第329話~起こっていたこと~
早寝早起きって大事ですね_(:3」∠)_
Side:聖王国諜報部『福音』構成員 ブラザー・パウエル
「急げ、資料の類は全て火に焚べて灰にするのだ。其方は荷物を纏めよ、私は路銀の用意をする」
「はっ!」
兄弟達は標的の排除に失敗し、亜人どもに捕らえられた。彼らは敬虔なる者達だ。亜人共に心身を穢される前になんとしても自裁の道を選ぶだろう。だが、あの穢らわしき亜人どもはどのような悍ましい手を使うか知れたことではない。捕らえられた以上は最悪の事態を想定する必要がある。
「ブラザー・パウエル。ここまで急ぐ必要があるのですか? いかな責め苦を受けようとも、信仰篤き兄弟達がそう簡単に亜人どもに屈するとは思えないのですが」
この拠点を引き払うために荷物をまとめているブラザー・アランが納得がいかないという表情で問いかけてくる。然もあらん。我々は主神アドルに対する揺るぎなき信仰心を持っている。我々の信仰心は鋼よりも強靭だ。主神の意を達するためには命を投げ出すことすら厭わない。
だが、あの城はいけない。かつて主神の光に満たされていた城は亜人の手によって悍しき魔城と化した。あの城に足を踏み入れた兄弟姉妹は二度と城から出て来ることはなかった。そして魔城に足を踏み入れた兄弟姉妹達の隠れ家は例外なく亜人どもに襲撃されることになった。今までこの本部が無事だったのは、魔城へと潜入を試みた兄弟姉妹達がこの本部の位置を知らなかったからだ。
だが、今日奴らに捕らえられた兄弟の中にはこの本部の場所を知る者がいる。となれば、この本部も危うい。恐らく、奴らは兄弟姉妹から強引に情報を引き出す術を備えているのだ。
「いかに信仰心篤くとも、奴らは邪悪な手段を用いて兄弟姉妹の心を穢している可能性が高い。油断はでき――」
私の言葉を遮るように入り口の扉が乱暴に叩かれる音が聞こえてきた。このタイミングで招かれざる客が来たらしい。私は兄弟達に目配せをして頷き、即座に脱出をすることに決めた。まだ全ての資料を焼くことは出来ていないが、こうなれば持っていくしかあるまい。幸い、路銀は十分にある。逃亡のために必要な道具はこれで買い揃えるしかあるまい。他の支部に辿り着くことができれば支援も受けられよう。
「奴らが踏み込んでくる前に行くぞ」
「は、はい」
「神よ……」
この建物は頑丈な石造りだし、出入り口の扉は分厚い木製である上に鋼の板を間に挟んで強化してある。閂も金属製のものを二つかけているから、いかに暴虐なる力を持つ亜人どもとてそう簡単に破れるものではない。今のうちに――。
ドガァン!
爆発音のような音と共に建物が揺れた。そして外から何者かが踏み込んでくる音が聞こえる。
「馬鹿な、あの扉を一撃で破るなど……」
もはやこれまでか。しかし我々もただではやられはしない。こうなれば穢れた亜人を一人でも多く道連れにしてくれよう。
私達はすぐさまクロスボウと呼ばれている絡繰り仕掛けの弓を手に取った。矢にバジリスクの毒を塗布し、部屋の入口へと照準を向ける。このように狭い室内でも強力な矢を放つことができるこの武器は、どうやら亜人どもが作り出した武器であるようだ。自分達の作り出した武器で魂を返すなら奴らも本望であろう。
「喰らえ!」
私達のいる部屋に踏み込んできた亜人の女に向かって矢を放つ。バシュ! と小気味の良い音を立てて三本の矢が亜人の女に突き――立たなかった。あろうことか、部屋に踏み込んできた亜人の女は素手で三本の矢を払ってみせたのだ。
「化け物め……」
呟きながら印を組み、精神を集中させて奇跡を願う。魔を討ち滅ぼす光を。
「私みたいなうら若き女性に対して化け物とは随分なお言葉ですねー」
にこにこと不気味な笑みを浮かべながら女が一歩踏み出してくる。それに合わせて二名の部下が短刀を手に角の生えた亜人の女に踊りかかった。が、抵抗虚しく一瞬で左右に吹き飛ばされ、石壁に衝突して動かなくなる。
「光よ!」
「あら」
二人の稼いだ時間を使って練り上げ、構築した『光芒』の奇跡が発動し神聖なる光の槍が女の胸元へと吸い込まれるように迸った。
