第031話~面白人間コンテストの会場はここですか?~
ふふ、今日も歯医者だぜ……_(:3」∠)_
「貴公の能力はなんというか……奇妙だな」
「レオナール卿、コースケが普通じゃないのは足を治療した時に思い知ったはず」
「……そうであるな」
鉄剣を二本携えたライオン顔のおっさんとアイラが言いたい放題である。ライオン顔ののおっさんの名はレオナールなんたらさん。名前が長くて覚えていない。元騎士らしく、皆からはレオナール卿と呼ばれている。近衛騎士であるダナンとは所属が違うらしい。メリナード王国にこの人ありと言われた剣の達人なのだとか。昼間に俺が足を治療した人だ。
「よくわかんねェけど、便利な能力だよなァ。魔法とは違うんだろ?」
「そうだな、コースケの能力は魔法とはちょっと違うようだ。そもそも、コースケは魔力を持っていないからな」
「魔力を持ってない、ねェ。ま、ロクに魔法が使えないアタシとしちゃ親近感が湧くねェ」
丸太そのものにしか見えない棍棒を肩に担いで獰猛な笑みを浮かべているのはシュメル。赤鬼族の女性で、大柄なダナンやゲルダよりも更にデカい。身長は軽く2.5m超えていると思う。見た目通りパワー溢れる女性だ。
「素早く行こう。ギズマどもが来ると厄介だ」
「そうですねぇ。私は折角ですから、この武器を試してみたいですけどー」
「見事な武器だな……羨ましい」
鉄の槍を手に油断なく辺りを見回していたリザードウーマンが何かを訴えるような顔をこちらに向けてくる。リザード系の人物は表情が非常にわかりにくいけど、その分目で語ってくるな。目は口ほどに物を言うとはこのことか。私にも武器を作って欲しいという強い意思を感じる。
そんな視線を俺に向けてきているのはリザードマンではなく、リザードウーマンのザミル女史。メリナード王国の槍術指南役だった女性で、槍の名手であるのだとか。
俺に同行している人々は、その全てが単独でギズマを圧倒できる武力を有する武人であるという。シルフィの実力に関しては今更説明するまでも無いと思うが、元近衛騎士であるダナンも非常に武力に優れる。ゲルダはその剛力で素手でもギズマを仕留めたことがあるらしい。すごい。
レオナール卿は『双牙のレオナール』と呼ばれるほどの二刀流の使い手、シュメルは『ミンチメーカー』という二つ名で呼ばれるほどの高位の元冒険者、ザミル女史は二つ名のようなものは特に無いようだが、ダナンの師であるという時点でその強さが知れようというものだ。ちなみに、ダナンは一度もザミル女史に勝ったことがないらしい。
俺? 俺はそんな超強い人達に守られながらシコシコとギズマの死体を回収してるよ。
「ダナンの武器も彼が作ったのだろう?」
「はい、師匠」
「我輩ももう少しまともな剣が欲しいものだ」
「それを言ったらアタシだってまともな武器が欲しいよ。結局の所ただの丸太だぜ? これ」
三人の超人的なやべーやつらの視線が俺に集まる。シルフィに視線で助けを求めたが、頷かれた。あ、はい。
「シルフィの許可が出たんで、今度作りますよ。どんな武器が良いのか考えておいてください」
「承知した」
「うむ」
「やりぃ♪」
三人とも満足そうである。まぁいいけどね、俺自身の戦闘能力なんて高が知れてるし。強そうな人達に恩を売っておけばいざという時に俺を守ってくれるだろう。人は城、人は石垣、人は堀、って武田信玄も言ってたらしいしな。
『GIEEEEEEEEEEEE!』
「む、客のようであるな」
暗い森の向こうからギズマ達の咆哮が聞こえてくる。おっと、まさかのWAVE2ですか?
「やばいな。逃げるか」
「なに、心配は要らぬよ。ここでならそうそう囲まれることも、突進を受けることもない」
いつの間にか二本の剣を抜いていたレオナール卿がのんびりとした口調でそんなことを言う。
「レオナール卿は楽観的に過ぎる」
「つっても、まぁレオナールのおっさんの言う通りだろ? こんな場所じゃアイツラも触角しか使えないだろうし」
「おっさんとは不敬な物言いであるな」
「今の状態で貴族も何もあるかよ」
「そう言われればそれもそうであるな」
今にもギズマが現れそうなのに、この余裕である。なんだろう、この謎の安心感は。
「コースケは気にせずギズマの回収を進めろ」
「アイアイマム」
森から現れたギズマ達と俺の護衛に残ったシルフィを除く他の面々が戦闘に入るのを横目で見ながらギズマを次々に回収していく。
「はぁっ!」
ダナンのこうげき! ギズマはバルディッシュで頭を唐竹割りにされた!
