第364話~デスマーチの始まり~
おくれました_(:3」∠)_(いけないとわかっていても夜ふかししてしまう意志薄弱者
「というわけで、あと二週間で完成させよう」
「「「えぇ……」」」
事情を説明し、期限を切ると研究開発部の面々に物凄く嫌な顔をされた。うん、わかる。無茶振りだということは俺にもわかっている。でも、これはなんというか政治の話でな? 移動をドラゴニス山岳王国に頼った上に贈り物――見方を変えれば貢物――を多数抱えていくということになると、親善使節というよりも朝貢になりかねないからな。うちとしてはそれなり以上に内外に国威を示し、メリナード王国がドラゴニス山岳王国の被保護国、あるいは属国だと見られないようにしなければならない。
「わかる、わかるよ。ただ単に急げ、二週間以内に仕上げろって話は言う方は楽だが、言われる方はたまったもんじゃないよな」
俺の言葉に研究開発部の人々が頷く。俺は王配で、彼らの直接の上司ではないが身分は遥かに上だ。しかし解放軍の頃からの付き合いの人も多いし、公の場でなければ普通に接するように皆にお願いしているからこういう時は素直に心情を表明してくれる。自分で言うのも何だが、良い関係を築けていると思う。
「だから、俺も対案をちゃんと考えてきた」
そう言って俺は視線を研究開発部の面々に巡らせ、一つ頷いてから拳を振り上げた。
「飛行船試作一号機の開発においては素材の使用制限を全面解除する!」
「「「おおっ!」」」
俺の宣言に研究開発部の面々が驚きの声を上げる。
「オーバースペックでもいい。考え得る限りの最高の素材を使ってとりあえず確実に、安全に飛ばすことを考えようじゃないか。コスト度外視でな」
「も、もしかしてミスリル銀合金を使い放題ですか……?」
「必要であれば純ミスリルでも魔煌石でもなんでも使ってヨシ!」
研究開発部の面々から再び歓声が上がる。しかしその中で一人だけ冷静だったイフリータが挙手をして発言した。
「一応、意図を確認させて貰える? 政治的判断で開発期間を短縮し、研究開発部の士気を向上させるために素材の使用を解禁したってこと?」
「その側面もあるけど、それだけではないな。そもそも、最初からコスト面も考えて開発しようってのが土台無理な話だと思うんだよ。そういうのはちゃんと動く試作機が出来てから色々なテストをして、それで得られた知見をフィードバックして始めて達成される目標だ。初めて作るものなのに、試作機をふっ飛ばしていきなり量産機を作ろうとしたのがそもそもの間違いだと思ったのさ」
「なるほど、一応筋は通ってるように聞こえるわね」
「納得していただけたかな?」
「ええ、納得したわ」
そう言って頷くイフリータに続いてアイラが挙手する。
「何でも使っていいの?」
「俺に用意できるものならな。とにかく今回重要なのは、うちの技術力をドラゴニス山岳王国は勿論のこと、西方の少国家群の連中にも見せつけることだ。だから、仕様も若干変更する」
「ここで仕様変更?」
アイラが目を細めて嫌そうな顔をする。普段は俺に対して甘々なアイラさんだが、こと研究や新技術の開発に関しては色恋よりも魔道士として、錬金術師として、そして研究開発部の部長としての立場を優先する。
「輸送船として設計を進めていた試作一号機だが、空中戦艦、あるいは空中母艦としての性質を付与したいと思う。要は対地、対空攻撃能力の追加だな」
「具体的には?」
「対地攻撃に関してはハーピィさん達用に作った航空爆弾の流用でいけると思う。ある程度の高度から投下するだけで十分に威力を発揮するからな。新型の魔道爆弾も後方で開発が完了してた筈だよな?」
