第365話~同行者~
キリの良いとこまで書こうとウンウン唸ってたらこんな時間に( ˘ω˘ )
研究開発部は晴れてデスマーチ状態に移行したわけだが、俺はというと残念ながら彼らにばかり付き合っているわけにもいかない。また長期間メリネスブルグを空けることになるので、商人組合や冒険者ギルド、それに缶詰や即席麺の製造工場などに対しても俺が居ない間の指針を示さねばならないし、何よりエリーゼとコンラッド、それにハーピィちゃん達との触れ合いも必要だ。それに、残留組にもサービスしなければならない。
「いやァ、ごめんねェ?」
「何を謝ることがあるっていうんだ。謝ることなんて何もないじゃないか」
「そうかもしんないっすけど、タイミングが悪かったかなって」
「よりによって三人同時っていうのが……悪いわね」
シュメル、ベラ、トズメの三人が俺が彼女達用に拵えた大きな椅子に腰掛けたまま申し訳無さそうにそう言う。
何がどうなったのか、予想がつくかも知れない。うん、三人ともどうやら身籠ったようなのである。おめでたである。何を謝ることがあろうか。
「大丈夫、代わりに私がついていく」
そう言ってとても満足げな顔をしているのはアイラである。鬼娘達が俺の護衛につけないとなると、俺の護衛として誰か別に俺に同行する必要がある。シルフィとメルティはメリネスブルグから動けない――そもそも俺は公式には女王であるシルフィの名代という立場でドラゴニス山岳王国に行く――ので、アイラが俺に同行することになったのだ。
俺の擁する獣人メイド達は護衛を務められるほどの戦闘能力は無いし、彼女達のまとめ役として同行するゲルダだけでは戦力的に足りない。親善使節団の護衛として魔銃隊百名が同行する予定だが、俺の身辺護衛としては頭数が多くて物々しすぎる。
俺の護衛はゲルダとグランデがいれば大丈夫では? とも思ったのだが、ドラゴニス山岳王国の人々にとって人である俺と番うために竜から変じて竜人となったグランデは国祖の再来のような存在である。あちらでは何かと注目を浴びたり、饗されたりして俺から離れる機会もあるだろう。
そういうわけで、検討に検討を重ねた結果アイラが俺の護衛兼メリナード王国宮廷魔道士として、そして技術開発部長として同行することになったわけだ。
アイラの個人戦闘能力は実は非常に高い。身体能力は低いし、身体も全く頑丈ではないが、その魔力量と魔法の業、それに錬金術師としての腕、天才的なセンスはメルティをして「アイラと本気で戦うのは嫌ですね。何が飛び出してくるかわからないので」と言わしめるほどなのだ。
実際に先日暗殺者の襲撃から俺を守ったという実績もあるし、今回は国威を示すために技術的な産品も多数持っていくので、研究開発部長という立場的にも都合が良い。
「じっくりと向こうで仲良くしてくる。次は私の番」
アイラ本人はいたってやる気である。ふんすふんすと鼻息が荒い。色々な意味でヤる気十分である。まぁアイラは他の子達と違って体力お化けの類ではないので、怪しい薬にだけ気をつければ大丈夫だ。
「そろそろあの二人が焦れそうじゃのう」
あの二人というのはシルフィとメルティのことだな。シュメル達が身籠ったという話を聞いた二人はシュメル達を祝福しつつも笑みが引き攣っていたからな。なかなか子供が出来ないのはアイラも同じなのだが、今回は俺の長期出張に同行できるということで素直に三人を祝福しているようだ。
「私達エルフは子供ができにくいですからねぇ」
そう言いながらニコニコとしているのは今回俺に同行することになったドリアーダさんである。王族としての振る舞いや礼儀作法に疎い俺をサポートするため、そしてメリナード王家の一員として同行することになっている。王配である俺だけでなく、シルフィの姉であるドリアーダさんも同行する事によってドラゴニス山岳王国との外交関係を重視していると諸外国にアピールする狙いというわけだな。
