第358話~飛行船開発:はじめに~
マニアワナカッタ……_(:3」∠)_
「さて、久々の新規開発なわけだが……」
研究開発部に集まった面々を見回す。当然アイラは居る。あと、研究開発部の面々も居る。他には本日の俺の側仕えであるゲルダとメメと――。
「何よ?」
「何ですか?」
「いや、イフリータはともかくとしてアクアウィルさんが居るのは珍しいなと」
「邪魔なら帰りますが」
「別にそんなことはないから」
イフリータは半ば研究開発部所属に近いので疑問も無いが、アクアウィルさんは本当に珍しく感じる。
「今までもコースケが来てない時に結構顔出してた」
「ここでは色々と珍しいものが見られますから」
「なるほど?」
確かに珍しいものは色々とあるだろうが、ここはメリナード王国の最新技術が開発されている言わば心臓部のようなものである。部外者をそんなホイホイと入れても良いものなのか? まぁ、アクアウィルさんが情報を横流しするとは考えられないし、黙認されているのか。
「まぁそういう事なら。今回新たに開発するのは飛行船だ」
「おぉ!」
「遂に空を飛ぶ乗り物を作るんですね!」
「夢の乗り物ですね!」
飛行船と聞いて研究開発部の面々は大興奮である。
「なんで船なの?」
「エアボードは少人数とか少量の荷物を高速で運ぶことを目的とした乗り物だが、今回作るのは大量の人員や物資を輸送することを目的とした乗り物だ。自然と大きくなるし、形も船のような形になるだろうから飛行船――エアシップという名称にしたわけだな。まぁ、最終的に全然違う形になるかもしれないし、その時はまた名前を考えよう」
俺の説明に納得してもらえたようで、出席者から特に異論は出なかった。
「推進にはエアボードと同じく風魔法式推進装置を使う。エアボードに利用されているものより大型の物を使うか、或いはエアボードに使われているのと同じ出力のものを複数運用するかは要検討だ。結局のところ、エアシップを動かすことができれば良い。廉価素材で低出力の大きなものを一つ作るよりも高級素材で高出力のものを一つ作るほうが費用対効果が高い可能性もあるから、その辺りも要研究だな」
製造コストを意識した俺の方針にイフリータも頷いている。以前イフリータにはその辺りについてお説教されたからな。俺は学べるよい子なのである。
「それで肝心の設計なんだが、いくつか案がある。俺の出すこの案もまた一例でしか無いし、最適解だとも限らない。ただ、どう考えてもネックとなるのは浮遊することそのものだろう。つまりどうやって浮力を得るかだな」
そう言いながら俺は研究開発部に設置されている黒板にチョークを使って飛行船のイメージ図をいくつか描いていく。俺の絵心は正直微妙なので、ちゃんと伝わるかどうかと言うと実はあまり自信がない。
「まず一つ、これは俺の世界にもあったタイプの飛行船だ。気密性の高い頑丈な袋に空気よりも軽い気体を入れて、その浮力を使って下部のゴンドラ部分を持ち上げる。無論、袋が剥き出しだと鳥や飛行型の魔物に穴を開けられて中の気体が漏出、浮力を失って墜落する可能性があるから、それを防ぐために軽くて丈夫な素材で防護する必要があるだろうな」
そう言ってまずは所謂飛行船――でかい気嚢の下に乗り込むためのゴンドラがつけられているものを描く。
「このタイプの飛行船の利点は基本的に浮力を気嚢によって賄うから、浮力に回す動力を少なくできることだな。つまり、浮くことに魔力的なコストを払う必要がないってわけだ」
この世界ではそういう観点になる。元の世界で言えば高度を保つのに必要な燃料が少なく済むといったところか。上昇や下降に動力を使っていたらしいから、完璧に無補給で飛び続けられるわけではなかったようだ。
「欠点というか問題はそもそも空気より軽い気体をどのように集めるかだな。錬金術でそういうのって大量に作れないか?」
