第336話~手の届かぬもの~
ギリギリ間に合わなかった_(:3」∠)_(いつもの
トラビス子爵領での仕事の後、俺はいくつかの領地を渡り歩くことになった。
俺は王配、つまり女王の夫、配偶者だ。常識的に考えると地位的にはこの国――新生メリナード王国のナンバーツーと言える立場である。俺にその自覚は薄いが、少なくともそういった地位や面子というものを重視する貴族連中にとってはそういうものだし、そう扱うべきものだ。
その上で俺は北方戦役を指揮し、北方二国による侵攻を阻止。逆撃まで仕掛けて北方二国を屈服させたという実績があり、それ以前にシルフィ率いる解放軍がメリナード王国を取り戻すのにも多大なる力を発揮したという逸話もある。
しかも、どこからともなく大量の食物を取り出すとか、俺が作った農地は季節に関係なく大量の恵みを実らせるとか、古傷を瞬く間に治すとか、砦を一瞬で作り出すとか、竜を従えているとか、見上げるような鉄の巨兵団を召喚するとか、穏健派のアドル教派から聖人認定されたとか、物語の英雄とかと比べてもちょっとぶっ飛び過ぎじゃないかというエピソードの枚挙に暇がない。
ちなみに全て事実である。
それでいて、俺個人の情報に関してはとても曖昧である。女王の配偶者である以上男ということはわかっているし、女王以外にも多くの女性を娶っているということも知られている。しかし俺の容貌や人となりは殆ど知られていない。何を好み、何を嫌うのかということは勿論のこと、性格も温厚なのか残忍なのかすらよくわからない。
何故なら、俺に関する噂を鵜呑みにするのならば俺は困窮した者、弱き者には手を差し伸べ、大いなる施しを与える一方で、敵対者への対処は容赦がなく、非常に苛烈である――そういった激しい二面性を持つ人物になるからである。
何度かメリネスブルグに赴き、登城した貴族も居たのだが、俺への面会は叶わなかった。
俺は貴族との関わりを可能な限り断つようにしていたし、シルフィやメルティもそのように取り計らっていたからだ。俺は貴族と関わるのは面倒だと思っていたし、シルフィやメルティは俺の存在を貴族どもに詳らかにしたくなかったわけだな。
俺の性格を考えれば、あんまり仲良くなってしまったりすると、軽い気持ちでその貴族に肩入れしそうだとも思われていたのかも知れない。実際そうだろうな。俺への面会を求めた貴族は貴族で俺と仲良くするために妙齢の子女を同行させていたそうだし。
まぁつまり何が言いたいかと言うと、だ。俺を迎え入れる貴族にとって、俺の訪問というのはとても頭が痛く、ストレスフルな行事なのである。
それはそうだろう。一つ間違えれば北方二国を蹂躙した鉄巨人がハーイして自分の領地を蹂躙するかもしれないのだ。噂によれば俺は敵対者に対して非常に容赦がない男とされている。
捕虜も取らずに数千人の聖王国兵を爆殺したり、北方二国合わせて数万の軍を銃弾の雨で挽き肉にしたり、一撃で砦を更地したりと、大変残虐な実績を多く積んでおられるわけだ。
弱者には優しいという噂も合わさり、国内の貴族の多くは俺のことを「普段は大人しくて優しいが、キレると手がつけられない狂犬みたいなやべーやつ」と認識していた。
実際、俺と会った貴族は俺のことを大変恐れているようであった。王配という地位もあるのだろうが、それにしても下にも置かない扱いというか、もはや腫れ物扱いといっても良いくらいの扱いであった。
「侮られるよりは良いか」
「畏れ敬われるのは良いことじゃろ。妾も大満足じゃ」
「面倒が無くて結構だろォ?」
「あたしは少しお貴族様の歓待ってのも気になるんすけど」
「コースケの出す食事より上等ってことはあんまりないと思うわよ」
そんな話をしながらベラの操縦するエアボードで荒野をひた走る。
まぁつまるところ、今もまた地元貴族の歓待を断ってお仕事に奔走しているというわけだ。
