第321話~ぎすぎすたいむ~
ちょっと夜明け頃まで宇宙人狼で殺し合ってて寝坊しました……_(:3」∠)_(ゆるして
「……不潔です」
シュメル達と一緒に風呂から上がって食堂に入ると、刺すような氷の視線で出迎えられた。うん、予想はしていたけど本当にそう言われてしまうと若干居心地が悪い。
「それはおかしいっす」
しかし、アクアウィルさんの言葉にベラが素早く異を唱えた。予想外の展開に俺は思わずベラの顔を見上げる。
「ちゃんとお風呂で身体は綺麗に洗ってきたっす。不潔なわけないっす!」
物凄いドヤ顔である。ああ、うん。そうね。確かにしっかり身体を洗ってきたから不潔ってのはおかしい話だよね。でも違う、そうじゃない。
「まァ、お姫様の言う意味で捉えたとしてもおかしな話さねェ。旦那とあたしらは女王陛下にも認められた間柄だし、一日働き詰めで疲れた夫の身体を伴侶であるあたし達が労るってェのも、伴侶の立派な務めってやつだよねェ?」
「前から気になっていたのだけれど、お姫様がコースケを目の敵にするのは間違っていると思うわ。コースケには何の罪も無いじゃない。コースケはただ受け入れただけで、熱を上げているのはセラフィータ様や貴方のお姉様の方でしょう? コースケは多くを受け入れるだけの懐の深さはあるけれど、立場や権力を強めるために自分から女に手を出していくような狡猾さは無いわよ」
「それは褒められているのだろうか……?」
確かに自分からガツガツと女性に手を出していけるような性格ではないけどもね……受け身ながらも結果的にこれだけ多くの女性に手を出しているわけだから、助平野郎のそしりを免れるのは難しいと思うんだけど。いや、考えてみれば確かに自分から手を出すというよりは外堀を埋められて美味しく頂かれている率の方が高い気はするけど。
「まぁそう責め立てるでない。そやつなりの甘え方なんじゃろうて」
敷き詰められたクッションの山に半ば埋もれながらこちらの様子を眺めていたグランデも話に参加してくる。
「私は甘えてなど――」
「そうかの? 妾も幼き頃は父上を尻尾で叩いたり、噛み付いたりしてじゃれついたものじゃ。妾にはそれと同じようにお主がコースケにじゃれついているようにしか見えんがの」
グランデにそう言われ、アクアウィルさんは黙り込んでしまった。場を沈黙が支配し、微妙な空気が流れる。これはいけない。いけませんぞ。
「よし、やめ! この話はやめ! ご飯を食べよう!」
「そ、そうですよぉ。腕によりをかけて美味しく作りましたから!」
重い空気を吹き飛ばすべく声を上げると、ゲルダがそれに追随してくれた。いいぞ、その調子だ。
「……私は食欲がありませんから、失礼します」
しかしアクアウィルさんは食堂から出ていってしまった。その後をレビエラが追っていく。出ていく際にゲルダに目配せをしていったのはどういう意味かな?
