第344話~お願いします、先生~
揺れは大丈夫でしたか?
僕は平穏無事です。とにかく身の安全を第一に過ごしてください。
「待たせた、すまないな」
「……いえ、お気になさらず」
シルフィ達に帰参の挨拶を終えた後、すぐにビャク達に割り当てられた大きめの客室――使節団などを受け入れるためのスイートルームような部屋だ――へと足を運んだ。
その微妙な間と少し硬い声はアレですね、俺がシルフィ達の匂いをプンプンさせてるからですね。獣人は鼻が良いものなぁ。
「すまないな。心情的にも立場的にもシルフィ――陛下を蔑ろにすることはできないんだ」
俺がそう言って苦笑いをすると、ビャクはハッと目を見開き、こちらが申し訳なくなるほど狼狽え、ピンと立っていた狐耳をペッタリと伏せて首を横に振った。
「……! い、いえ! 私達のことなど二の次三の次で良いのです! 謝ることなどありません! こちらこそ申し訳ございません!」
そう言って頭を下げるビャクに続き、他の面々もコクコクと頷いたり、一緒に頭を下げたりしている。
「私達のことなど良いように使って頂いて、他に何もやることがなくて気が向いた時にでもあんな奴らも居たな程度に思い浮かべていただければ結構ですから」
「いや、流石に直属の部下扱いを許してもらったんだからそこまで放置はせんけども」
真顔で凄いことを言う山羊獣人オリビアに再び苦笑いがこみ上げてくる。多分彼女は本気でそう思ってるんだよな。忠誠度が高すぎてこっちが若干引く。
「まぁアレです。とにかく君達は従者としての心得が全く無い状態です。なので、先生を連れてきました」
そう言って俺が扉を開けると、扉からメイド服に身を包んだ一人の女性が入ってきた。青みがかった灰色の肌とコウモリのような黒い翼を持ち、悪魔のような鏃尻尾の生えている女性だ。頭に生えた立派な捻角の間に鎮座しているホワイトブリムが目に眩しい。
「王族を守る近衛兵のレビエラさんです」
「レビエラと申します。どうぞ、お見知りおきを」
そう言ってレビエラさんが折り目正しく獣人の女性達にお辞儀をする。それに釣られるように獣人の女性達も慌ててお辞儀を返した。
「そして君達の先輩のゲルダさんです」
「ど、どうもぉ……」
開いたままの扉からのっそりと大柄なメイドさん――なんか胸甲とかつけてるけど――のゲルダが入ってくる。茶色い丸耳が示すように、彼女も獣人だ。耳だけ見ても判別がつきづらいが、本人曰く熊の獣人であるらしい。
「彼女達が君達の教育を受け持ってくれます。はい拍手」
俺にそう言われて獣人の女性達がぱちぱちと拍手をする。それをじっと見てからレビエラさんが真紅の瞳を俺に向けてきた。エレンの瞳とはちょっと違って、なんとなく明るく、そして妖しく光る瞳である。
「コースケ様、私どもには通常業務があるのですが?」
「その通常業務に随行させて教育してあげてくれ。頼む」
「王配殿下のコースケ様にやれと言われればもちろん従いますが、そうすると近衛兵としての責務に支障をきたす可能性が高いのですが。そうすると、王族の方々にご迷惑をかけることになります」
「その分の責任は俺が持つから。あと、俺から特別ボーナスも出すから」
「他ならぬコースケ様がそうまで言われるのであれば私に否やはありません。力を尽くしてお勤めを果たさせて頂きます」
「わ、私も頑張りますねぇ」
レビエラが決然とそう言い、ゲルダもまたふにゃりとした笑みを浮かべて俺が救出してきた獣人女性の面倒を見ることを請け負ってくれた。とりあえずこれで安心か?