「これで開拓村は何個目だったかの?」
「二十七個目だったかな。西部の仕事ももう終わりだな」
場所が近いところは一日に二個くらい終わらせたりもしたが、今日で最初の任地であったトラビス子爵領を離れてもう三週間――メリネスブルグを出てからもう一ヶ月くらいか。そろそろシルフィ達やハーピィちゃん達と会いたいなぁ。
などとボーッと考えていると、グランデが急に表情を険しくして前方に顔を向けた。
「どうした?」
「血の臭いがする。出るぞ」
そう言ってグランデはエアボードのルーフドアを開けて外に飛び出していった。それと同時に上空で偵察をしていたハーピィさんからゴーレム通信機による連絡が入る。
『前方に目標発見しましたけど、様子がおかしいです!』
「見えてると思うが、グランデが現場に急行した。現場を中心に広い範囲を偵察してくれ」
『わかりました!』
会話をしているうちにベラがエアボードの速度を上げる。言うまでもなく俺の意図を汲んでくれるのは非常に助かるな。
「血の臭いとは穏やかじゃないねェ」
「考えられるのは?」
「魔物の襲撃か、盗賊の襲撃でしょうね。一応護衛は派遣してるって話だったはずだけど」
「その護衛で止められないほどの何かが襲ってきたってことっすね。でも、この辺って魔物の領域からは遠い筈っすよ?」
「となると、野盗の類かねェ」
そんな事を話しながら現場に辿り着くと、そこは戦場さながらの酷い状況だった。夜中に襲われたのか、天幕が多く建てられているのだが、そのどれもが血に汚れたり、無残に引き裂かれたり、焼け落ちたりしている。骸もあちこちに打ち捨てられたままになっており、獣に食い荒らされてしまっているようだ。
「これは酷い」
「生きているものは居らぬな。見たところ、下手人は恐らく人間じゃろ」
そう言ってグランデが指差すいくつかの骸には刀傷のようなものが見て取れた。獣に食い荒らされてしまっているが、この死体は恐らく獣人の女性だ。武装はしていないようだし、鎧の類も身につけていない。平服だな。逃げようとしたところを背中から斬られたのか、肩甲骨から背骨にかけてばっさりと断ち切られているように見える。少なくとも獣の牙によるものではあるまい。
「気に入らんな」
「そうじゃな」
とりあえず襲われた野営地に転がる遺体をインベントリに回収していく。ここの場所に派遣された開拓団の人員リストはこの領地を治める貴族が持っている筈だから、後で照合して弔ってやろう。
幸い、食い荒らされてしまって個人の判別がつかないような遺体でもインベントリに入れてしまえば名前だけはわかる。
「食い物とかめぼしいものは略奪されてるみたいだねェ。こりゃ賊の仕業で間違い無さそうだ」
「んー、もしかしたら何人か拐われてるかもしれないっすね。かなり一方的にやられてるっぽいっすから」
「相当上手く夜襲が決まってるように見えるわ。練度が高いわね。死体の状態から考えて、やられたのは一昨日の晩か、その前かしら」
鬼娘達も現場を検分して情報を出してくれる。こういう時にベテラン冒険者である三人はとても心強いな。
「賊は追跡できそうか?」
「多分ね。獲物を運ぶのに馬なり馬車なりを使ってるでしょうし、追跡はできると思うわ」
辺りを見回してからトズメがそう言って頷く。シュメルも同様に頷いているし、二人が頷くならそうなんだろう。ベラ? ベラはちょっと離れてたとこでまだ何か調査してるから今の会話は聞こえていないみたいです。はい。
「ならここを片付けたら賊狩りだな」
今から賊を追い詰めて殺したところでここで死んだ人達が生き返るわけじゃないが、これ以上の犠牲者は出さずに済むだろう。何より、俺の仕事を邪魔されたのが気に食わない。俺が助けるはずだった人々を無残に殺したのが気に食わない。賊をぶっ殺す理由なんてそれだけで十分だ。