第366話~テストフライト~
天気が悪いと調子が出ないね( ˘ω˘ )
デスマーチが始まってからはや一週間。試作型飛行船は遂にテストフライトの時を迎えていた。
「……一週間でよくこんなものを建造できたな」
全長50mを超える飛行船の威容を見上げながらシルフィが呟く。
「裏技を使ってな」
答える俺の瞼は重い。うん、ほんの一時間ほど前までこれを組み立ててたからな。
何故こんなに早く飛行船を建造することが出来たか? 答えは簡単で、部材の移動や配置に俺のインベントリをフル活用したからである。
俺のインベントリを使えばどんなにでかく、重い部材も簡単に移動できるし、配置できる。俺は飛行船の設計者でもある招聘した船大工――海蛇種のラミアさん――の指示に従い、徐々に組み上がっていく船内を所狭しと飛び回って部材を配置。配置された部材を研究開発部の職人達が総出で組み上げていくという手法で完成させた。
一応航行に必要な設備は全て設置済みだが、内装はまだ終わっていない。搭乗員は最大で三百名となっている。まぁ、あくまでも最大だ。その場合は船倉にもハンモックを吊るしてギュウギュウのすし詰め状態で過ごすことになるし、補給の問題で航続距離も短くなる。フルスペックで長距離航行するなら半分の百五十名くらいが限界だろう。つまり、今回の親善使節団くらいの人数でちょうどくらいってわけだな。
「これが飛ぶのか? 本当に?」
「理論上は飛ぶ。一応小型船では同じ仕組みで問題なく飛んだ」
当然、概念実証機である小型飛行船――エアボートは何度も墜落した。両手両足の数では足りないくらい墜落した。最初の試作機も高度を取るところまでは問題なかったのだが少しでも動くと自由落下を始めてしまったりしたのだ。落下制御の魔法の性質的にはおかしな話だったのだが、とにかく船は墜ちた。搭乗員全員が落下制御を使える魔道士とかガーピィさんじゃなければ下手すりゃ死人が続出するところだった。
で、様々に条件を変えたり、時によっては探知魔法や魔力の計測器なども積んで実験を進めた結果、船のパーツ一つ一つに魔力的断裂が起こっては行けないということがわかった。うん、わからないよな? 俺もわからない。俺の理解した範囲で言うと、つまり船のパーツの一つ一つ――床板の一枚に至るまで、徹底して魔力を行き渡らせる必要があるということらしい。
そんなことは可能なのか? と思ったのだが、それを打破するための技術研究を俺達は既に行っていた。そう、マナトラップ開発時に思いついて研究したアドル教の聖堂の特殊な構造である。
アドル教の聖堂はミスリル合金の魔力伝達線を構造物全体に張り巡らせることによって、一つの大きな魔道装置となっていた。つまり、これは魔力的に見れば一つの物体ということである。そこで俺達はエアボートを構成する部材の一つ一つにミスリル銅合金製の魔力伝達線を埋め込み、エアボードを組み上げた後にジョイントで伝達線同士を接合した。その結果、やっとまともに船が浮き、空中を飛行することが可能になったのだ。
ちなみに、危惧していたバランサーに関しては魔道士と錬金術師の皆さんがエアボード用の浮遊装置――つまりレビテーションの魔法から平衡を保つ術式を抜き出して落下制御の魔道具に記述を追加することによって事なきを得た。既存の魔法術式から一部分を抜き出して転用する手法に関してはアイラの対物理障壁魔法の開発経験が存分に活かされたらしい。
かくして改良型落下制御魔法装置が開発され、その後魔力伝達線の使用による魔力的同一性獲得の簡略化策として一つ一つのパーツに魔力伝達線を埋め込んで接合するのではなく、組み上げた後に魔力伝達線を施工すれば十分だということもわかった。アドル教の聖堂でミスリル合金製の魔力伝達線が壁の中に隠されていたのは多分魔力伝達線の存在そのものを隠蔽するためのものだったんだろう。
まぁ、それと確かめるために一回エアボートが墜落したわけだが。でぇじょうぶだ、回収してクラフトテーブルにぶち込めば何度でも修理できる。
「とまぁ、いろいろな苦労の結果出来上がったのが目の前の試作型魔道飛行船というわけだ」
「なるほど。さっぱりわからん」
「どうして……どうして……」
折角頑張って説明したのに。
「それよりもコースケさん、墜落って大丈夫だったんですか? 怪我人とかそれ以外の被害は?」
「怪我人は居ないし、物的な被害もまぁほぼ皆無だよ。ただ、テストパイロットをした何人かの魔道士が高所恐怖症というか飛行船恐怖症になったけど」
「大丈夫なんですか、それ」
「日常生活には直ちに影響はない」
