第343話~出待ち聖女~
遅れました( ˘ω˘ )(ゔぁいきんぐのせいではありませんきっとたぶんめいびー
夏も過ぎ去り、風が涼しくなってきた。そろそろ秋である。
去年の今頃は北方二国の動きが怪しいとか言っていたんだったか? 日々が過ぎ去るのが早くて記憶が曖昧だな。まぁ、去年の暮前には北方二国との戦闘を終え、暫くは北方の基地や防衛体制の整備をしていたんだ。で、冬の間はあっちに居たわけだが……その間にまぁ、一緒に北方へと足を運んでいたエレンと仲良くした結果、あっさりと子供が出来た。
エルフや獣人、単眼族などの異種同士よりも人間同士の方が子供ができやすいらしい。
まぁその、何が言いたいのかと言うと、そろそろ子供が生まれる時期なのである。だからこそ俺はとっとと仕事を終えて戻ってきたかったわけだ。どっちにしろ出産に立ち会うことはできない――出産時は男子ご禁制らしい――ので、近くに居たからって何か出来るわけじゃないんだけども。
「もっとぎゅっとしてください」
そう言ってエレンが俺を抱きしめる腕の力を強くする。
「はいはい、少しだけな。お腹の子もいるからね」
甘えてくるエレンに俺はそう答えて彼女を抱きしめ、背中をぽんぽんと叩いてやる。
うん、帰ってきたら落ち着く間もなくこれなんだ。
エレンはどうやら俺が出張で側を離れたのをとても寂しがり、不安に思っていたらしい。まぁ、エレンにとっては初めてのことであるわけだし、不安に思うのも仕方がない。彼女とほぼ同時期に懐妊したアマーリエさんはそうでもないんだが、どうもエレンは精神が不安定――というのは言い過ぎか。とても寂しがり屋で甘えん坊になってしまった。
これはこれでとても可愛いので良いんだけどね。
「ええと……」
改造大型エアボードから降りてきた狐獣人のビャクが背後で困っている気配を感じる。うん、すまない。流石の俺も城に着いてエアボードから降りるなり待ち構えていたエレンにハグを要求されるとは思っていなかったんだ。本当にすまない。
「そちらの方々は?」
俺に抱きついたまま、エレンが紅い瞳をちらりと獣人の女性達に向ける。
「彼女達は色々あって俺が保護した。まだシルフィには話を通してないけど、俺の部下として働いて貰う予定だ」
「そうですか。貴女達はこの人を主とし、支え、助けていく覚悟がありますか?」
「はい。この身、この命はコースケ様に助けて頂いたものですから」
「他の人も同じ考えですか?」
「「「はい」」」
「そこまでか……?」
迷いの無さ過ぎる獣人娘達の言葉に流石に困惑する。いや、あのまま俺達の助けが無ければ確かに彼女達の未来はそう長くなかったとは思うけど。それだけでまるで身命を賭して仕えますみたいなのは流石に重くないだろうか?
「そこまで、ですよ。少なくとも、私はそうです」
そう言って山羊獣人のオリビアが俺の目を真正面からじっと見つめてきた。他の獣人娘達も同じく俺の顔をじっと見つめてくる。全員が真剣な目つきだ。ガチである。
「もうちょっと緩い感じで良いんだけどなぁ……」
「良いではないですか。貴方の周りにまた女が増えるのは業腹ですが、少なくとも彼女達は貴方を裏切ることはないでしょう。安心して貴方の周りに侍らせることができる人員が増えることは良いことです」
そう言いながらエレンが再び俺を抱きしめる腕の力を強くする。それはそれとして今は私のものだという強い意志を感じるな。
「ええと、悪いけどベルタさん。彼女達に適当な客室を割り当てておいてくれないか? 最終的には俺の部下とするつもりだけど、それまでは俺の保護下にある客人として扱ってもらいたい」
「わかりました。後で私もお願いしますね」
「はい」
エレンの付き添いで一緒に駐車場に来ていたベルタさんに獣人娘達のことを任せてエレンと一緒にシルフィの居るであろう執務室へと向かう。その間もエレンは俺の左腕に張り付いて離れる気配がない。本格的にくっつき虫になってしまったようだ。
「エレンは大事なかったようだけど、アマーリエさんはどうだ?」
「大事ありました。大有です。身重の私を置いて仕事に邁進する薄情者のせいで私の心はずたずたです」
「ごめんて。でも困っている人のために俺の力を使うのは『善いこと』だろう?」
「わかっています。わかっていますが、寂しかったんです。不安だったんです」
「よしよし、我慢できて偉かったな」
などとエレンをあやしながら執務室に向かっていると、擦れ違ったメイドさんや官僚職の方々が砂糖を吐き出しそうな顔をしている。うん、すまない。部屋でやれよというお叱りの言葉は甘んじて受けよう。でも俺はシルフィのもとに向かわなかればならないんだ。
顔パスで近衛兵が守っている王族区画へと入り、そのまま執務室へと向かう。近衛兵の皆さん(女性が多い)にはとても微笑ましいものを見るような視線を向けられた。はい、夫婦仲は良好です。
執務室を守っている近衛兵さんに中に入るよ、というジェスチャーをすると、俺達が執務室前の扉に入る前に執務室の扉をノックして要件を伝えてくれた。お陰でほぼノーウェイトで執務室への入室を果たす。
「ただいま」
「ああ、おかえ――おい」
「なんですか。いいじゃないですか。久々の夫婦の再会なんですから」
「私も夫婦だが? 私が正妻だが?」
「仲良くして」
俺の左腕にくっついているエレンを見たシルフィが途端に柳眉を逆立てたので、心の底から懇願しておく。嫌じゃ、嫁同士が啀み合うのは見とうない。
「む……そうだな。ここは正妻の私が広い心を持つべきだな」
「むぅ……私もやりすぎました。ごめんなさい」
「それじゃあ私が」
「おい」
「それはちょっと話が違います」
いつの間にか俺の背後に忍び寄っていたメルティが後ろから抱きつき、俺のうなじの辺りに顔を埋めて来た。くすぐったいくすぐったい、嗅ぐな舐めるなおい何してんだ。
ついに我慢できなくなったのか、シルフィも執務机を離れて俺の右腕にくっついてくる。そしてそのまま俺の右腕の付け根、というか鎖骨のあたりに頬を擦りつけ始める。マーキングか何かかな?
「わかった、わかったから落ち着こう。立ったままなのはどうかと思うんだ」
「じゃああっちのソファで」
「良いですね」
「さぁ行きましょう行きましょう」
ぐいぐいと三人がかりで執務室の隅にあるふかふかの大きなソファに引っ張っていかれる。うん、結果的に三人が仲良く俺をシェアしてくれるならよしとするよ。さぁ、かかってこい! 俺の全身全霊を持って三人を甘やかしてやる!
そういうわけで、二人が左右について一人が俺の膝の上という格好で三人とひたすらイチャついた。膝の上ポジションは十分間で交代というルールで三回ローテーションすることになった。
なお、都合二時間弱もの間獣人の女性達を放置することになったが、イチャついている間にシルフィとメルティに話を通して俺の部下として登用することを許されたのでセーフということにしていただきたい。