第359話~飛行船開発:こうそうそのいち
からだがしんどい_(:3」∠)_
「色々と検討した結果、落下制御という魔法に可能性を見出した」
俺がドワーフやラミアの鍛冶職人さんや大工さんと設計時の注意点について話し合っていると、魔道士同士で集まって話をしていたアイラがそう言った。
「ふぉーりんぐこんとろーる」
「ん、落下制御。実際に見てみるのがいい」
そう言うと、アイラは空のティーカップを天井に向かって放り投げた。放り投げられたティーカップはくるくると回転しながら天井近くまで上昇し、落ち始め――。
「落下制御」
落ち始めたところでピタリと止まった。回転もピタリと止まっているようだ。
「こんな風に落下速度を制御することが出来る魔法。ついでに姿勢も魔法をかけた瞬間と同じ状態で固定される」
「どうして」
「そういう魔法だから」
「あ、はい」
俺、自分の能力を最初にアイラに見せた時に散々理不尽だの不条理だのって言われた気がするんだけど、俺からすると物理法則を完全に無視する魔法だって五十歩百歩だと思うんだが。
「これは魔法。しっかりと魔力を対価に払って起こした現象。コースケのとは根本的に違う」
「あ、ハイ。それで、こいつは確かに使えそうだな。上昇することさえできれば、あとはこの魔法を使って高さと姿勢を固定して、推進装置で移動すれば良いってことか」
ふわーっと降りてきたティーカップを指先でつつくと、すいーっと押した方向に進んでいった。
「でもこれ、横風に煽られるとそれだけ流されそうだな。横風対策をしたほうが良いか。うん? 姿勢も固定されるって話だったけど外力である程度は変わるのか?」
空中に浮いたままのティーカップを掴んで力を加えると、ティーカップが回った。しかしまたピタッと止まる。コマでも回すように力を加えて手を離してみたが空中でくるくると回転するようなこともなくすぐにピタッと止まった。なにこれ面白い。どういう仕組み?
「外力に対する抵抗はあまり強くないみたいだけど、モーメントを殺す力は強いのか? 訳わかんねぇなこれ」
なんか無重力空間に浮かんでいる物体のようなそうでないような不思議な挙動だ。魔法の力ってすげー。
「でもこれ、やっぱり対象物が大きくなると魔力の消費量の問題が出たり、あと大きくなればなるほど横風の影響とか空気抵抗とかが大きくなって大変なんじゃないか?」
「横風の影響や空気抵抗に関しては風属性の防壁を展開すれば大丈夫。落下制御の魔法は魔力コストもそんなに大きくない。魔道具化も可能」
「なるほど。横風の影響を受けないなら飛行船の形状は生産性や機能性を求めても良さそうだな。ただ、最初に高度を稼ぐ必要はあるから上面は平べったくないほうが良いか。着陸時の安定性も考えると重心は下に置いたほうが良いし……ああいや、待てよ? 落下制御を地上でかけてから推進装置で高度を上げれば良いのか?」
「多分それも出来る」
そう言ってアイラは自分の手元まで落ちてきていたティーカップを自分の手で掴み、ジャンプして自分の頭よりだいぶ高い場所に押しやった。まぁ、それでも俺の顔くらいの位置だが。
「なるほどな。でもこれ、本当にうまくいくのか? ティーカップ単体で見る分には有用そうだけど、一定以上の大きさの構造体の中に複数の人や荷物を積んだ状態でこれと同じ挙動をするのかね。なんか構造体の内部で歩いたり飛んだり跳ねたりするだけでバンバン高度が落ちそうなんだが」
「……実験してみるしかない」
「なるほどー……それじゃあグランデとハーピィさんにお願いするか」
「ん、それがいい。他の方法も考えておく」
「そうしよう。落下制御でうまく行かなくてもこのモーメントを殺す効果はかなり有用だから。これだけでも使えるようにすると良いかもしれん」
うまくすれば姿勢制御の手間をグンと減らせるかも知れない。
「落下制御の魔法で上手く行けばそれが一番だが、そうでない場合はやはり強力な推進力で常に上方向への力を加え続ける必要があるだろうな。横風の影響は風魔法の障壁でなんとかなるって話だから、風魔法式推進装置と帆を使った形式の設計も進めようか」
時間と予算はたっぷりある。開発には時間がかかるだろうが、こういった基礎研究はいつか必ず役に立つだろう。
☆★☆
色々話し合ったり実験したりしているうちに日が傾いてきたので研究開発部の面々は解散し、俺とアイラは連れ立って食堂に足を運んだ。すると既にシルフィとメルティが食堂で食事が出てくるのを待っていた。今日は仕事があまり立て込んでいないらしい。
「休むんじゃなかったのか?」
「楽しんでるよ」