今後魔道飛行船が普及して日常的に乗るようになったらわからんがな。まぁそれは多分もっと先の話だろうから大丈夫。今回作ったこの試作一号機の材料価格を真面目に考えると、メルティあたりが絶叫して倒れるような金額だろうからな。購入に国家予算レベルの金が要るという握り拳大の魔煌石を使った魔煌石炉が二基装備されている上、魔力伝達線の一部には純ミスリルまで使用されている。基本的に使われている木材も全て魔化された木材だし。
「それで、これから飛ぶんですよね?」
「そうだな」
「何で皆嫌そうな顔をしているんですか?」
「さっき言っただろう。理論上は飛ぶはずだと」
「つまり墜ちる可能性もあると?」
「可能性は常にある。だから俺もこんなものを用意した」
そう言って俺はインベントリからとあるものを取り出した。極めて軽く薄く頑丈なワイバーンの翼膜を使って作られた超小型のパラグライダー――どこぞの自由過ぎる英傑が持っていそうな装備だが、これは俺用の落下対策装備である。
なんと、俺には落下制御の魔法が効かないのだ。相変わらず理由はわからないが、俺が魔力を欠片も持っていない事が原因だろうとアイラが言っていた。なんか実験とかなんとか怖いことを言っていたが聞かなかったことにする。
その話はとりあえず置いておいて、これは問題である。いざという時に俺に落下制御の魔法が効かないのでは飛行船に乗ることが出来ない。そこで作られたのがこいつである。
「それは?」
「俺用の緊急脱出装置。ワイバーンの翼膜に取っ手と純ミスリル製の超小型風魔法式推進装置、それに落下制御の魔法装置と魔煌石を使った魔力生成装置を搭載していて、緊急時にはこれをこう持って滑空して安全に地上に降りることが出来る。理論上は」
「またそれか。何が問題なんだ?」
「あまり高いところから滑空するとなると俺の握力が保つかどうかが問題だな」
「コースケなら大丈夫だろう」
「なんだかんだしぶといですもんね」
「評価が微妙に引っかかるな?」
まぁ、俺も落下対策が完全にゼロってわけじゃないけどな。もし万が一握力が尽きて落下したとしても、地面に激突する前に藁ブロックを地表に置ければワンチャンある。どんなに高いところから落ちても優しく受け止めてくれる藁ブロックさん大好き。
「コースケ、確認完了。魔煌石炉も魔力経路も異常なし」
「OK、それじゃあ初フライトと行こうか」
今回テストフライトを敢行するメンバーはアイラを含めた研究開発部の開発者達十二名と俺、それにグランデとハーピィさんが十二人。研究開発部の面々は一応全員が落下制御の魔法を使える魔道士だが、万一のことを考えて一人につき一人のハーピィさんが護衛についている。さすがのハーピィさんも人一人を捕まえて飛行することは不可能だが、死なない程度には安全に軟着陸することはできる。要は、パラシュート代わりってことだな。俺にはグランデが付いてくれる。まぁこの魔道パラセールもあるし万が一――いや千が一? 百が一? 流石に十が一ってことはないだろうが、とにかく飛行船が落ちてもなんとかなるだろう。
「ちなみに、失敗してこいつが大破すると作業量的に今回の親善訪問で飛行船を使うのは難しいから」
「えぇ……なんとかならないんですか?」
「なりません。まだ内装も艤装も済んでないんだ。もし大破したら改良点を洗い出して再設計して修理して内装整えて艤装もしてってことになる。絶対に間に合わん。寧ろこれが成功しても間に合うかどうか微妙なくらいなんだからな」
そもそもまだ設計すら検討段階だったものを二週間で作って飛ばせって注文自体が無理があるんだよ。正確には一ヶ月弱の時間があったわけだが、さっき言ったように内装を整えたり今のネイキッドな状態から対空砲をつけたりハーピィさん用の発着補給甲板を整えたりするには時間がかかるからな。それに操縦や運用の慣熟訓練も行わないといけない。
実質的には一週間、遅くとも二週間以内に開発を完了する必要があるわけだ。もう最初から無理目の無理である。俺が居て初めてなんとかなるオーダーだ。というか俺がいても厳しい。ギリギリである。
「そういうわけで、今から飛んでくるから。精々成功を祈っておいてくれ」
「ああ、ここから応援してるぞ」
「気をつけてくださいね。コースケさんの命の価値はこの国の誰よりも重いんですから」
「はいはい」
「それじゃあ行く」
アイラと連れ立って試作型飛行船に乗り込む。船と違って地上に着陸するので、地面から船倉経由で普通に乗り込めるようになっているのだ。
さぁ、小型船の試作機は何度も墜ちたが、こっちはどうかね? 上手く飛んでくれると良いんだが。