第355話~伏兵~
集中力がどうにも続かない……疲れが溜まっているのだろうか_(:3」∠)_
「うーん……」
「見えましたか?」
「正直、区別がつかん」
天体望遠鏡で地図が指し示している場所を観察してみたのだが、俺の目には今ひとつ他の何もない場所との区別がつかない。
「もっとよく見てください。他の場所と違って森林がその部分だけ内陸部に切り拓かれていて、色が白っぽくなっているでしょう」
「うーん……? そう言われるとそのようにも……?」
確かに黒っぽく見える部分が水辺から内陸部にかけて若干後退しているように見えるが、これが文明の痕跡なのか? と言われると首を傾げざるを得ない。
「確かに判別は非常にしづらいです。ですから、もっと倍率の高い天体望遠鏡を欲しているのですよ」
「なるほど、よくわかった」
まぁ、オミクルとの距離は地球と月よりも近いようにも思えるし、もっと倍率の高い天体望遠鏡があれば、より詳細に見えるかも知れないな。
「私も見る」
「次、私ね」
「じゃ、じゃあその次で……」
と、アイラ達も交代で天体望遠鏡を覗き始めたので、それを横目で見ながらテーブルに戻る。すると、レビエラが如才無い振る舞いでサッと新しいお茶を注いでくれた。熱すぎず、温すぎず、実に良い塩梅のお茶である。
お茶を頂きながらより倍率の高い天体望遠鏡について考える。やはり天文台のような施設を作ったほうが良いのではないだろうか? メリネスブルグからほど近い場所で、そこそこの高さの山か丘の上にでも施設を作って、据え置き型の大きな天体望遠鏡を作る。
恐らく数日どころではない泊まり込み作業になるだろう。生活するための場所も必要だ。魔物や盗賊の襲撃もあるかもしれない。建物は頑丈な方が良いだろう。場合によっては護衛のゴーレムの配備も考えても良いかも知れない。
あとは大型天体望遠鏡のデザインと設計か。ある程度のイメージはできる。だがイメージを一定以上に固めなければアイテムクリエイションは発動しない。少なくとも脳裏に完成図を思い浮かべられなければ話にならない。内部構造とかはかなり適当でも補ってくれるんだけど、外観があやふやだとだめなんだよな、アレ。本当に俺の能力はなんかこう、フワッとしてて扱いやすいんだか扱いづらいんだか。
「……真面目な顔もできるのですね」
「できるよ? というか微妙に失礼な物言いだねオイ?」
「言葉の綾というものです」
ツンと澄ました顔でレビエラがそう言う。その横でゲルダがニコニコしているのが実に対照的だ。
「そう言えば、どうかね。あの子達は」
「仕上がったと言うにはまだまだ足りませんね。それはともかくとして、全員真面目に働いています。ただ……」
「ただ?」
「やはり人間の男性が苦手なようで。ミスが多くなりますね」
「それは……まぁ長い目で見ていくしか無いだろうな」
何せここに来た経緯が経緯だからな。男性――特に人間の男性が苦手になるのも仕方があるまい。あまり無理をしないように……いや、これから先どうやって生きていくにしろ、ここで学んだことは無駄にはなるまい。今は頑張ってもらう他無いか。彼女達が望むなら俺の側で働いてもらいたいものだけど、将来彼女達がどう考えてどう行動するかはわからないしな。
それに、俺の側で働いてもらうって言っても、じゃあどこまで面倒を見るのか? って話もあるしな。別にそれこそ最後まで面倒を見ても良いんだけど、彼女達も環境に応じて人生設計を考えるだろうし……いや、それよりもまずは彼女達の心と身体のことを気遣うべきか。
もしかしたら彼女達はお腹に子供を宿しているかもしれないんだし。もしそうなら、彼女達を俺が引き取った以上は俺が責任を持つべきだな。やるからには中途半端は無しだ。
「……」
「なんだ?」