「彼女達は俺直属の部下という形でメリネスブルグに存在する商人組合や冒険者ギルドなどとのやり取りを代理してもらう形になる。俺の身の回りの世話や、俺が招いた客人の接客もしてもらうことになるだろう。護衛に関してはシュメル達がいるから、武術やら何やらは自分の身を守れる程度で良いから。相応しい部屋の手配と身の回り品の調達などを頼む。請求は俺に回してくれ」
「承知致しました。どこに出しても恥ずかしくない従者にしてみせましょう」
「頼んだぞ。皆も、まずは彼女から色々と教えてもらって、少しずつ仕事に慣れてくれ」
「「「はい」」」
獣人女性達が神妙な顔で頷く。とりえあず、彼女達については暫くこれで良いか。
☆★☆
「おかえり、コースケ」
「おかえり。元気そうね」
「ただいま」
獣人女性達をレビエラに任せたら、今度は研究開発部に向かってアイラに会う。ついでにイフリータも居たが、まぁよし。
「何か拾ってきたって?」
「そんなモノとか小犬か子猫みたいに……まぁ最後の最後でケチが付いてな」
「ん、話聞かせて。お茶淹れる」
研究開発部のアイラの研究室に置いてあるティーテーブルに俺とアイラとイフリータの三人で着席し、お茶を飲みながら俺が連れてきた獣人女性について話す。
「最低ね。なんで同じ人族同士でそんなことができるのかしら」
「まぁ、一方的に殺してるって意味では俺も似たようなもんだけど」
「全然違う。戦争で戦う意志のある相手を力で捻じ伏せるのと、戦う意志のない力の無い一般人を後ろから斬りつけて殺すのは全く別。その上捕らえて尊厳を踏み躙るようなのはクズの行い」
「そうね。まぁそんな経緯なら連れて帰ってくるのも仕方ないか。今、この城は男よりも女の方が多いし、少しは安心できるでしょ。貴方もいるし」
「ん、コースケは善いことをした。私が保証する」
「そっかぁ……」
アイラはいつもこうして俺を肯定してくれるな。身体は小さいけど母性と慈愛が溢れている上に刺客も返り討ちにする戦闘力。アイラさん凄すぎでは? 女神か?
「それより、アドル教の聖堂が持ってる魔力収集、強化機能についてある程度の模倣に成功したわよ」
「おお、マジか。どんな感じなんだ?」
「完全な模倣は出来ないけど、つまるところあれは多数の人間が出入りする場所に魔法金属の線を張り巡らせて、建物の中央部に収束させてるわけよ。で、中心部に魔力容量の高い魔法金属の塊――アドル教の聖堂の場合はミスリル製の光芒十字のシンボルね。それに魔法金属線を使って魔力を集積してるの」
「魔法金属線の経路には魔力活性や用途がよく解らない……多分奇跡の効果を増幅するものや、回復効果を増進する目的だと思われる回路がところどころに接続されていて、それらが相互に作用している。更に溢れた魔力をそれらの回路に供給、循環させることによって更に魔力の収集効率を増幅させている」
「わかるようなわからないような……つまり聖堂そのものが高度な魔力集積、奇跡増幅装置となっているってことで、その仕組みをある程度解明して模倣することは出来るようになったと」
「ん。でも、どうしても規模が大きくなる。正直、脈欠を探し出して開発するのとコストはそう変わらないのに、魔力効率はかなり劣る感じになりそう」
「うーん、それじゃあ今ひとつだなぁ」
マナトラップの目的は安価に大量の魔力を得て生活の向上を図ろうというものだ。それが高コスト過ぎるのでは何の意味もない。
「魔力集積機能については詰まったけど、未知の魔力回路自体の研究は有意義。回復効果を増進する回路は回復魔法での治療に革命を齎すかも知れない」
「弱い回復魔法でも回復効果が上げられるなら、より多くの怪我人を低い魔力コストで治せることに繋がるからね。病気や怪我で亡くなる人を減らせるかもしれないわ」
「それはとても有意義だな」
回復魔法にブーストをかけられるようになるなら、確かにそれはとても有用だろうな。この世界の回復魔法は大出血してるような状態でもぱっと血を止め、深い切り傷でも傷跡を残さず治せるような本物の回復魔法だ。それが強化されれば確かに人死には大きく減らすことができるだろう。
「なんとか上手い方法があればなぁ……うーん」
いっそ粉挽きの風車とかに魔法金属線を張って魔力収集とか出来ないだろうか? 難しいかなー? とにかくマナトラップ関係は色々と試してみるしかないな。二人に魔力集積機構の模倣についてもう少し話を聞いてみるとしよう。