第328話~密偵対策~
ギリギリ間に合わなかったぜ! 明日こそは!_(:3」∠)_
「無事だという報告は受けていたが、こうして無事な姿を見ることができて一安心した」
「むぐぅ」
城に戻るとすぐにシルフィから執務室に出頭せよというお達しを頂くことになり、出頭するなりシルフィに力強く抱き締められることになった。顔が幸せだがちょっと力が強いです、ご主人様。
「私も物凄く心配していましたよ」
「おごぉ!?」
激痛の後に再び顔面が幸せに包み込まれる。メルティさんや。僕はね、ぬいぐるみとかではないのでもう少し優しく扱っていただきたい。シルフィの手から無理矢理毟り取るのはどうかと思うし、俺の首ももう少し労ってくれないと大変不味いことになると思うので。
「メルティ、些かお行儀が悪いのではないかな?」
「うふふ、迸る感情を制御できませんでした」
はい、二人ともやめてね。ここで二人が暴れたら山積みになった書類が散逸して大変なことになるからね。そうして泣く羽目になるのは二人だぞ。
「いてて……それで、俺達を襲った暗殺者の処遇はどうなってる?」
「ライム達に任せました。彼女達にかかれば自決も黙秘も無意味なので」
「報告によると奥歯に即効性の毒薬を仕込んであったそうだぞ。ポイゾが即座に無効化したそうだが」
「Oh……ちょっと非人道的な気が」
俺もライム達の能力の全貌を知るわけではないが、彼女達にかかると基本的に何でもありな感じがするんだよな。特にポイゾは毒や薬に強いから、強力な自白剤みたいなものも合成できそうだし……何より彼女達の能力は非常に拷問に向いている。苦痛を与えるのも癒やしを与えるのも快楽を与えるのも自由自在だからな。
「捕らえられた暗殺者の末路など決まっている。だからこそ、奴らは自決用の毒などを奥歯に仕込んでいるのだ。一切の容赦をするなとライム達には言ってある。殺すな、ともな」
「さようか……」
命を取らないのは証人に仕立て上げるためだろうか。いや、殺すなとは言ってるが壊すなとは言ってないんだよなぁ……シルフィは身内には優しいが、敵に対しては非常に苛烈な性質だ。捕らえられた暗殺者の未来は暗いな。
「暗殺者からの情報はライム達が絞り出すのを待つとして、聖王国への対応はどうするんだ?」
「さてな、どのような情報が絞り出せるかによるので現時点ではなんとも言えん。身元を証明するような物は持っていなかったし、ライム達が情報を絞り出したところでその証言を証拠とするのは難しいだろう。そんなものは預かり知らぬことだとシラを切られればそこまでだからな」
「寧ろこちらのでっちあげだとか言われるかもしれませんしね。ただ、どう見ても彼らは雇われた刺客という感じではないので、もしかしたら聖王国の密偵や刺客の拠点の情報などを取得できるかもしれません。それがわかれば物的証拠を押さえられる可能性があります」
「既に急襲部隊は待機している。拠点を潰すまでコースケは城から絶対に出ないようにな」
「わかった」
どうやらシルフィとメルティは完全にやる気のようだ。流石に二人が直接出撃することは無いと思うけど……いや、二人ならあり得るな。
「まさか二人が直接行く気じゃないだろうな?」
「まさか、私が行くわけにはいかないだろう。たまには暴れたいがな」
「行くのは私だけですよ」
「メルティは行くのか……念の為にキュアポイズンポーションを持っていってくれ。暗殺に使われたクロスボウの矢にはバジリスクの毒が使われていたんだ」
そう言って俺はインベントリから木箱を取り出して執務机の上に置いた。この木箱の中にはキュアポイズンポーションが二ダース――二十四本収められている。これだけあれば急襲部隊にある程度は行き渡るだろう。
「バジリスクの毒とは剣呑ですねぇ……わかりました、これは頂いていきますね」
「自決しようとした敵に使うという手もあるな。コースケ、もう一箱出してくれ」
「了解。一応ライフポーションも出しておくぞ」
更に解毒用のキュアポイズンポーションだけでなく、傷を回復するライフポーションが入っている木箱も追加で二箱出しておく。これで各二箱ずつ、キュアポイズンポーションとライフポーションが四十八本ずつということになるな。