「それは返事になってませんねぇ」
困ったような笑みを浮かべながらメルティが席を一つずれて空けてくれたので、メルティとシルフィの間に座る。うん、席にメルティの体温が残っててちょっと温かい。
ちなみに、この食堂はシルフィやメルティ、アイラ、それにグランデやエレンなど俺と関係の深い女性達――というかメリナード王国上層部の面々が使う食堂である。シルフィ的には城で働いている人達と同じ食堂でも良いらしいのだが、そうすると逆に他の人達が気を遣ってしまうので、こうして専用の食堂を用意した。
「新しいことを始めるのは楽しい」
「そうなんだろうが、あまりコースケに無理をさせるなよ」
シルフィの隣に座ったアイラが「ん」と返事をして頷く。
「それで、今日は何を作り始めたんだ?」
「物資や人員を大量に運べる大型の飛行船を作ろうと思ってな」
「ひこうせん?」
首を傾げるシルフィに飛行船の概要を説明する。
「なるほど、空飛ぶ船だから飛行船か。しかしそれは安全なのか?」
「安全か安全でないかと言ったら安全ではないな。もし墜落したらまず助からないだろうし」
「沖で船が沈んだら結局助からない。危険性は船と変わらない」
「馬車だって魔物や盗賊に襲われたらまぁ危ないしな。飛行船の事故確率をそれ以下にできれば良いんじゃないかな」
ただ、飛行船が実際に作られて運用が始まった場合、取り扱う荷物の量と人数はそれなりの数に登るだろうから、もし墜落なんかしたらとんでもないことになりそうだな。墜落時に機能する安全機構は二重、三重に用意して、メインの動力源――魔力源の他にも緊急時用の魔力源を二系統くらいは用意したほうが良さそうだ。
「予算は……」
「俺が出すから。アイラはメルティに必要なだけ請求して良いぞ。その分充当するから」
「ん、わかった」
「はぁ……まぁ良いですけどね。そもそも国庫の原資の大半はコースケさんの稼ぎですし」
解放軍時代に俺が各地に作った食糧生産拠点で作られ続けている大量の作物と、俺が提供した大量の宝石の原石や希少金属のインゴット、それに金、銀、銅、大量の鉄に、極めつけが魔煌石やミスリル製の武器だ。大粒の魔煌石の価値は国家予算レベルだし、小指の爪の先程の大きさの欠片でも貴族の大豪邸が買えるほどの価値である。それに、純ミスリル製の武具は国宝になるくらいの価値がある逸品だ。どちらも単なる商品としての価値だけでなく、政治的な取引にも使えるほどの価値がある。どっちも俺にかかれば一日に何個でも作れるような品だけどな。
「こんな無茶な予算運用に慣れてしまったらいつか国を滅ぼしそうです。あまり言いたくはありませんけど、自重してくださいね」
「気をつけるよ」
「ん、わかってる」
だが、将来を考えれば今が無茶のしどころだ。この無茶とも言える予算運用でこの国の技術を発展させれば、それはいつか必ず俺達の子供を助けることになる。
メリナード王国にはまだまだ開発の手が届いていない土地が多いから、普通にやっても伸び代はまだまだある。食糧生産が過剰なくらい多くなっている今、上手くやれば人口の増加にだって期待できるだろう。だが、それだけでは広い世界の中で抜きん出ることは難しい。そして抜きん出る何かが無ければ生き残ることは難しい。抜きん出た何かが無い国家はそのうち淘汰されていく。
いつの日か、俺とアイラ、そして研究開発部の面々が心血を注いで積み上げた技術が、未来のメリナード王国を支えることになると俺は信じている。
「まだまだ構想段階だけど、飛行船の開発が順調に進めばまた色々と便利になるぞー」
「確かに物資と人員を空から大量に輸送できるようになったら物流が大きく変わりそうですね。でも、陸路で輸送する方法は何か無いんですか?」
「うーん、陸路でかぁ」
陸の大量輸送と言えばやはり鉄道だろうが、この世界には魔物もいれば盗賊もいる。敷設した線路が壊されたり、レールを盗まれたりなんてことがありそうな気がするんだよなぁ。でも、アレだな? 線路を敷設するんじゃなくてエアボード専用の道路を作って、荷物を浮かせるだけの貨車と貨車を牽引する高推力の車両を使って大量輸送するってのはアリかも知れない。いや、ブレーキに問題があるエアボードじゃ厳しいか?
「考えてはみる」
「是非そうしてください。民間用のエアボード開発もお願いしますね」
「善処する」
俺とアイラがそれぞれ返事したところで夕食が運ばれてきた。とりあえず今日の糧に感謝して夕食を取ることにしようかな。夕食を終えたらまたエレン達の様子を見に行こう。
わぁいあーるたいぷぅ……_(:3」∠)_(がんばってみる