「ええい!」
ゲルダのこうげき! ギズマの頭部はロングメイスで粉砕された!
ギズマのこうげき! 素早い触角がレオナール卿に襲いかかる!
「ふむ」
レオナール卿はギズマの触角を一瞬で斬り払った! レオナール卿のはんげき! ギズマは首をはねられた!
「ふっ!」
ザミル女史のこうげき! クリティカルヒット! ギズマは顔面に槍を突き立てられて絶命した!
「おらよォ!」
シュメルのこうげき! ギズマはミンチになった。え? ナンデ!? ミンチナンデ!?
「シュメルよ、それではギズマの死体が回収できないのである」
「悪ぃ、力加減を間違っちまった」
レオナール卿に苦言を呈されてシュメルが丸太棍棒を持ち上げながらポリポリと頭を掻く。
「迸れ、雷霆。ライトニング」
眩い光が辺りを照らし、凄まじい轟音が鳴り響く。何事かと思ったら、アイラが杖の先から雷を飛ばして複数のギズマを蹴散らしていた。
「魔法すげー! なぁシルフィ! 魔法だぞ! すげぇな魔法!」
「初めて魔法を見た子供じゃあるまいし……ってそうか、コースケはまともに魔法を見るの初めてか」
「そうだよ! 俺が見たことのある魔法はあれだ、シルフィの傷を癒やすやつくらいだぞ」
「そうだったな。アイラの破壊魔法は正に宮廷魔道士レベルだ。なかなか見られるものではないぞ」
シルフィに褒められ、アイラは少し得意そうな顔で小さくピースをしていた。
「あのさ、みんな俺のことを面白人間みたいに言うけど、この面子の方がよほど面白人間達じゃね?」
少なくとも俺は軽トラサイズの虫を一撃で叩き切ったり、叩き潰したり、刺殺したり、ミンチにしたり、感電死させたりは出来ないよ、生身では。
「技を鍛え、魔力の扱いに精通すればこれくらいは誰だってできる」
「えぇ~? ほんとにござるかぁ~?」
だとしたら、俺よりもこの世界の人間のほうが遥かにヤバイ奴らだと思うけど。俺なんてクラフト能力とコマンドアクションがなかったら非力なただの人間だぞ。
「それはお互いの常識の違いというやつだろうな」
そういうものかね。どうにも納得し難いが、彼等は彼等の常識の中で説明のつく術理の元で力を振るっている。俺の使う能力は俺の常識でも彼等の常識でもあらゆる術理に則していない、そういうところが俺が奇異の目で見られる理由なんだろうか。
「考え事をしている暇があったらとっとと作業を進めろ」
「アイアイマム」
たしかに今考え込むようなことでもないな。そういうわけで、俺はギズマを簡単に蹴散らす人々に守られながらキルゾーンを隅から隅まで移動し、ギズマの死体を回収して回った。その数、なんと二百十六匹。ええと、一日二匹で難民全員がギズマの肉にありつけるわけだから、一〇八日分のギズマ肉が手に入ったということになる。
「メルティが喜びそうだ」
「メルティだけじゃなく難民達も喜ぶさ。ギズマの肉があるかないか、それだけで食生活が随分と変わるからな」
「そうですよぉ、お肉があるだけでスープの味だってだいぶ変わりますし」
「ギズマの肉は良い出汁が出るのであるな」
ゲルダとレオナール卿も俺達の会話に乗ってくる。二人は割と美食家なのかもしれない。
「コースケ殿のお蔭で私も狩りに出られるようになるのであるな。今までタダ飯を食っていた分、皆に恩を返せるのである」
「レオナールのおっさんは自分が美味いものを食いたいだけだろ」
「無論、食事は美味いに越したことはないのであるな……しかし、やはり聖王国の数打ち剣はなまくらであるな。もう刃が潰れてきたのである」
「剣聖、剣を選ばずと言いますが……それにしても限度がある。この槍も酷いものです」
「魔力を通し過ぎると剣自体が砕け散りそうであるな」
チラッ、とレオナール卿とザミル女史がこちらに視線を送ってくる。わかった、わかったって。
「アタシのはデカくて頑丈ならなんでもいいぜ」
どう考えてもこいつら、里の中に戻り次第武器を作らせる気満々である。シルフィ助けて!
