第345話~ご機嫌伺い巡り~
今日は間に合ったぞい!_(:3」∠)_
アイラとイフリータにマナトラップ関連の話を聞いたら、今度はアマーリエさんに会いに行く。
先にどうしてもシルフィや俺が連れてきた獣人娘達を優先しなければならなかったので、後回しになってしまって申し訳なく思いながら向かったのだが――。
「私などのためにこうして足を運んでいただけるだけで十分ですよ」
そう言ってテーブルを挟んだ対面に座り、朗らかに笑うアマーリエさんの笑顔が眩しい。なんだこの光のオーラは。
「アマーリエ、貴女はもう少し自分のことを――」
「いいえ、エレオノーラ様。私などはそれくらいの扱いが良いのです。私は女王陛下と宰相閣下、そしてコースケ様のお慈悲でこうしてコースケ様の御子を授かることが出来たのですから。本来であれば、女王陛下を差し置いて私がコースケ様の御子を授かることなど許されることではありません」
アマーリエさんはエレンの言葉を遮ってそう言い、首を横に振る。
ちなみに、エレンは柔らかいロングソファに座る俺の右側に陣取ってべったりである。なんだこの可愛い生き物。
「やっぱり跡継ぎとかそういう……」
「いいえ、その点は問題ありません。あくまでメリナード王家の血を持っているのはシルフィエル女王陛下ですから、コースケ様が他の女性と子を成したとしても、その子供にメリナード王国の王位継承権が発生するわけではありませんから。単にコースケ様の妻としての序列の問題ですね」
「妻としての序列」
「はい。私などはエレオノーラ様の添え物です。本来であればコースケ様の妻と名乗ることさえ烏滸がましい立場です。そんな私が女王陛下や宰相閣下に先んじてコースケ様の寵愛を授かった、というのは皆様の序列を著しく乱すことになりますので」
「……それって、許されなかったらどうなるんですかね?」
「穏便な方法ですと、妊娠が発覚した時点でコースケ様の目の届かないところに遠ざけるということになるかと」
「穏便でない方法は……想像したくないな」
いくらでも想像ができてしまうだけに怖い。この世界には毒や単純な暴力だけでなく、魔法もあればライム達のような存在も居るのだから、いくらでもやりようはあるだろう。
「こわっ……怖いな。え、そんな不安の中でアマーリエさん城に帰ってきてたの?」
「ええと……」
アマーリエさんが困ったような笑みを浮かべる。つまり、そういうことなのだろう。いつもの朗らかな笑顔の下にはそんな不安を抱えていたのだ。俺の節穴アイが恨めしい。
「お願いだから、そういうのは俺に言ってね。俺がなんとかするから」
「それはそれで問題があるので……」
「ぐぬぬ……エレン?」
「当然知っていましたよ? しかし貴方にそれを話したところでどうするというんですか? こういうことは女同士で解決するものです。殿方が首を突っ込んでも余計に話が拗れるだけですよ」
俺にずっとベッタリとくっついていたエレンがしれっとそんな事を言う。そういうものなのかもしれないけどさぁ。もう少し、こう。
「アマーリエは深刻そうに話しましたが、私はそんなに深刻な話として捉えていませんでしたし」
「そのこころは?」
「あの二人が他の女の腹に宿ったものとはいえ、貴方の子供を殺すと? 有り得ませんね。血と何よりも面子が大事な聖王国の貴族連中ならともかく、あの二人がそんなことをするとは思えません」
「……なるほど」
そう言われれば確かにそうかも知れない。シルフィやメルティが自分の面子のために俺の子供を殺すなんてことは考えられないし、考えたくない。
「無論、先を越されて面白いはずも無いでしょうが、こればかりは種族としての特性の話ですし」
「ぶっちゃけたなぁ」
エルフや単眼族などの長命種は種として子供が出来にくいのだという。
本来、メルティのような獣人族は子供の出来やすさが人間と殆ど変わらないのだが、メルティは魔神種だ。過去の例から考えると魔神種であるメルティも寿命が長命種と同等かそれ以上になっていると考えられており、子供の出来にくさも長命種と同程度になっているだろうと前にアイラが言っていた。実際、メルティにも懐妊の兆候は全く見られない。
では人間は? と言うと人間の子作り事情に関しては俺の世界の人間とあまり変わらない。やることをやっていれば子供はどんどん出来る。実はハーピィさんも人間とそう変わらないペースで子供を産めるらしい。
「それよりも、そんな生々しい話をしていないでもっと貴方は私達を愛でるべきでは? 貴方の子を孕んだ愛しい女ですよ?」
「孕んだとか生々しいことを言いながらそれ言う? っていうかもうベッタリじゃん。これ以上無く愛でてるじゃん」
「貴方には右腕だけでなく左腕があるではないですか。ほら、アマーリエもこちらに来なさい」
「え、ええと……それはその、失礼します」
エレンに促されたアマーリエさんがテーブルの対面側からゆっくりと移動し、俺の左側に座って身を寄せてきた。左右からアマーリエさんとエレンに挟まれ、その温もりを感じる。なんだこれは、天国か?
