第032話~青白き月の剣~
歯医者は昨日だと言ったな?
あれは嘘だ_(:3」∠)_(本当は一昨日で、今日に予約を入れ直すことになった……今日行ってきます
襲撃の翌日、朝食をインベントリに入れっぱなしだった料理で済ませた俺とシルフィは再び防壁を訪れていた。警戒を終えたらしいエルフの精霊弓士達やクロスボウを装備した難民兵達が眠そうな顔をしながら朝食を取っている。
ダナンも夜通し警戒に当たっていたようだが、彼は全く疲れた様子を見せていなかった。体力おばけかな?
「おはようございます、姫殿下」
「ああ、おはよう。昨晩はあの後どうだった?」
「一匹も姿を現しておりません。日が昇ってすぐに斥候を出したので、追々情報が入ってくると思います」
「そうか。ダナンは夜通し指揮を執っていたのだろう? 早めに休めよ」
「そうですな、折を見て休息を取ります」
ダナンとシルフィがそんな会話をしている横で、俺は昨晩からここに設置したままだった鍛冶施設にアクセスしていた。うん、出来上がってるな。
「シルフィ」
「うん? なんだ?」
「出来たよ、特別製のやつ」
インベントリから革の鞘に収められたミスリルシミターを取り出し、シルフィに渡す。宝石が柄頭や鍔の側面にあしらわれ、精緻な彫刻も入っている宝剣のような見た目だ。
シルフィは俺からミスリルシミターを受け取り、その軽さに驚いた表情をする。うん、どういうわけかこのミスリルシミターはとても軽い。まるで羽のような軽さだ。
「コースケ、これは、まさか……?」
「まぁまぁ、抜いてみてくれよ」
俺の言葉に頷き、シルフィが鞘からミスリルシミターを抜き放つ。美しい曲線を描いている刀身は朝日を浴びて青白く輝いた。刃もまた薄く、鋭く研ぎ澄まされている。それはまるで月の光をそのまま刃にしたかのような剣だった。
「なんと見事な……姫殿下、それはもしや」
「……ミスリルだな。コースケ、この剣の銘はあるのか?」
「いや、特につけてないけど。イメージとしては青白い月の光って感じで作ったんだよな。俺の世界では月の光がそう見えることもあったから。つけるなら月光、ムーンライト……は流石にアレだな。うーん、ブルームーンは今ひとつ、青白い……そうだ、ペイルムーンでどうだろうか?」
「青白い月、ペイルムーンか……うん、良いな。今からこの剣はペイルムーンだ」
シルフィがミスリルシミター改めペイルムーンを掲げる。そうするとそれを見ていた難民達から拍手と歓声が起こった。おおう、予想外のリアクションに俺ちゃんびっくりだよ。随分反応が良いな?
「ミスリルの名剣は王家の家宝級の一品。異世界の稀人から齎されたという逸話もつけば箔も十分。メリナード王国復活の象徴になるかも、と期待されてもおかしくない」
「うおっ!?」
いつの間にか俺の隣に居たアイラにびっくりする。その手には図面らしき大きめの紙が……ああ、はい。承りました。はい、ミスリル鉱石もね。はいはい。
「コースケ、ギズマの死体を出してくれ。試し切りをしたい」
「アイアイマム」
アイラからブツを受け取ったタイミングでシルフィにそう言われたので、まだ解体していないギズマの死体を一つ取り出す。ボルトの撃ち込まれてない、昨日接近戦で仕留められたやつだ。顔面に穴が開いてるから、ザミル女史の仕留めたやつだな。
「はっ!」
シルフィがペイルムーンを振るうと、ギズマは甲殻ごと見事に切り裂かれた。え? マジ? 熱したナイフでバターを斬るみたいに、なんて表現があるけどそれ以上じゃない? これ。
シルフィは立て続けにペイルムーンを振るい、ギズマを瞬く間に解体していく。ものの一分もかからないうちにギズマはバラバラに解体されてしまった。やだ、あの剣斬れすぎ?