「ん、既に設計図と仕様書が送られてきている。コースケの作った航空爆弾より軽量で、量産性も悪くない。ある一点を除けば」
「ある一点?」
「魔力源となる魔力結晶や魔晶石が不足している。後方拠点の脈穴から精製はしているけど、受容に供給が追いついていない」
「なるほど。脈穴の確保も今後の課題だな……」
制圧は出来ていないが、メリナード王国領内にもいくつか脈穴は確認されている。後方拠点のように魔力結晶や魔鉄、魔鋼の生産拠点として使えるようになるのであれば、今後脈穴は重要な戦略地点となるだろう。シルフィとメルティに脈穴の確保を進言しておこう。
どちらにせよ、今後メリナード王国が魔道技術化を進めていくならば無尽蔵に魔力を放出し続けている脈穴の確保は必須となる。今は外敵との大規模な会戦は起こりそうにないし、戦力をそちらに振り分けられないか考えてもらったほうが良い。
「とりあえず一度全力戦闘できる程度の数が揃えばいい。あとはハーピィ航空爆撃部隊が飛行船上で補給、再出撃できるように甲板に設備を整えるのと、航空爆弾の保管庫を作りたいな」
「対空攻撃となると、雷撃砲が良い?」
「そうだな、対空攻撃は雷撃砲があれば盤石だろう」
雷撃砲というのはアイラが使う雷魔法を魔道具化した兵器で、すでに試運転も済ませてある。難点は運用に莫大な魔力が必要、かつ今のところ小型化が難しいことで、大きさとしては砦などに配備しているゴーレムバリスタほどの大きさがある。持ち運ぶのはシュメルとかベラ、トズメみたいな特別力の強い大型亜人種じゃないと無理だな。
他にも魔力消費が激しく、魔力結晶を魔力源として使った場合、一発撃つのに魔力結晶一つが必要となる。魔力結晶も決して安いものではないので、運用コストが高すぎるわけだな。まぁ、そこは魔力源として魔煌石を使った魔煌石炉を使うことによって解決でできたが、こちらもやはりでかいし重い。結果として基本的には携行武器ではなく、据え付け型の固定兵器として運用するのが良いだろうということになった。
これが対空砲としては非常に優秀で、射程もそこそこにあり避けることはほぼ不可能、しかもある程度広範囲に攻撃することができるので対空砲として非常に性能が高い。ワイバーン程度なら一撃で行動不能にするので、威力も十分だ。
「それじゃあ対空装備はゴーレム式バリスタから換装……となると、魔力源は魔煌石炉ですか?」
「そうなるな。墜落したら大惨事だぞ。まぁ、そのお陰で船内の魔力源については心配もいらなくなるから、前向きに考えよう」
「魔煌石炉を置く区画は特別頑丈にしなきゃいけないわね……」
「緊急時に対物理障壁で魔煌石炉を守るようにするから大丈夫。たぶん」
「多分って……」
「物事に絶対はない」
苦笑いを浮かべるイフリータにアイラが小さな肩を竦めてみせる。まぁそうね、安全対策はいくら取っても絶対なんてのはありえないものな。出来る限りのことをするしか無いのが現実だ。
「魔煌石炉を搭載するから、飛行船には魔煌石炉を中心とした魔力経路を張り巡らせる必要がある。念の為二系統、できれば三系統用意しておいてくれ。素材は必要であれば純ミスリルでもいい」
「流石に魔力伝導線に純ミスリルは過剰。ミスリル銀合金で十分」
「OK、とにかく必要であればコストは度外視して良い。魔煌石炉だって何も一台じゃなくて複数台積むことだってできる。そういった点も考慮して、力業でもいいから飛べる船を作ってくれ」
「了解」
「わかりました」
「善処します。ああ、設計から見直さないと……」
研究開発部の面々がそれぞれ了解の意を示しつつ、各自行動に入る。さて、俺は俺で魔煌石炉の作成とかミスリル騎槍の作成とか色々進めないとな。資材の調達に、部材の成形、やることは山積みだ。