「えい」
しかし女はあろうことかまたもや素手でそれを払ってみせた。
「ば、馬鹿な……光芒の奇跡を素手で払うなど……」
「光芒の奇跡、ねぇ……そんな大したものじゃないと思いますけど」
亜人の女がそう言いながら悠然と歩を進めて間合いを詰めてくる。かくなる上は。
「穢らわしき亜人の手になど落ちぬ!」
私は腰元の短刀を抜き、自らの胸に突き立てようとした。が、短刀を持つ腕の手首が掴まれる。馬鹿な、まだ五歩は距離があったはずだ。
「知らないんですか? 魔神種からは逃げられないんですよ」
「ぐ、あぁっ!?」
握り潰されるのではないかという程の力で手首を締め上げられ、思わず短刀を取り落としてしまった。そうしている間に他の亜人どもが部屋へと押し入ってきた。最早これまでか。
「変に抵抗されても面倒なので、眠ってもらいますね」
亜人の女の声と同時に衝撃が走り、私の意識は消失した。
☆★☆
Side:トズメ
「やー……意味分かんないっすね。何なんすかね、あの人」
「あたしもよく知らないけど、魔神種ってのはああいうもんらしいねェ」
「私達の出る幕が全く無かったわね」
人間のことしか考えられていない作りの建物に私達が入るのは難しい。何せ私達の身長は平均的な人間の五割増しから二倍ほどもあるのだ。今回聖王国の密偵どもが潜んでいた建物はここ二十年の間に建てられた建物のようで、私達が中に入るのはかなり厳しい建物だったのだ。
「そもそもうちらが入れない建物だったから仕方ないっす」
「折角来たのに見てるだけってのもしまらない話だよねェ、まったく」
シュメル姐さんとベラは実につまらなさそうにそう言ってため息を吐いたり、肩を竦めたりしている。私としても聖王国の連中に良い感情は持ちようがないので、どうせならひと暴れしたかったのだけど。まぁ、今回は仕方ない。
「すみません、私一人でいいところを全部持っていってしまって」
念の為にこの場で待機を続けている私達にメルティ様が声をかけてくれる。
「いやァ、仕方ないさねェ。あたし達がどうにかしようとするなら、もう崩すしか無いしねェ」
「それは豪快に過ぎません?」
「いや、あの扉を一撃で蹴り破る人に言われたくないっす」
「えー、私はか弱い一般人ですよ?」
「ちょっと何言ってるかわからないっすね」
ベラじゃないけどそれは私も無理があると思う。どこの世界に鋼板入りの分厚い木の扉を蹴り破る一般人が居るというのか。竜の姿をしたグランデ様をぶん殴って屈服させたという話も本当なんだろうなぁ。怖い。
「ところで、運び出したあいつらはどうすんだィ? 奴らはそう簡単に口は割らないだろォ?」
「ライムさん達に任せるつもりですよ。私も尋問に立ち会いますけど、見学しますか?」
「良いんすか?」
「良いですよ。コースケさんの側について護衛をするなら、こういうのは知ってたほうが良いですから」
メルティ様がにっこりと笑みを浮かべる。なんだろう、とても嫌な予感がする。ベラはやったーとか言って無邪気に喜んでるけど、私はとてつもなく嫌な予感が……あぁ、シュメル姐さんも同じように感じているのか、顔を顰めてるわ。
「すらいむこわい……すらいむこわいっす……」
「……」
「ああはなりたくないよねェ……」
結論から言うと、酷かった。本当に酷かった。ベラの赤い肌から血の気が引いて今まで見たことのない色になっている。きっと私の顔色も相当酷いことになっているだろう。
彼女達にかかれば鋼の信仰心など薄紙のようなものなのだろう。最初は口汚く私達や彼女達を罵っていた彼らが、子供のように泣き叫びながら許しを請うまで四半刻もかからなかった。
それまでに彼らに行われた責め苦は……いや、思い出したくない。自分は絶対に同じ目に遭いたくはない。ただそれだけだ。
「資料も精査して早々に各地の拠点を潰して回らないといけませんね。忙しくなるなぁ」
あの拷も――尋問を見ても眉一つ動かさずにケロッとしているメルティさんはやっぱり普通ではないと思う。絶対に彼女を敵に回さないようにしようと私は心に固く誓ったのであった。