第330話~メリナード王国西部へ~
マジ寒い……ここ数日生活リズムが狂いまくっている_(:3」∠)_
「ということがあったってわけ」
「メルティ姐さんが怖かったっす」
ベラが運転するエアボードの中であの暗殺未遂事件の後に行われた密偵の秘密拠点襲撃と、その後の尋問の様子などを聞きながら、俺は開拓村の建設予定地へと移動していた。
「メルティマジメルティ」
「あははァ……あの人はまァ、あんな感じだよねェ」
いつも泰然としているシュメルが苦笑いを浮かべるのは珍しい。シュメルでさえこんな反応をせざるを得ないくらいに酷い絵面だったんだろうなぁ。ちなみにグランデも同行しているが、いつも通り後部座席でクッションに埋もれて寝ている。ドラゴンはよく寝るのだ。
「旦那さんはあんま怖がらないんすね?」
「メルティとライム達の怖い面も理解してるけど、それ以上に愛情深い面も理解してるからなぁ。そういう怖い面が自分に向けられる時は何か自分がやらかした結果なんだろうし、その時は受け入れるしかないというか、抗う術が無いだろうし怖がっても仕方ないよねっていう」
「ふゥン? アンタなら抵抗できそうだけどねェ?」
「できないことはないだろうけど、するかどうかはその時にならないとわからないな」
互いに手の内をしっているから、もしメルティやライム達とそういうことになったらどちらかが一方的に相手を倒すことになるだろう。何にせよ、俺が彼女達をどうにかしようとするなら回避・反撃不能の面制圧でどうにかするしかないので、回りの被害が大きくなりすぎる。
「うーん、愛っすねぇ」
「愛、なのかしら?」
トズメが首を傾げている。そこは愛ってことにしておいてくれ。メルティやライム達をそこまで怒らせて問答無用でそういう目に遭わされるって状況は、俺の場合だとシルフィ含めたメリナード王族を謀殺でもしない限りは発生しないだろうけど。そんなことをするような状況にはならないだろうと断言できるので、俺が彼女達を怖がる理由はないのだ。
シルフィ達を殺さないと俺が死ぬって状況になったとしても、俺はそうしなければならない状況に追い込んだその何かに抗って死ぬことを選ぶからな。シルフィを殺さないと世界が滅びるって状況になったなら、シルフィと一緒に世界を滅ぼして地獄に落ちてやるさ。俺の愛はスーパーヘビー級なので。
「そろそろ着くっすよー」
「うぇーい」
今回の開拓村の開発に関しては、メリネスブルグ周辺はスルーして地方を中心に行うことになっている。メリネスブルグ周辺ろいうのは王都の周辺であるわけで、それなりの数の衛星都市が存在し、その周辺には既にいくつもの村が拓かれている。聖王国の撤退によって放棄された農地などもあり、その再整備などで雇用もある程度確保できるということで、後回しにされることになっているのだ。
また、アーリヒブルグ以南に関してもアーリヒブルグを拠点として活動していた期間中に俺が方々を走り回って大規模な食糧生産場――つまり大規模農地などを整備しており、雇用対策なども進んでいるということで後回しである。
そしてメリネスブルグ以東に関しては聖王国との国境が近いということもあって現段階で俺が少数の護衛だけを連れて活動するには若干不安があり、また雇用の確保に関してもメリナード王国軍の募兵枠が多いためにそこまで人手が余っているという状況でもない。寧ろ、聖王国に近い分敬虔なアドル教徒が多かったため、多くの住人が聖王国へと移住、というか避難していったために寧ろあちらは人手不足なくらいなのだ。なので、東側も後回し。
というわけで、俺が今回手を入れるのはメリナード王国西部、及び北部方面ということになる。
去年の暮から今年の春にかけて俺は北部で過ごしていたので北部から手を付けようかとも思ったのだが、まずは今まで殆ど関わることのなかった西部から手を付けることにした。しばらくザミル女史とも会っていなかったので、彼女の顔も見ておこうと思ったのだ。
「おー、結構立派な都市だな」
「そうっすね。アーリヒブルグと同じくらいっすかね?」
前方に見えてきた都市の名前はミューゼベルグ。メリナード王国西部の中心都市で、小国家連合やドラゴニス山岳王国との交易の要である。
☆★☆
ミューゼベルグの城門周辺は交易の要と言う割には活気が今ひとつであった。混む時間帯を外しているのもあるのかもしれないが、どうにもあまり雰囲気が良くないように感じる。
「なんだか雰囲気悪いわね」
「それにめっちゃ見られてるっすね」
「見られてるのはエアボードが珍しいからじゃないか?」
「それだけでも無さそうだけどねェ」
