第352話~産声~
なかなか時間通りにいかないな!( ‘ᾥ’ )
テンテンテン、テテンテンテンと軽快な音が響く。音の発生源はシュメルがその大きな手で器用に鳴らしている赤ちゃん用のおもちゃ――いわゆるでんでん太鼓だ。
「へぇ? コースケは面白いものを知ってるねェ」
「これは赤ん坊をあやすのに良さそうっすね」
「材料がちょっと普通とは言い難いけど……」
「高級」
トズメとアイラが揃ってその大きな目でシュメルが鳴らしているでんでん太鼓にジト目を向ける。太鼓に使っている木材は黒き森の木で、革はワイバーンの翼膜、そして太鼓を叩く玉の部分は磨いた翡翠である。
「ここまで素材に拘らなくても作れるから、評判が良さそうならどこかの細工工房にでも作らせるのも良いかもな。玉の部分だって別に木の玉でも良いし」
「あとでサンプルを作ってくださいねー」
「はい」
仕事を切り上げて合流したメルティが俺が作った赤ちゃん用の服を手にしたメルティがにっこりと微笑みながらそう言うので、素直に頷いておく。その横では同じく仕事を切り上げてきたシルフィがラトル――いわゆるがらがらを手にして、コロコロと音を鳴らしていた。
「コースケ、これは二種類あるが、何が違うんだ?」
「そっちのでかいのは大人が赤ちゃんをあやすのに使うやつ。ちっちゃくて丸っこいのは赤ちゃんが自分で手に持って使うおもちゃだぞ」
「なるほど。それであちこちが丸くて角がないわけか」
「それを赤ちゃんが使うのはまだ先だろうけどな」
産まれたばかりの赤ん坊がいきなり自分でがらがらを振るうことはあるまい。ちなみに、グランデとハーピィさん達は俺が作った『赤ちゃんのベッドの上でなんかくるくる回ってるやつ』を眺めてぽけーっとしている。なんだろう、アレはドラゴンやハーピィを惹き付ける何かがあるのだろうか。それはゴーレム式で魔力結晶の魔力が尽きるまで延々と回り続けるぞ。次の課題はオルゴール機能の搭載だろうか。
いや、オルゴール機能は作れるんだよ? ただ、曲がね……赤ちゃんの上で回るアレ……なんだっけ、ベビーメリーだっけ? アレにふさわしい曲ってのがわからないし、そもそも俺は音感が絶望的でな? それ故にあんまり音楽には明るくないんだ。そういうわけで、オルゴールに関しては試作品を作ってこれもまたメルティに預けることにした。音楽家とか彫金職人とかを上手く使って良いオルゴールを作って欲しい。
「……はぁ」
「そうため息を吐くな。エレンもアマーリエも頑張っている」
「ああ、そうだな」
今、赤ちゃんを産むために頑張っているのはエレンだけではない。俺がベビー用品を作り始めた頃にアマーリエさんも産気づき、すぐ近くの部屋で出産に臨んでいるのだ。二人同時の出産に城内は大わらわである。獣人メイドさん達もお手伝いのために忙しく動き回っているようだ。
「人間の出産は大変なんですね」
「私達はもう、ポンッて感じだからね」
「言い方」
何故だかベビーメリーを見上げながらハーピィさん達が気楽な会話を交わしている。そうだね、君達はそうらしいね。多分君達くらいじゃないかな、そういう感じなのは。
そうしていると、遂に赤ん坊のものと思しき泣き声が聞こえてきた。おぎゃーおぎゃーと表現されることの多い赤ん坊の泣き声だが、本当にその通りだな。
「エレオノーラ様が無事にご出産なされました」
エレンが籠もっていた部屋からメイド服姿のレビエラが出てきた。ステロタイプな悪魔系美女といった感じの彼女が聖女であるエレンの出産を手伝っていたというのはちょっと面白いな。
「無事か」
「はい、無事です。回復の奇跡に治癒魔法、それにライムさん達も居たので万に一つも危険はありませんでしたが」
「そうだとしても心配なものは心配だからな。会えるのか?」