「すぐに作れるだろう? 今回の護衛の報酬代わりに作ってやればいい。私ももう少しリーチのある武器が欲しいな」
「はい」
シルフィもあっち側だった。なんということだ。
「私も」
「うん?」
アイラに服の裾を引かれて首を傾げる。アイラは武器なんて使わないんじゃ?
「私もアレを使った杖が欲しい」
「アレ? ああ、アレか……いや、今の設備で使えるかどうかわからないし、魔法の杖って何か特別な加工とか、装飾とか要るんじゃないのか?」
「ん、確かにそう。今度図面を引いてくる」
「お、お手柔らかに頼むぞ。あまり精緻なのはダメかもしれないし」
あまり気合の入ったデザインを求められても、そこまでの精度を出せるのかどうかがわからないんだよな。でもまぁ、ボルトやナットが作れるんだから高精度のデザインを反映させられる可能性は充分ある、よな? そうだと信じておこう、うん。
☆★☆
門の大扉から里の中に戻った俺達は歓声で迎えられた。そして防衛に参加していない人々や子供達にもみくちゃにされる。うおお、やめろ! 誰だ俺の尻を触ったやつは!
「ははは、大人気だな」
もみくちゃにされていないシルフィは愉快そうに笑っている。笑ってないでたすけて!
「さぁさぁ、コースケをもみくちゃにするのはそれくらいにするのである。まだまだやることがあるのでな」
レオナール卿が手を叩いて俺を囲んでいた人々から救い出してくれる。俺の中でレオナール卿の株がストップ高だ。
「それで、早速剣を作ってもらいたいのであるが」
株価が大暴落だよ。このおっさん、結構欲望に忠実だな。
「私の槍も頼む」
「アタシの得物は最後でいいぜ」
やべーやつらに囲まれた。逃げようがないじゃないか! まぁ、別にもったいぶるものでもないけどさ。
「どういう武器が良いのかもう少し具体的に頼む。例えば剣と一口に言っても軽くて鋭いのが良いのか、重くて頑丈なのが良いのか、切れ味を重視するのか打撃力を重視するのか貫通力を重視するのか、直剣がいいのか曲刀が良いのか、片刃が良いのか諸刃が良いのか、片手剣がいいのが両手剣が良いのか、長いのが良いのか短いのが良いのか、って色々あるだろ」
「ほう、思ったよりもわかっているのであるな。私は斬撃と打撃に優れる幅広の剣が好みであるな。どちらかと言えば片刃のほうが好みである」
「私は刺突に優れる槍が良い。ただ、刀身は少し長めに、斬ることも出来るようになっていると助かる」
「アタシはなんでもいいけど、刃筋を立てるのが苦手なんでね。できれば打撃武器が良いねェ」
「了解」
三人の意見を聞き、鍛冶施設のクラフトメニューを開いて適合しそうなものがあるかどうか探してみる。うん、無いね。まずは既にインベントリに入っている鋼の槍を取り出し、ザミル女史に見せてみる。
「これが標準品の鋼の槍なんだけど、もう少し刀身が長いほうが良いかな?」
「ふむ、なかなか良い槍だが……君の言う通り、この倍くらいは長い刀身が良いな」
「……耐久性を考えると、刀身の幅も広くなって重くなると思うけど」
「構わない。これでは軽すぎるくらいだ」
「了解」
それはもはや柄が異様に長いショートソードの類では? 俺はそう訝しんだが本人がそう言うなら注文通りに作ってみるとしよう。うーん、そんな槍を漫画か何かで見たような……ああ、あれだ。少年と妖怪が協力して強大な大妖怪と戦う漫画に出てくるアレ。妖怪絶対殺すやべー槍。あのイメージで作ればいいか。
レオナール卿の剣に関してはファルシオンでいいんじゃないかな。幅広で頑丈で重さもあって切れ味も良い。ちょっと蛮刀っぽいけど、要望通りのものだし大丈夫だろう。
シュメルの武器はもう決まっている。赤鬼の武器と言ったら金棒だろう。正確には金砕棒。総金属製でボコボコと突起が沢山ついたアレだ。
具体的なイメージをすることによってクラフトメニューにビーストスピアとファルシオン、金砕棒が追加された。っておいビーストスピアさん直球すぎィ! これ大丈夫? 怒られない?