「できなくはない。ただ、船を浮かすほど大量にとなるとコストが馬鹿にならない。あと、そういった気体の中には危険なものがある」
「ああ、メタンは燃えるし水素とか爆発するしアンモニアとか毒性が強いしな。ヘリウムが多分一番安全だったと思うけど、作り方とか俺は知らないんだよな」
調合台で作れれば良いんだが、なんとなくできないような気がするんだよなぁ。最初から諦めてかかるのもどうかと思うけど。
「で、他の問題点はどうやって水平を保つかだな。これはこれから説明するどのタイプの飛行船にも言えることだが、空中で水平を保ち続けるのが多分一番難しい。エアボードも最初はそれをどうにかしようと四苦八苦したんだよな」
「ん、苦労した。コースケがいっぱいオエーッてしてた」
「やめてくれ、思い出しただけで胸が悪くなる」
四隅に設置した浮遊装置にゴーレムセンサーをつけて高度を測り、地面の凸凹に合わせて浮遊装置の出力を変更させて……って感じで物凄く苦労した覚えがある。
「構造材の重さ、積載物の重量、浮力の大きさ、重量バランスを計算して設計する必要があるだろうな。普通に考えれば」
「ん、そこを魔法で解決出来る可能性は十分にある」
エアボードも結局は下手な補正などかけずに浮遊魔法を発生させる魔道具をそのまま使えば良かった。下手にバランスを取ろうとするよりも「ものをそのまま(水平に)浮遊させる」魔法に全てを任せれば何も問題はなかったわけだ。ファッキンファンタジー。
「正直、俺は魔法を殆ど使わない範囲での設計しかできん。稀人の俺は俺の住んでいた世界の常識からなかなか抜け出せないんだ。だから、俺は方向性を提示する。具体的な問題解決はみんなの頭と腕に期待してるぞ」
「他力本願ねぇ」
「良いんだよ、開発はチームワークだ」
そう言って次に別方式の図解を黒板に書き始める。
「第二の方式はこういう感じだな。横向きじゃなく縦向きの帆を張って、そこに風を吹き付けて空に上がるわけだ」
俺が書いたのは平べったい箱の上に大きな一枚布の帆を張ったような図だ。箱の真ん中は吹き抜けになっていて、そこに風を帆に吹き付ける魔法装置を置く設計になっている。
「こういう感じで下から帆に風を吹き付けて上に飛ぶわけだな。ただ、当然ながら燃費の問題があるし、横風を受けた時の影響も未知数だ。同じように上方向の推力を得るなら、風魔法式推進装置を使ったほうが良いかもしれん」
今度は四角い箱の四隅に風魔法式推進装置を取り付けたものを描く。言わば風魔法式の垂直離着陸機だな。
「ただ、この風魔法式の推進装置で上昇下降をするタイプは姿勢制御にかなり難があると思われる。四隅に取り付けられた推進装置のうち、どれか一つでも出力バランスを誤れば用意に姿勢を崩すことになるからな。空中で姿勢を崩して傾いたらたちまち地面に真っ逆さまだ」
「それはぞっとしないですね」
「高度によってはまず助からないだろうな」
チョークを置いて研究開発部の面々に向き直る。
「俺から出せる案はこんな感じだな。なお、どの形式にせよ推進力には風魔法式の推進装置を用いるつもりだ。水平方向の推力として使うには全くもって申し分ない性能を持ってるからな、アレは」
「ん、それは確かに」
推力として風魔法式推進装置を使うのにはアイラだけでなく他の面々も賛成らしい。今の所、推進装置としてはアレは破格の性能を持ってるからな。
「いくつか質問があるんですけど」
「OKOK、飛行機械を知る俺が俺の知識の範囲内で答えるよ。ただ、俺は飛行機械の専門家でもなんでも無いからな。専門的な知識となるとまったくわからんから、そこのところはよろしく」
手を挙げた研究開発部の女性ドワーフの職人にそう言ってから質問を受け付け始める。何にせよまずは質疑応答と意見交換からだな。缶詰を作った時の浄化魔法みたいに俺には全く考えつかない方向での解決策があるかも知れないし。