「素晴らしい剣だな。自分の足や腕を切らぬように気をつけなければ」
「姫殿下、不肖このレオナール、いつでも姫殿下の修練にお付き合い致しますぞ」
「姫殿下、このザミルめもお使いくださいませ」
「うむ、頼むことになるだろう」
今度は練習用の木剣を作ることになりそうだな、これは。
☆★☆
結局、この日は一日中ギズマの再襲撃を警戒することになった。つまり、俺はクロスボウボルトの量産と、運用されたクロスボウの整備をして過ごすことになったわけである。
シルフィによって解体されたギズマはしっかりと洗われて殻ごといくつもの大鍋で煮込まれ、昼飯として供された。殻ごと煮込んだギズマのスープはめちゃくちゃ美味かった。甲殻から出汁が出るんだろうか……? 普段、甲殻は加工されて様々な道具に加工されるので、このように殻ごと煮込んで出汁を取るというのは貴族や王族が食す贅沢料理の類であるらしい。
ちなみに、ギズマの殻ごと煮込みスープ作りに関してはレオナール卿が張り切って指揮を執っていた。本当に欲望に忠実なおっさんである。憎めないキャラだけど。
それで、だ。
クロスボウボルトを量産したり、クロスボウの整備をしたりして過ごしたとは言っても、基本はクラフト予約を入れてボーッとするだけになってしまう。いかにも暇だ。なので、アチーブメントやスキル、レベルの確認をしてみた。
まずレベルだが、レベルは12になっていた。おお、更に上がっている。あと、いつの間にか体力とスタミナがゲージ表示だけでなく、数値も表示されるようになっている。今の俺は体力、スタミナ共に各120であるようだ。スキルポイントも増えて6になってるな。
次は新しいアチーブメントだ。
・初めての調合――:初めてアイテムを調合する。※スキルをアンロック。
・初めての創造――:初めてアイテムを創造する。※スキルをアンロック。
初めてシリーズが増えているな。調合はわかりやすいけど、創造ってなんだ? ああ、アイテムクリエイションかな?
・初めての調合台――:初めて調合台をクラフトする。※体力とスタミナの数値化がアンロックされる。
なるほど? これでステータスが数値化されたわけだ。他には何か無いかな?
・駆け出しハンター――:モンスターを合計十匹倒す。※体力とスタミナが10ポイント上昇。
体力スタミナ120の原因がこれか。次は百匹かな?
・駆け出し武器職人――:武器を合計百個作成する。※武器作成時、品質が5%上昇。
品質5%上昇って分かりづらいな……見た目でわかるものでもないだろう。達人ならわかるのかもしれないな。ともあれ、武器を作り続ければアチーブメントが達成されて徐々に品質が上がりそうだということはわかった。
・幻想鍛冶師――:幻想金属を使ってアイテムを作成する。※幻想金属を使用したアイテムのクラフト時間が10%短縮されるようになる。
お、これはミスリル武器を作ったからだな。10%とはいえこれは大きい。
・女泣かせ――:5人以上の異性から好意を持たれる。刺されても知らないゾ☆※異性への攻撃力が5%上昇。
知らないゾ☆じゃねぇよぶっ殺すぞ。というか、身に覚えがないんですが? え? 誰?
俺の知り合いの女性ってシルフィ以外だと単眼族のアイラ、羊系獣人のメルティ、ネコ科獣人のジャギラ、ハーピィのピルナ、熊獣人のゲルダ、リザードウーマンのザミル女史、赤鬼系女子のシュメルくらいだよな。ああ、ギズマに追い詰められていたあの三人組もか。リザードウーマンのザーダと、ラミアのリアネス、栗鼠獣人のナクル……うーん、多いな! 他にも怪我の治療をした人とか? まさかエルフの長老衆ってことはないよな?