「もう少々お待ち下さい」
報告だけしてレビエラはまた部屋へと引っ込んでいった。そうして暫くするとレビエラを含めたお手伝いの人々――アドル教の神官も含む――が退出していき、俺が中へと招き入れられる。中にはベッドで身を起こしているエレンと、その腕に抱かれている赤ん坊がおり、そしてその側にカテリーナ高司祭がついていた。
「エレン」
「やりました」
「うん、よくやった。頑張ったな」
エレンのすぐ傍に近寄り、その腕に抱かれている赤ん坊の顔を覗き込む。産まれたばかりの赤ん坊は本当に小さくて、なんとも可愛らしい。いや、なんだろう。冷静に見ると可愛らしいという顔つきでは決してないように思えるんだが、可愛くてたまらない。
「もう寝てるんだな。産まれた時はあんなに泣いてたのに」
「落ち着きのある子なのでしょう。私のように」
「そうかもな」
何にせよ母子ともに健康なら何も言うことはない。安心した。
「アマーリエも今、頑張っているのでしょう?」
「そうだ。きっとアマーリエさんも無事だ」
「そうでしょう。これだけの神官に魔法使い、ライムさん達もいて、錬金役もあるのですから」
そう言いながらエレンの真紅の瞳が自分の胸に抱いている赤ん坊へと向けられる。その姿はまるで絵画のように美しい。
「私達の子ですよ」
「ああ、そうだな。名前をどうするか決めないとな」
「女の子ですから、可愛い名前にしましょう」
赤ん坊の髪の毛は白みがかった茶色だ。もしかしたら金髪になるのかもしれない。目を閉じてすやすやと寝ているので瞳の色は見えない。
「そうだな。エレン、エレオノーラに近い語感でエリーゼとかエリザベスとかはどうだろう。男の子なら俺の名前に、女の子ならエレンの名前に近い語感の名前はどうかと思っていたんだ」
「エリーゼ、エリザベス、良いですね。愛称はエリーですか」
「そうだな。エリーゼでもエリザベスでも愛称はエリーで良いと思う。どうだ?」
「そうですね、エリーゼ、エリザベス……うん、エリーゼにしましょう」
「そうか。そうだな、そうしよ――」
そうしよう、と言いかけたところでカテリーナ高司祭と目が合った。彼女は無言だが、私には意見を聞かないのか? という無言の圧力を感じる。
「ええと、カテリーナ高司祭はどう思われますか?」
「そうですね。どちらも優雅さと可愛らしさを兼ね備えた名前だと思います。私もエリーゼという名前に賛成です」
「それは良かった」
賛成はするのか。なら今の圧力は何だったんだ一体……単に聞いて欲しかっただけだろうか。
「私はアマーリエの様子を見てきます。二人はゆっくりと語らい合ってください」
命名に関われて満足したのか、カテリーナ高司祭がスタスタと部屋から出ていく。それと入れ違いに皆が静かに入ってきた。
「おぉ……可愛いな」
「可愛いですねぇ。いいなぁ」
「エレオノーラ、おつかれ」
「ちっちゃいのう」
「産まれたばっかりだとそんなに変わらないね。翼はないけど」
シルフィ達がエリーゼを抱いているエレンのベッドを取り囲み、エリーゼの顔を覗き込んでは頬を緩めたり、羨ましげに溜息を吐いたりしている。身体の大きなシュメル達はその後ろからエレンを見下ろしている。
「はー、ほんとちっちゃいんすねぇ」
「そうだねェ。あたしらの赤ん坊はもうちょっと大きいかね」
「倍くらいはあるんじゃないかしら」
鬼人族の三人もエリーゼの顔をみてそれぞれ興味深げにしている。鬼人族の赤ん坊は倍も大きいのか。まぁ、彼女達も身体が大きいし、そんな感じでもおかしくはないか。
その後、暫くエリーゼの顔を眺めたシルフィ達は退出していき、暫くエレンと二人で眠るエリーゼの顔を見ながら静かに過ごした。会話は無かったが、幸せな気持ちは共有できている。そんな確信が持てる時間であった。