第323話~千里の道も一歩から~
くっそ寒いですね……カラダニキヲツケテネ!_(:3」∠)_
会話が弾むことはなかったが、俺とアクアウィルさんは静かにオミクルを観測し続けた。特に示し合わせたわけではないが、俺が天体望遠鏡を覗いている間にアクアウィルさんは自分が天体望遠鏡を覗いた時に見たもの、そして考えたことを俺が用意したノートに書き記し、アクアウィルさんが天体望遠鏡を覗いている間には俺が同じようにノートに書き記した。
俺もアクアウィルさんも天文学や天体観測の作法などを知っているわけではないので、やっていることそのものは素人考えの適当なものだ。ただ、静かながらもなんとなく心地の良い時間であるように思えた。
「痕跡、見つかりませんね」
「ね。見つかるとしたら海岸に近くて、かつ大きな川の辺りとか、湖の近くなんじゃないかと思うんだけどな」
「何故ですか?」
「俺の世界ではそう言った場所で文明が発祥してたから。人が生きるには大きな水源が要る。飲料水や農業用水などの生活用水としてね。ついでに海岸に近ければ漁業での食料確保もできる。あとは大きな川が洪水の度に肥沃な土を運んでくるからとか、そういう話もあったかな」
「なるほど、理に適っていますね」
アクアウィルさんが頷き、天体望遠鏡に取り付いて動かし始める。イフリータもそうだが、アクアウィルさんも知的好奇心が強いタイプなのかもしれない。シルフィはそれよりも体を動かすのが好きみたいだけど。ドリアーダさんはよくわからないんだよな……今度ドリアーダさんともゆっくりと話すとしよう。
「これは大きな川ではないですか?」
「どれどれ?」
椅子から腰を上げて天体望遠鏡の側へと向かう。アクアウィルさんが天体望遠鏡を覗くように促してきたので、遠慮なく天体望遠鏡を覗いてみた。今ひとつ判別しにくいが、陸地になだらかな曲線を描いている線のようなものが見える気がする。
「確かにこれは川かもしれないな。この縮尺で見えるってことは相当な大河かもしれない」
「そうですね。一体どれほどの大きさなのでしょうか?」
「うーん、オミクルまでの距離とかがわかれば計算ができるんだろうけど、残念ながら俺はそっち方面の知識に疎くてなぁ」
「案外頼りになりませんね」
「俺にだってわからないことくらいあるよ……」
サバイバル方面の知識として星空を見て方角を知るとかそういう知識はあったけど、流石にガチの天体観測や天文学の知識まではない。正直あまり興味を惹かれなかったしな……銃や保存食関連の知識は興味が湧いたからかなり詳しく調べた覚えがあるんだけどさ。
「もっとオミクルの観測に適した望遠鏡を作るべきなのかもなぁ」
「適した望遠鏡、ですか」
「そう。もっと大きく、鮮明に見えるような奴をさ。天体望遠鏡って、場合よってはもっと大掛かりな施設だったりしたんだよね、俺の世界だと」
「施設……?」
アクアウィルさんが首を傾げ、胡乱げな表情を向けてくる。恐らく想像がつかないんだろう。
「そうそう。この採集拠点くらいの大きさの施設に滅茶苦茶でかい天体望遠鏡を設置した天文台って施設があってさ。最新式の天体望遠鏡はこういうレンズを使ったものじゃなくて、目に見えない魔力波みたいなものを飛ばして、その反射とかを観測するようになってたみたいだぞ」
「なるほど……興味深い話ですね」
「この世界にもオミクルや天体の運行を研究している学者とかいるんだろうし、そういう人を招いて話を聞いたり、場合によっては後援したりするのもアリかもしれないな。俺は今色々と案件を抱えてるから動けないけど、アクアウィルさんが興味があるならアクアウィルさん自身が動いてみるのはどうかな?」
「私がですか?」
「うん。そういった人から話を聞いてアクアウィルさん自身が勉強するのも良いんじゃないかな。こういった観測機器や金銭面の支援は俺がするよ」
「……お金や物で私を懐柔できるとでも?」
ジト目を向けてくるアクアウィルさんに俺は手と首を横に振って否定する。
「俺は自分で天文学やオミクルに関する勉強をするほどの時間は無いけど、オミクルに何があるのか、それとも何もないのかということを知ることに関しては興味があるんだ。アクアウィルさんがそういったことに興味があって、そちら方面に時間を割くことができるのであれば、俺はそれをモノ、カネの面で後押しする。代わりに、その成果に関して俺にも共有してもらいたいって話だよ。つまりは協力関係を築きたいってわけだね」
「つまり、貴方自身の知的好奇心を満たすために私を利用したいと」
「それは悪意を込めすぎた解釈だと思うなぁ……まぁ間違ってはいないんだろうけどさ」
一足飛びに関係を改善できないということはわかっているけど、それにしてもアクアウィルさんは頑なに過ぎると思う。もう少し俺に優しくしてくれてもいいのよ。
「私に損がある話ではないですし、良いですよ」
「それは実に重畳。じゃあそういうことで、まずは姫にこの天体望遠鏡を献上致しましょう」
「……私は物では釣られませんよ」
「だからそういう意図は殆どないから」
「殆ど……? 全く無いわけではないのですね?」
「勿論関係改善の一助になれば良いなという下心はゼロではないけどね。でも、天文学者やオミクルの研究者に協力を要請するための強力な武器になる品でもあるし、必要なものだと思うよ。そういう人に渡す用途で使うかもしれないから、あと二組作ってメリネスブルグに帰ったら渡すよ。是非有効に使ってね」
下心がないというわけではないという俺の言葉に最大限の警戒を抱いているのか、アクアウィルさんがジト目で俺を睨んでくる。うん、そろそろその視線にも慣れてきたよ。ちょっと気持ちよくなってきたかもしれない。
「まぁ、良いでしょう。貴方は私を利用する、私も貴方を利用する。互いに得をする関係ということで納得しておきます」
「わぁい」
とりあえずは一歩前進ということで素直に喜んでおく。しかし警戒心の強い猫みたいな子だなぁ、本当に。
「今日はこれくらいにしておきましょう。私達を見守っている方々も退屈でしょうし」
「うん、わか――うん?」
見守っているとな? いや、まぁ俺とアクアウィルさんを完全な二人きりにしないのは当たり前といえば当たり前か。特に彼女は未婚の淑女であるわけだし。恐らくハーピィさんのうちの誰かと鬼娘のうちの誰か、あとはレビエラ辺りが見守っているのかな。俺には全くわからんけど。
「それじゃあ撤収ということで」
「はい、今日はありがとうございました。昨日今日とたったの二日間でしたが、貴方がどういう人なのかを少しは理解することは出来たと思います」
「それは何より。俺の方はまだまだアクアウィルさんを理解できたかどうかは自信がないけど、理解しようとする努力を怠らないようにしようと思うよ」
「そうですね。そうするべきなのでしょうね、お互いに」
そう言ってオミクルを見上げるアクアウィルさんの顔からは俺に対する敵愾心のようなものを見て取ることは出来なかった。今回の採集行でいくらかでも彼女との関係が改善できたなら幸いだ。
さぁ、資源も十分に蓄えることができたし、そろそろ忙しくなってくる頃か。あちこち飛び回るようになる前に商人組合や冒険者ギルドの進捗を一度確認しなきゃならないし、マナトラップについてもイフリータとアイラに進展がないかどうか確認しなきゃならないか。エレン達の様子も見たいし、ハーピィちゃん達とも触れ合っておきたい。やることは山積みだな。