わ、わからねぇ……ダメだ、考えないことにしよう。俺はシルフィ一筋、それでいいじゃない。
・生還者――:赤き月の夜を初めて生き延びる。※スキルレベルアップがアンロックされる。
最後にこんなのを見つけた。スキルレベルアップとな? つまり、取得したスキルの効果を更に上げられるということか? これは是非試してみたいな。
次にスキルだ。
・熟練工――:クラフト時間が20%短縮される。
・解体工――:クラフトアイテムを解体する際の獲得素材料が10%増加。
・修理工――:アイテム修復時間を20%短縮、必要素材数を20%減少。
・大量生産者――:同一アイテムを十個以上作成する際、必要素材数を10%減少。
★伐採者――:植物系素材の取得量が20%増加。
★採掘者――:鉱物系素材の取得量が20%増加。
★解体人――:生体系素材の取得量が20%増加。
・創造者――:アイテムクリエイションの難易度が低下する。
創造者の効果が曖昧だが、これは取ったほうが良さそうな気がする。複雑な機構の武器とか機械とか作る時に効いてくるんじゃないかな。
★強靭な心肺機能――:スタミナの回復速度が20%上昇。
★俊足――:移動スピードが10%上昇。
・豪腕――:近接武器による攻撃力が20%上昇。
★優秀な射手――:射撃武器による攻撃力が20%上昇。
・鉄の皮膚――:被ダメージを20%減少。
・生存者――:体力が10%上昇、体力の回復速度が20%上昇。
・衛生兵――:回復アイテムの効果が20%上昇。
・爬虫類の胃袋――:空腹度の減少速度が20%減少。
・ラクダのこぶ――:乾き度の減少速度が20%減少。
新しく追加されたのは衛生兵か。回復アイテムの効果が上昇、ねぇ。大量に回復アイテムを用意すれば無用の長物ではなかろうか? 物資が乏しいなら有用なスキルだと思うけど。
さて、6ポイントのスキルポイントを何に使うか。まずは創造者だな。これは即決だ。で、あとは今後のことを考えると大量生産者は取っておいても良い気がしてきた。
この先、シルフィを手助けしていくなら色々なものを大量に作ることになるのは間違いないだろうし。というわけでこれも取得。
ミスリル武器の制作に凄い時間がかかることもわかったので、熟練工も取っておいたほうが良いな。解体工と修理工は悩ましいな……保留だ。
俺自身の生存率を上げることは損にならない。なんせ命に直結する。なので、鉄の皮膚と生存者を取ろうと思う、思うのだが、先にスキルレベルアップを試そう。何を上げるのが良いかな? まぁ採掘者だな。これから先、鉱物資源はいくらでも使うことになるだろうし。
★採掘者Ⅱ――:鉱物系素材の取得量が40%増加。
スキルポイントを2消費して採掘者のレベルを上げてみた。うん、先に試してよかったな。鉄の皮膚と生存者を先に取っていたらスキルポイントが1しか残らなくて悲しいことになるところだった。取るのは鉄の皮膚にしておこうと思う。ダメージ20%カットはでかい。
★熟練工――:クラフト時間が20%短縮される。
★大量生産者――:同一アイテムを十個以上作成する際、必要素材数を10%減少。
★伐採者――:植物系素材の取得量が20%増加。
★採掘者Ⅱ――:鉱物系素材の取得量が40%増加。
★解体人――:生体系素材の取得量が20%増加。
★創造者――:アイテムクリエイションの難易度が低下する。
★強靭な心肺機能――:スタミナの回復速度が20%上昇。
★俊足――:移動スピードが10%上昇。
★優秀な射手――:射撃武器による攻撃力が20%上昇。
★鉄の皮膚――:被ダメージを20%減少。
スキル構成はこんな感じになった。うん、我ながら無難だと思う。単独行動を前提とするなら違ったスキル構成にするところだけど、俺が直接戦闘をする必要性はあまりないからな。こんなものだと思う。自衛できる生産職って立場で良いだろう。
