあった。
「それくらいで良いだろう。コースケも戻ってこい」
ペイルムーンの手入れが終わったシルフィがそう言うと、ピルナやレオナール卿、ザミル女史は口々に「もう少しだったのになぁ」「惜しかったのである」「無念」などと口にしながらシルフィ達の元へと歩いていった。
俺も首を傾げながら足元の木材ブロックを破壊していき、地面に降りる。
「さて、コースケ……大変だっただろう?」
シルフィの元に辿り着くと、シルフィは真面目な表情でそう言った。
「まぁ、うん。せやな」
二人とも……いや、三人ともか。かなり本気めなテンションで追いかけてきてはいたが、どこかふざけていると言うか、鬼気迫るような感じではなかったから大変は大変だったけどちょっと楽しかったかな。童心に返って鬼ごっこをした気分だ。
「今後、コースケの能力とその成果物を狙って、今回のレオナール卿達のように個人的に接近を試みてくる者はどうしても増えると思う。今は私やダナン、レオナール卿などの権力者、実力者がコースケの周りに常にいるようにしているから、所謂――こういう言い方は好きではないのだが……所謂一般人からの直訴はないがな」
シルフィの言う一般人、というのは特に役職についているわけでもなく、特別に戦闘能力が高いとか、そういった特徴もない一般的な難民のことだろう。
「私はコースケを守ると誓った。だから、コースケにそういう思惑を持った者が近づかないようにできる限りの対策を打っていく。例えば、私が傍にいられない時は、ダナンかレオナール卿、ザミル槍術指南役のうちの誰かを必ず傍につけるとかな」
「その護衛役がミスリル武器を強請ってくるんですがそれは」
「すまないが、その件に関しては二人の願いを聞き入れてやってほしい。代わりに今後、その二人にはその身に代えてでもコースケを守ってもらう予定だ」
視線を向けると、レオナール卿は獅子顔を満面の笑みにして俺に笑いかけてきた。強靭な牙が覗いてどちらかと言うと怖い。ザミル女史は感情を感じさせない爬虫類顔でじっと俺の顔をみつめていた。ただし、目は物凄く輝いている気がする。
なるほど、メリナード王国にこの人ありと言われる武人と、王家の槍術指南役が専属ボディガードになってくれるわけか。実際のところ、別に武器を作ること自体は構わないんだよな。
一昨日の採掘でまたミスリル鉱は手に入ったし、作業台も作ろうと思えばすぐに作れるだけの材料がある。一台増設してクラフト予約を入れておけばミスリル武器の二つや三つは一日で作れるからな。
「そういうことなら作ろうか、ミスリル武器」
「流石コースケ殿、話がわかるのである」
「感謝する」
満足そうな表情を浮かべる二人に対し、ピルナは残念そうな顔をしていた。うん、気持ちはわかるよ。わかるけどね。
「いや、ハーピィ用の新しい武器は開発済みっちゃ開発済みなんだよね」
そう言って俺はインベントリからその武器を取り出した。取り出したものを見て俺以外の全員が首を傾げる。
「棍棒?」
「棍棒であるな」
「棍棒はちょっと使えないです」
「いや、棍棒じゃないから」
苦笑いしながらテーブルの上に置いたものを手に取る。確かに、見た目には棍棒に見える物体だ。蒸したイモを潰すポテトマッシャーのようにも見えるだろう。既にお気づきの方もいるかもしれないが、これは所謂柄付き手榴弾というやつである。
「口で言うよりも見てもらったほうが早いだろうから、ちょっと防壁の上で待っててくれ。俺は外に標的を置いてくるから」
「標的ということは、遠くの敵を攻撃する武器なんだな」
「そうだよ」
「我輩が護衛につくのである」
レオナール卿に随伴してもらい、防壁の外に標的用の丸太を設置して防壁の上に登る。丸太はいくつかのグループに分けて複数個設置してきた。
「これは手榴弾、あるいは手投げ弾という武器だ。手で投げて目標の近くに放り込み、目標の近くで炸裂して被害を与える。使い方を説明するぞ」
まずは柄の末端にある安全キャップを外す。そうすると重りのついた紐が中空の柄の中から出てくるので、その紐を指に巻きつけて重りと一緒に柄を握り込む。これで投擲準備完了だ。
「この紐を抜いて三秒から四秒でこの柄の先にある部分が激しく爆発する。抜いたら爆発はもう止まらないから、取扱いには細心の注意が必要だ。あと、かなりの爆音が鳴るから心して置いてくれ」
そう言ってから俺は柄付き手榴弾を目標に向かって投擲した。手から離れると同時に柄から紐が抜き取られ、摩擦熱で爆弾内の導火線に点火される。マッチみたいなものだな。
投擲した柄付き手榴弾は狙い通り設置した丸太グループの一つに着弾した。そして爆発。
