第332話~状況把握と視察~
昨日、麻雀をしたあとにステラリスを始めて気がついたら六時になっていた……そ、それだけじゃない! 一眠りしたらもう午後三時近い時間だったんだ……!
はい生活リズムを改善しますごめんなさい_(:3」∠)_
「現在、このミューゼベルグには近郊の町や村から仕事にあぶれた亜人達が集まってきています」
「何故にWhy?」
「私が予算を割いて近隣の町や村にそうするようかけあったのです。その結果、このミューゼベルグが最初に閣下のお慈悲を賜る栄誉を得られるよう、陛下が取り計らって下さったというわけですな」
「なるほど。トラビス子爵はやり手だな」
「王都の伝手で送られてくるエルフの品や珍しい保存食のお陰でミューゼベルグは潤っておりますので。その分を民に還元しているだけでございます」
そう言ってトラビス子爵――シモンは上品な笑みを浮かべてみせた。ふん? 随分と殊勝な物言いだけど、どこまでが本心なのか本当によくわからないな。何にせよ、現時点で俺に都合の悪い部分はないか。
「立派な志だ、俺も見習うべきだな。それで、開拓村の設営場所について詳しいことを教えてもらえるか?」
「はい、ご説明致します」
トラビス子爵が応接机の上に地図らしきものを広げる。ふむ、この街を中心にした周辺図か。
「今回の開拓村設営に関しては土地の土質や水源の有無などは関係なく、位置的な利便性だけ考えれば良いと言われていたのでそのように致しましたが……本当によろしいのですか?」
「大丈夫だ、問題ない。割と均等に配置されてるんだな。水源の有無と土の質以外に何か気をつけるべきことは?」
「その二つが最たる気をつけるべきことです。今回選出したこれらの地点は乾燥した荒れ地で、植生も貧弱。動物どころか魔物すら殆ど居ない土地なのですよ」
「オミット大荒野に近い環境なのかね。大昔に大規模な魔法戦でもあったのかな……まぁ、オミット大荒野にすら農地を拓いた経験があるから、心配はいらない」
でも水散布用のスプリンクラーの魔道具はあまり数がないんだよな。無限水源内蔵型の給水塔を作って、空中水路で農地に給水する形にしようかね。スプリンクラーの魔道具をゴーレム作業台で量産しても良いんだけど、あれは維持費がかかるからな。できるだけ簡素な形で畑に水を行き渡らせることができるように工夫すべきだろう。後々、自分達の手で畑を拡張する可能性もあるから水路には拡張性も持たせたほうが良いか。
「閣下……?」
「開拓村をどのように作るかを考えているのだと思います。思索の邪魔をしないほうが良いかと」
何にせよ何人移住するのかを聞かないことには村の規模も決められんか。
「移住する開拓民の数や家族構成は把握しているか? これから何世代にもわたって定住させるなら、農地の広さや家屋を建てるための土地の確保もそれなりにしなきゃならないんだが」
「はい、こちらにまとめてあります」
トラビス子爵は移住希望者のリストをちゃんと作っていたようで、振り分ける村ごとにグループ分けもしてあった。実に有能。本人の仕事なのか、それとも彼の部下の仕事なのかはわからないが、現時点でトラビス子爵家が有能であるということには間違いはない。
「作物の輸送手段なんかはどうするんだ?」
「既に着工しています。各開拓村の開発予定地に向けて道を敷設しているところです。その作業を開拓者達が行っております」
「なるほど、自分達の使う道を自分達で作らせているわけか」
「はい。その間の生活の保証はトラビス子爵家が受け持っております」
「良いね。開拓村に行きがてら、道路敷設工事の様子も見ていくとしよう。この地図とリストの複写を貰っても良いか?」
「そのままお持ちください。こちらに複写を保管してありますので」
「手際が良いな。では早速仕事に取り掛からせてもらおう」
俺はトラビス子爵から地図と開拓者のリストを受け取り、立ち上がる。そんな俺をトラビス子爵は少し驚いたような顔で見上げてきた。
「ミュ、ミューゼベルグについて間もないのでは? 一晩くらいはお身体を休めていかれたほうが」