「ええっと……そのぉ、ご飯にしましょう。はい」
「うん、そうね」
恐らくあの目配せはここは任せたとかそういう意味だったのだろう。食事を作ったレビエラとゲルダ――言わばホスト側の両名がこの場から去ってしまったら食事を始められないものな。
「アー……まァその、手伝うよォ」
「ついカッとなって言っちゃったわ……ごめん」
「別に良いと思うっすけどね。嫌なら城から出てどこへなりとも行けば良いんすよ。衣食住からなにから旦那に全部用意してもらって優雅なお姫様生活をしてるのに、旦那を目の敵にし続けるとか甘えすぎっす」
「それは流石にあまりに厳しい物言いだと思うけどな……」
「旦那は甘すぎっすよ。まぁ、そこが良いんすけど」
「そっかぁ……」
褒めてくれるのは良いんだけど、まったくもって頭が痛いな。どうにかシルフィの家族であるアクアウィルさんとは和解したいんだけども。
どうしたものかと思い悩みながら取った夕食の味はよくわからなかった。
☆★☆
「さて、準備はこんなものか」
思い悩んでも良策が浮かぶようなことはなく、当たって砕けよという方策を取る他あるまいという結論が出ただけであった。まぁ、世の中にはどうあっても相容れない相手というのは存在するものなのだろうし、アクアウィルさんにとってはそれが俺なのかもしれない。だけど、俺にとってはアクアウィルさんはそうではないと思う。とりあえずその点だけでもわかってもらうために手を尽くすしかあるまい。
というわけで、俺は天体観測の準備を整えてアクアウィルさんが来るのを待っていた。見せたいものがあるから風呂に入った後にこの場所に来てほしいとゲルダ経由でアクアウィルさんに伝えてもらったのだ。ゲルダやレビエラが断りの言葉を伝えに来ないということは、おそらくは来てくれるのだろう。
準備を整えたとは言っても、俺は天体観測などをしたことはないので準備そのものは適当なものだ。テーブルを一つと椅子を二脚用意し、記録用のノートを筆記用具を用意し、天体望遠鏡を一つ設置しただけである。
それに後は蚊取り線香めいた虫除けの香を焚いたら準備は完了だ。あとは適宜温かい飲み物や軽食をインベントリから出すばかりである。
そうして暫く待っていると、足音が一つ近づいてきた。
「来てくれてありがとう」
「いえ」
地底人のアチーブメント効果で俺は夜目が効くようになっているので、アクアウィルさんの表情がはっきりと見える。少し目が赤いように見えるが、指摘はせずにスルーしておくとしよう。
「えーと、お呼び立てしたのはこれを作ったから天体観測などはどうかと思ってね」
俺がそう言うと、アクアウィルさんはチラリと天体望遠鏡に目を向けた。
「そうですか。ゲルダが失礼しました。コースケ様にそのようなことを頼むのはあまりに厚かましいからするべきでないと言ったのですが」
「ゲルダ? いや、何も言われてないけど」
一体何の話だろうか? 話しぶりからするとアクアウィルさんはゲルダに頼まれて俺が天体望遠鏡を作ったと思っているようだ。
「ゲルダがコースケ様に頼んだのでしょう? ああ、ゲルダから私がオミクルをもっとよく見えるようにする道具に興味を持っていたことを聞き出したのですか?」
「いや、ゲルダからは何も聞いてないし、聞き出したりもしてないよ。誓っても良い。昼間に仕事をしている時にたまたまアクアウィルさん達が双眼鏡で空を見ていたのに気づいて、それで天体望遠鏡を作ろうと思っただけだから。シュメル達にオミクルの話を聞いて、俺もオミクルに何が見えるのか興味も湧いたし」
「……そうですか」
心の底から納得してくれたかどうかはわからないが、とりあえずこの場でこれ以上天体望遠鏡を作った理由について問い質すつもりは失せたらしい。本当に単なる偶然なんだけどな。まぁ、気になるなら後でゲルダに聞くなり何なりするだろう。
「うん。それで何度か名前を口にしてるけど、こいつは天体望遠鏡といって、昼間に使ってもらった双眼鏡よりもうんと倍率の高い――つまり遠くのものをはっきりと見ることができる望遠鏡なんだ。これを使ってオミクルを観測してみようという催しというわけだね」
「趣旨は理解しました。しかし、二人きりでというのはどういうことでしょうか?」
こちらをじっと見つめてくるアクアウィルさんの目には警戒の色が色濃い。まぁ、次々に家族を籠絡している男に暗がりで二人きりで会いたいと言われれば警戒するのも当たり前だろう。
「単に余人の耳がない場所でサシで話したかっただけだよ。そうすれば本音もぶつけやすいだろうし」
「そうですか」
「そうなのです。まぁ、そういう本音トークをするかどうかは流れに任せるとして、まずは天体望遠鏡を使ってみよう。実のところ、オミクルに何が見えるかワクワクしてるんだ」
もしかしたらオミクルにも人が住んでいるかもしれない。この天体望遠鏡で人の住んでいる痕跡やその他の興味深いものを捉えられるかどうかはわからないが。何かしら見えるかもしれないというだけでワクワクしてくる。
そういうわけで、警戒心の強い子猫のように少し距離を取って俺をジッとみているアクアウィルさんをそのままにして俺は天体望遠鏡を空の彼方に見えるオミクルへと向けるのだった。