第350話~一回休み~
体調は悪くないはずだけどなんだか集中できない一日でした( ‘ᾥ’ )
レオナール卿と色々と話してから更に三日ほど過ぎた。
俺が作った開拓村の運営は順調なようで、その噂が遂に各地の領主、貴族達に伝搬し始めたらしい。いや、既にその情報の伝播はとっくに終わっていて、その情報の意味や本当にそうなのかという裏付けも終わったのだろう。最近になって俺への面会を求める貴族や領主が増えてきたようである。
「あ、あの。全部断ってしまって良いんですか?」
「良いんだ。俺がどこに行って何をするか、それを決めるのはシルフィだからな」
そう言いながら俺はビャクの尻尾を両手でもふもふする。狐の獣人であるビャクの尻尾はふわふわのもふもふだ。触っていると実に癒やされる。
「……」
その様子を山羊獣人のオリビアがじっと見ているが、スルーしておく。オリビアの尻尾も毛は結構もふもふだけど、短い上に敏感過ぎるみたいだからな。こうしてモフることはできない。何故なら絵面が完全に尻を触っているようにしか見えないからな。ビャクの狐尻尾は長いし、そこまで敏感でもないようなのでこうしてたまにモフらせてもらっている。
「それで、稽古の方はどうなんだ?」
「はい、順調だと思います。まだまだ失敗して叱られてしまうことも多いですが」
「それなら良かった」
ビャクとオリビアが身につけているのは俺がデザインしたメイド服だ。この世界にもメイドさんはいるのだが、その服装はまちまちであった。一応白いエプロンをつけているのでメイドさんということはわかるのだが、そのエプロンの下の服はてんでばらばらであったのだ。
そこで今回、俺の記憶を掘り起こして新しくメイド服をでっちあげ、獣人娘さん達にお仕着せとして配布したのである。メイド服というとどうにもサブカルチャー的な意味合いが強いようなイメージがあるのだが、本来は仕事着である。ミニスカートの上、胸元が見えるようなのは仕事着として完全にアウトだ。そういうわけで、今回俺がデザインしたのはスカート丈が長く、しっかりとした作りにしてあるものである。
これがなかなかに好評で、城内のメイドさん及び一部の近衛兵用にも欲しいというわけでかなりの数を作らされた。
まぁ、俺が作ったのは特大、大、中、小サイズの四種類だけで、人によって体格が違うのでなかなかピッタリとはいかない。しかし、メイド服に使ったのと同じ生地はいくらでも作れる。そして、見本と材料があれば模倣はそんなに難しくもないし、そもそも大本のメイド服そのものはあるのだから、寸法などを多少直したりするのはメイドさん達にとってさして難しい仕事でもないらしい。
メイド服自体も生地もクラフトテーブルに予約を入れておけば寝ている間に全部出来上がってくるので、瞬く間に城のメイドさん達の衣装が俺の知るメイド服に変わった。
そして俺が広めたメイド服を見てなのかどうかわからないが、メルティの服までメイド服に変わっていた。宰相殿、確かにメイド服を着た女の子を見ているだけで俺の心は癒やされるけど、流石に君がメイド服を来ているのは色々と問題があると思います。
「うーん、落ち着かない」
「陛下の言いつけですから」
「そりゃわかっているんだけどな」
今日は私室で獣人メイドさん達を傍に侍らせてまったりモードである。何故かと言うと、出張から帰ってきてからというもの、俺は暫く空けていたメリネスブルグでやるべきことをバンバンとこなした。毎日それなりに忙しく動き回っていたと思う。何せ色々な方面に手を伸ばしていたので、やることが多い。それにエレンやハーピィちゃん達の様子も見たいし、折角戻ってきたのだからシルフィやアイラやメルティともイチャつきたい。セラフィータさんの相手も――色々な意味で――する必要があるし、シルフィのお姉さん達であるドリアーダさん、イフリータ、アクアウィルさんのご機嫌も伺わないといけない。
結果、俺は起きてから寝るまでみっちりとスケジュールを詰めることになった。
別に俺はそれで何の問題も無かったのだが、この世界の人基準で見るとこれは働きすぎであったらしい。そんな状態が軽く二週間以上も続いているのを見たシルフィがついに俺を強制的に休ませるという決断を下した。その結果、俺はこうして何かするでもなく獣耳メイド――ではなく獣人メイドさんを侍らせてぼーっとすることになっているわけである。
「こう、何もしないでゆっくりしてろとか言われても困るんだよな。仕事が駄目となると本当に暇暇の暇なんだが」
「それなら面会を断らずにお話をされてみては……?」
「嫌だよ面倒くさい。どうせ見え見えのゴマすりとうちの娘はいかがですか? みたいな話だぞ。そうでなければ借金の申し込みとか、どこかでこっそり会いませんかとかそういうやつだ」