「我ながら貧乏くさい話だが、仕事を抱えたままゆっくりするのはどうも落ち着かない性分でな。歓待は全ての開拓村を設営した後に受けさせてもらいたいと思う」
「左様でございますか……承知致しました。その時には我が家の料理長の腕によりをかけさせた晩餐をご用意致します」
そう言ってトラビス子爵は立ち上がり、優雅に一礼した。
☆★☆
トラビス子爵家の屋敷を後にした俺は再びエアボードに乗り、ザミル女史と一緒にメリナード王国西方軍司令部へと向かっていた。
「この後は現地に?」
「その予定だ。道中で道作りの様子を確認したら現地入りして開拓拠点を作る。可能なら道作りをしている開拓民の中から相談役を一人ピックアップしていきたいな。実際に住む人の意見も取り入れたいし」
「なるほど」
そうして話をしている間に司令部に着いた。
「それじゃあ俺達は早速現地に向かうから。何か必要なものがあればリストアップしておいてくれ。俺が用意できるものならこっちにいる間に用意しちゃうから」
「良いのですか?」
「勿論だ。そういうことでよろしく」
「はい、お気をつけて」
ザミル女史と別れ、まずはミューゼベルグの南西方向に作る予定の開拓村を目指す。道作りの進捗が一番良い地点だ。
「今回はどうだい? 何かトラブルはありそうかねェ?」
「んー、どうかな。トラビス子爵が何か腹の中に抱えているって可能性は無くもないけど、その割には物事を大きく推し進めすぎている感があるな。ひとまずは安心して良さそうに思うけど」
「そうかい、まぁそりゃ僥倖、ってとこかねェ」
「私達の出番なんて無いに越したことはないものね」
「それはそれで退屈っすけどね」
「そんなに退屈だと言うなら妾が相手をしてやっても良いぞ。最近うんどーぶそくじゃからの」
「ヒェッ……」
何か俺の関知しないところで悲劇が起こりつつあるようだが、怪我をしても俺がライフポーションを出してやるから、心配はいらないぞ。ドラゴン相手に死なない程度に戦えるなら退屈をする暇もないだろうし、存分に鍛えてもらうと良い。
なんとかグランデとの『運動』にシュメルとトズメを巻き込もうとするベラの必至の抵抗を聞きながらエアボードで走ること三十分ほど。前方に人集りが見えてきた。どうやらあれが開拓村への道を作っている現場の最前線であるらしい。
遠方から凄い勢いで近づいてくる俺達のエアボードの存在に気付いていたようで、到着した時には武装した兵が警戒態勢を取っていた。
「ハローハロー、こちらは王都から来た開拓村の工事業者だ。これが女王陛下直々の任命状、これが俺の身分証明書、そしてこいつは仕事のためにトラビス子爵から預かってきた地図と開拓民リスト」
「お、おぉ……?」
エアボードから身を乗り出して次々に書類を提示してみせると、警戒態勢に入っていた兵達は毒気を抜かれたように構えていた槍を下ろした。任命状と身分証明書は中身までは見せていないが、王家の紋章ってだけでこうかはばつぐんだ!
「仕事のためにこの先の開拓予定地に向かうところなんだが、その前に実際に開拓村に住む人達と話をしたくてね。支援物資なんかも持ってきたからちょっと休憩ってことにしてもらえないかな? 何かあったら責任は俺が取るってことで」
「いや、そう言われてもな。一体君に何の権限が――」
「まぁまぁまぁまぁ……」
エアボードから降りてこの作業地点を守る兵達のまとめ役であるらしい人間の男性兵士に改めてシルフィ直筆の任命状と俺の身分証明書を見てもらう。最初は怪訝そうな表情であった隊長さんであったが、目を通すうちにその顔に脂汗が滲み始めた。
「あの、これは……」
「見ての通り正真正銘の本物だぞ。さっき言った通り、今日の分の遅れが問題になるようなら俺が責任取るから」
「はい、仰せのままに」
今日一日分の作業の遅れくらい俺が三十分も働けば十分カバーできる範囲だろう。まぁなんとでもなる。まずは集められた亜人達の様子ってのを見てみないとな。
そう考えながら俺達のことを警戒するように見つめている亜人達に向かって俺は歩みを進め始めるのであった。