ドォン、と腹の底に響くような轟音が鳴り、設置してあった丸太の大半が木っ端微塵に砕け散った。これもちょび髭さんのお国で使われていた武器だが、別に俺の趣味というわけじゃない。どちらかと言うと俺はハンバーガーの国の武器の方が好みである。
手榴弾についてはネットで以前調べたことがあったから、少しは知識があった。サバイバル系のゲームとかやってると、銃とか手作り爆弾とか出てくることもあるから気になって検索したんだよね。そういうことない? あるよね。
で、何故通称ポテトマッシャーと呼ばれる柄付き手榴弾をチョイスしたのかと言うと、動作と操作が単純で、柄があるからハーピィの足でも持ちやすそうだと思ったからだ。
もっと適したものもあるかも知れないが、俺の記憶の中ではこれくらいしかハーピィの武器としてふさわしいものを思いつけなかった。火炎瓶とか作るには油がなかったし。
液体燃料が豊富にあれば火炎放射器とか作ってみたいんだけどね。
ハーピィが運用するのにもっと最適化した爆弾を作ろうとは思ってるよ、うん。もう少し重くても大丈夫そうなら火薬量を増やして破片を周囲に撒き散らすようなタイプの『ハーピィ用航空爆弾』とでも言うべきものを作りたいと思っている。
さて、考えているうちにビックリして言葉を失っていた皆が現実世界に戻ってきたようだ。
「コースケ、今のは……なんというかすごいな」
「高位魔道士の使う爆裂魔法のようであるな」
「これを全ての兵が持てば、全員が高位魔道士並みの火力を持つことになりますね」
「え、これをハーピィが空から落とすの? マジで?」
「すごいです!!! 是非私にも試させてください!!!」
レオナール卿とザミル女史は冷静だな。シルフィとジャギラは威力に引き気味で、ピルナは大興奮だ。俺としてもハーピィに実際に使ってみて欲しいとは思っていたので、ピルナの申し出は渡りに船である。
「一応言っておくけど、これは物凄く危ない武器だからな。取扱いを間違ったら即死は免れないし、周りの人まで巻き込みかねないから。十分に注意してくれよ」
「はい」
俺が真面目な顔で注意をすると、大興奮状態だったピルナは居住まいを正して神妙な表情で頷いてくれた。そういうわけで、ピルナに爆装を施すことにする。
「はい、まずは足で柄を握ってくれ」
「はい。なんだか足をいじられるのはくすぐったいですね」
ハーピィであるピルナの足は猛禽類のように鋭く尖った爪を持つ、意外と逞しいというか、強そうな外見である。ピルナが柄を握ったのを確認した俺は柄の末端にある安全キャップを外し、中空の柄の中から出てきた重りつきの紐をピルナの足首の部分に結びつけた。それを左右両方にやる。
「重さはどうだ?」
「全然なんてことないです。もっともっと重くても運べますよ」
「なるほど。柄の掴み心地は?」
「もう少し太くても良いですね」
「なるほど、参考になるな。投下する時以外は絶対に離すなよ。紐が抜けたら爆発するからな」
「わかりました。じゃあ早速いってきます」
ピルナが風を巻き起こしながら上空に舞い上がっていく。やっぱり飛ぶのに魔法使ってるっぽいな。あの羽根で今の風圧は出せまい。
空高く舞い上がったピルナは目標となる丸太に向かって両足に取り付けた爆弾のうちの一つを投下した。爆弾は目標から少し外れた場所に着弾し、爆発。それでも複数立てられた丸太のいくつかが木っ端微塵になる。
今度はもっと高度を上げて投下するようだ。ピルナは弓矢が届きそうにない高度から投げつけるように爆弾を投下する。ピルナの足の力と重力によって加速された爆弾が複数の丸太が立つ地点に落ちた。
そして爆発。見事に丸太が木っ端微塵になる。うーん、これは思った以上に凶悪な感じになったのではないだろうか。ピルナが言うにはもっと重くて強力な爆弾でも大丈夫みたいだし。今度柄の太さと重さを変えたダミー爆弾をいくつか作って試してもらおう。
「やりました!」
「凄いのである」
「あの高度からあの威力……戦場が変わりますね」
「すごい、おなかすいた」
喜色満面のピルナが戻ってくるのを皆が出迎えて……ってジャギラが空腹のあまりへにゃっておられる。シルフィは腕を組んで何かをじっと考えこんでいるようだ。
シルフィが何を考え込んでいるのかはわからないが、とりあえずは朝飯だな。
あと工事の続きをしないと。ああ、ミスリル武器も作らなきゃならないし、井戸も掘らなきゃならないし……やることが! やることが多い!
明日はちょっと通院で時間が取れそうにないから更新をおやすみします!
ゆるして!_(:3」∠)_




