第324話~帰還報告と家族サービス~
Q.どうしてもう30分早く仕上げられないんですか?
A.作業効率は18時に向かうにつれて上昇していくので……_(:3」∠)_(ゆるして
「それで、アクア姉様とは仲良くなれたのか?」
「完全に和解したとは言えないけど、一歩か二歩くらいは前進したんじゃないかな」
アクアウィルさんとの天体観測を終えたその翌日。採集拠点から撤収した俺達はその日の昼頃にはメリネスブルグへと順調に帰還し、メリネスブルグの王城で解散した。俺はその足で真っ直ぐシルフィが仕事をしている執務室へと直行し、採集拠点での活動を報告していた。
「一歩か二歩、ねぇ……」
シルフィと一緒に書類の山相手に格闘していたメルティがジト目を向けてくる。
「メルティが勘ぐっているような展開は一切無かったから。取り付く島なし、って状態からなんとかコミュニケーションが取れるようになったような状態だよ。警戒心が滅茶苦茶強い猫でも相手にしている気分だった」
「アクア姉様は一度意固地になるとな……」
シルフィが苦笑いを浮かべる。そんなシルフィに俺はジト目を向けた。
「一応シルフィ達を責める気持ちはないけど、一度家族でしっかりとコミュニケーションを取りあったほうが良いんじゃないか? 率直に言うと、アクアウィルさんはイクスウィルさんのことを蔑ろにして早々に俺に靡いたように見える家族に相当反感を抱いているようだったぞ」
「アクア姉様は特に父上が大好きだったからな……そうだな、一度母様や姉様達と相談して話し合う機会を作ろうと思う」
「そうしてくれ。折角また家族で過ごせるようになったのに、俺が原因で仲違いするんじゃ悲しすぎる」
というか、別に色男ってルックスでもない俺がこんなにモテるのがおかしいんだ。この世界の結婚観というか恋愛観というかその辺があまりに特殊なんだよな。地球と比べると。未だに慣れんわ。
「コースケさんは罪な男ですねぇ」
「えー……俺が悪いの?」
「悪いというわけではないですよ。ただ、罪な男ですねぇと」
メルティがそう言ってクスクスと笑う。どういう意味だってばよ。
「ところで、資材に関しては十分に集まったのか?」
「そっちはバッチリだ。あとは現地で整地する時に手に入る資材も合わせれば暫く不自由はしないだろう。いざとなれば現地で調達しても良いし」
「それなら良かった。話は着々と進んでいる。早ければ一週間以内にも出動してもらうことになるだろう」
「了解。ああ、それと副産物でまた宝石の原石がゴロゴロ取れたんだが……」
「それはコースケが自由に使って――ああいや、あまりばら撒かれても困るが、とにかくコースケが使ってくれ。ただでさえコースケに頼り切っている状況で、これ以上コースケに頼り過ぎるのは国家の運営としてあまりに健全とは言えないからな」
シルフィが苦笑いを浮かべながら首を横に振る。メルティは何か言いたげな様子だったが、シルフィの言うことに敢えて異を唱えるつもりはないらしい。まぁ、予算なんていくらあってもいいものだものな。シルフィはこう言ってるけど、メルティに後でこっそりと話を通しておくとするか。
☆★☆
シルフィ達と話した後はエレンとアマーリエさんの様子を見てから俺が新築したハーピィさん達のマンションを訪れて子供達と戯れ――というか蹂躙され、ボロボロになった状態で研究開発部に帰り着いた。仕事よりも先に家族サービスを選んだ結果がこれだよ!
「コースケ、ボロボロだけど大丈夫?」
「無理しないで休んだほうが良いんじゃないの?」
「大丈夫、ダイジョブです」
着くなりアイラとイフリータに心配された――イフリータはどっちかと言うと呆れているようにも見えた――が、俺は強い子なので強がってみせた。まぁ、子供達に過剰なスキンシップを受けただけだからね。なんてことはない。
「聖堂の解析は進んでるか?」
「それなりに。でもまだ全体像を掴むには至っていない」
「あれは巨大な魔導装置と言っても良いわね。しかも全体が揃って初めて機能するタイプの。作っている側もどこまで理解して作っているのか怪しいわ」
「一部だけを解析してもそれだけでは無意味なのがたちが悪い。アレを解析、改変して小型化するのには時間がかかりそう」
「なるほどなぁ……」
一体聖王国の職人はそのように複雑な機能を持つ巨大施設の建築技術をどこで学んだのだろうか? どうにも聖王国ってのは得体が知れないな。
「そうそう、明日は商人組合と冒険者ギルドに顔を出そうと思っていてな」
「そう。なら私も同行するわ」
「む……私も行く」
ごく自然に俺と同行することを宣言したイフリータに対抗するようにアイラもまた同行を申し出てくる。イフリータには前回も付き合ってもらったわけだから助かるけど、アイラは……まぁ良いけど。
「ついてきてどうするのよ。まぁ良いけど」
イフリータも俺とほぼ同じ感想を抱いたようだが、アイラはそれに構わず俺にジト目を向けてきた。アイラはおめめが大きいので圧が強い。
