第356話~領分~
しっかり寝たはずなのに眠い……集中力が_(:3」∠)_
俺から一通りの事情を聞いたシルフィは少し考えたあと、こう言った。
「わかった。私達で話をしておくから、コースケはエレン達の様子でも見てやってくれ」
「いや、俺も一緒に」
「コースケ、これは私達の領分だ。コースケが口を出すと余計にややこしくなる。だから、私達に任せてくれ」
強い意志を感じさせる言葉でそう言い切り、シルフィはじっと俺の目を見つめてきた。一歩も引かない様子のシルフィとしばし見つめ合う。
「OK、わかった。今まで通りシルフィ達を信じてすべて任せる。それが最善だな?」
「ああ、それが最善だ」
「わかった」
頷くシルフィに頷き返し、俺はシルフィに両手を差し出した。そして執務机に座ったままのシルフィに近づき、抱きつく。
「な、なんだ?」
「特に理由はない。いつも苦労をかけるなって」
「……苦労をかけているのは私の方だ」
そう言って溜息を吐き、シルフィが俺の背中に手を回して抱きついてくる。
互いに短い言葉だが、その短い言葉には一言では言い表せないほどに色々な意味が内包されていた。互いが一番と言いながら、多数の女性と関係を持ち、また持たせていることや、その調整を任せていること、調整に基づいて相手をさせること。更に、シルフィは実利的な側面や政治的な側面も考えて俺を使っている。それは回り回って俺の身を守ることにも繋がっているが、メリナード王国上層部を強固に結束させることにもなっている。
「お熱いですねー。コースケさん、私は?」
「はいはい、メルティにも苦労をかけるな」
シルフィのすぐ近くの執務机で唇を尖らせているメルティとも抱擁を交わし、その背中をポンポンと叩いてやる。
「なんだかおざなりですねー。でも、よしとしましょう」
文句を言いつつもメルティは満面の笑みである。どうやらご満足いただけたようだ。
「とにかく、シルフィの言う通り女の子関連は私達に任せてくださいね。悪いようにはしませんから」
「わかった。それが一番なんだよな?」
「それが一番です。断言します」
「わかった。信じるよ」
「はい、素直で結構です。ではエレンさん達の様子を見に行ってあげてくださいね。ああ、寝るのはコースケさんの寝室をお勧めしますよ。赤ちゃんは泣くのが仕事ですからね」
「エレンによろしくな。私も寝る前にもう一度様子を見に行く」
「わかった、伝えておく」
微笑むシルフィとエレンに見送られて執務室から出る。もうとっくに陽は落ちているというのに、まだ二人は仕事を片付けるつもりらしい。エレンとアマーリエの出産があって、二人とも様子を見に来たりしていたから今日のノルマが終わっていないようだ。内容もわからないことを手伝うことは不可能なので、メルティに言われた通りエレンとアマーリエの様子を見に行くことにする。
少し歩いてエレンの部屋の前まで行くと、部屋の前に控えていたシスターさんに浄化の奇跡をかけられた。生まれたての赤ん坊とその母親は世の汚れに弱いので、必ずそうするようにという教えがアドル教の経典に書かれているらしい。
ふむ? そういや前にアドル教の経典を精査した時にそんなことが書かれていたかも知れない。
経典と言うだけあって当然ながらアドル教の教えが書き記されたものであるのだが、意外と生活の知恵みたいな記述もあったりしたんだよな。今度もう一度詳しく読んでみるのも良いかも知れない。
浄化の奇跡をかけてもらって入室すると、ちょうど二人がエリーゼとコンラッドを抱いてあやしているところだった。二人の傍らにいるベルタさんが人差し指を唇の前に立てている。どうやらちょうど二人が寝るところであるらしい。
久々にスニーク状態に移行し、屈んだままコマンドアクションでスイーっと移動してベッドへと近づく。そうすると三人に気味の悪いものを見る目を向けられた。相変わらず俺のスニーク移動は評判が悪いな!
「……? 何かありましたか?」
エリーゼを寝かしつけているエレンの傍まで行くと、俺の顔を見たエレンがそう言って首を傾げた。別に何も無い、と言いかけてエレンに嘘を言っても仕方がないなと思い直す。
「アクアウィルさんの部屋で天体観測についての報告を受けてな」
と順を追ってアクアウィルさんの部屋で起こったことを説明する。そうすると、エレンはスッとジト目になって俺を睨みつけてきた。
「子供が産まれたその日からまた随分とお盛んですね」
「そのお盛んという表現には異議を申し立てたい」
俺がエレンと小声でやりとりをしている横でアマーリエがなんだか楽しそうに微笑んでいる。なんだかエレンとこういう遣り取りをするのも久しぶりな気がするな。出産前はもうちょっとこう、湿度が高い感じだったし。
「なんだかいつも寝てるな、この子達は」
「タイミングが良いだけです。貴方の居ない時にはなかなか元気に泣いていますよ」
「なるほど」
話を聞いてみると、どうやら先程二人に授乳を済ませたらしい。へぇ、こんなにすぐにおっぱいを飲み始めるんだな。というか、本当にタイミングが良かったようだ。
「俺に手伝えることは?」
「特にはないです。貴方には全て用意してもらいましたし、ベルタや他のシスター達がお世話をしてくれますから。こうして顔を見せて気遣ってくれるだけで十分ですよ」
「そうか」
確かに二人が出産で頑張っている時に周りの人にも話を聞いて思いつく限りのベビー用品を作りまくったからな。スライム素材で作った赤ちゃん用の湯船とか。一部改築して沐浴スペースも作ったし、部屋の外のかまども二つほど残してある。
「まぁ、今回のことは身から出た錆でしょう。今後は身を慎むことをお勧めします」
「これでも慎んでいるつもりなんだけどなぁ……」
エレンの胸に抱かれてむにゃむにゃとしているエリーゼを眺めながら呟く。もう何か相手が多すぎて俺の感覚がおかしくなってきているのかもしれん。わからん、何もわからん……。
「俺ももうとっくに父親なわけだし、自覚を持たないとなぁ」
エリーゼとコンラッドだけではない。俺が知らない間に産まれていたハーピィちゃん達も俺の可愛い愛娘達なのだ。これから先、もっと子供は増えるだろう。今でさえ相手が多すぎるのだ。このままこの子達がすくすくと育って、物心ついた時に異母弟妹が沢山いるなったらどう思うだろうか? その上、父親が新たに妻を増やしているとなったら? 子供達から蔑んだ目で見られるのでは? 特に娘達からは……ヒェ。
「もう手遅れかもしれないけど、本当に身を慎もう」
「そうですね。もっとも、貴方がそうしようと思ったところでうまくいくとは到底思えませんが」
「やめてくれ、本当にそうなりそうだ」
聖女様の言葉だと予言めいていて本当に洒落にならんだろうが。