「いえ、何も」
ビャク達の今後について色々と考えこんでいると、そんな俺をレビエラがジッと見つめてきていた。
「別に彼女達を解雇しようとかそういうことを考えていたわけじゃないぞ。やるからには徹底的だな、と考えていただけだ」
「徹底的、ですか」
「自分の我侭で連れてきたんだ。彼女達が望むなら別として、そうでないなら面倒を見るつもりだよ。どこまでもな」
「そうですか。どこまでもですか。では、彼女達がコースケ様のお情けを頂きたいと言ってきたらどうするので?」
「いきなり生々しい話になったなぁ」
苦笑いしながらお茶を飲む。まぁ、オリビア辺りはそんな感じだよな。他の子はわからんけど。
「それで彼女達が安心できるならって感じだな。シルフィに話しておくよ」
立場上、自分の我侭だけでどうこうってのはあまり良くないからな。場合によってはそれで彼女達の立場が悪くなるかも知れないし、事前にシルフィに話を通しておくのが良いだろう。
俺が好き勝手をしたところでシルフィ達はきっと何も言えないし、言わないだろう。だからって好き勝手やるのはちょっと違う。
「……なんで俺はこんなことで悩んでいるのだか。男なら酒池肉林! 選り取り見取りだぜひゃっほい! とでも喜び勇む場面じゃないのか、これは」
「それはそれで如何なものかと思いますが」
溜息を吐きながらもレビエラがお茶のおかわりを淹れてくれる。あー、茶が美味い。レビエラの淹れるお茶は本当に美味しいなぁ。
「コースケが新しい女を引っかけようとしている」
「ははぁ、まぁ私が大丈夫なんだからその子も大丈夫よね」
「つ、翼のもふもふっぷりなら負けませんよ」
「……」
「違う、そうじゃない。アクアウィルさんはその目をやめてくれ。レビエラには俺が連れてきた子達の指導を任せてるから、色々聞いてただけだから。そうだよな? ゲルダ」
「はい。その子達に手を出すのかどうかという話をしていただけですよ」
「おぉい!?」
突然の裏切りである。どうして。どうしてなんですかね。
「それに関しては何も言えない。あの子達の処遇を決めるのはコースケだから」
「いや、待て。待ってくれ。まず、手を出そうという話じゃないから。もし彼女達がそういう風に望んだらどうするのかって聞かれて、望むなら望むとおりにできるようにシルフィにも話を通しておこうって言っただけだから」
「それはもう手を出すって言ってるようなものじゃない?」
「あの子達がそう思えばって話だからね?」
「それは当然そうなるんじゃないの? あの子達が差し出せるものなんて命と心と身体くらいでしょうし」
「重いなぁ……」
「それだけのことをしたってこと。私だってあの子達と同じ立場だったら同じようにすると思うわ」
「そっかぁ……」
そんな話をしている俺達をアクアウィルさんが興味深げな様子で見守っている。なんだろうと視線を向けると、彼女は至極真面目な表情をしたまま口を開いた。
「貴方はそういうことを一切考えずに、善意で彼女達を引き取ったのですか?」
「えぇ? うーん、どうかな」
彼女達を助けようと思った切っ掛けはあの凄惨な襲撃現場を見て、義憤に駆られたからだ。まぁ、その義憤というのも大分大雑把な表現だけど。当然『罪のない開拓民になんてことをしやがる。許しちゃおけねぇ』という気持ちはあった。だけど、俺の仕事を邪魔しやがってという気持ちもあったし、シルフィの治めるメリナード王国の国民を惨殺しやがって絶対許さねぇという気持ちもあった。
「そういう私的かつ雑多な感情も全て込めて義憤って表現だよな」
「なるほど、それで?」
「うーん。それで? ときたかー」