あと、懸念事項が一つ。
「今回の襲撃が偶発的なものだったのかどうなのか、それが問題だ」
襲撃が起こったのはちょうど七日目の夜だった。うん、とあるゾンビサバイバルゲームの設定と同じだったんだ。そのゲームでは七日ごとに赤い月が昇り、大量のゾンビが襲撃してくるという設定があった。もし、その法則が適用されるなら七日後、つまり十四日目の夜にまた大規模な襲撃が起こるかもしれない。ただの偶然だったら良いんだけどな……そうであって欲しいなぁ。
もし七日ごとに何者かの大量襲撃が起こるのだとしたら、それに対する防備を固めていく必要がある。シルフィにも相談するべきだろうか? でも、ギズマに関してはちゃんとした根拠と前兆があってのことだったしなぁ……考え過ぎな気もするんだよな。一応、今晩にでもシルフィに相談してみることにしよう。
☆★☆
「ふむ、七日ごとの襲撃か」
「思い過ごしだとは思うんだけどな。俺の能力の理不尽さから言ってあながち否定もできないんだこれが」
夕食後、蜜酒を飲み交わしながらシルフィに七日ごとの赤い月に関して相談をしてみた。シルフィはよほどペイルムーンが気に入ったようで、肌身離さず持ち歩いている。今だって蜜酒を飲むのもそこそこに、刀身を磨いたり薄く油を塗ったりとお手入れに余念がない。
「そうそうあの規模の襲撃が起こるとは思えないが、この先一週間は一応警戒しておいた方が良いかも知れないな。現状の防壁はギズマ相手ならともかく、人間を相手にするには低すぎる。ギズマ以外の魔物の中にはあれくらい簡単に飛び越えるものも少なくないし、将来のことを考えれば防壁の強化は無駄にはなるまい」
「じゃあ」
「うん、ダナンや長老衆に防壁の強化を進言することにしよう。主に働くのはコースケになるだろうが、資材の調達に関してはメリナード王国民やエルフ達にも頼れるはずだ」
「そうか、ありがとうな」
「別に感謝されるようなことではないさ。コースケの心配事を解決するために私が動くのは当たり前のことだし、それ自体は皆の利益になることだからな」
ペイルムーンのお手入れを終えたシルフィは剣を鞘に収め、柔らかく微笑む。んんー、尊い。最近はこうして自然な笑顔をよく見せてくれるようになった。俺という存在がこういう笑顔を引き出しているのかと思うとなんだか誇らしい気分になる。
「それで、明日からはまた防壁作りか?」
「そうだな。粘土を王国民の皆さんに集めてもらって、採掘に行きたいな」
「また採掘か。コースケは穴掘りが好きだな」
「鉱石はいくらあっても足りないからな」
全てのクロスボウを改良型クロスボウにするだけでも大量の鉄が要る。木材のほうがまだまだ大分余裕があるけどな。ギズマの素材も山程手に入ったし、強靭な弦に関しても問題ない。
「じゃあ、明日に向けて今日は早めに休むとするか」
「ん、そうだな。俺は寝る前にアイラに頼まれた杖を……」
と、長椅子から立ち上がろうとしたら急にシルフィに手を引かれ、唇を奪われた。甘い、蜜酒の甘さと香り、それにシルフィの匂いまでも合わさって脳みそが蕩けそうになる。
「コースケ、折角私と二人きりなのに、他の女の名前を口にするのは感心しないな?」
「うぇっ? あ、うん、ごめん」
全くそういうつもりではなかったんだが、シルフィはご機嫌斜めのようである。いや、そう装ってるだけだなこれは。目が笑っている。
「ご主人様のことを一番に考えられない奴隷には躾が必要だな? コースケ?」
「ええと、はい。そうですね?」
「ふふ、では躾けてやろう」
そう言ってシルフィは俺をお姫様抱っこして寝室に向かい始めた。え、ちょ、力強っ。というか立場が、立場が逆じゃないですか? シルフィ? シルフィさん? えちょ、あ、アーッ!!?