「それだけ長く情愛を育む時間が必要だ、ということでもあります。可愛がってくださいね?」
「あー、うん。ハイ」
身を寄せてきたドリアーダさんのたわわな実りが俺の腕に押し付けられる。うん、アイラは同じようにしても……少しは柔らかいね。うん。でも擦りつけてもどうにもならないからやめようね。
「むー、距離を感じますね。もう色々な意味で他人とは言えない仲なのに、私悲しいです」
「いやうん、勿論。勿論そうなんですけどね? なんというかこう、畏れ多いというか」
「口調、直しましょうね。そんなに畏まった口調、お母様くらいにしかしてないですよね? あと、畏れ多いというのは今更じゃないですか?」
「それはそう。それはそうなんだけどね?」
ドリアーダさんの容姿というのはそれはもう正統派なエルフのお姫様、王女様と表現するのが妥当であろう。黄金色に輝くゴージャスな金髪、そしてそのゴージャスな金髪から覗く尖った笹穂型の耳、そんな彼女によく似合う白い清楚なドレスに、そのドレスの胸元を押し上げる豊かな膨らみ。
エルフと言えばなんとなく貧乳のイメージがあるが、彼女はシルフィ並み……いや、それ以上の巨乳の持ち主だ。その容姿はさながら美と豊穣の女神のようである。
「なんというか、ドリアーダさんとは本当にいつの間にかそういう関係になってしまっていて気後れするというかですね? それにこう、なんと表現すれば良いのか。高貴な……いや違うな、近づきがたいとも違う。とにかくこう、畏れ多いほどの美人さんで慣れないと言うかね?」
「容姿を褒めてもらえるのは嬉しいですけど、それを言えばシルフィだってメルティだって他の子達だってみんな可愛いですよね?」
「うーーーーーん、それはそうだね! なんて言えば良いのかな!」
首を傾げて至極正しいことを仰るドリアーダさんに上手く説明できずに思わず悶える。確かにそう。ドリアーダさんが美人過ぎて畏れ多いって言うならシルフィやメルティは勿論のこと、他の子だってそうだ。セラフィータさんとか極めつけの美人さんだし、エレンだって物凄い美人さんだ。
「ドリアーダ様は急いで距離を詰めすぎ。段階を追っていないから身体だけ繋がっても心が繋がっていない」
「ちょっ」
アイラのあまりな物言いに思わず焦る。いやまぁ、多分アイラの言う通りなんだけども。もう少し言い方ってものをだね?
「むぅ、直截に物を言いますね」
「でも、それが真実。私とコースケは身体だけじゃなく心も繋がっている。他の皆もそう。ドリアーダ様にはそれがない。だから引かれている」
そう言ってアイラは俺の腕に抱きついたまま寄りかかるように身体を預け、その大きな目を瞑った。リラックスして俺との繋がりをアピールしているんだろうか? まぁ、こうして無防備に身体を預けてくるのは悪い気はしない。
「ええと、その、ドリアーダさんは何でそんなに俺と距離を詰めようとしたんですかね? 俺、そこがどうしても引っかかっていて」
俺がそう聞くと、ドリアーダさんは天井を見上げ、目を瞑って少しだけ考えてから真面目な表情を俺に向け、口を開いた。
「コースケさんはメリナード王国に無くてはならない存在です。自らの身体を使ってでも貴方をこの国に留めておくのが王族の娘たる私の役目です」
「あー、うん。はい」
王侯貴族の存在する世の中では政略結婚なんて当たり前だろうし、相手が稀代の英雄や俺のように有用な力を持っている稀人なのであれば、ドリアーダさんのように血筋が良く、容姿も良い娘に自らの身体を差し出させてでもそういった人材を引き留める、なんて手を使っても何らおかしくはないように思える。なるほどね。
「……というのが建前」
俺に身体を預けて目を瞑ったまま、ボソリとアイラが呟く。
「うん? 建前?」