襲撃現場を検証した結果、誰か――恐らく女性が連れ去られたということがわかった。その時点で女性達――つまりあの子達がどういう扱いを受けているかはなんとなく察した。それで絶対に助けようと思ったんだけど、その時点で助けたあの子達とそういう関係になることを想定していたか? と言われるとどうだろうか。
「今冷静になって考えるとありそうだなとは思うけど、当時はそんなことは一切考えていなかったと思うなぁ。とにかく賊どもをぶっ殺して被害者を助けるという一心だったぞ」
「まぁ、そんな感じだったわね」
その時の俺を間近で見ていたトズメが俺の言葉を肯定して頷く。
「コースケは最初からそう。黒き森から出る前から、シルフィ姉しか見てなかった」
「その割には、随分と関係を持っている女性が多いようですけど」
「勘違いしてはいけない。コースケが多くの女性と関係を持っているのではない。多くの女性がコースケと関係を持っている。逆に捉えてはいけない」
「同じことではないですか」
「全然違う」
そう言いながらアイラがどこからか紙を取り出し、中心に丸を書いた。そして周りに沢山丸を書いて、中心の丸に向けて矢印を書く。
「図にするとこう。アクアウィル様が考えているのはこの反対。遠くから見ると同じに見えても、意味合いが違う」
「……なるほど?」
険しい表情で首を傾げながらもアクアウィルさんが納得したような様子を見せる。お姫様、多分騙されてますよそれ。結局俺は手を出してるからね。女好きの助兵衛という誹りは免れないよ。
「ところでゲルダさんや」
「はい、なんでしょうかコースケさん」
傍に控えているゲルダを呼ぶと、彼女は微笑みながら俺の側まで歩いてきた。
「さっきの裏切りは酷いのではないかな?」
そう言うと、ゲルダは少し考えるような素振りを見せた後、再び微笑んだ。
「コースケさんは望まれればあの子達にも手を出すんですね?」
「即答し辛いことをズバッと聞いてくるなぁ……まぁ、そうね。そうなればね」
「そうですか。それじゃあ私も良いですよね?」
その場の空気がぴしりと音を立てて凍りついたような気がした。ゲルダに顔を向けたままちらりと視線を横に向けると、全員がこちらに視線を向けていた。圧力が、圧力が凄い。
「ゲルダ、それは横紙破り」
「……そうですよね。失礼しました」
そう言ってゲルダは深く頭を下げ、しずしずと歩いて部屋から出ていった。
「……なるほど」
「何がなるほどなんですか」
「いや、うん。混乱しているんだ。許してくれ」
なるほど。なるほどなぁ……そうか。そう言えばずっと前に男同士で集まった時にそんな話をちらりと耳にした気がするな。とすると、ゲルダはその頃からずっとか。それで、その後暫く接点が無くなったんだけど、なんとか近衛として王族になった俺の傍でまた過ごせるようになった。
どうやって思いを伝えようかと考えている間に俺が獣人の娘さん達を連れてきて側仕えとして使うべく教育を受けさせ始めた上、彼女達が望めば俺はそれを受け容れるという。
ゲルダにしてみれば受け入れ難い話かもしれない。
「とりえあず、早まった真似をしないように見ておいてくれ。ゲルダの件も早急にシルフィと相談するから」
「わかりました。失礼致します、すぐに他の者をこちらに配置しますので少々お待ちを」
そう言ってレビエラが素早く部屋から退出していく。
「……貴方、何か変な術でも使って女性を虜にしていたりしませんか?」
「そんなものはない。一切無い。無実だ」
アチーブメント効果がかなり怪しいが、少なくとも能動的なものではないから。
しかしこれ、どうしたものかね。子供が産まれたその日だってのに早速これだよ。なんとか八方丸くおさまるように立ち回るしかないな、うん。こういう時に一人で突っ走ると絶対に碌なことにならないから、まずは相談だ。ドラマでも漫画でも小説でもこういうのが泥沼化する時は大体コミュニケーション不足が原因だものな。