「護衛は必要。コースケはコロッと騙されて連れ去られた実績がある」
「その件については大変ご迷惑をおかけしました、はい」
正直キュービに拉致された件に関しては何も言えないからな。実に迂闊なムーブであった。この話題を持ち出されると俺は全面降伏をせざるを得ない。
「あぁ、そう言えばそんな事があったらしいわね。確かにそう考えると護衛は要るか。あんたはあまり強そうに見えないし」
「そうだね。俺は非力なパンピーだからね」
「ダウト」
アイラに即ダウトを出されたが俺自身の戦闘能力なんて多分大したことないと思うんだよね。この世界の武芸の達人とか拳銃弾くらいは余裕で防ぐし避けるし、俺が反応する前に素早く近寄って無力化することも簡単だと思う。正直メルティやザミル女史、レオナール卿やシュメル達、あと多分シルフィにも俺は勝てないんじゃないかな。少なくとも近距離ではどうしようもない。距離が空いてればなんとでもなりそうだけど。
「しかしアイラが護衛か……いや、別に不満があるわけじゃないぞ?」
アイラにジトリとした目を向けられたので、慌てて弁明する。
「何も知らないと見た目には強そうには見えないでしょうね。ただでさえ単眼族は身体が小さくて非力に見えるし。でも、単眼族の魔道士はエルフの弓兵や精霊術士、それに鬼人族や獣人族の戦士と比べてもひけを取らない――いえ、場合によってはより恐れられる存在なのよ?」
「なるほど? まぁアイラの魔法は凄いよな」
アイラが戦う姿はほんの数回しか見たことがないが、強力な雷撃を瞬時に繰り出してギズマやアンデッドを薙ぎ払っていた。即死級の雷撃魔法を瞬時に繰り出してくるとか、よく考えてみると確かに凄いかもしれない。
「天才魔道士は常に備えを怠らない。コースケに因縁を吹っ掛けてくるチンピラも木っ端冒険者も暗殺者も私にかかればゴブリンも同然」
「暗殺者に狙われる覚えは……無いこともないなぁ」
既に俺は大々的に活動をしているので、聖王国にも俺の情報は筒抜けであろう。まともな判断力を持つ奴が聖王国にいるなら、俺を拉致するなり暗殺するなりということを考えていてもおかしくはない。
「物騒なことね。あんたは本当に身の回りに気をつけなさいよ」
「それは俺だけじゃなくイフリータにもアイラにも言えることだと思うけど」
「私は基本的に城から出ないから。場内にいる限りはライム達がいるから大丈夫よ」
「ん、安全」
「わたしたちにおまかせー?」
イフリータの言葉にアイラが頷き、どこからか湧いて出た水色のもちぷるな物体がぽよんぽよんと跳ねる。今日のライムは一抱えほどの大きさの水色葛饅頭形態であるようだ。
「実際どう? 暗殺者とか間諜っぽいのっているのか?」
「んー、さいきんはいないー?」
「最初の半年くらいは多かったけどね」
「闇から闇へとさようならなのですよ?」
「やだこわい」
ライムだけでなくベスやポイゾも湧いて出てきて王城の暗部事情を暴露し始める。どうやら城内に不法侵入した不審人物達はもれなくどこかから湧いて出てくるスライム娘達に捕殺されていたらしい。
「こんなライム達に守られている城を落とした聖王国って実は凄いんじゃないか?」
「……何も凄くないわよ」
「卑怯で下劣だっただけ。褒められるところなんてなにもない」
「なんとなく理解した。この話題はやめよう」
イフリータの目に憎しみの火が灯り、アイラの瞳が闇に澱むのを見て俺は察した。ライム達は契約によって城の外には出られない。恐らく、聖王国はライム達の手が届かない場所で非道に手を染めたんだろう。前に誰かが国民を盾に取ったとか、そういうことを言っていた気がする。
「まぁ、明日はそういう方向で動くから。あとは今回の採掘でまた色々資材が取れたから研究開発部に融通するよ」
「ん、助かる」
「……ふぅ。こんなに潤沢に魔法金属や宝石を使って研究できるなんて本当に贅沢よね」
「こーすけー、おみやげはー?」
「ああ、はいはい。お土産ね。あるよ」
今回の採集行で手に入れてきたミスリルや宝石の原石、それに魔物素材や魔核、魔物の死体そのものなどをインベントリから取り出してアイラ達に渡していく。
普段は特に気にしてないように振る舞っているけど、やっぱり聖王国に対する悪感情は根強いんだな。不倶戴天の敵、か。人間より寿命の長い種族が多いこの世界においては二十年程度の時間では恨みが薄れることはないというわけだ。そういう意味では聖王国への恨みをイフリータやアイラと共有できない俺は良い意味でも悪い意味でもやはり余所者なんだな。
「どうしたものかねぇ……」
「コースケ?」
「うん? あぁ、独り言だから」
「……?」
アイラが俺の答えに首を傾げる。こればかりは相談してどうなることでもないしな。まぁ、この問題に関しては気長に付き合っていくしかないな。賢しらに復讐は無意味だなんて言う気は起きないし。問題はどこに着地点を見出すか、か。