そんな話をしているうちに入門審査の順番が回ってきた。
「見慣れない乗り物だな」
人間の衛兵が不審げな目付きで俺達の顔をジロジロと見てくる。怪しげな乗り物に乗っている妙な集団であることは確かなので、こういう扱いを受けるのも仕方なしである。
「ドーモ、衛兵=サン。コースケです。一応この集団のリーダーだ」
「そうか。それで都に入る目的は?」
「女王の命で西方守護を務めているザミル将軍との面会をね。これ、任命状と身分証明書ね」
そう言って俺はインベントリから任命状と、俺の身分を証明する書類、それと短剣を取り出した。どれもメリナード王家の紋章が入ってる品である。これらの品を突然取り出された衛兵=サンの反応はと言うと。
「じょ、女王陛下の!? た、確かにこれは王家の紋章……それに、お、王配殿下……?」
「はい。私は王配殿下です。怪しい人物ではないよ。ちなみにザミル将軍とはマブダチだよ」
「し、失礼しましたァーッ!」
最初は俺達に不審なものを見る目を向けていた衛兵=サンが土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。うん、衛兵=サンは何も悪くない。先触れも出さずに少数の護衛だけつけて半日もかけずメリネスブルグからミューゼベルグまでぶっ飛んでくる俺達が悪いんだ。すまない、本当にすまない。
「いや、先触れも出さずに来た俺達が悪いから気にしないでくれ。場所さえ教えてもらえば勝手にザミル女史のとこまで行くから、場所だけ教えてくれるかな?」
「あ、いや、その、案内役と護衛をつけますのでどうかお待ちを」
「護衛はいらないから案内役だけつけてもらえばOK。先導してくれると助かる」
「は、はいっ!」
申し訳なくなるくらい狼狽えている衛兵=サンの指示で、馬に騎乗した四騎の衛兵が俺達の乗るエアボードの前後に着いた。彼が先導してくれるらしい。
「ありがとう。真面目で実直な仕事をこれからも続けてくれ」
「はっ! 命に代えましても!」
ビシッと気をつけをして大声でそう答える衛兵=サンに手を降り、騎兵の先導に従ってミューゼベルグのメインストリートを移動し始める。今日は朝イチでメリネスブルグを出発し、街道脇を快速でぶっ飛ばして昼前にミューゼベルグへと辿り着いた。丁度これから昼飯時だからか、ミューゼベルグ内はそれなりに人の往来が激しいようだ。
「外に比べると中は結構賑やかだな」
「城門の外が閑散としていたのは時間帯的な問題だったのかもね」
「かもねェ。ベラ、ぶつけんじゃないよ」
「わかってるっす」
ベラのエアボード運転技術は初めて乗った時と比べて格段に向上している。今更人だの建物だのにぶつけるような真似はしないだろう。その上馬に乗った衛兵が前に三騎、後ろに一騎と取り囲んで護送してくれているので、何もしないでも住人達の方が避けていってくれるのだから、より一層何かに接触する恐れは低い。
「間もなくメリナード王国西方軍司令部に到着します!」
「了解。ベラ、そういうことだから気をつけてな」
「了解っす」
エアボードは完全静止するのが一番難しいからな。何の罪もないお馬さんのケツを掘ってしまうのは可哀想なので気をつけていただきたい。実際にはケツじゃなくて後ろ足の中程になるだろうけど、寧ろ骨折の危険があるのでよりアブナイである。
俺の心配をよそにベラは完璧な停車を行い、俺達はメリナード王国西方軍司令部に到着した。俺達の先導をしていた騎馬衛兵のうち一人が馬から飛び降り、司令部正面の建物へと走っていく。全力ダッシュである。
「グランデー、着いたぞー」
「んあ……?」
それを横目で見ながらクッションの中に埋もれているグランデを発掘し、ほっぺをむにむにして起こす。グランデはドラゴンなのでねぼすけなのである。基本的に俺の護衛が必要な時以外は食うか寝るかしかしていない。仕方ないね、ドラゴンだからね。基本的にはドラゴンはニート気質なのだ。
尻尾の分見た目よりも若干重いが、それでも抱っこ出来ないほどではないので寝ぼけたままのグランデを抱っこしてエアボードを降りる。グランデも慣れたもので、両手を俺の首に回し、顎を俺の右肩に乗せて尻尾を俺の胴に巻きつけてくる。
そうしてエアボードから降りると、丁度ザミル女史が司令部の建物から姿を現したところであった。今日は流石にミスリル十文字槍の流星は肩に担いでいないようだ。
「久しぶり。色々と面倒事を片付けに来たよ」
「はい、お久しぶりです。お待ちしておりました」
ザミル女史はそう言ってギザギザの歯を剥き出しにした。うん、ザミル女史のちょっと怖い笑顔は相変わらずのようで何よりだな。