まぁこの世界で怒られることも無いか。著作権もクソもないもんな! そういうわけで、クラフトメニューに追加された項目を選択し、作成していく。金砕棒の必要コストに関しては見ないようにしておく。ははは、また鉄を掘りに行かないとなぁ。
「出来たぞ」
ファルシオンを二振り、ビーストスピアを一本、金砕棒を一本作り出して取り出し、それぞれ渡――重っ!? 金砕棒重っ!? 持てねぇよこんなもん!
「ほう、少々野卑な雰囲気の剣であるが、実用的であるな」
「素晴らしい」
「ははは! こりゃ良い!」
三人とも満足げに新しい得物を手にして笑顔を浮かべている。いや、シュメルよ。そのクソ重い金砕棒を何故そんなに軽々と片手で振り回せるんだ。下手すると30kg以上あるよね、それ。ああ、でもさっきまでもっとでかい丸太を振り回してたんだよな……それくらい余裕か。
「まだ来るのかね、ギズマは」
「さて、どうかな。既に小康状態のようだが、先程のようにまたゾロゾロと来るかもしれんな」
「じゃあ、俺はボルトを作っておいた方が良いな」
「そうだな、そうしろ。それが一番コースケの活躍できる方法だろう」
回収部隊は解散となり、シルフィと俺以外は再び防壁へと向かっていった。俺とシルフィは作業場に留まってボルトの量産である。まぁ、シルフィはただ俺の傍についていてくれてるだけなんだけども。
鍛冶施設に鏃の量産を予約する一方で、俺はインベントリ内のギズマの死体をどんどん解体していく。そうすると、ギズマに撃ち込まれたボルトも回収できるのだ。中には鏃が潰れてたりするものもあるようなので、鍛冶施設を使って修復も進めていく。シルフィはそんな俺の様子を特に何を言うでもなく眺めていた。どんなことを考えているのかね? 女心は複雑だからなぁ。
「シルフィ」
「うん?」
「シルフィの武器は、どんなのが良いんだ?」
「そうだな……コースケの作ってくれる武器ならなんでも良いが」
「せめて武器の種類くらいは決めてくれよ」
シルフィの答えに俺は苦笑いを返す。それもそうか、とシルフィも笑った。
「そうだな、やはり刃物が良いな。剣が良い」
「剣か」
「ああ、私に似合う、良いものを作ってくれ。そうだ、この前話してくれたシミターはどうだ?」
「シミターか」
確かに、俺自身がシルフィに勧めた武器だしな。シルフィみたいな美人さんには優美な装飾の施されたシミターが似合う。シミターというよりもシャムシールと言ったほうが伝わりやすいだろうか?
まぁ、名前なんて些細なことか。ただ、普通に鉄や鋼で作っても、斬撃力に特化している細身のシミターではギズマや鎧を纏った兵には効きづらいだろうな。いっそミスリルで作ってみるか? アイラもミスリルで杖を俺に作らせようとしているし、試しにやってみるのも良いかも知れない。
「ちょっとやってみようか」
ミスリルでシミターを作る。宝石で装飾もしたいな。鋭く、強く、折れず、曲がらず、ミスリルの特性を最大限に活かした名剣にしたい。シルフィのイメージに合うような、青白い月の光のような刀身が良いな。
・ミスリルシミター――素材:ミスリル鉱石×4 宝石類×5 銀鉱石×2 鉄×2 鋼の板バネ×2 革×1
おお、やってみるもんだな。メニューに表示されたよ、ミスリルシミター。それじゃクラフト予約っと。
「クラフト時間長っ!?」
「どうした?」
「いや、ちょっとシルフィ用の特別な武器を作ろうとしたら、作成にかかる時間が滅茶苦茶長くてな」
「ほう? どれくらいだ?」
「四時間」
「それは……長いな」
今まででダントツにクラフト時間が長い。ちなみに二番目に長かったのはシュメルのために作った金砕棒で、二分半だった。
「一体どんな特別製にしたんだ」
「それは出来てのお楽しみだな」
これ、普通にミスリル製の刀剣を作ろうとしたら数ヶ月、下手すると年単位で時間がかかるんじゃないのか? そりゃミスリル製の刀剣は高いわ。一流の職人を長期間拘束することになるなら、高くなるのも当たり前だな。
この後、散発的に襲撃してくるギズマの死体を回収したりしながら夜半過ぎまで警戒にあたったが、ギズマの襲撃は日付が変わる頃にはピタリと止まってしまっていた。俺から見える月の色も、いつの間にか黄色っぽくなっている。
どうやら、俺達はギズマの襲撃を無事乗り切ることが出来たようだった。