「借金の申込みも大概ですが、どこかでこっそりというのは……?」
「意図は色々じゃないか。聖王国の回し者で俺を誘き出して暗殺しようとしているのかもしれないし、ほいほい行ったところには娘さんとかが待っていて、うちの娘を傷物にしましたね? じゃあもらってくれますよね! とかかもしれないし、貴方の力をもってすれば王位を奪い取ることも可能でしょう! 全力で力を貸しますよ! もし成功したら私をよろしく! とかかもしれない」
「最後のは明確な反逆行為では……」
俺に尻尾を撫でられているビャクが深刻そうな顔でそう言う。うん、別にそんなに深刻な顔をする必要はないぞ。
「俺の考えうる出来事ってだけで、本当にそんな話を持ちかけられたわけじゃないから。ただ、そんな事態になったら面倒だろう? だから最初から会わないんだ。それに、俺はシルフィの下、あくまでもシルフィに属する者であるという意思表示でもある。要は、変にでしゃばりすぎて面倒なことにならないように用心してるってわけだよ。ただでさえ俺の立場は微妙だし、やることなすことが派手だからな」
膨大な物資と資金を解放軍に供給し、勝利に導いた立役者で、その上聖女を妻とし、アドル教懐古派からは聖人認定され、竜を伴侶としたことによってドラゴニス山岳王国からも下にも置かぬ扱いを受けている上、北方戦役では巨大で強力なゴーレムを使ってほぼ独力で北方二国を粉砕、逆撃して両国を事実上全面降伏させた。
更に、最近はその力を振るって短期間で数十にも及ぶ開拓村を建設。建設された開拓村は上質の畑と強固な壁に守られている上に水の心配もなく、今の所完璧な滑り出しを見せている。
「そうやって改めて聞くと物凄いですね」
「流石はコースケ様です」
「ここはありがとうと言っておくべきかな? まぁ、そういうわけで俺って派手なんだよ。でも貴族とはあまり接触してないし、メルティが手を回しているから俺がどんな人柄なのか、どんな考えを持っているのかってことはあまり広く知られていない。ビャクもオリビアも実際に俺に会って自己紹介するまで俺が何者なのかわからなかっただろうし、自己紹介しても本当にそうなのか確信が持てなかっただろ」
俺の言葉に二人とも頷く。
「だからもしかしてシルフィに不満を持ってて、本当は王様になりたいんじゃないか、それを助ければ自分が甘い汁を吸えるんじゃないかって連中が寄って来ている――らしいんだよな、メルティ曰く」
実際にどうかはわからないけど、メルティが俺に嘘を吐く理由がないし、同じ場でシルフィもそれを聞いて横で頷いていたからな。セラフィータさんとドリアーダさんからも同じような話を聞いているし、やっぱり俺はそういう意味で狙われているらしい。
実際、貴族達の間にはこの国の真の支配者はシルフィではなく俺なのだと言っている連中もいるようなんだよな。そういう連中とは本当に関わり合いになりたくないんだよ。まかり間違って王様なんぞに担ぎ上げられちゃたまらん。シルフィと不仲というわけでもないというか、むしろラブラブなのに何故連中は俺を担ぎ上げようとするのか。
「そういうわけで、貴族とは会わない。会うとしても、シルフィとメルティが認めた人にだけってことになるわけだ。だから、俺は単に面倒だからって面会を断っているわけではない。OK?」
「よくわかりまし――?」
ビャクの狐耳が突然ピンと立ち、俺の私室の扉の方へと視線を向けた。
「たいへんー」
「ひゃっ!?」
突然後ろから聞こえてきたライムの声にびっくりしたのか、オリビアが可愛い悲鳴を上げる。俺はもういつものことだから驚かないけど。
「どうした? 何か事件でも?」
「あるいみでー?」
「なるほど?」
「えれん、こどもうまれそうっていってるー」
「なるほど。うん!? 産まれる!?」
「うんー」
ライムの返事を聞きながら急いで立ち上がり、駆け出そうとして――。
「……俺が急いで行っても仕方ないやつか? これ」
ふと冷静になり、振り返って三人に問いかけた。
「ええと……そうですね。出産の場には殿方は立ち入り厳禁ですから」
「初産は時間がかかるという話ですし、落ち着いて足を運ばれたほうが良いかと」
「ぽいぞもいるー。ぽーしょんもあるー。かいふくまほうもあるー。だいじょぶー」
「Oh……」
ポーションと回復魔法はともかく、何故ポイゾがいると大丈夫なのかはわからないが、ライムが大丈夫と言う以上は大丈夫なのだろう。ライムは嘘をつかないからな。
「とにかく、焦らず急いで行くとしよう。長丁場なら清潔な布とお湯はいくらあってもいいだろうし、飲み物や食べ物だって要るはずだ」
俺の能力をフルに使えば出産を行う部屋の直ぐ側に大量のお湯を沸かすかまどなんかを即席で作れる。きっと役に立つはずだ。よし、やれることはある。行こう。