とアイラの言葉に首を傾げた瞬間、俺の右腕に柔らかい感触が絡みついてきた。
「だってずるいじゃないですかー! 私は二十年も眠り姫で、目が覚めたらあんなに小さくて可愛かったシルフィちゃんが男の子捕まえて幸せそうにしてるんですよ!? しかもこんな可愛い子と! ずるい!」
そう言ってドリアーダさんが俺の頬に手を添え、自分の方に向かせる。
「ええと……うん?」
ちょっと何言ってるかわからないですね。
「シルフィちゃんも苦労して私達を助けてくれたんだからと私は我慢しました。でもそうしていたらあっさりとお母様がコースケさんとそういう仲になるとか酷くないですか?」
「いや、セラフィータさんはああでもしないと危なかったし」
ヒートアップしながら顔を近づけてくるドリアーダさんに思わず仰け反る。しかし左腕はアイラが体全体で抱え込むように押さえていてこれ以上逃げられない。
「それでもです! ずるい! 私もコースケさんとそうなりたい! お母様が良いならついでに私も貰って下さいよー!」
「えー……もしかしてドリアーダさん、そっちが素ですか?」
「よくわかりませんけど、今は何も取り繕わないで話してますよ? ついでにコースケさんに迫っている理由はコースケさんが単純に好みだからです。夜空みたいに黒い髪の毛、同じように黒い瞳、背の高さも、筋肉が付きすぎていない体つきも、声も、性格も、全部」
「な、なるほど?」
「シルフィのお手つきでなかったら何が何でもモノにしていました」
「結局モノにしてる」
「我慢はしましたよ? お姉ちゃんですから。でもお母様が我慢してないのに私が我慢するのは何かおかしいですよね?」
「んー……確かに」
倫理的にどうというのは置いておいて、心情的にはよくわかる。当の本人は俺の返事を聞いてですよねー、とか言いながら満面の笑みだ。
「そういうわけで、私はそれはもう積極的に行ってみたんですよ。ドラゴンに挑むつもりで」
「決死の覚悟でってこと?」
「そうです! 私、乙女でしたから。はしたないとは思いましたけど、こういうのは引いてしまったらそこまでですし」
「その辺、イフリータ様はヘタ」
「あの子は素直じゃないですからねぇ」
ここでイフリータの話が出てくる意味が察せないほどアホではない。二人がこう言うということはそういうことなのだろう。まぁ、うん。片鱗は感じていないこともなかったけど。
「しかし良いんですかね? 俺にばっかりそういう感じになって」
「政略結婚のことなら問題ありませんよ。私達は長生きですから。お母様も百年や二百年は現役ですし、私やシルフィちゃんならもっと長く務めを果たせます。そういう政略結婚は私達の娘や息子に担わせても良いわけですし」
「木っ端貴族と縁を結ぶよりコースケを縁を結んでいたほうが百倍お得」
「そういうことですね。そういうわけでコースケ君、末永く可愛がってくださいね」
「はい」
これ、いいえとか言っても絶対に意味がないやつだ。なんてことだ、もう助からないゾ☆ という状況ですね、はい。ある意味、ドリアーダさんが一番厄介なのでは?
「まァ、一緒に旅をすれば自然と距離ってのは縮まるさねェ」
「そっすね。沢山仲良くしてくると良いっす。あ、仲良くってのはこういうことっすよ?」
ベラ、そう言って左手の人差し指を親指で作った輪の中に右手の人差指を出し入れするのはやめなさい。お下品だぞ。
「やめなさい。お姫様相手に」
俺と同じことを思ったのか、トズメがベラの手をペシッと叩いて卑猥なジェスチャーを止めさせる。グッジョブ。
「任せておいて下さい」
ドリアーダさんもキメ顔で握り込んだ拳の人差し指と中指の間から親指の先を出すのをやめなさい。お下品ですよ。
「ということで、よろしくおねがいしますねぇ」
ドリアーダさんがそう言ってにっこり笑う。うん、わかったからそのフィグ・サインをやめようね。わかったから!