「これだけあれば急襲部隊全員に行き渡りますね」
メルティが一抱えほどの木箱で出来た塔を見てニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべる。こんなにニコニコと可愛らしい笑みを浮かべているけど、この人は素手で分厚い鋼鉄の扉を破る人なので騙されてはいけないぞ。いや、可愛らしい面も多分にあるんだけどね、彼女には。
そうしていると、執務室の隅から水色の人影がにゅるんと現れた。
「きょてんのばしょわかったー」
「そうか、メルティ」
「はい、では行ってきますね」
「らいむもてつだうー」
メルティとライムが木箱を二つずつ持って執務室を去っていく……って、二人ともはええな! ライムはスライムらしさをもっと発揮して。銀色の金属光沢があるわけでもないのにその速さはNGだぞ。
「さて、それじゃあ俺はシルフィを手伝おうかな」
「うん? それは嬉しいが、エレン達に顔を見せに行かなくても良いのか? 随分心配していたようだぞ」
「そうなんだろうけど、今はシルフィと一緒に居たいかな。最近はエレンやハーピィさん達と過ごす時間が多かったから」
「……そうまで言うなら吝かではない。コースケにはメルティの抜けた穴を存分に埋めてもらうとしよう」
「そこまでの働きを期待されるのはちょっと荷が重いなぁ」
笑いながら執務机に座ったままのシルフィのすぐ横に立ち、執務の補佐を始める。普段シルフィの仕事に関わっていない俺がどの程度役に立てたのかは疑問だが、シルフィは終始満足げな表情をしてくれていたので、試みとしては成功だったのだと思う。
☆★☆
メルティが率いる急襲部隊による聖王国拠点への襲撃は日が落ちる頃には完了した。
複数の捕虜が新たに確保され、様々な証拠品が押収されたようだ。いくつかの資料は襲撃前に焼却されてしまったそうだが、それでも聖王国の関与を裏付ける証拠がいくつも上がったらしい。
「ふふふ……精査はこれからですが、これは国内の虫どもを一気に片付ける好機ですね」
他の都市や街、村などに存在する拠点の情報などもあったらしく、メルティはそれはもう素晴らしい笑顔であった。超こわい。
こうなるとメリナード王国は強い。何故なら各都市や大きな街の間にはゴーレム通信機による通信網が構築されている上に、通信網の外にある街や村にも迅速に移動できるエアボードが存在するからだ。
エアボードの移動速度は馬車によるそれを軽く凌駕し、騎馬の全力疾走と同等以上の速度を維持することすらできる。こういったスピード勝負の状況ではそれら二つの装備が特に威力を発揮するというわけだ。
「各地の守護に連絡をして密偵どもの拠点を急襲させましょう」
「それが良いだろうな」
そういうわけでゴーレム通信機を介してメリナード王国東方面の指揮を執っているレオナール卿、西方の指揮を執っているザミル女史、アーリヒブルグ以南の指揮を執っているダナン、そして俺が北方戦役を収めた後に北方の指揮を執っているウォーグにそれぞれ密偵の拠点襲撃の指示が出され、メリナード王国内に存在する聖王国の秘密拠点が芋蔓式に潰されることになった。
特に東方は聖王国に近いせいか密偵の拠点が多かったようである。当のレオナール卿は久々に聖王国の連中相手に暴れることができると大喜びだったようだけど。
「で、この情勢の中俺は開拓村の整備を行うことになると」
「密偵の拠点潰しはコースケさんが居なくても出来ますけど、開拓村の整備はコースケさんにしかできませんからね。あと、暗殺対策も街中よりは楽ですし」
「それはそうなんだろうけどさぁ」
確かに無人の荒野や未開の森で俺を襲うのは難しいだろうな。作業中は常時ハーピィさん達が上空で索敵警戒をすることになるし、俺の回りには鬼娘達だけでなくグランデまでもが警護をすることになる。そして夜間はゴーレムタレットが完璧な警備を行う。夜間にわざわざ忍び寄ってくるような連中はどうせ碌な連中ではないので、感知次第容赦なく射殺するように設定するわけだ。
「何かあったらすぐにゴーレム通信機で連絡しますからね」
「わかったよ」
国内に密偵掃討の嵐が吹き荒れる中、こうして俺は開拓村整備のために再びメリネスブルグを離れることになるのであった。