「……」
「うおう」
などと考えていると、今までエレンの後ろに立って控えていたベルタさんが無言で俺の前――というか足と足の間に座り、背中を預けてきた。そして俺の両手を取り、自分のお腹の上に導いてしっかりと自分を俺に抱きしめさせる。
「私を蔑ろにするのはよくないと思います」
「別に蔑ろに――ぬわー」
ベルタさんが俺の言葉を遮るようにぐいぐいと背中を俺に押し付けて圧迫してくる。物静かでクールなベルタさんがこうして焼き餅を妬くのはアレだな。ギャップが凄いな。
「両手だけでなく前にも花ですか。この女たらし」
「それについては抗弁のしようがねぇ」
概ね俺から手を出したわけではなく向こうから襲ってくるパターンが多いような気がするが、それでも手を出したことには変わりないしな。
☆★☆
「それで、良いだけ貴方のハーレムを楽しんできた後にここに来たわけですか? 私達は貴方の食後のデザートでは無いのですが?」
エレン達と夕食をとった後、確認してみたらセラフィータさん達がサロンで寛いでいるという話だったので訪れたのだが、入室するなりアクアウィルさんに毒を吐かれた。ぴえん。
「アクアちゃんは相変わらずコースケくんに厳しいわねぇ」
「ふふ、コースケさんが来るって聞いてさっきまであんなにそわそわしていたのに」
「お母様!」
今まで冷めた目を俺に向けて苦言を呈していらっしゃったアクアウィルさんの顔が一気に赤くなった。そわそわしていらっしゃったと? なるほど?
「なんですかその顔は。ちょっと、こっちを見るのをやめてください」
「はい」
このまま赤くなったアクアウィルさんの顔を見ていると雷が落ちそう(魔法的な意味で)だったので、視線をセラフィータさんとドリアーダさんの方に向ける。
「今回もお勤めご苦労さまでした。まだ会っていませんが、何人か女性を連れ帰ってこられたとか?」
「あー、まぁハイ。経緯を説明しますと――」
というわけでビャク達を引き取ってきた経緯を説明する。センシティブな部分は省いたが、事情は概ね理解してくれたようだ。
「そこでベリル子爵に預けずに自分でどうにかしようとする辺りは、コースケくんですねぇ」
「そうね。あまり褒められたことではないけれど」
「ダメですか」
「駄目ですね。目の前の悲劇を見過ごせないというコースケさんの志は立派なものですけれど、王族に連なる者が市井の者をそう簡単に特別扱いするのはよくありません。彼女達に訪れた悲劇は大変なものだったのでしょうが、それよりも酷い目に遭っている人はいくらでもいるでしょう。軽々に彼女達を救ったことによって、彼女達よりも酷い境遇の者、あるいは自分が彼女達よりも酷い境遇にある、と。そう思っている者達が不満を抱く恐れがあります。王家はあの人達は救ったのに、何故我々は救ってくれないのかと。不公平だと」
「それは……」
反論しようと思ったが、すぐに反論の言葉が浮かんでこなかった。俺が彼女達を救ったのはただの偶然と気まぐれだ。本来であればベリル子爵に彼女達を預けるのが筋で、彼女達を連れ帰ってきたのは、彼女達への同情心から来る俺の我侭である。
「後でメルティに感謝の言葉を伝えると良いですよ」
「はい」
メルティは何も言わなかったが、セラフィータさんの言葉から察するに恐らく彼女が俺の我侭の尻拭いをしてくれているんだろう。
「王国において王は、王族は絶対権力者です。それ故に、民に対して平等でなければなりません。そうでなければ不満を持つ人間が増えますし、何よりコースケさんの優しさにつけこんで利益を得ようという輩が現れかねませんから。そういった輩に良いように利用されるのはそれだけで害がありますし、場合によっては王家の、王国の権威を失墜させかねません」
「はい」
セラフィータさんの忠告に素直に頷く。こうして諭してくれることのなんと有り難いことか。
人間、大人と呼ばれる年齢になると、何か間違っても周りの人間はこうして諭してくれることなど無くなる。何せ大人なのだから、わざわざ叱って教えてやる必要などないのだ。必要なら自分で学ぶべきだし、それで何か損をしても大人である以上自分の責任なのだから。
「……素直ですね」
「そりゃ俺には王族としての心得なんて何も無いんだから。こうして優しく諭してくれるのは有り難いと思いこそすれ、反発なんてするわけがないだろう。大人の俺にこうして叱って諭してくれる人なんてそういないんだぞ」
「大人ですか。三十年も生きていない貴方が」
「人間基準では十分に大人なんだよ」
エルフと比べないで欲しい。年端の行かない少女にしか見えないアクアウィルさんだが、こう見えて俺より年上だからな。長命種ってのは本当にもう。